【二十五話】背を預ける仲間が出来たらしい
「ちっくしょう! 俺様のククリナイフが鳴りを潜めてやがるぜ!」
両手にククリナイフを持ちながらも、振り回すことも出来ずに歯軋りするのは、ダーシュだ。拘束しようと歩み寄る奴隷達を傷つけることが出来ないので、防戦一方といった様子である。
エーニャは回復よりも防御壁を作り出すことに集中しており、ルノとクー、ミールとダーシュは、その中に護られているという状況であった。
「ふええぇ~、肝心な時に落っこちるとか、アルガさんもちびっ子も役に立たないですぅ~」
威嚇を兼ねて、時折水属性魔法を用いて奴隷達を弾いているが、それでも奴隷達の足が止まることはない。それもそのはず、彼らは己の意思ではなく、洗脳によって動かされているのだ。たとえその身が朽ち果てようとも、洗脳が解けるまでは命令に従い動き続けるだろう。
だが、エーニャ達を苦しめているのは、それだけではない。
「ってか、なんなんですかぁ~! あの人達、明らかに他の人よりも強いんですけどぉ!」
エーニャが作り出す防御壁にヒビを入れ、今にも突破しそうな力を持った者が、三名。
一人は、角を生やした小さな少年。
一人は、隻眼隻腕の老剣士。
そしてもう一人は、長い耳の女エルフ。
洗脳された奴隷達の中でも、彼らは頭一つ二つ抜きんでている。このままではいずれ防御壁を破られてしまうだろう。もしそうなれば、奴隷達の身を案ずることも出来ず、戦場と化すことになってしまう。
「もうぅ~、あっち行けですぅ!」
他の奴隷に当たらないように、威力高めの水魔法を解き放つ。
けれども角を生やした少年は笑いながらそれを腕で弾き、老剣士は剣を盾に身を守る。女エルフはダーシュ顔負けの俊敏さで次々と避けていく。そして生まれた隙を見て、防御壁へと攻撃を仕掛ける。
奴隷として捕まりながらも連携の取れた動きに、エーニャは感心していた。
「私達も……こんな感じだったのかな」
ふと、言葉が漏れ出す。
それはアルガとホルン、ジリュウと共に旅をしていた頃を思い出してのことだ。
ジリュウが命じ、アルガが先陣を切る。ホルンが風を操りながらも注意を引き付け、自分が彼らの支援をする。
誰が見ても完璧なクランと言えただろう。
……だが、それも今は昔の話だ。
ホルンは死に、もうこの世にはいない。アルガがジリュウの分身体ではなく生身の人間だと知り、彼らが手を取り合うことはないであろうと理解している。
ジリュウは、決して許されない仕打ちをアルガへとし続けていたのだから当然だ。
けれども、もしあの時と同じように戦うことが出来るとすれば、どんなに心強く気持ちを高ぶらせてくれるだろうか、とエーニャは考える。
そしてその思いを現実とする力が、彼らにはあった。
「――ッ!? 何かが来る!」
「ふえっ? 何かって何ですかぁ!!」
「クー知ってるよ? アルガが来るよ」
「アルガさんが……!?」
「はああっ!? 雑草男がどこから来るってんだよっ!!」
エーニャの声に反応し、全員が一斉にある一点へと目を向ける。
その直後、地下牢へと続く落とし穴から、何者かが飛び上がり姿を見せた。それは勿論、彼女達が良く知る人物達だ。
「アルガさん!! ムニム様ッ!」
風魔法に乗って落とし穴を登り終えた二人は、状況を把握する。
防御壁を境にルノ達へと近づき、無事を確かめると、笑みを浮かべて声を出す。
「待たせたな」
その声が、その表情が、ルノに勇気をもたらす。
だからルノは、心の底から言葉を返す。
「会いたかったです、アルガさん」
アルガとムニムが傍に寄り、エーニャが防御壁を解除する。
と同時に、新たな防御壁をムニムが作り出した。
互いに手を取り合い、ルノは笑みをこぼす。
しかし安堵はしていられない。ルノ達は、今もなお奴隷達に囲まれているのだ。
「こやつらを動かしとるのは、洗脳魔法じゃったな」
「解呪は可能か、ムニム」
「んにゃ、無理じゃな。とはいえ、手が無いわけではないぞ」
アルガの問いに答え、ムニムは長めの詠唱をし始めた。
状況を打開する為の魔法陣が描き出されていく。その間、ムニムが作り上げた防御壁は消え去り、再びエーニャが守りを固める。
しかしながら、何度も防御壁を重ね貼り、魔力を消耗しすぎていた。一旦、息を整える必要がある。
故に、アルガはエーニャの肩に手を置く。
「休め。俺が時間を稼ぐ」
「でも……」
「仕方ないですねぇ、あたしも一肌脱いでやりますよぉ!」
「俺様だっているぜ! あの素早い女エルフの相手なら任せな!」
「クーも! クーもいるよ!」
「わたしだって……!」
ここにいる者達は、決して全員の仲が良いとは言えないだろう。
だがしかし、エーニャは思う。
この人達にならば、己の背を任せることができる。あの時のアルガとホルンのように、心から信頼することが出来るはずだと。
「……お願い、みんな!」
エーニャが願い、防御壁を解除する。
それを合図に、アルガはホルンの剣を勢いよく地面へと突き立てた。
「風よ舞え、奴らを吹き飛ばせ……」
詠唱とは異なるアルガの声に呼応するかのように、ホルンの剣がうなりを上げる。それは風の音だ。
剣の内部に蓄えられた魔力を介し、自動的に風魔法を作り出す。ホルンほどに使いこなすことは出来ないが、軽めのものであればアルガにも発動することが可能だ。
「すっごい風ですぅ! じゃああたしも相乗りさせてもらいますねぇ~!」
アルガが起こした風に乗せるように、ミールがいくつもの水柱を撃ち続ける。それは風に絡み螺旋を描き、奴隷達を吹き飛ばしていく。
「おらあっ! 俺様の速度についてこれるかっ!!」
奴隷達の中に突撃し、女エルフを挑発するダーシュは、縦横無尽に走り回る。壁を利用して飛び跳ね、奴隷達の頭上を越えて着地しては走り出し、全く捕まることなく逃げ続ける。
「がんばれー、アルガがんばれー」
「石ころ石ころ……あ、あった! えいっ!!」
手ごろな魔物が傍にいないと知ったのか、クーは応援をしている。
その横で石ころを拾い上げ、仲間達にあと一歩でその手が届きそうな者に目掛けて投げつけるのは、ルノだ。
互いに今出来ることをしている。一つ一つは大したことのないものかもしれないが、それでも重なり合えば大きな力となっていく。
やがて、ムニムが手を上げる。自分の許へ戻って来いと。
前へと飛び出していたアルガ達は、一斉に引く。奴隷達との距離を取ったことを視認すると、中空に描き出していた巨大な魔法陣を指でなぞり、一気に解放する。
「ちと、眠っとれ」
ムニムが放った魔法は、眠りへと誘うものだ。
睡眠魔法をその身に受けた奴隷達は、急激な睡魔に襲われていく。たとえ洗脳されていると言っても、眠ってしまえば動くことは出来ない。
眠気に耐え切れずに床に転がり、奴隷達は瞼を閉じて寝息を立てていく。
「やったか」
「うぬ、これでようやっと一息つけるのう」
「ちょっと待ってください、一人足りないような気が……」
ルノの指摘に、アルガ達は互いを見回す。ダーシュの姿が見当たらない。
慌てて振り返り、奴隷達へと視線を移すと……豪快なイビキを掻いて眠るダーシュの姿を発見した。実は逃げ損ねていたのだ。
「――そ、そんな馬鹿な……ッ!!」
とここで、何者かの声が室内に響く。
様子を見に来ていたのだろう。部屋の奥の扉から姿を見せたローデルが、目を見開き唖然としていた。
「ふむ、あやつがローデルじゃな?」
「あいつを捕まえるぞ。そしてみんなの洗脳を解く」
残すは、ただ一人。
館の主ローデル男爵その人のみ。
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