【二十四話】牢獄の中は同窓会の会場か何かか

 ムニムと俺が落ちた場所は、館の地下牢だった。

 魔力の込められた鉄格子が、俺達の前に立ちはだかっている。

「ムニム、破れそうか」

「無理ではないが……ちと、時間がかかりそうじゃ」

 魔法を弾く魔法陣が何重にも掛けられているらしく、牢を破るには時間がかかりそうだ。

「どうやらただの結界ではなさそうでのう、魔物の魔力を用いとる形跡があるのじゃ」

「魔物の……?」

 あり得る話だ。

 ローデルは館内に魔物を飼っていた。その魔力を何らかの方法で扱い、堅牢な箱を作り上げたのだろう。

 ホルンの剣で斬りつけても、残念ながら弾かれてしまったからな。ここはムニムに期待するしかない。

「ったく、まだ出れねえのかよ? 使えねえ女だぜ」

「なんか言うたか、銅貨一枚で落札された男よ」

「うっ、うるせえ! 俺様は【勇者】の紋章を持ってんだぞ!! テメエごときが気軽に話しかけていい存在じゃねえんだよ、ボケがッ!!」

「ちょ、ちょっとあんた……助けようとしてくれてる人になんてこと言うのよっ、謝りなさいってば」

「うっせえんだよ! 俺様に指図すんじゃねえッ!!」

 なるべくなら言葉を交わしたくはなかったので、何を言われても無視してムニムと脱獄に向けて行動を起こしていたわけだが、さすがに耳の穴を塞ぎでもしないと厳しいか。

「少し黙れ、ジリュウ。耳障りなんだよ」

「あ? はああ? おいおいおいおい、俺様の分身体の分際で、何言ってんだ? ってかよ、お前なんで鎧脱いでんだよ? ってか、よく考えたらどうして普通にそいつと喋ってんだ?」

 俺がムニムと言葉を交わしていることが気になったのだろう。

 それもそのはず、ジリュウが知る俺という人物は、人と話すことも出来ない臆病で恥ずかしがりな性格の持ち主だったからな。

 だが、今は違う。

 ジリュウの許を離れ、コルンでルノと出会い、町の皆と少しずつ言葉を交わしていくことで、兜越しで無くとも自然と接することが出来るようになったのだ。

 勿論、そんなことはジリュウの知る由ではないだろうがな。

「お前は全く変わってないな」

「はあ? 俺様は勇者だぞ? 変わる必要なんてねえだろ。っていうか丁度いいところに来たな。エーニャとホルンの野郎が死んじまってよ~、魔王を倒す仲間がいなくて困ってたところなんだよ。だからよ、もう一度俺様と一緒に魔王の首を獲りに行こうぜ?」

「エーニャを勝手に殺すな」

 囮にしたお前はエーニャが死んだものと思っているみたいだが、今も俺達の上で生きている。

「ジリュウ、俺はお前を許していない。ここに来たのもエーニャに助けてほしいと言われたからだ。だから勘違いはするな」

「くかかっ、口ではどうとでも言えるけどよぉ、所詮お前は俺様の分身体なんだぜ? 大人しく俺様の命令だけ聞いてりゃいいんだよ」

 やはりこいつと言葉を交わしても溜息しか出てこない。怒りの感情すら持つことが面倒臭くなるほど、呆れ返ってしまう。

 こんな奴と一緒に閉じ込められていたという彼女が可哀想だ。

「あ、あの……ここから出たら、あたし……モクンに帰れますか?」

「ぬっ? ああ、お主モクンの出じゃったか。心配せずともよいよい、わしらがおればすぐに帰れるぞ」

 ムニムの返事に、ユリーヌという名の女性は表情を緩める。

 モクン出身ということは、ひょっとしたらミールと親交があったのかもしれない。無事に脱出したら二人の反応を見てみるのも悪くないか。

「くくく……無駄なことは止めておくといい」

 だがここでもう一人、横やりを入れる人物がいる。

 ……否、一人ではなく一体というべきか。

「そんな無駄なことをするよりも、ワタシに魔力を与えたまえ。そうすればこんなちっぽけな場所など、すぐに抜け出すことが出来るだろう」

「黙れ」

 声の主を睨みつける。

 今は魔力が枯渇しており動けない状態ではなるが、人間にとって脅威であることに違いはない。

 その人物――魔人ザルドディアの話に耳を傾けてはならない。

「くく、これは心外だな、アルガ。君とワタシの仲ではないか。もっと言葉を交わし再会を楽しんでみてはどうかな?」

「また眼球をくり貫かれたいのか」

「ふふふ、ご覧の通り、一度くり貫かれた眼球はもう無いさ」

 何故ここにザルドディアが捕らえられているのか知らないが、過去に一度、俺はこいつと対峙し、剣を交えたことがある。

 あの時はジリュウの命に従い、単身魔物の住処へと乗り込んだのだ。そこで魔物達を統べて王の位置に君臨していたのが、ザルドディアだ。

 目玉をくり貫き、両翼を斬り落とし、あと一歩のところまで追い詰めたが、残念ながら逃がしてしまった。その当時、ジリュウに失態をいつまでも責められた覚えがある。

 だがまさかこんなところで再会することになるとはな……。

「おいおい、ザル何とか! テメエさっき言ってたじゃねえか? ここのクソ男爵の所有物を破壊出来ないってよぉ」

「……何だ、魔人が人間の支配下に置かれているのか」

「君の許から無事逃げ出しただけでも褒めてほしいものだね」

 なるほど、俺との戦闘から逃げ出した結果、ローデルに捕まったのか。通常であれば難なく殺すことが出来るだろうが、弱り切っていたところを狙われたというわけだ。

「むっ、何者かが来よるぞ」

 とここで、ムニムが声を出す。

 耳をすませば聞こえてくる。これは階段を下りる音だ。

 やがてその人物が姿を現し、鉄格子を挟んで俺達の前で立ち止まった。

「――我が牢獄の居心地は如何かな?」

「お前がローデルか」

「如何にも。私がこの館の主、ローデルだ」

 口の端を上げ、意地の悪い笑みを浮かべる。遂に標的を見つけることが出来た。

 こいつを倒し、奴隷達の洗脳を解くことが出来れば、あとはザルドディアと飼われている魔物達を狩るだけだ。

「魔導騎士団総隊長のムニムに……貴様が勇者ジリュウだな? エザで魔人ルオーガを討伐した噂は耳にしている」

「何を勘違いしているのか知らないが、俺は勇者でもなければジリュウでもない。俺の名はアルガ、聖銀の騎士と呼ばれた男だ」

「おい? 魔人を倒したってのは本当か? それって確か、勇者を騙る野郎の仕業だったよなあ? まさかアルガ、テメエ俺様に成り代わろうとしてたのか?」

 頼むから口を開かないでくれ。

 お前が口を挟むと、話が面倒になるだけだ。

「私の目は誤魔化せんぞ、勇者ジリュウ。魔人ルオーガを打ち取った人物は聖銀の鎧兜を装備していたというではないか」

 確かに俺は聖銀の鎧兜を身に着けていた。だがそれは俺が聖銀の騎士だからだ。

 ジリュウのように【勇者】の紋章を持つわけでもなければ、勇者と認められたいわけでもない。

「ローデル、ローデル。君は実に勘違いしているな」

「……ザルドディア。私に意見するつもりか」

「ああ別に意見をするわけではない。これはただのひとり言さ。だから勝手に聞き流せばいい」

 くつくつと笑いながら、ザルドディアは口を閉じようとしない。

 そして、俺達の前で真実を口にする。

「彼は勇者ではない。本物の勇者は、紛れもなく彼の方さ」

 そう言って、ザルドディアはジリュウを指差す。

 一度戦ったこともあるからな。この魔人には全てお見通しというわけだ。

「戯言を……まあよい。貴様等の処分は後回しだ。まずは上に残った非力な者達を血祭りにあげるとしようではないか」

 ザルドディアの指摘を無視し、ローデルは天井へと視線を向ける。

 上とは、ルノ達のことを言っているのだろう。

「させると思うか」

「思うとも。現に貴様等は何も出来ずに囚われているではないか。くくく」

 ローデルが施したであろう結界は、ムニムの力を以てしても破るまでに時間がかかりそうだ。エーニャやミールがいるとはいえ、もたもたしているとルノ達の身が危険だ。

 用は済んだと、ローデルは来た道を戻っていく。

 階段を上る音が次第に小さくなり、聞こえなくなった頃、俺はムニムの肩を掴んだ。

「むがっ、なんじゃ! 絶対にこじ開けるでの、もうちっと待っとれ!」

「必要ない。別の出口から脱出するぞ」

「なぬ? 別の……じゃと?」

 ローデルの発言で気付くことが出来た。

 よくよく思い返せば、ジリュウとユリーヌも同じことをしていたではないか。

「落ちてきたのなら、その道を戻ればいいだけだ」

「む? ……あ、ああっ、確かにそうじゃな!」

 上へと繋がる横穴へ目を向ける。

 ここを登って行けば、ルノ達の許へと戻ることが出来る。

「よっしゃあ! そうと決まれば早速登るぜ! アルガ、俺様を運べ!」

 先陣を切るジリュウだが、その足を掴み穴から引きずり出す。

「て、テメエッ、何しやがる!?」

「お前はここで留守番だ」

 上に行っても足手まといになるだけだからな。

 下手すればダーシュよりも弱いだろう。

「ムニム、頼む」

「うぬ。任されよう」

 風魔法を扱い、ムニムは自分と俺の体を持ち上げていく。空気の塊を生み出し、ゆっくりと押し上げているのだ。

 ジリュウと共にユリーヌを残していくのは少々気が引けるが、暫くの辛抱だ。我慢してもらおう。

 そして、俺達は上へと急ぐ……。

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