【二十三話】嬉しくない再会とはまさにこのことか
更に数日が過ぎ、俺達を乗せた馬車はモアモッツァ大陸最東部に位置する森の中を進んでいた。
森を縄張りとする魔物達が襲い掛かってくるたびに蹴散らし、やがて目的地へと到着する。ローデル男爵の館だ。
「陰気な建物じゃのう」
ムニムが呟く。
ローデルの館は、森の中に隠れるようにして作られていた。
「お主等、心の準備は良いな?」
「勿論だぜ。ついに俺様の出番が来たんだからなあ」
敵の本丸への突入を前に、ムニムが全員に声を掛ける。
すると、ダーシュが自信ありげに返事をした。ムニムから己の役目を聞き、ここが活躍の場だと考えているのだろう。
ここに至るまで、魔物との戦闘では目立った行動を起こすことが出来ていなかったからな。挽回する良い機会だ。
「罠の一つや二つ、俺様が見つけ出してやるぜ! だからテメエらは安心してついてきなあ!」
心強いことを言ってくれるものだが、果たして言葉通り上手くいくのだろうか。
まあ、不安は尽きないが、だからと言って立ち止まるわけにはいかない。この館の中にジリュウがいることは間違いないのだからな。
奴隷達を解放し、飼われている魔物達をせん滅する。そしてローデル男爵の身柄の確保が、俺達が成すべきことだ。ジリュウはそのついでだ。
「ルノ、クー。傍を離れるな」
「はいっ!」
「うんー」
二人を背に、馬車から降りて館の扉を開ける。
鍵は掛かっておらず、むしろ侵入者である俺達の訪問を歓迎しているかのようにも思える。
長い廊下を突き進んでいくと、やがて大きな部屋へと辿り着く。
一見すると何でもないような場所だが、よく観察してみれば気付くことが出来る。血の匂いがこびり付いているではないか。
部屋の更に奥に、もう一つ扉があった。
罠を見極める役目のダーシュが、恐る恐るといった感じで近づく。が、次の瞬間、扉がひとりでに開く。
「げっ! 何で建物の中に魔物がいるんだよ!?」
扉の奥に潜んでいたのは、数種のゴブリンだ。その数は二十を超えるだろうか。
魔物との遭遇に驚いたダーシュは腰を抜かしそうになるが、何とか自力で俺達の傍へと走り戻ることに成功した。やれやれだ。
「わしが片づける」
そう言って、ムニムが詠唱を始める。
大き目の魔法陣を描き出したかと思うと、ゴブリン達が襲い来る前にそれを解き放つ。
「うわぁ、やな光景ですぅ」
空気の壁を作り上げ、ゴブリン達を一体残らず圧死させてしまう。
すぐ近くで潰れゆくゴブリン達の姿や悲鳴に、ミールはげんなり顔だ。
「さあ、奥へゆくぞ」
ミールの台詞を気にすることなく、ムニムが続ける。
だがここで、ダーシュが手で俺達を制した。
「ちょっと待ちな、まだなんか居やがるみてえだぜ……」
ここに来てから、緊張感が増しているのだろうか。思いの外ダーシュが役に立っている。敵の気配を察する能力が向上しているみたいだな。
そしてその言葉に嘘偽りはなく、ゴブリン達が現れた扉の先から新たな敵が現れた。だがそれは魔物ではない。
「……あれは、奴隷じゃな」
一人、また一人と、汚らしい服に身を包んだ人間が姿を現す。
目的の一つである奴隷達を見つけることが出来たわけだが、何か様子がおかしい。これはまさか……。
「侵入者を排除する」
「ローデル男爵の敵を排除する」
無機的な台詞を発する奴隷達は、己の意思で歩いているとは言い難く、虚ろな目を向けてこちらへと近づいてきた。
「操られているみたいじゃな」
「どうする。手出しは出来ないぞ」
わらわらと姿を見せる奴隷達の数は三桁に上る勢いだ。既に俺達は部屋の入口部分へと追いやられており、このままでは来た道を戻るしかない。
解呪の呪文書は、ナルディアに洗脳されたロアーナを救う際に使用している。手元には何も残されていない。
イリールも同行しておらず、解呪薬を調合するものはいない。
「洗脳を解くには、元を叩くしかなさそうじゃな……」
元を叩く、つまりローデルを見つけ出し、奴隷達に掛けられた洗脳を解かせるというわけか。確かにそれが無難だな。
だとすれば、ここで奴隷達の相手をしている暇はない。
「傷つけないように、強行突破するぞ。壁を出せるか、ムニム」
「うぬ、任せとけ。わしらを囲むぐらいお茶の子さいさいじゃ」
これもロアーナ戦の時に見せた魔法だ。
新たな呪文を唱えると、ムニムは透明な壁を作り上げてみせた。それは俺とムニム、エーニャ、ルノ、クー、ミール、ダーシュを囲み、奴隷の手から守ってくれる。だが、
「おい、なんか足元が変な感じするぜ? なんて言うか、軽いって感じか?」
「軽い……? まさかっ」
罠解除役のダーシュが先頭を歩かず、ムニムが先導する形となった俺達は、奥の扉を目指しゆっくりと進んでいく。
その最中、ダーシュが顔を歪め声を上げた。しかしもう遅い。
「あっ、おおおおおっ!?」
「ムニムッ!! クソッ!!」
ダーシュの言うとおり、床が抜ける。落とし穴だ。
慌てたムニムは壁魔法の位置を空いた床へと移動し、落とし穴を塞ぐ。しかしながら、俺とムニムは間に合わない。
「あっ、アルガさんっ!!」
透明な床の上から、落とし穴を滑り落ちていく俺達へと声を掛けるのはルノだ。
その表情は驚きと不安に包まれていた。
「すぐ戻る! だから待っていてくれ!」
「――ッ、はい!」
声を掛け、俺達は落ちていく。
やがて光が届かなくなり、ルノの顔が見えなくなる。
「ぐっ」
「ぬおおぅ、頭を打ったのじゃ……」
「痛いわね……せっかく登ってたのに、いったい何なのよぉ……ッ」
「いってえっ! どこのバカが落ちてきやがったんだ、ゴラァ!!」
薄明かりの下に響くのは、四つの声だ。
一つは俺のもので、もう一つは傍にいたムニムのものだ。
残る二つのうち、一つは聞いたことがないが、もう片方は嫌というほどに聞き覚えがある。
目が慣れ、その姿を視認すると共に、俺は溜息を吐かざるを得なかった。
「……久しぶりだな、ジリュウ」
目の前にいたのは、紛れもなくジリュウ本人だった。
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