【二十話】何でもお見通しのようだ
エーニャと筆談をした日の夜のことだ。
夜遅くまで冒険者組合で町の皆を癒し続けたエーニャは、疲れた様子で宿屋へと戻ると、何も口に入れずに明日へと備えて眠ってしまった。
一方の俺はというと、昼間のことが頭から離れず、眠れずにいた。
「アルガー、クー寝るね?」
「ああ。お休み、クー」
「うんー、ふわあぁ……むにゃ」
返事をし、クーは枕を抱えて瞼を閉じる。
次第に寝息が音を立て始めた。寝つきがいい子だ。
「魔王討伐……か」
仕留め損ねたのは、紛れもなく俺の失態だ。
あの時、魔王の首を持ち帰るようなことをせず、その場で斬り刻み、魔核の存在すらも消し去ってしまえば、こんなことにならなかったのだろう。
ならばもう一度、今度こそ魔王の息の根を止めに行くのか。
コルンへの脅威となり得るのであれば、俺は間違いなく剣を抜くだろう。
だが、だからといってジリュウを助ける話にはなりようがない。
そもそもジリュウは弱いし何も出来ない。戦闘時は命令ばかりで、自分一人ではろくに魔物を狩ることも出来ないはずだ。俺があいつの手と成り足と成って戦っていたのだからな。
故に、ジリュウを戦力として計算し、魔王討伐を果たす為の欠片とするのであれば、その目は節穴だ。まず、ホルンがいない時点で魔王討伐は困難極まりないからな。
剣士ホルンと癒術師エーニャ、そこに聖銀の騎士である俺が加わることで、ようやく魔王と対峙することが出来ていたのだ。
その一かけらが無くなった今、新たな欠片を見つけ出す必要がある。
勿論、それがジリュウではないことは確かだ。
「……ん?」
思考を巡らせていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
こんな時間にいったい誰が……と考えることはない。訪問者は恐らく、ルノだろう。
「どうした、ルノ」
扉を開ける。
すると予想通り、寝間着姿のルノの姿があった。
「エーニャさんのことで、お話したことがありまして」
「クーが寝ているから、あまり大きな声は出せないが……それでもいいなら、入ってくれ」
予想はしていたが、やはりそのことか。
扉の前で立ち話もなんなので、俺はルノを部屋へと招き入れる。
ルノはクーの寝顔を見た後、椅子に腰掛けた。
お茶を二つ淹れ、一つをルノへと手渡す。
「ありがとうございます」
「いや、それで……何を話したいんだ」
エーニャのことと一括りに言っても、色々とあるだろう。囚われたジリュウを救いに行く話だとか、魔王討伐のことだとか……。
「コルンは、ここにあります」
「……何の話だ」
「アルガさんの帰る場所の話です」
そう言うと、ルノは俺の目を見て真っ直ぐに思いを伝えてきた。
「エーニャさんには、もう戻る場所がありません……。でも、アルガさんにはコルンがあります。たとえアルガさんがここを離れようとも、コルンはアルガさんの帰りをずっと待っています」
クーを起こさないように声は小さく、けれども力強く、ルノは言葉をぶつけてくる。
その言葉は、俺の心の奥へと溶け込んでいく。
「……今度は、もっと掛かるかもしれない」
「知っています。大陸を渡るのですから当然です」
ぽつりと呟けば、喉を鳴らし言葉を返してくれる。
時間が掛かろうとも構わないと。コルンで帰りを待つのだと。
「暫く会えなくなるかもしれない。その間、コルンにもしものことがあったらどうする」
「わたし、アルガさんほどではありませんが、こう見えても結構勇気あるのですよ?」
己の拳を握り締め、俺へと訴えかけてくる。
ナルディアとの戦闘時、ルノの助けが無ければ俺は死んでいたかもしれない。だが、
「勇気だけでは、対処できないこともあるかもしれない」
「大丈夫です。アルガさんからいただいたこの首飾りが護ってくれますから」
胸元から、魔力を付与した首飾りを取り出してみせる。
それは決して完璧なものではない。ほんの僅かな脅威から身を護ることが出来る程度の代物だ。
しかしそれでも、ルノはそれを口実に俺の背を押す。何度でも何度でも押し続ける。
思考を晴らし悩みの渦から解き放つように……。
「あ、でも長すぎるのは……寂しいですから、なるべく早く戻ってきてくださいね?」
「……ルノに言われたら断れないな」
「ふふ、少しだけですけど、アルガさんの考えが分かるようになってきましたから」
首飾りをプレゼントしてからだろうか。ルノの態度が随分と変わったような気がする。
それがどこかむず痒く、それでいて心地よくも感じている。
「ありがとう、ルノ。おかげで決心がついた」
「いえ、それではわたしはこれで失礼しますね。遅くにすみませんでした」
席を立ち、ルノが部屋を出ようと踵を返す。
とここで、寝ぼけ眼のクーが欠伸をしながらむくりと起き上がり、ルノの姿を瞳に捉えた。
「むにゃ……おねえちゃん?」
「ごめんね、クーちゃん。起こしちゃったかな?」
「ううん、いーよ。おねえちゃんもいっしょに寝るー」
「え? あ、えっと……」
両手を伸ばし、ルノが来るのを待っている。
だが、さすがにそれは不味いだろう。ベッドは一つしかないからな。
「ほら、クー。ルノに迷惑を掛けるのは止めような」
「えー、おねえちゃんといっしょに寝たいのに……」
ベッドに腰掛け、俺はクーをもう一度寝かしつける。
今のうちに部屋の外に出ていいぞ、とルノに目配せをした。だが、
「……ル、ルノ?」
「クーちゃんが間にいますから、……ね?」
と言って、まるで自分に言い聞かせるかのように頷くルノは、俺の隣へと腰掛ける。
「部屋に戻らなくてもいいのか」
「いっ、いい……いいのです。今日はクーちゃんの寝顔を見たいですから」
声が上ずっている。明らかに緊張しているようだ。
「……何もしないから、安心してくれ」
「なっ、……はっ、はい!」
薄い闇の中にぼんやりと見え隠れするルノの表情は、果たしてどのようになっているのだろうか。
灯の下で見れないのが残念だ。
「……で、ではその、おやすみなさい」
「ああ。お休み、ルノ」
クーを挟んで、川の字で寝る。
やがて夜が更け、朝が来るだろう。コルンともまた暫くお別れだ。
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