【二十一話】感動の再会と言うには短すぎると思う

 ――翌朝。

 一つ挟んでルノの寝顔があると考えたら、一睡も出来なかった。

 時折聞こえてくる可愛らしい寝息に、終始緊張していたからな。

「あの、アルガさん……? 大丈夫ですか?」

 食堂部分でクーと共に朝食を口にしていると、ルノが声を掛けてくる。俺の顔色が悪いことに不安を覚えたのだろう。

「大丈夫だ。少し寝不足なだけだからな」

「え、寝不足って……ひょっとしてわたし、その、……寝息がうるさかったりしましたか?」

「そんなことはない! むしろ心地よい声だったぞ!」

「こっ、心地よいって……」

 俺は馬鹿か。本人を前に何を宣言しているのか。

 今すぐここから逃げ出したい気分だ。

「アルガねー、おねえちゃんの顔見ながらニヤニヤしてたよー」

「クー! お前見てたのか!?」

「ニヤニヤって……え? ええっ!?」

 ダメだ、これ以上は俺の尊厳にかかわる。

 早く平らげて部屋に戻ってしまおう。……いや、それよりも話題を変えた方が無難か。

「エーニャの姿が見えないが、ご飯は食べたのか」

「あっ、……はい。アルガさんがいらっしゃる前に食べ終え、部屋に戻られました」

 ルノの返事を聞いた直後に、階段を下りる音が耳に届く。旅支度を終えたエーニャが、食堂へと顔を出した。

 俺とルノ、クーの姿を見て一礼した後、小さな洋紙をルノへと手渡した。

 そこには、一宿一飯と持て成してくれたことへの感謝の言葉が綴られている。

「エーニャ、もう行くつもりか」

 尋ねれば頷く。

 俺の力を借りることが出来ないと知り、エーニャは単身ローデル男爵の許へと乗り込むつもりのようだ。

「それならもう少しだけ待ってくれ。飯を食い終わったら俺も支度をする」

「……?」

 言葉の意味が分からなかったのだろう。

 エーニャは疑問符を顔に浮かべているかのようだ。

 だから俺は、答えを口にする。

「まさか一人で行くなんて言わないよな? お前と俺は、互いの背を預け合った旅の仲間じゃないか」

「……ッ!!」

 エーニャは、俺に手を差し伸べることが出来なかった。それがずっと胸を苦しくさせていたのだろう。

 そして一度は俺もエーニャの手を振り払った。もしこのまま一人で行かせてしまったら、俺もきっと同じようになっていたはずだ。

 だが、ルノに言われたのだ。俺には帰る場所があると。

 その言葉がどれだけ心強く、ルノから勇気を分けてもらうことになったのか、もはや言うまでもない。

「但し、ジリュウを見つけたら、手加減無しでボコボコに殴ってやるから、止めるなよ?」

 そう言うと、エーニャは涙を流しながらも笑みを浮かべ、嬉しそうに何度も頷いた。


     ※


 正午過ぎ。

 組合長のルノの協力もあって馬車を一台借りることになった俺とエーニャは、旅の荷物を荷台へと積んでいく。

 今回の旅は長くなる。前回よりも多めに食料を用意する必要があるだろう。

「ふえぇ、アルガさんってば、またお出かけですかぁ?」

「今度はついてくるなよ」

 背に声を掛けられ、振り返ることなく返事をする。

 前回はいつの間にか荷台に乗り込み、食料に手をつけていたからな。同じ轍は踏まないぞ。

「ついて来ませんよぉ、だって大陸渡るとかめんどくさいじゃないですかぁ」

「お前は冒険者志向じゃなかったか」

 強い奴を探す為に冒険者組合の受付嬢になり、冒険をして魔王討伐を果たすとか言ってなかったか。

「やですねぇ、アルガさんってば。危ないのはもうこりごりですよぉ。あたしには田舎町でのーんびり仕事をサボってお金を稼ぐぐらいがちょうどいいって分かりましたから♪」

 ワルドナの王都にて、ダーガやナルディアとの戦いのことを言っているのだろう。

 まあ確かに、あれは命がけの戦闘だったからな。下手をすれば死んでいたかもしれないし、相手が魔王となればその強さは彼等以上になる。

 ミールの判断は間違っていない。

「準備は出来たか」

 荷物を運び終えたのだろう。エーニャが御者台に上ろうとしていたので、声を掛けてみる。

 すると、口元を緩め頷く。

 今回は長旅になる。ミールが言っていたように、大陸を渡ることになるのだからな。

 コルンに残すみんなことが気がかりだが、旅路や目的を果たすことについての不安は微塵もない。何故かと言えばそれは勿論、エーニャがついているからだ。

 エーニャは【癒術師】の紋章を持っている。故に、安心して背を任せることが出来るだろう。

「アルガ様、どうかお気をつけて……」

「ああ。なるべく早く戻ってくる。約束だ」

 ルノと言葉を交わし、俺も御者台へと上がろうとする。

 ……だがここで、馬の蹄の音が近づいていることに気が付いた。

 ここに居る全員が、町の外へと目を向ける。そしてそれを瞳に映し出す。

 先日コルンを発ったはずの交通馬車が姿を……。

「交通馬車……?」

「おかしいですね、次に来るのは二か月は先のはずなのですが……」

 交通馬車は定期的にコルンを訪れる。

 だが、その頻度は決して多いわけではなく、三か月に一度といったところだ。それなのに何故、この時期に来たのか。

 その答えは、すぐに分かることとなる。

「おおー! なんじゃお主等、わしらの出迎えか!」

 客室の窓を開け、ひょこりと顔を出すのはムニムだ。逆側の窓からは、イリールも顔を覗かせている。

「ムニム? どうして戻って来たんだ? 王都に帰ったはずじゃ……」

「うぬ、その件なんじゃが、ちと問題が発生してのう! できればお主の力を借りたいと思うて来たんじゃ!」

「俺の力を?」

 何が何やら分からずにいると、ムニムとイリールが交通馬車から降りてくる。

 よく見ると、後方から更に何台もの馬車が姿を現すではないか。客室から出てくるのは……ワルドナの兵士達か。何故彼らまでここにいるのか。

「あれから一度王都に戻り、フリッツの尋問をしていたのじゃが、とんでもないことが発覚したのじゃ」

「バーンズのことか」

 フリッツ家は、モクンの町を治めていた。

 しかし裏では、奴隷商との取引や、裏で買い取った金品や武具の横流しなど、様々な悪事に手を染めていた。

 だが、それ以上の何かが明るみに出たようだ。

「フリッツとかかわりを持つ奴隷商の中に、ローデルの名を口にする者がおってな。……ああ、ローデルというのはクーナリア大陸の片田舎を治める男爵なのじゃが……」

「ちょっと待て、ローデルと言ったか? 俺達は今からそいつがいるところに行くつもりだったんだ」

「なんじゃと? これはまた奇遇じゃな。実はのう、わしも今からローデルの館へと向かうところなんじゃ。ローデルというやつは奴隷を買い漁り、魔物まで飼っておるらしい。話によれば、わしらの民も奴隷として捕まっとるらしくてな、王直々にローデルを拘束せよとのお達しが下されたのじゃ」

 ローデル男爵の話は、エーニャから聞いている。

 奴隷市場へと頻繁に顔を出し、金に糸目をつけずに多くの奴隷を落札しているとか。

 その中に、ワルドナ地帯に住む人々も混ざっていたということか。

「正直、わしの部下達はナルディアの件の処理で手一杯なものでのう、お主に手を貸してもらえれば……助かるのじゃが」

「勿論だ。俺達も奴隷の解放をする為に今から向かうところだったからな」

「おおぉ、これは有り難い! 恩に着るのじゃ!」

 俺の返事を聞いたムニムは、嬉しそうに体を叩いてくる。

 地味に痛いから止めてくれ。

「ところで、俺達と言うたな? 他には誰が一緒に行くのじゃ?」

 そう言って、ムニムは馬車へと目を向ける。

 丁度エーニャが御者台から降りてきて、ムニムへとお辞儀をした。

「【癒術師】のエーニャだ。共に旅をしたことのある信頼できる仲間だ」

「エーニャじゃと? ひょっとして、あの、魔王討伐時のメンバーじゃった癒術師エーニャか?」

 目を見開き驚くムニムは、すぐに気を取り直し、笑みを浮かべて握手を交わす。

「わしはワルドナ国の魔導騎士団総隊長ムニムと申す! 癒術師エーニャよ、お会いできて光栄じゃ!」

 言葉を発さずに頭を下げ、エーニャが対応する。

 その様子に眉を寄せるムニムは、何事かに気付いた。

「……なんじゃ? もしやお主、呪いを掛けられとるのか?」

「呪いだと?」

「うぬ。王都の魔導図書館で呪い関連の書物に目を通したことがあるでな。その中に、似たような症状のものがあったのじゃ。確かこれは、魔物が発する瘴気を受けすぎたのが原因じゃったはずじゃ」

 エーニャの顔に浮かび上がった痣や、言葉を喋らないことで、ムニムはその症状に気付いたのだろう。

 だがまさか、それが呪いだとは思ってもみなかった。

「魔物の瘴気か……心当たりはあるか、エーニャ」

 問うと、エーニャは洋紙に筆を走らせていく。

 魔物の瘴気を浴びた記憶はないが、魔王に殺されたホルンの体から闇の粒子が噴出し覆われたことがあると書いていた。

 ホルンは人間だが、魔王の手に掛かった際に魔王の魔力の残滓が残ってしまったのかもしれない。それが瘴気となりエーニャの体を覆ったのだろう。

「つまりこれは、魔王の呪いというわけか」

「じゃろうな。だが安心せい、かけようと思うてかけたものではなかろう。薬を処方すればすぐに治るはずじゃ」

「薬か……でも、コルンには呪いを解く薬なんて扱ってないぞ」

「じゃから安心せいと言うたじゃろ。ちょうど都合のよい紋章を持った者がおるじゃろ」

 と言って、ムニムは後ろを見る。

 釣られて視線の先を追うと、そこにはイリールの姿があった。

「ああ、そう言えばあいつは【調合師】の紋章を持っていたか」

 だが、熟練度は一番下だ。

 イリールに呪いを解ける薬を作ることが出来るのだろうか。

「あやつな、食い意地は張っとるが、ああ見えても二ッ星の調合師なのじゃ」

「二ッ星? 嘘を言うな、イリールは無星だったはずだ」

「む? これは嘘ではないぞ。ほれ、イリール。証拠を見せい」

「人づきあいが荒い隊長様だ……はい」

 呼ばれてムニムの許へと歩み寄るイリールは、胸元の紋章を見せる。

 それは俺が初めて見た時とは異なる色をしていた。

「イリール、お前……本当に二ッ星になったんだな……」

「ルオーガと戦い、私自身も魔物化したり、留守を任されている時に勉強をしていたからな。気付いた時には色が変わっていたぞ」

 驚いたな。ただ毎日三食平らげていただけではなかったというわけか。

「……作れるのか」

「ふん、私を誰だと思っている? ホルンの妹だぞ? 兄の仲間の頼みであり、そして兄の仲間に掛けられた呪いを解いてほしいと言われて断るとでも思っているのか?」

「いや、だから作れるのかと聞いているんだ」

「任せろ」

 言い切り、イリールは手提げ袋を地面に置き、その場に座り込む。

「一時間もかからん。その間、きみはのんびりと木の実採りでもしてくるがいい」

 頼もしい台詞だ。

 これならきっと、エーニャの呪いを解くことが出来るだろう。

「エーニャ、出発はもう少し後にしよう。薬が完成するまでの間、ムニムを交えて作戦会議だ」

 ムニムが加われば鬼に金棒だ。

 元聖銀の騎士と、無術師のムニム、そして癒術師のエーニャが手を組めば、ローデルなど恐れるに足らず。これなら魔人の一体や二体でも相手にすることが出来そうだ。

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