【十九話】懐かしき仲間は言葉無く心の声を形にしていた

「なんだこれは……」

 冒険者組合の入り口付近に、人だかりが出来ていた。いや、これは並んでいるのか。

 日課の木の実採りを終えて戻って来てみたら、既にこの状態だった。いったい何があったというのか。

「ボードン、これは何の騒ぎだ」

「おおう、アルガじゃないか。おまえさんも怪我をしたのか? それとも肩こりや腰痛でもあるのかい」

「いや、別に何も無いが……」

「なんだ違うのか、じゃあおまいさんは並ぶ必要ないぞい」

 よく分からないが、ボードン達は何かを求めてこの行列に並んでいるらしい。

 よく見れば、冒険者だけでなく町のおじさんやおばさん達の姿も見られる。世間話をしながら何かを待っているようだ。

 行列の先に何があるのか知らないが、俺は一先ず冒険者組合の中へと入ることにした。収穫してきた木の実を査定してもらわなければならないからな。

 そう思い、俺は一歩建物中へと踏み込む。そしてその人物を瞳に捉えた。

「次の方、どうぞですぅ。どんな症状なんですかぁ?」

「膝の調子が悪くてねえ……こんなもんでも痛みが和らぐことはあるのかい?」

「だそうですけどぉ、ちゃちゃっと解決できますぅ?」

 町に住むおばあさんを相手に、ミールが問答をしている。

 症状が分かると、今度はソファに腰掛ける僧侶服姿の女性へと語り掛けた。

 その女性は言葉なく小さく頷き、手に持っていた杖の先端をおばあさんの膝へと当てる。杖の先に付けられた球体が淡い光を放ち始めた。すると、

「おぉ……なんだいこの温かさは……? 膝の痛みが消えちまったようだよ……」

 膝が痛いと言っていたのが嘘のように、おばあさんはその場に立ち上がる。

 癒しの対価だろうか、小銅貨一枚をテーブルの上に置き、おばあさんはお辞儀を一つ。そして、しっかりとした足取りで戻っていった。

「は~い、じゃあじゃあ次の方、どうぞですぅ~。……って、アルガさん? ダメですよぉ、ちゃんと並んでもらわないとぉ」

 ミールが俺の姿に気付き、しっしと手で払う。俺はこの行列に並んでいたわけではなく、木の実の査定をお願いにきただけだ。

 だが、行列の先にいる人物を見て、俺は息をのむ。

「……エーニャ。やっぱりお前だったんだな」

 名を呼ぶと、僧侶服の女性はソファから立ち上がり、フードの下に隠れる瞳を俺へと向ける。

 何かを疑うような目つきだが、それも仕方あるまい。エーニャは俺の声を聞いたことが無いし、そもそも生身の人間であることも知らなかったのだからな。素顔など見たこともないだろう。

 だから俺は、未だに訝しむエーニャに、俺が俺であることの証明となるものを見せる。

 それは、今は無きホルンの剣だ。

「……ッ」

 今度こそ、と。

 エーニャはフードを脱ぎ、杖を投げ捨て俺の傍へと駆け寄り、抱き着いてきた。

 何かがはじけたのだろう。エーニャは両の瞳から大粒の涙をこぼし始めた。

「ちょ、ちょっ、何ですかこの展開はぁ? もしかしてアルガさんの元カノとか?」

「違う。昔の旅仲間だ」

 行列を為して待っている皆には悪いが、エーニャには聞きたいことが山ほどある。

 場所を変えて話をさせてもらうことにしよう。

「あの、アルガ様……もしよければ、組合長室へどうぞ」

「済まない、恩に着る」

 事の様子を見守っていたルノが、組合長室へと案内してくれる。

 文句が出るかもしれないと思ったが、ルノが間に入ってくれるのであれば無事に収まるはずだ。

「ところでクーは……」

「クーちゃんでしたら、既に組合長室でお昼寝をしています」

 談話室がこの状態だったからな。

 ルノが気を利かせて使わせてくれたのだろう。どこまでも気配りの出来る素晴らしい女性だ。

「エーニャ、積もる話があるだろう。場所を移すぞ」

 涙を拭い、俺から離れると、エーニャは力強く頷く。

 ルノに連れられて、俺とエーニャは組合長室へと向かった。


     ※


 事の発端は、魔王の首が動き始めたところから始まる。

 魔核を破壊し、更には首を斬り落とし死んだはずの魔王が復活し、ロザの王城を破壊し、王都は壊滅状態となっていた。城下町は酷い有様で、数え切れないほどの死者が出たという。

 魔王の首は、まず真っ先にホルンを狙った。傍にいたはずのジリュウは見向きもされず、ロザにおける最大戦力であろうホルンを仕留めにかかったのだ。

 王城内が阿鼻叫喚の地獄絵図と化している中、エーニャはジリュウと共に魔王を止めようと試みた。けれどもジリュウは戦おうとせず、それどころかエーニャを囮に我先にと逃げ出してしまった。

 残されたのは、エーニャとホルンの亡き骸のみ。

 気付いた時には、黒い闇の粒子がホルンの体から噴き出ており、それがエーニャの体を覆い込もうとしていく。魔王に殺された時、何かをされたのだろう。

 名残惜しかったが、エーニャはホルンの亡き骸から距離を取る。

 自分が囮にされたことに気付いたエーニャは、せめて自分だけでも戦わなければと城下町へと出たのだが、【癒術師】である自分には癒しの力はあっても戦う力はほとんどない。故に、苦渋の決断をし、戦うよりも怪我を負った王都の民達を癒すことに力を注ぐことにした。

 魔王自体は、復活直後に大暴れしたものの、王都に長居することもんかう東へと進み、伝達魔法による情報によれば、海を渡りゴルゾア大陸へと向かったらしい。

 目の前の脅威が消え去り、王都も落ち着きを取り戻すかに思えたのだが、それは甘い考えであった。

 既に壊滅状態と化したロザの王族や貴族達は、ジリュウと同じく我先にと別の国や大陸へと避難してしまったようだ。

 結果、王都に残されたのは、見捨てられた民達のみ。

 救いの手を差し伸べてくれるものは、誰もいなかった。

 復興の目途がつかない状況が長らく続いたある日のこと。

 逃げていた王族や貴族達がロザへと戻ってきたのだが、それが民達に怒りをもたらし、暴動を起こすきっかけとなってしまった。

 ロザ王国を治めていた王族と貴族達も、己が持つ紋章を力を駆使して対抗したが、数が違いすぎた。一人、また一人と倒れていった。

 暴動を止めようと試みたエーニャだが、真っ先に逃げたと噂のジリュウの仲間である為、エーニャ自身も標的となってしまった。

 身を粉にして民達の怪我を癒していたというのに、この仕打ちだ。自分が信じることが出来るものが、周りには一切無くなってしまった。

 元々王都の生まれであるエーニャにとって、ここが故郷のようなものだったが、それも今回の件で壊滅状態となり、形を無くしてしまった。

 もう、エーニャには、帰る場所が無いのだ。

 その頃からだろうか、エーニャが言葉を発せなくなり、顔を含め体中に赤黒い痣が浮かび始めたのは……。

 何が原因かは不明だが、精神的なものかもしれない。だが、【癒術師】として最上位の熟練度を誇るエーニャの腕を以てしても、この痣を消すことはできなかった。

 結局、エーニャ一人では暴徒と化した民達を止めることは出来ず、国を見捨てた勇者ジリュウの仲間として、裏切り者として指名手配されてしまった。

 このまま身を潜めるわけにはいかず、エーニャは王都を発つことを決めた。

 とにもかくにも、ジリュウを見つけ出す必要がある。ジリュウさえ見つけることができれば、彼の分身体であるアルガを再開することも出来るはずだと考えた。

 ジリュウが南へと逃げる姿を見たとの情報を得たあと、エーニャは大陸境の海峡を渡る仕事を行う船頭を見つけた。言葉を発せなくなったエーニャは、代わりに筆と洋紙を用いて意思疎通を行い、ジリュウの姿を見なかったかと尋ねた。だが、ジリュウは来ていなかった。

 その代わりに、奴隷商達が周囲をうろついていたことを教えてもらった。

 ロザのどこかにあるという山賊達が住む小さな村。

 奴隷商達は、その村に捕らえられた一般人を奴隷として購入する為に、度々大陸を渡っていたらしい。もしかしたら、隠れ潜む場所を探し回り、ジリュウは山賊の村に迷い込んだかもしれない。

 それならばと、エーニャはここから王都までの間の町や村を片っ端から調べ始めた。

 やがて、エーニャは山賊の村を見つけ出す。

 不安ながらも魔法を駆使し、襲い来る山賊達を返り討ちにしたエーニャは、勇者を騙る人物を奴隷商に引き渡したとの情報を掴んだ。

 取引相手の奴隷商は、クーナリア大陸の奴隷市場で商売をしているらしい。

 エーニャは、ジリュウの足取りを掴む為、単身クーナリア大陸へと渡ることを決心する。

 だが、山賊達は更に続ける。

 再び奴隷商達が村を訪れた時、勇者を騙っていた人物は、ローデルという名の男に落札されたと話題に上がった。

 何故話題に上がったかといえば、それはクーナリア銅貨一枚で落札されてしまうという前代未聞の落札額だったからだ。

 しかしながら、そのおかげでエーニャはジリュウが何処にいるのかを知ることができた。

 奴隷商の噂によると、ローデル男爵は百を超える奴隷と数多の魔物を飼っているらしい。一人で乗り込むのは死にに行くようなものだと忠告された。

 だが、エルデール大陸に味方はいない。

 自分は裏切り者として指名手配される立場なのだ。いつの日かのアルガのように……。

 そして思い出す。

 今の自分と同じく、エルデールを脱出し、モアモッツァへと渡ったアルガのことを……。


     ※


 一緒について来てほしいと願うのは、エーニャだ。

 理由は明快、ローデル男爵の下からジリュウを救い出し、共に魔王の首を獲り直すこと。だが、

「……魔物の脅威は無いんだよな」

 魔王の復活により、ロザは壊滅状態へと陥った。

 民達は暴徒化し、王族や貴族達は捕らえられてしまったとの話だ。しかしながら、既に魔王は大陸を渡ったというではないか。

 魔物の脅威も無いらしいので、だとすれば俺の出る幕はない。それに何より、俺はジリュウが嫌いだ。

「悪いが、俺はジリュウを助ける気はない」

「……」

 言葉なく項垂れる。

 エーニャの気持ちは痛いほど理解することが出来るが、それとこれとは話が別だ。俺を裏切り嵌めたジリュウのことを助け出すなんて、正直ごめんだな。

 俺の意見を伝えると、エーニャは洋紙に筆先を走らせていく。

 今日はルノの宿屋で一泊し、翌朝にコルンを発つらしい。それまでの間、どうやらまた町の皆を癒すつもりのようだ。

 怪我を負うと、すぐに治療してくれる。

 エーニャは昔から心配性だったからな。人の役に立つことが嬉しいのだろう。

 深く頭を垂れたエーニャは、組合長室を出て行く。

 その背を見送った俺は、ベッドで寝息を立てるクーの寝顔を見やり、それから再び洋紙へと目を向ける。

 ――無理を言ってごめんなさい。

 ――そしてあの時、貴方の味方をすることが出来なくてごめんなさい。

 そこには、エーニャの心の声がしっかりと書き綴られていた。

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