【十六話】木の実の採り方を教えることにした

「クーもいっしょに行くー」

 大陸境の調査が終わり、その翌朝の出来事だ。

 いつものようにルノが用意してくれた朝食を取り、クーを連れて冒険者組合へ顔を出した俺は、談話室のソファにクーを座らせる。

 そしてムニムをお供に木の実採りへと出かけようとした背に、クーが声を掛けてきたところだ。

「……と言っているが、構わないか」

「うぬ、わしは問題なしじゃ」

 今朝、ルノが用意した料理は、木の実尽くしではなかった。

 どうやら備蓄していた分が底を突いたらしい。

 もう少しのんびりしてもよかったのだが、俺は借金のある身だからな。木の実採りをして金を稼ぐ必要があったし、ルノが喜んでくれるのあれば、何時間でも木の実を採るつもりだ。

 勿論、採りすぎても後々困るだけなので、一日に一時間しか採らないと決めているわけだが。

 その話を横で聞いていたムニムが、自分も木の実採りに同行したいと言ってきた。

 まさか昨日適当に考えていたことが現実のものとなるとは思ってもみなかったが、コルンに居れば遅かれ早かれそうなっていたに違いない。

「じゃあ、今日はクーも一緒に来てもらうか」

「うんー」

 ニコッと笑い、クーは両手を向ける。抱っこの合図だ。

 その場にしゃがみ込み、背にクーを乗せて立ち上がる。毎日いっぱい食べるクーだが、まだまだ軽い方だ。これがイリールほどの重さになると、さすがに大変だ。オマケに、少し動いただけでお漏らしされたら溜まったものじゃない。

「あれ~、今日はクーさんもお出かけですかぁ?」

「うん。遊びに行ってくるね」

「はあぁ、いーですねぇ。あたしも一緒にサボりたいですぅ」

「俺は仕事に行くんだよ」

「えっ、木の実採りって遊びじゃなかったんですか? 衝撃の事実ってやつですぅ」

 相手をするだけ無駄だ。

 ミールの声を背に受けたまま、俺達は冒険者組合をあとにする。

 行く先は勿論、コルンの裏山だ。


     ※


「狙いを定めて……ほれっ!」

「だから枝を折るなって」

「むがあああっ、言われんでも分かっとるわ!」

 空気を刃の形に変化させたムニムは、木の実と枝の間を狙って解き放つ。けれども正確に切り落とすことが出来ず、何度やっても失敗していた。

「大体あれじゃ! 狙いが小さすぎるんじゃ! あんなに細かいとこを狙い撃つなんて芸当不可能なんじゃ!」

 木の実自体を真っ二つに裂いてしまったり、かと思えば木の枝を折ってしまったり。

 俺も最初の頃は苦戦していたからな。だが、何事も積み重ねが大事だ。

「さっきも手本を見せただろ。ほら、こうやるんだよ……っと」

 石ころを拾い上げ、木の実目掛けて投げつける。

 すると、狙い通りに木の実と枝の間にぶつかり、木の実だけが落ちてくる。反動で枝がしなるが、折れることはない。

「ぐぬぬ……お主、なかなかやりおるの」

 悔し気な表情を浮かべるムニムが、再び魔法陣を描き上げる。

 今度は時間をかけて冷静に狙いを定めていく。そして……

「あぅ、あああっ! またじゃ! また木の実にぶつこうたわ!」

 やっぱり駄目だった。

 どうやらムニムが木の実や枝を無傷のまま収穫するのは、もう少し時間をかける必要がありそうだ。

 交通馬車がコルンに着くのが先か、それともムニムが木の実採りを極めるのが先か。見ものだな。

「クーもしていーい?」

 石ころをぎゅっと握り、クーが小首を傾げる。

 そういえば、クーは木の実採りをしたことがなかったな。

「ああ。気を付けて投げるんだぞ」

「うんー」

 俺のやり方で木の実を収穫出来るかやってみないと分からないが、案外クーなら出来そうな気がしないでもない。が、

「えーい」

 思いっきり腕を振り、クーが石ころを投げる。

 しかしながら、それは上に行かずにあらぬ方向へとすっぽ抜けてしまった。

「あれー? アルガー、石ころどっちー?」

「あっちにいったぞ」

「そっかー。じゃあクー、もう一回するね?」

 挑戦するのはいいことだ。腕は慣れてくるものだからな。

 現に、クーの横で何度目かの魔法陣を描くムニムは、一撃目よりも確実に狙いが定まりつつある。これはもう時間の問題かな。

「うぬう、木の実採りというのも、案外奥が深いものじゃのう」

 ムニムは、魔法の扱いに長けている。

 故に初めから魔法を用いた収穫方法を試しているのだが、石ころを投げる方法もあとで試させるのも悪くないな。

 俺も昔は剣を木に突き差して振動で落としてみたりしていたからな。色んなやり方をしてみることだ。

「しっかしまあ、こんな一日も良いものじゃ。まさか木の実採りで心躍らされるとは思ってもみんかったぞ」

 からからと笑う。

 その表情は、裏の無い心から見せるものだ。

「そう言ってもらえると、俺も連れてきたかいがある」

 コルンには、長閑で平和な空気が流れている。

 喧噪に身を置く王都での生活は、忙しくも充実した日々であることは間違いない。但し、息抜きというものも必要だ。

「そろそろ時間だ。帰るぞ」

「なぬっ!! もう一時間経ったのか!?」

 いつの間にか、木の実採りを始めて一時間が経とうとしていた。

 これ以上は俺の流儀に反するので、止めるが吉だ。そしてそれはクーとムニムにも従ってもらうつもりだ。

「くっ、まだ一度も成功しとらんのに……」

「明日もある。焦るな」

 まだまだ時間はあるからな。

 それにすぐ成功しては詰まらない。どうせならもっと苦戦してもいいからな。

「……明日も同じ時間に行くぞ! よいな!」

「ああ、寝坊するなよ」

「それはこっちの台詞じゃ、くかかっ!」

 やる気十分のムニムに、返事をする。

 一先ず、今日の分の木の実は俺が収穫しておいた。これで数は足りるだろう。

 冒険者組合に戻り次第、ルノに鑑定をしてもらうとしよう。もしルノの手が空いていなければ、あまり気は乗らないが、ミールに頼むとするか。

「アルガー、クー入るね」

 木の実を入れたかごにすっぽりとお尻を入れ、瞼を閉じるクー。

 そのままかごを背負い、俺はムニムと共に裏山を下りていった。

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