【十五話】たまには平穏を満喫するのも悪くない

 大宴会の翌朝。

 眠たげな様子のクーを抱っこして、部屋を出る。

「イリール、朝だぞ」

 隣の部屋の扉をノックし、声を掛けてみるが、返事がない。

 どうやら既に起床し、出ているようだ。

「ムニム、起きてるか」

「うぬ、今行くぞ」

 では、と。

 更に隣の部屋の扉を軽く叩いてみる。すると、元気な声が返ってきた。

 少し待つと扉が開き、部屋の中からムニムが出てきた。普段通りの恰好だ。

「朝食の時間だ。下りるぞ」

「ほほう、ルノの木の実料理が堪能出来るんじゃな?」

 俺の台詞に、ムニムが口元を緩める。

 昨晩、宴会の最中に、途中からルノが加わり談笑に花を咲かせていた。

 そこでルノが木の実料理について力説し、それならばとムニムが朝食で木の実料理を所望することとなっていた。

 毎日のように出されるとさすがに飽きてしまうが、美味しいことに変わりはない。

 それに今日は久しぶりの木の実料理なので、実は結構楽しみにしている。

「あっ、皆さん、おはようございます!」

 階下へと顔を出すと、厨房から食堂へと皿を運ぶルノの姿を見つける。

 ルノもこちらに気付き、挨拶をしてきた。

「おはよう、ルノ。俺も手伝うよ」

「いえ、大した量ではありませんから、席について待っていてください」

 そう言って、ルノはテキパキと皿をテーブルの上に並べていく。

 そして気付く。既に着席し、ご飯を食べている人物の姿に……。

「もぐ、もぐもぐ……むむ! アルガ、おそようだな! ルノ嬢の手料理ならば、先にいただいているぞ!」

「イリール、お前な……」

 昨日、ムニムに叱られたことを忘れてしまっているのだろうか。

 満足気な表情を浮かべながら、木の実料理を食べ続けている。

「おおぉ、これが噂の木の実料理じゃな? なるほどなるほど、確かに美味しそうじゃ」

「むぐっ! ムムムムニム隊長!? 何故ここに!!」

「ルノの好意に甘えさせてもらったんじゃ。お主の部屋の隣におったぞ。もしや気付いとらんかったのか」

「は、初耳……ッ!!」

 ムニムと顔を合わせ、急に食欲がなくなったとでも言いたげな様子で、イリールはゆっくりと席を立つ。

 だが、逃げようとするイリールの肩に手を置き、ムニムは強引に座らせる。

「せっかくじゃ、朝食を共にするぞ」

「……アルガ、私は今、猛烈にお腹が痛い」

「我慢しろ」


     ※


 朝食を平らげた後、普段であれば二度寝をしてから行動を開始するのだが、今日はムニムと共に大陸境へ行く約束をしている。

 着替えを済ませ、クーと共に冒険者組合へと向かう。談話室にクーをあずけ、受付へと視線を移す。

「ふええ……仕事辛いですぅ、誰かあたしの代わりにお金を稼いでほしいですぅ……」

 他の組合員の目の届くところにいるからだろうか。今日のミールはサボることが出来ていないらしい。

 更に視線を奥へと移してみる。すると、

「……ふわぁ」

 ルノが、小さな欠伸を手で隠しながらしていた。

 朝食の支度をテキパキとしてくれていたが、やはり眠たかったようだ。いつもありがとう、ルノ。

 クーのことは組合員が見てくれるので、心配することはないだろう。

「準備は出来たかの」

 ムニムの声に反応し、俺は冒険者組合の外へと出る。

 目指すは、モアモッツァとエルデールの大陸境だ。


     ※


「懐かしいな……」

 コルンの町から歩を進めること数時間、魔物と遭遇することもなく、俺達は大陸境へと辿り着いた。

 海岸には船頭の姿がある。

 そして、エルデールから大陸を渡ってきた時には居なかったはずのワルドナ兵がちらほらと。

「お主はエルデールの出じゃったな。どこに住んどったんじゃ?」

「名もない山奥の小さな村だ。地図にも載ってない」

「ほう、では機会があれば連れてってもらうかのう」

 笑いながらムニムが言うが、その機会が訪れることは果たしてあるのか。

「何もない村だからな。来ても退屈なだけだぞ」

「よいよい、退屈とはつまり何もせんでよいということじゃろ? それすなわち、至福の時じゃ」

 王都では、魔導騎士団の総隊長として、常に気を張った日々を過ごしていたのだろう。

 退屈とは無縁と言えば聞こえはいいが、その実、体を休める暇がない。今回の護衛旅で、少しでも疲れを癒すことが出来れば幸いだ。

「ッ、もしや貴方は、魔導騎士団総隊長ムニム殿でありますか!」

 話をしていると、俺達の存在に気付いたのだろう。

 海峡沿いの監視役である兵士達がぞろぞろと駆け寄ってくる。

「うぬ、いかにも」

「やはり! このような辺境の地までご足労いただきましたこと、感謝いたします! ささっ、お連れの方もご一緒にこちらへどうぞ!」

 当然だが、兵士達には敵意はない。俺達を客人としてもてなすつもりのようだ。

 兵士達が常駐する小屋へと案内されることとなった。


     ※


 結論から言うと、大陸境を不法に渡ろうと試みた者は居なかった。

 だが、俺やルノがコルンの町を留守にしている期間に、一人だけ正規の方法で渡った者がいたらしい。

 その人物は僧侶服の女性で、フードで顔を隠していたという。

 だが、それでも隠し切れないほどの赤黒い痣があったらしい。それも顔だけでなく、手足にも……。そして極め付けが、声だ。

 その女性は、言葉を話すことが出来ないらしく、唇を震わせては歯がゆそうに口元を歪めていたという。

「ダーシュとやらが言うておった癒術師かのう?」

「いや、その線は薄い。【癒術師】の紋章を持つ者なら、自分で癒すことが出来るはずだからな」

 勿論、【癒術師】の紋章を授かった者であろうとも、熟練度が低ければ癒せる範囲が少なくなる。

 俺は最初、ダーシュの話を聞いた時、その人物がエーニャなのではないかと疑っていた。けれども話を聞いていくうちに、その人物は己の傷を癒すことが出来ないと判明した。

 エーニャの熟練度は五ッ星に位置している。故に、癒せないはずがないのだ。

 だが、ダーシュは自分が会った人物のことを何でも治してしまう凄腕の癒術師と言っていた。

 つまり、コルンの町を訪れた人物とは別人の可能性が高いということになる。

 謎は深まるばかりだが、とにかくエーニャが大陸を渡った可能性が無いわけではない。俺達がコルンの町に戻る際にすれ違いになったのかもしれないが、足取りを追うことは出来るかもしれない。

「ふむ、とにかく魔王復活の影響は今のところなさそうということじゃな」

 ここへと来た目的を果たし、ムニムは安堵の息を吐いた。

 兵士達は見張りを続け、問題ごとが発生した場合、伝達魔法を用いて王都へと伝えるとのことだ。

 大陸境の状況報告を聞き終えた俺達は、来た道を再び戻ることにした。

「のう、アルガよ。コルンには温泉はあるのかの」

「温泉か……俺は知らないな。ルノに聞いてみるか」

「うぬう、頼んだ」

 コルンに住み始めてから随分と経つが、温泉があるという話は一度も聞いたことがない。だが、もしかすると近場にあるかもしれないからな。ダメもとで聞いてみるのも有りだ。

「故郷の村にはあったんだがな……」

「なぬ? ホントか!?」

 ぽつりと呟く。

 すると、ムニムが食いついてきた。

「ふむふむ、やはりお主の住んどった村には一度遊びに行ってみんといかんな」

「……ムニム、温泉好きなのか」

「当然じゃ。王都では時間さえあれば浸かりに行っとったからのう!」

「王都に温泉? 記憶に無いんだが……」

 ムニムの屋敷の風呂が源泉かけ流しだったりするのか?

「うぬ、ロアーナがわしの為に作った風呂場があるのじゃ。そこはよいぞー、肌もすべすべになるし体の痛みも消えてスッキリするのじゃ」

「ロアーナ……あの王女か」

 ムニムの為に作らせたというのが気になるが、その点は聞かないことにしておこう。

 後々面倒なことになりそうだからな。

 まあ、温泉があれば入るといいだろう。

 交通馬車がコルンを訪れるまで、まだ暫くかかるからな。

 もし温泉が無くとも、羽を休めることは出来るはずだ。

 暇すぎて何もすることが無くなれば、裏山に出向いてスライムやゴブリンを退治するのも有りだな。

 まあ、それさえも飽きてしまったのであれば、あとは知らん。

 木の実採りをさせてみるのも悪くない……か?

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