【十四話】宴会騒ぎになるのは必然らしい
イリールがどこぞへと逃げた後、俺達はエリスの食堂で腹を存分に満たした。
ツケ代を自分で支払わなければならないイリールは、それ故に暫くの間、コルンの町に滞在し働くことになりそうだ。
コルンの町で、イリールにでも出来る仕事とは……。
一瞬、何もないのではないかと思ってしまったが、意外にも役立つ知識を身に着けている。【調合師】の紋章を授かるイリールは、冒険者組合や道具屋へと運ばれる素材などを用いて、様々なものを作り出すことが可能だ。
紋章の熟練度がゼロのイリールに出来る範囲は限られているが、それでもコルンの町では引く手あまたなのは間違いない。ルノが働き口を斡旋してくれるはずだ。
さて、お腹が膨れた俺達は、一度解散することになった。
ルノとミールは冒険者組合へ行き、ムニムはコルンの町を散策に出かけ、俺とクーはルノの宿屋へと戻ることにした。
「お腹パンパンー」
「いっぱい食べたからな」
「んー、ねむい……」
眠たげな様子のクーを背に、俺はいつも泊まっている部屋の扉を開ける。
ベッドにクーを寝かせた後、木窓を開けて日の光を室内へと招く。窓の外に広がる景色は、旅の道中で焦がれていたものであり、それは平和そのものだ。
ここが俺の住む町であり、第二の故郷になるのだろう。そんなことを考えてしまう。だが、
……村の皆は、元気なのだろうか。
ふと、生まれ故郷の風景や村人達の顔が脳裏をよぎる。
ジリュウの口車に乗せられて村を出た。
ホルンとエーニャが仲間に加わり、魔王討伐を果たすことができた。
だが、村を出てから一度も戻っていない。
魔王が復活し、ロザ王国は壊滅状態になった。
生まれ故郷は、王都からそう遠くない場所にある。みんなは大丈夫なのだろうか。
いや、それを言うならば、もっと安否が気がかりな人物がいる。エーニャだ。
大陸新聞の記事によれば、ジリュウはエーニャを囮にして逃げたという。そして、肝心のエーニャは行方不明らしい。
ホルンが死に、更にはエーニャの身にも何かあったとすれば……。
「行動に移さないといけない……か」
このままではいけないだろう。目を逸らし続けることは出来ない。
ホルンの命を救うことは出来なかったが、エーニャはまだ助けることが可能かもしれない。
それに、復活した魔王がモアモッツァ大陸に来ないとも限らないからな。
魔王自体、どこに潜んでいるのか不明だが、コルンの町を守る為にも、先手を打つべきだ。
「……ん?」
とここで、人の話し声が増えていくことに気付いた。
下を見れば、町の住人達が次々にルノの宿屋へと入ろうとしているではないか。彼らは何をしようとしているのだ。
「――アルガ様、よろしいでしょうか」
思考を巡らせていると、部屋の扉がノックされる。
声の主にすぐ気づき、俺は扉を開けた。
「ルノ? どうしてここに……冒険者組合に行ったはずじゃ」
「いえ、実は仕事になりそうになくてですね……えへへ」
照れ笑いをするルノは、視線を廊下へと向ける。
つられて部屋から顔を出して見てみるが、そこには何もない。……だが、聞こえる。廊下の先、階下から複数の声が……。
「皆さんが、どうしても宴会を開きたいと言いまして……」
「宴会? いったい何の宴会だ」
「それがその……わたし達のお帰り会と言っていました」
なるほど、住人達が此処に来たのは、それが理由だったのか。
「場所はどこでするんだ」
「広い場所といいますと、わたしの家ぐらいなものなので……」
つまり、一階の食堂部分が会場になるというわけか。
「ルノがそれでいいなら、俺は構わない」
「! はい、では皆さんに伝えてきます!」
返事をすると、ルノは顔を上げて嬉しそうに笑う。
頭を垂れて足早に廊下を進み、皆が待つ階下へと下りて行った。
「今日は忙しくなりそうだな……」
だが、それでもいい。
コルンの町に帰ってきたのだから、今日ぐらいは楽しむのも悪くないだろう。
「クーは……寝かせておくか」
お腹いっぱいで寝たばかりだからな。
目が覚めたら下りてくるだろう。それまでは存分に寝かせておくことにしよう。
一先ず、着替えを済ませよう。
ルノの許へ向かうのは、それからだ。
※
「うええぇーい! テメエら、盛り上がってるかー!」
「もっちろんだぜ、ダーシュ!」
「ひゃっほー! こっちはもう出来上がってんぜー!」
モクンの町を発つ前の酒場を思い出す。
どこを向いても人がいる。食堂部分には収まり切れず、宿屋の外にテーブルと椅子を並べ、月明かりの下で宴会が行われていた。
そして、ダーシュとその取り巻きが酒に酔って奇声を上げていた。
「いやはや、よく無事に戻ってきたぞい。今日はお前さんの王都での土産話をたっぷり聞かせてもらうから、頼むぞい」
「そんなに語ることはないんだがな……」
「はっはっは、謙遜なんてしなくていいぞい!」
一方で、酒をガブガブと飲みながらも俺に絡む冒険者の姿も……。
王都へと出かけたことを知らなかったボードンは、一緒に行きたかったと何度も口にしていたらしい。これは食堂でイリールと顔を合わせた時に言っていた話のようだ。
騒ぎを聞きつけたのか、クーもいつの間にか宴会騒ぎに加わっている。その隣にはイリールの姿もあり、二人で仲良く次々と運ばれてくる料理を口にしていた。クーはともかく、イリールはまだ懲りていないのか。
ミールはエリスと共に酒をちびちびと飲んでいる。どうやらそれなりに高いお酒のようで、他の住民が飲ませろと言って来ても断り続けている。
そして、イリールを除くと現状ただ一人の外部者であるムニムの姿はどこにあるのかと辺りを見回してみると、奇声を上げ終えたダーシュ達に取り囲まれていた。
「おいこらテメエ! 見ねえ顔じゃねえか! ひょっとして新手の冒険者かー?」
「なんじゃお主、酔っとるのか?」
「ひゃっひゃ、ダーシュの顔を見れば分かんだろ! 俺達全員ベロベロだぜ、なあ!」
「そうそう! 今にも酔い潰れちまいそうだぜ!」
コルンの町の宴会風景を堪能し、住民達と談笑していたみたいだが、ダーシュに目を付けられてしまったらしい。厄介な奴に絡まれてしまったな。
「おいおい、知らねえのかー? この町じゃよお、まずは俺様に挨拶すんのが筋ってもんなんだぜ!」
「前に来た時は、そんな話は無かったがのう? まあよい、わしはムニムじゃ。よろしく頼むぞ」
「なーにが、よろしく頼むぞ、だっ! テメエ、偉そうに喋ってんじゃあ~っととと」
相当酒が回っているのだろう。
足元がふらつき、ムニムに覆いかぶさるようにダーシュが倒れ込む。だが、
「う、……おっ、おお? なんだこれ?」
「飲みすぎに注意せい、転んで骨折でもしたらどうするんじゃ」
詠唱も無しにムニムが手をかざし、ダーシュの体が倒れる前に空気の膜を作り上げる。
触れず転ばず済んだダーシュは、己の身に起きたことに目をぱちくりさせつつ、自分の足で立ち直し、しっかりとムニムの顔を見る。
「テメエ……ムニムって言ったか? いったい何者だ?」
「ただの魔術師じゃ」
「魔術師ねえ……ったく、この町にもどんどんヤベエ奴らがやってきやがるぜ」
さすがのダーシュも、力量差を感じ取ったのだろう。
頭を掻き、溜息を吐く。
「魔術師のムニムに、雑草男のアルガだろ、それにこの前は何でも治しちまう凄腕の癒術師の女ときたもんだ……クソッ」
「癒術師の女……? 誰か来たのか」
初耳だが、俺達が町を留守にしている間に、何者かが訪れたのだろうか。
ボードンとの話もそこそこに、俺はダーシュの許へと向かい、問い掛ける。
「ああ? んだよアルガかよ。っていうかよー、そもそもテメエが来てから俺様の地位が危うくなってんだよ。俺は一ッ星の【盗賊】だぞ? ちっとは敬えってんだ」
「ほう? お主、一ッ星じゃったか。見た目では分からんかったが、それなりに修練を積んでおるようじゃな」
「当然だぜ。この町は俺様がいなけりゃ魔物の群れの猛攻を受けて壊滅してるだろうからな」
裏山に生息する魔物は、スライムとゴブリンだけだけどな。
ゴブリンは油断できない魔物だが、ダーシュがいなくとも他の冒険者で事足りる。
「それよりダーシュ、癒術師の話だが……」
「うっせーんだよ! 俺は今、このちんちくりんと会話してんだ! だからテメエは口を挟むんじゃ……」
「だーれがちんちくりんじゃ、たわけがっ!」
「ぎゃっ」
言い終わることなく、ダーシュが町の彼方へと一瞬で吹き飛ばされてしまう。
空気を圧縮し、一気に開放したのだろう。既に姿が見えなくなったダーシュだが、気を失っているに違いない。目が覚めるのは宴会が終わった後になるかな。
「……さあての、お主達の護衛も無事務め上げたわけじゃから、これにてわしの任務は完了というわけじゃな」
「そういえば護衛の体で同行してたんだったな」
「うむ。忘れてもらっては困るぞ。まあ、お主とミールがおれば護衛など必要なかったじゃろうがな」
ミールも、魔術師としての腕が立つ。
そんじょそこらの魔物であれば、軽く蹴散らすことが出来るはずだ。
「まさか、明日にはもう帰るつもりか?」
「んにゃ、交通馬車が来るまでは、ここにおるつもりじゃ。それにもう一つ任務があるからの。大陸境の海峡の調査を任されとる」
王都を発つ際に言っていたか。
魔王復活の影響が出ているか否か、その目で確かめに行くと。
「せっかくコルンに来たんだから、ゆっくりしていってくれ」
「うむ、そのつもりじゃ」
くっくと笑い、ムニムは夜空を見上げる。
「願わくば、この平穏が続くとよいのじゃがな」
「俺もそう願っている」
明日は俺も同行してみるか。
大陸境を監視している兵士達の話を聞くことが出来るからな。
俺が大陸を渡った時にはいなかったが、魔王復活の影響で緊急配備されることになったらしい。
「アルガよ、今宵はまだまだ起きとくつもりじゃろ? せっかくじゃからわしに付き合え」
そう言って、ムニムは酒の入ったコップを俺の前へと出す。断ることなど出来るはずがない。
俺はそのコップを受け取り、小さく頷く。
「ああ、勿論だ」
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