【十三話】ツケの代金は自分で払うべきだと思う
モクンの町での決闘騒ぎから数日後。
俺達が乗る馬車は、無事にコルンの町へと到着していた。
「ふいぃ~、やっと着きましたねぇ」
大きなあくびをしながら瞼を擦るミールが、荷台から顔を覗かせる。
御者台に座り手綱を握るルノが苦笑しながらも頷く。
「今日からまた受付業務を頑張ってもらうからお願いね、ミール」
「うげっ、さすがに一日ぐらい休みもらってもいいと思うんですけど……」
「留守にしていた期間が長かったでしょう? だからやらないとならないお仕事がいっぱいあるからね」
「ルノ先輩ってば鬼畜すぎですぅ……」
げんなりとした様子で、ミールは再び荷台へと引っ込んでいく。
普段からサボり魔だったからな、ルノの目が届かないところでサボる姿が目に浮かぶ。
「やっと、戻ってくることが出来たな……」
ミールが荷台に戻るのを確認し、ぽつりと呟く。
すると、ルノが横を向き、俺の顔を尋ねてくる。
「アルガさん、モクンの町はどうでしたか?」
御者台には、ルノと俺の二人きり。
ミールを含め、クーとムニムは荷台で横になっている。
「肩を休めるには難しい町だったかな」
そう言うと、ルノが楽しそうに笑う。
モクンでの出来事を思い返しているのだろう。
俺は俺でミールの彼氏役を任されたり決闘騒ぎに巻き込まれて大変だったが、ルノ自身も最後の晩に酒場の手伝いでてんてこ舞いだったからな。互いに忙しい日々だった。
「……だが、誤解が解けてよかった」
「トレイルさん、初めから気付いていたのですね」
俺の台詞に、ルノが続ける。
モクンの町に居る間、ミールの彼氏役として過ごしていたわけだが、町を発つ日の朝、トレイルさんから呼び出された。
曰く、初めから見抜いていた、と。
たとえ嘘だとしても、娘であるミールの彼氏役を引き受けてくれたことを感謝している、と。
実の娘の嘘など、お見通しだったわけだ。
ただ、トレイルさんが言うには、ソフィールさんは気付いていないとか。
式の日取りはいつにするか悩み始めているとの話なので、早めに町を発って正解だった。
「……誤解されるのは辛いからな」
ジリュウのことや、首飾りのこと。
なるべくなら、誤解されず平穏な日々を送りたいと考えている。そしてこの町なら、それが出来ると思っている。
「アルガさん」
馬車がコルンの正面入り口を通過する。
見慣れた街並みに、見知った町民の顔に懐かしさすら覚える。
そんな中、ルノは俺の名を呼び、満面の笑顔で声を音にした。
「おかえりなさい」
真横で言われ、恥ずかしさに目を逸らす。
しかしながら、おかえりと言われるのはいいものだな。俺にとってこの町が本当の故郷なのだと錯覚してしまいそうだ。
「……ただいま、ルノ」
「あー! おいこらアルガッ! テメエやっと帰ってきたか!」
けれども、神というものは余韻に浸ることも許してはくれないらしい。
馬車に近づき御者台に腰掛ける俺の姿を見つけたダーシュが、再開早々声を掛けてくる。
「俺様を置いて王都まで行きやがって……畜生ッ! 俺も王都に行きたかったのによ~!」
「ダーシュ……ただいま」
「はあ? なーにがただいまだ! テメエにおかえりなんて言うと思ってんのか、この間抜けがっ!!」
ルノの前例があるので、ダーシュにも試しに言ってみたが、前言撤回させてくれ。
やはりこいつは話が通じない。
とはいえ、こいつの相手をするのも久しぶりだ。
コルンへと戻ってきたことを実感するよ。
「なんかうるさいですぅ、どこのハエが騒いでんですかねぇ?」
再度、ひょこりと荷台から顔を出すミール。
ダーシュや他の町民達の姿を確認すると、途端に表情を一変させる。
「ふえっ、ただいま戻ってまいりましたですぅ~♪」
相変わらずの二面性。
俺達の他に、ミールの裏の顔に気付いている者はいるのだろうか。
「アルガー、ついたのー?」
「クー、起きたか」
「うんー。ごはんのじかん?」
寝ぼけ眼で両手をお腹に当て、腹の音を訴える。
確かに、今日はまだ何も口にしていない。旅荷を解いたり冒険者組合への報告は後回しにして、まずは食堂に足を運ぶとしよう。
「ほう、以前来た時とあまり変わっとらんな」
クーに次いで、ムニムが御者台へと身を乗り出す。
ムニムもコルンの町を訪れたことがあると言っていたからな。俺達と同じく、久方振りのコルンというわけだ。
「ルノ、食堂に行ってもいいか」
「はい、勿論です。お腹ペコペコですよね」
クーを見て、ルノがくすりと笑う。
手綱を引いていたルノが馬を止め、馬車から下りると、ルノは町民達と挨拶を交わす。
その合間を縫って、御者台へと手を伸ばした。
「皆様、足元にお気をつけくださいね」
クーを先頭に、ミール、ムニム、そして俺が馬車から下りていく。
ルノの手に触れ、すぐに放す。
「さて、どこの食堂に行くか……」
「それならエリスちゃんの食堂に決まりですぅ~、あたし常連なんで割引してもらえますよぉ」
エリスの食堂といえば、クーとイリールがたらふく食べたお店か。
あの時は主に二人が食いすぎてとんでもない額になった記憶があるが、味はよかったからな。
「じゃあ、そこにするか」
「はいですぅ~♪」
ダーシュとその取り巻きが早速喧嘩を吹っかけてくるが、それを軽くあしらいつつ、俺達は旅の疲れもとい空腹を満たす為、エリスの食堂へと向かうことにした。
※
――ガツガツガツッ。ガッ、ガフッ、モグッ、ガツガツ。
食堂の扉を開けて店内へと目を向けると、大量の飯を一心不乱に掻っ込むイリールが出迎えてくれた。
「もぐもぐ……ぐっ、む! ぶほっ! アルガではないか! きみ、やっと戻ってきたのか! もぐもぐがつがつ……美味いなこれ」
「お前は食べるか喋るかどっちかにしろ」
「むぐっ、言われてみれば確かにその通りだな! 一本取られたぞ、アルガ! ところでエリス嬢、こちらのおかわりをいただけるか?」
「はいはーい、ちょっと待っててねー」
イリールの声に、食堂から返事が戻ってくる。
と同時に、湯気を立てたシチューを運んでくる人物が一人。この食堂の看板娘エリスだ。
「あれっ? ルノちゃんじゃん! おっかえりー! 今帰ってきたの?」
「はい、たった今戻ってきたところです。お席は空いていますか?」
「もっちろんだよ! 見ての通り、今はイリールちゃんの貸し切り状態だったからね、他の客が寄り付かなくなって困ってたんだよね~」
「はっは、もはやこの食堂は私専用ということだな?」
何が「だな?」だよ。少しは自重してくれ。
「エリスちゃん~、ただいま戻ってきましたですぅ」
「あー! ミールちゃんも一緒だったんだ? おかえりー! 王都に行ってたんだよね? どうだった、楽しかった?」
「まあまあってやつですかねぇ?」
何がまあまあなんだよ。
王都はともかくとして、モクンの町での騒動は絶対に忘れないからな。
「やー、でも助かったよー。ようやくアルガさんが来てくれたもんね!」
「俺がどうしたんだ?」
「えっとねー、……はいこれ、今までの分のお勘定ね!」
そう言って、エリスは小さな紙きれの束を俺へと手渡す。
……なんだこれは。
「イリールちゃんのツケだよ。アルガさんが払ってくれるんだよね?」
「すまん、何故俺が払うことになっているんだ!?」
「私を連れて行かなかったのはアルガ、きみだろう? つまり、町に留守番している間の滞在費は全てきみが持つことになるわけだ」
「なるわけないだろ!」
ただでさえ金貨百枚という借金を背負う身だ。
更にイリールの食事代を負担するのはさすがに無理があるぞ。
俺が居ぬ間、毎食分の代金となれば、合計金額は計り知れない。
「きみ、何をそんなに慌てているのだ? 金なら余るほどあるだろうが」
「どこに余るほどの金があるんだよ」
「それは勿論、聖銀の鎧兜を手放すことで入ってくる金のことに決まっているじゃないか」
「その鎧兜一式なら、馬車の荷台に積んである」
「むぐむぐ……もぐ、……む? アルガ、それはいったいどういうことだ? きみはひょっとして、王都くんだりまで足を運んだにもかかわらず、手放すのが惜しくなり競売に賭けずに戻ってきたというのか?」
「競売には賭けた。……売れなかっただけだ」
ぽかんとした表情を浮かべ、イリールは俺の顔を見る。
が、すぐに料理を口へと運び、もぐ付きながらも反論する。
「そんなバカな話があるものか。アレは腐っても聖銀の鎧兜だろう? 目の肥えた者が見れば喉から手が出るほど欲しがるはずだ」
俺もそう思いたいよ。
しかしながら、現実というのは非情なものだ。全く同じものが競売に賭けられ、挙句にケチをつけられてしまっては、誰も手をつけようとはしない。たとえそれが偽物ではなく本物だとしても、そして魔導騎士団隊長のお墨付きだったとしてもだ。
「やれやれ……アルガ、きみには困ったものだ。私がこれまでに平らげた飯代をどうやって支払うつもりだ?」
だから俺が払う前提で話を進めようとするな。
今の俺には金がないからツケ代を清算することなど到底不可能だ。
「お主には困ったもんじゃ。……のう、イリール?」
「もぐもぐ……むぐっ!! む、ムニム隊長!? 何故貴女が此処に……!?」
「理由などどうでもよいわ。それよりもお主、ただ食いはダメじゃろう」
「そ、それはその……私はアルガが払ってくれるものとばかり……」
「阿呆。自分で食べたもんの代金は自分で払わんか」
「ッ!! ……は、はい」
あのイリールが言い返せずに従うとは、ムニム恐るべし。
王都にいる時に聞いた話だが、イリールは過去に魔導騎士団の入団試験を受けに来たことがあるらしい。そこでムニム相手にボコボコにされたとか……。
「というかお主、それだけ毎日たらふく食べれるほどに回復しとるなら、とっととエザに帰らんか」
魔物化した際に負った怪我は、既に癒えている。毎日元気にご飯を食べているのがいい証拠だ。それは誰の目から見ても明らかなので、ムニムが指摘する。
「し、しかしムニム隊長……この町は実に居心地がよく、特にご飯が美味しく……」
「言い訳はせんでいい!」
「はっ、はいいっ!!」
ムニムの声に突然起立し、そのまま食堂の外へと走り去っていく。
あとに残されたのは、山ほど積み重ねられた空のお皿と食べ掛けのみ。ついでに、これまでに平らげてきた飯代が記載された紙の束……。
……あの野郎、逃げたな。
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