【十二話】首飾りを贈る相手を見抜かれていそうな件について

 ムニムの登場により、フリッツ家の問題が無事に解決した夜のこと。

 俺は、エザの町での出来事……つまりはスライム騒動について一から説明することになっていた。

 クーが紋章を持たないことを証明する為に、実際にその目で見てもらったり、昼間と同じくスライムを一体に限定して呼び寄せてもらったり、クーに出来ることを披露させることで、ムニムを納得させることに成功した。

「ふむ、なるほどのう……世界は広いとは言うが、まさか本当に紋章を持たざる者がおるとは思ってもみんかったぞ」

 少しばかし疲れの混じった溜息を吐き、ムニムは椅子の背もたれに体をあずける。

 今日は色んなことがあったからな、疲労が溜まっているのだろう。

 俺自身、昨夜から面倒ごとの連続だったから、ようやく一息吐くことができるかといったところだ。

 現在、俺とムニムはモクンの町の一角に軒を連ねる小さな酒場にいる。

 別卓ではあるが、他の皆も飲んだり食べたり自由に楽しくしていた。というか、小さな酒場だというのに、立ち飲み客で溢れかえるほどの大盛況状態なのだが、これには理由がある。

「いや~、これで俺らの町も自由の身になれるってわけか~」

「クソ貴族がご用になったからな~、ミールの彼氏様万歳ってやつだな!」

「それを言うならちびっ子隊長万歳だろ? はっはっは!」

 町中の野次馬が、俺とミール、そしてムニムの話題を酒のつまみにしている。

 店内に入りきれない客達は、外で騒ぎまくる始末だ。

「しっかし、クーが魔物を使役することにも驚かされたが……やはり一番驚いたのは、お主とあのミールが付き合っておったということじゃなぁ」

「だから付き合ってないと何度言えば……」

「くっく、分かっとる分かっとる。冗談じゃ」

 喉を鳴らして笑い、ムニムが返事をする。

 事情は全て話したからな、それを知った上でもう一度からかってきたのだろう。

「じゃがまあ、これだけの騒ぎになっとるんじゃ。嘘が真にならんこともなかろう」

「ないな。絶対にない」

「ほう? ひょっとしてお主、別に好きな女子がおるのか?」

 そう問われ、俺は口を閉じる。

 これ以上は何も言わない方が利口だ。

「……となると、これはその女子にプレゼントするものじゃったかな?」

 だが、ムニムは口を閉じない。更に口撃を仕掛けてくる。

 何の変哲もない首飾りを胸元から取り出し、目を落とす。そして、再度笑みを浮かべてみせる。

「それにしても、金貨百枚はやりすぎじゃったな」

「押し間違えたんだ、仕方ないだろう」

「理由はどうであれ、まあよい。その女子にこの首飾りをプレゼントしたいのじゃったら、さっさと金貨百枚稼ぐことじゃな」

「金貨百枚稼ぐのは当然だが、それは必要ない。俺がムニムに譲ったことになっているんだからな」

「めんどくさい男じゃのう、お主というやつは……」

 肩を竦め、ムニムは首飾りを指で擦る。

 その表情は、どこか楽しげだ。

「さて、この町での目的も済んだことじゃからな。明日には発つつもりじゃが、心残りはないかの?」

「無い。できれば今すぐにでも発ちたいぐらいだ」

 この町に居続けれると、本当に嘘が真になってしまいそうな雰囲気だからな。

 今更真実を語ったとしても、過程はどうでもいいと一蹴される気がする。

 トレイルさんとソフィールさんの勢いにも押されっぱなしだったので、今はとにかくコルンの町へと帰ることだけを考えたい。

「ところで、聖銀の鎧兜の件についてだが……持ち主のその後の足取りは掴めているのか」

 モクンでの出来事の話題が一段落したところで、俺は核心に触れることにした。

 それはジリュウの行方についてだ。

「……アルガよ、お主は何故、そんなに持ち主の行方を気にするのじゃ? もしや行方知らずの持ち主が、ジリュウじゃと思っとるからか?

「それは……」

 逆に問われ、俺は言葉に詰まる。

 ムニムは既に知っている。俺が聖銀の騎士であることを。ワルドナ王の御前で、真実を口にしたからな。

 故に、聖銀の騎士が勇者の分身体などではなく、生身の肉体を持った人間であることや、それが俺であることを理解している。

 更には、魔王討伐の手柄を横取りされた挙句、罪人として国を追われる立場になったこと、それら全てがジリュウの策略であったことも……。

 だからこそ、ムニムは案じているのだろう。

 俺とジリュウが再びかかわりをもつことに。

「お主にとって、ジリュウとやらは……癌じゃ。特になることなど一つもなかろう。そやつが今どのような状況下に置かれとったとしても、お主が気に病むことなどないぞ」

「優しいんだな」

「阿呆、それを言うならお主じゃろうが」

 呆れた表情で、ムニムが息を吐く。

 俺の考えなどお見通しといった様子だ。

「……今はまだ分かっとらん。奴隷商どもは特定のアジトを持たずに町から町を転々としとるからの。奴隷の競売所も、その時々で変わるらしい。見つけ出すのは難儀じゃ」

「そうなのか……」

 恐らく、ジリュウは奴隷商に捕まり、競売に賭けられているだろう。

 ジリュウの聖銀の鎧兜がワルドナの競売所に賭けられるよりももっと前の話なので、既に売られた後だと思うが、一体どこにいるのか。

「お主はお人よしすぎるのが欠点じゃ。今はお主を利用しようと悪だくみする者が傍におらんからよいものの、そやつと再会することにでもなれば、また利用されて捨てられるのがオチじゃぞ」

「ついさっきまで存分に利用されてたけどな」

「む? ああ、そういえばそうじゃったな。くくくっ」

 この町に着いてから、俺はミールに利用され続けた。

 少し前には、イリールにも。

 まあ、その二人に関しては俺自身も手を貸してやりたいと思ったから構わない。それに裏切られてはいないからな。

「まあ、明日にはコルンへと発つからの。友達じゃから、わしも口を挟みはするが、お主が何を為すべきか思考し決めるかは、お主自身の仕事じゃ。好きにせい」

「……ムニム、恩に着る」

「辛気臭いのはつまらん。今宵は飲みまくるから、お主も限界まで付き合うてもらうぞ!」

「ほどほどで頼む」

 酒の入ったコップを手に取り、喉を潤す。酒場の賑わいは収まる気配がない。

 クーは、少し離れた席で酒を飲まずに料理を食べ続けている。その横で酒をあおるように飲んで顔を赤らめるミールは、既に出来上がっているようだ。

 厨房とホールを行き来し、料理の盛られた皿を運んでいるのはルノだ。あまりの賑わいに手伝いを買って出たのだろう。

 明日になれば、モクンともお別れだ。

 短い間ではあったが、忙しなくも刺激的な時間を過ごすことが出来たか。

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