【十一話】スライムの山が完成したらしい

「……この町はスライムと共存でもしとるのか?」

 バーンズを押し潰そうと山積みになっているスライム達を一体ずつ退かしていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 振り向き、声の方角へと視線をやる。

「ムニム、丁度いいところに来てくれた。スライムを退けるのを手伝ってくれ」

「なんじゃなんじゃ、そこに誰か埋まっとるのか?」

「ああ、この町を治める貴族がな」

 俺の台詞に、ムニムが顔をしかめる。

「もしや、フリッツかのう?」

「知り合いか」

「顔を知っとる程度じゃ。しかし全く、何故こんなことになっとるのか……」

 ムニムは、ワルドナ国の魔導騎士団の隊長を務めている。

 貴族との付き合いは勿論、王族との関わりも持っている。

 バーンズもワルドナ地帯の一角を治める貴族の一人なので、顔ぐらい知っていても不思議では無いか。

「ちまちまやってもキリが無いからの、そこを退いとけ」

 手で払う仕草をするムニムに従い、俺はスライムの山から距離を取る。

 それを見送った後、ムニムは両手を前へと向け、短めの詠唱を完了させた。すると、小さな竜巻が発生し、スライム達を巻き込み彼方へと吹き飛ばしていく。

「なっ、なんだこれはあああああっ!?」

 ついでに、バーンズも。

 スライムの山から解放されたと思ったら、次は竜巻だ。ぐるぐると目を回しながら風の中心部へと引き寄せられ、苦しそうに声を荒げている。

「おお、お主の言うとおりじゃ。フリッツめ、こんなところに隠れておったか」

「隠れて……?」

 どういうことかと尋ねる前に、竜巻が消えた。ムニムが魔法を解除したのだろう。

 と同時に、バーンズは地べたに落ち、うめき声を上げる。

「スライムいらなかったー?」

「いや、クーのおかげで助かった」

「うんー」

 いつの間にか、クーが俺の傍へと寄っていた。

 俺を助けるつもりで呼び寄せたのだから、悪いことは言えまい。

「じゃあもっと呼ぶね-」

 だが、勘違いさせてはならない。

 俺に褒められたと思ったのか、クーは更にスライムを呼ぼうと試みる。

「呼んでくれるのはありがたいが、さすがにもう十分だ。ありがとうな、クー」

「んー、分かった-」

「……なんじゃ? 今のはどういうことじゃ?」

 ムニムが口を挟む。

 どうやら俺とクーの会話を聞かれていたらしい。

「スライムがいらなかったとか、呼ぶとか呼ばなくともよいとか……むう? そういえば、エザにおった時も今のようにスライムの大群が来とったが……」

 訝しげな目を向け、俺とクーの顔を見る。

 ムニムは、エザの町での騒動を知っている。この状況でムニムに秘密を知られずに隠し通すことは難しいだろう。ワルドナでは互いの背を任せ合った仲なのだから、そろそろ本当のことを話しても構わないだろう。

 俺自身のことも……。

「ムニム、驚かずに聞いてくれ」

「むっ? なんじゃ、急に畏まった顔をしおって……」

「クーのことなんだが、実は魔物を呼び寄せて使役することができる」

「魔物の使役じゃと? ……ということはあれか? 【使役師】の紋章を持っとるのか?」

「いや、使役師ではない。というか、クーは紋章を持っていないんだ」

「……は?」

 何をばかげたことを言っているのか、とムニムは目を細める。それもそのはず、この世に生きる全ての人間は神々から紋章を授かっているからな。

 だがしかし、クーだけは例外だ。

 紋章を持たずして、使役師のダーガに勝る能力を持っている。

 理由は定かでは無いが、何度も目にしているからな。現に今もスライムを呼び寄せることに成功している。呼び寄せたのがゴブリンやオークであれば、もっとパニックになっていたかもしれないので、スライムの群れで一安心といったところか。

「アルガ、お主……嘘は吐いとらんよな?」

「この状況で嘘を吐くと思うか」

「ぬ、いや……そうじゃな。しかしじゃとしたら、これは驚くべきことになるのう。紋章を持たざる人間など歴史上存在しとらんからの……」

 ワルドナの魔導図書館には、様々な書物が置かれている。その中には、この世の歴史を綴ったものも数多く存在するだろう。だが、その全てに置いて、紋章を持たない人間がいる例はないようだ。

「……まあ、この話は後回しじゃ。別件を済ませることとしようかの」

 コホンと息を吐き、ムニムはバーンズの傍へと歩み寄る。

 右の手首を軽く捻り、何事かを呟いてみせると、気を失っていたはずのバーンズが目を覚ました。恐らくは、目覚めの魔法を発動したのだろう。

「ぐうぅ、何故だ……全身が痛い……」

「当然じゃろう。お主、先ほどまでスライムに潰されとったんじゃからな」

 バーンズの独り言に、ムニムが返事をする。

 スライムの山によって、危うく圧死するところだったバーンズだが、ムニムが放った小型竜巻に巻き込まれたことも覚えていないようだ。

「す、スライムごときにだと……? 何をばかげたことを……は? む、ムニム……様?」

 ここでようやく、会話の相手がムニムであることにバーンズが気付いた。

 よろめきながらも必死に立ち上がり、姿勢を正すではないか。

「なっ、何故……魔導騎士団の隊長様が、我が領土に……」

「所用でな。王から直々に頼まれた依頼じゃ」

「国王直々の依頼……とは? どのような内容なのでしょうか……」

 冷や汗を掻き始めるバーンズは、これまでの態度とは打って変わり、目を泳がせている。

 これは何かやましいことがある者の表情だ。あまりにも分かり易すぎる。

「ほれ、これを見てみい」

 そう言って、ムニムは細い紐で一括りに丸めた洋紙をバーンズへと渡す。

 震える手で紐を解き、恐る恐るといった様子で洋紙に書かれた文字へと目を通していく。すると、バーンズの顔色は更に悪化の一途を辿っていくではないか。

「お主、王の目が届かんことをよいことに、随分と悪さをしとったようじゃのう?」

「ッ!! お待ちください、ムニム様! これは何かの間違いで……」

「わしの調べが間違っとると言うのか? ん?」

「う……ッ」

 間違いなど有りようが無いと言わんばかりの態度だ。それだけの自信と根拠があるのだろう。

 ムニムは、バーンズの顔を見上げ、冷たく言い放つ。

「山賊を雇い、老若男女問わず攫い、奴隷商に引き渡す……お主、それでもワルドナの貴族か?」

「ちっ、違います! 私は命令されてやっていただけで! ……そ、そうです! 山賊の村の奴らに嵌められただけです! それに私は人間を扱うことはしていません! 奴らが身に付けている品だけです!」

「十分悪いわ!」

 ムニムの調べが事実であれば、それは決して許されるものではないだろう。たとえその対象が貴族であったとしても。

 故に、バーンズはムニムの足にしがみつき、許しを乞う。だが勿論、ムニムが許すはずもない。

「ちょっと拝借しちゃいますねぇ~」

「ミール、お前は少し大人しくしておけ」

「ええ? いいじゃないですか、アルガさんだって興味あるでしょう? ほらほら~」

 そう言って、ミールはバーンズへと渡された洋紙を拾い上げ、書かれてあることに目を通していく。

「ふんふん、ふん……へえ~、そうだったんですねぇ~。競売所で売りに出されてた聖銀の鎧兜にも関与してるとは思ってもみませんでしたよぉ」

「……なんだって?」

 ミールの口から、思いもよらない名前が出てきた。

 驚いた俺は、ミールの手元から洋紙を掴み取り、それを確認する。

「聖銀の鎧兜を身に付けた男が、山賊の村に迷い込んだ……これはジリュウのことか?」

 洋紙に書かれてあることの全ては、ムニムが王の勅命を受けてのことだ。

 ムニムがモクンの町に立ち寄るといったのは、ここを治める貴族の調査をする為だったらしい。

 裏で悪さをしていることは前々から噂になっていたのだが、これまでは尻尾を出さなかった。だが、聖銀の鎧兜が競売所に賭けられた頃から、徐々にほころびが見え始めたようだ。

 山賊の村経由で聖銀の鎧兜を手に入れたバーンズは、売り子を雇い、競売所へと運ばせた。しかしながら、聖銀の鎧兜が落札されることはなく、あろうことかダーガ率いる脱獄者達に盗まれてしまったわけだ。

 いつまで経っても落札されないことに待ちくたびれたのか、バーンズは配下の兵士に命を出し、売り子に会い事情を説明させてしまった。

 そしてその現場を、密かに売り子の後を付けていた魔導騎士団の隊員が見ていた。

 裏が取れれば、強行的に調べることも可能というわけだ。

 バーンズの許を尋ねたムニムは、居留守を使っていたバーンズを無視し、屋敷内を調べることにした。

 その結果が、これだ。

 聖銀の鎧兜の出自が何処なのかは判明した。

 ただ、ジリュウの行方は未だ定かではない。バーンズが手にしたのは、聖銀の鎧兜のみで、ジリュウ本人ではない。

 ここに書かれてある内容によれば、山賊の村へと迷い込んだ人々は奴隷商に売られるとあるが、まさかジリュウも捕まって売られてしまったのだろうか。

「言いたいことは王都で言うんじゃな」

「ぬ、濡れ衣です! 私はこの町を……寂れたクソ田舎を大きくする為に! ワルドナに貢献する為に……ッ!!」

「それ以上、喋るな。わしの耳はお主の声を聞きとうないからの」

 有無を言わさぬ態度で、ムニムはバーンズを抑え込む。

 これ以上は何を言っても無意味だと悟ったのか、バーンズはその場に項垂れる。息子のエンデルはというと、今もなお気を失ったままだ。

 次に目が覚めた時、親子仲良く牢獄の中かもしれないな。

「……さて、ところでアルガよ。これはいったい何の騒ぎだったんじゃ?」

 別行動を取っていたムニムは、これまでの経緯を一切知らない。

 俺とエンデルがここで決闘していたことや、そうせざるを得なくなった原因について、一からゆっくりと説明していこうじゃないか。

「話せば長くなる……」

「あたしとアルガさんが付き合うことになったって話ですよねぇ」

「お前は話すな、ミール」

「ええ~? だってあたし、当事者ですよ? だからあたしにも話す権利があると思おうんですけどぉ」

「なんじゃなんじゃ? お主等、付き合っとったのか!? わしは全く気付かんかったぞ」

 そりゃそうだ、付き合ってないのだからな。

「当然ですぅ、だって二人だけの秘密にしてましたから。ねえ~、アルガさん?」

「してないから。嘘を言うな嘘を」

 はあ、と溜息を一つ漏らす。

 ミールが口を挟むのを止めつつ、ムニムに説明するのは骨が折れそうだ……。

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