【十話】子供の喧嘩に親が口を挟むのは如何なものだろうか
エンデルとの決闘を行う前、俺はトレイルさんからフリッツ家について話を聞いていた。
バーンズ=フリッツ。それがエンデルの父の名だ。
貴族の位であることを盾に、日々好き放題しているとのことだが、それはエンデルの自信に満ちた言動や振る舞いを見れば想像するに容易い。父子共々、己の立場を存分に利用するたちの人間だということだ。
「い、いったいこれは何が起きたというのだ……」
野次馬達の間から騒ぎの中心へと移動し、地面に転がり意識を失う息子の姿を瞳に映す。
バーンズは、エンデルの御供をしていた兵士達に目を向け、説明を促した。決闘の最中、一切の手出しをしなかった兵士達は、エンデルの身に何が起こったのかを話し始める。
「なんだかヤバそうな雰囲気ですぅ。アルガさん、逃げた方がいいんじゃないですかぁ?」
他人事のような発言をしているが、事の発端はミール、お前だからな。
ミールが嘘を吐かなければ、そもそも俺とエンデルは決闘することもなかった。と同時に、エンデルが無様な姿を晒すこともなかっただろう。
「貴様か? 我が息子を姑息な手段を用いて嵌め倒したのは……」
「呼んでますよ、アルガさん」
ぐいっと俺の背を押す。そしてそのまま後ろへと隠れるミール。
自分だけ助かろうとするんじゃない。
「ええい、邪魔だ貴様! そいつを庇うつもりか!」
「へっ?」
俺と目を合わせるバーンズは、怒りの声を上げる。
そしてそのまま俺の背後に隠れるミールへと視線を移した。
「トレイルの娘だな、隠れてないで前に出てくるのだ! どうせまた我が息子をたぶらかしたのだろう!」
「呼んでるぞ、ミール」
「ふええぇ~」
バーンズのお目当ては俺ではなく、どうやらミールのようだ。
「濡れ衣ですぅ~、あたしは何もしてないですってば~」
「何をほざくか! 貴様が我が息子エンデルを殴り気絶させたと聞いたぞ!」
決闘をしたのは俺だが、止めを刺したのはミールだからな。その点に関しては間違っていないか。
「モクンを離れたと聞いて安心していたが、懲りずにのこのこと戻って来たようだな……」
「あたしは来るつもりじゃなかったんですけどねぇ、彼氏がどーしてもって言うんでぇ~」
渋々といった感じで、ミールは前へと出る。だが勿論、大人しく従うつもりは毛頭無いらしい。
ミールは俺の腕を取り、強引にくっ付く。
全ての責任を俺へと押し付けたい思惑が見え見えだ。しかし、バーンズはミールの三文芝居に騙されつつも悪い方へと向かう。
「彼氏……? 貴様、付き合う男がいながら我が息子を誑かすとは……どこまでも救いようのないやつめ」
「どうしましょう、アルガさん。あたし二股掛けてるみたいになっちゃってんですけど」
「お前の嘘が原因だろうが」
「ですねぇ」
成り行きでエンデルと決闘することになりはしたが、これは元々、ミールとエンデルの二人の問題だ。俺は何の関係もない。
とはいえ、ミールの嘘は既に街中へと広まっているし、それを嘘だと知るものはごく僅か。トレイルさんやソフィールさんですら自分の娘が彼氏を連れて帰ってきたと信じているからな。
「貴様、トレイルの娘と付き合っているというのは事実か!」
とここで、バーンズが核心に迫る質問をしてきた。
こんな状況で本当は付き合っていませんと言えるわけがないし、仮に真実を伝えたとしても、エンデルと決闘し、返り討ちにした事実が消えることは無い。
彼氏役とこなしたことで、真実を話しても後戻り出来ないところまで来てしまっている。
「らしいですね。気付いた時には既に……」
「ふん、まるで他人事じゃないか。本当に付き合っているのか……?」
本当は付き合っていません。
まあ、真実は町の外まで持って行くがな。
「……貴様、アルガと言ったな」
兵士達から聞いたのだろう。
バーンズは、俺の名を口にすると、横に並ぶミールと俺の顔を交互に見る。そして、
「トレイルの娘、ミール。並びにその彼氏、アルガよ。貴様等二人は、我が息子が純粋無垢なのを良いことに、故意に騙し陥れた。その罪は決して見逃すことは出来ない。よって、貴族である我が権限を持って宣言する。貴様等二人を永久追放することを!」
永久追放……とはつまり、今後一切の立ち入りを禁ずるということだろう。
俺は別に構わないが、ここにはミールの実家がある。故郷であり、帰る場所だからな。足を踏み入れることを禁じられてはたまらないはずだ。
何か反論すべきか、と俺はミールへと目を向ける。
しかしながら、当の本人は何処吹く風といった様子で返事をする。
「はいはい、了解ですぅ」
「いいのかよ!」
「当然じゃ無いですか。だってここにはストーカー野郎とめんどくさい貴族がいるんですよ? そんなところにわざわざ顔出しに行くぐらいなら、パパとママにお願いして引っ越してもらいますから」
アッサリと肯定する。
過去にもコルンから引っ越しを経験している分、その辺に関しては何ら問題ないといった様子だ。
ということで、バーンズが下した罰は、どちらにも全く響かないものとなったわけだが……。
俺達が全くダメージを受けていないことに憤慨したのだろうか、バーンズが肩を震わせる。
「貴様等……我がモクンの愚弄するつもりか」
「ですぅ。だって住んでる人達はこんな調子で野次馬しちゃってますし、治めてる貴族はめんどくさいですからねぇ」
モクンの町というよりは、フリッツ家との縁を切り、関わりを絶つことが出来ると思えば、安いものだと考えているのだろう。
ミールは、もはや引く気はないようだ。だが、
「フリッツ家を愚弄するつもりか! おのれ……もう許さんぞ。貴様等の処分を変更することを、ここに宣言する!」
腸が煮えくり返ったのか、バーンズが反撃に出る。
処分の変更をするとのことだが……。
「処刑……処刑だ! 貴様等二人を、この場で打ち首にする!」
「打ち首ですって。どうします、アルガさん?」
「従うわけないだろ」
「ですよねぇ。あたしも同意見ですぅ」
処分の変更の結果、追放処分から打ち首となってしまった。
ミールの態度が悪かったのは確かだが、それにしてもさすがに罰が大きくなりすぎだな。
貴族の権限とはいうが、こんなものにはいはいと従うとでも思っているのだろうか。ところが、
「アルガのこと、いじめてるのー?」
真面目に反応した人物が二人。一方はルノで、打ち首宣言を聞いてからあたふたしている。
そしてもう一人が、ルノの傍にいるクーだ。
「あの人、アルガのてきなの?」
ルノの服の裾を引っ張り、バーンズを指差す。
敵か否かを尋ねるクーは、ルノの返事を待たずにキョロキョロと見回し始める。そして、
「悪いやつはクーがやっつけてあげるよ?」
明後日の方角へと目をやり、眉根を寄せる。
いったい何をしようとしているのか、その仕草を見てすぐに気付いた。
「クー、大丈夫だから止め……」
一手、遅かった。
クーは既に呼び寄せていた。
「おい! アレを見ろ! スライムが町に入って来やがったぞ!」
誰かが叫んだ。
その声に、広場へと集まった野次馬達が視線を向ける。その先に映るのは、いったい何処から集まってきたのか、数え切れないほどのスライムの群れであった。
ほんの僅かな時間で、この量のスライムを呼び寄せてしまうとは……。
「やっつけてー」
クーの命令を受け、スライム達は規則正しい動きでバーンズの許へと向かう。
何事かと目を丸くするバーンズをよそに、兵士達が剣を抜き壁となる。ただのスライムが相手なので、普通であれば相手になることはないだろう。但し、今回は別だ。クーの呼び寄せたスライムの数が多すぎた。
「くっ、フリッツ様! 魔物がそちらに……!」
兵士達の足下をスルリと抜け出し、標的の許へとぬるぬる走っていく。
「ええいっ! スライムごときに遅れをとる我ではない! 貴族魔法を見せつけてくれ……ぐわあああっ!!」
呪文を唱えようとするばーんずの顔面にスライムが張り付く。
詠唱が中断され、魔法を発動することが出来ず、もがき苦しみ始めた。
「ぐっ、ぐううっ」
更には全身に張り付き、突進を仕掛けるスライムもちらほら……。
遂にはその場に倒れ込み、バーンズはスライムの山に埋もれていく。
「アルガさん、今のうちに二人で逃避行しちゃいますか?」
「馬鹿を言うな。助けるぞ」
さすがに見過ごすことは出来ない。クーに悪気があるわけでは無いとはいえ、このまま死なれたりでもすれば後味が悪いからな。
というか、貴族魔法って何だ。
問題は助け出したあとだ。
打ち首を取り消してくれたらありがたいが、さてどうなるか。
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