【九話】見た目に惑わされてはならない
「アルガさん、やっと起きたんですかぁ? もうご飯並べちゃうんで、ぱぱっと食べちゃってくださいですぅ」
二日酔いによる調子の悪さに表情を歪めながらも、クーの手を引いて居間へと顔を覗かせる。
すると俺達の姿に気付いたのか、エプロン姿のミールが声を掛けてきた。
「……お前は随分と元気そうだな」
「はぇ? 当然ですよ? だって今日はあのエンデルをボコボコに出来るんですからねぇ!」
何事かを想像し悪戯な笑みを浮かべるミールは、鼻歌を歌いながら手招きするが、そういうことを言っているわけではない。誰よりも多く酒を浴びるように飲んでいたというのに、何故お前は平気な顔をしているのか。
溜息を吐きながらも居間に入る。テーブルの前にはトレイルさんが、そして台所にはソフィールさんとルノが立って朝食の支度をしていた。
「やあ起きたかね。いやはや昨日は遅くまで付き合わせて済まなかった」
「いえ、決闘を前に緊張をほぐすことが出来ましたし、おかげで楽しいひと時を過ごせました」
「はっはっは、さすがはアルガくんだ! この様子では、フリッツ家のご子息なんぞ敵ではなさそうだな?」
そうは言うが、さてエンデルの腕前は如何ほどのものなのか。
実際に対峙し剣を交えてみないことには、彼の実力を計ることは出来ないだろう。
ジリュウに裏切られて以降、魔人ルオーガや魔物化したイリール、数多の魔物を操るダーガに、禁呪のナルディアといった実力者を相手取り、己の命を懸け死線を越えてきた。
だが、ほんの僅かな油断が命取りとなる。ナルディアとの戦闘では、ルノやクーの援護が無ければ危機を脱することが出来なかったからな。故に、油断は禁物だ。
「アルガさん、クーちゃん、おはようございます」
「おはよう、ルノ」
「おねーちゃん、ごはんまだー?」
台所から皿を運びながら、ルノが挨拶をしてくる。こちらもミールと同じ柄のエプロンを身に着けていた。
全ての料理を食卓に並べ、最後にソフィールさんが席に着く。
朝食だというのに、品数がとにかく多い。エンデルとの決闘に向けて、たくさん食べて力を付けろ、ということなのだろう。
全員が揃い、手を合わせる。
「たべるねー」と宣言するクーの声を合図に、用意されたご飯を食べ始めた。
「……む? これはママの味じゃないな?」
「あっ、はい。わたしが作ったものです。……お口に合いますか?」
眉を潜めるトレイルさんの指摘に、ルノがゆっくりと手を上げる。
ルノも台所に立っていたので、何かしら手伝いをしているとは思っていたが、トレイルさんは味の違いにしっかりと気付いたようだ。
「うむうむ、実に美味だ! ママの手料理が世界一なのは言うまでもないが、ルノくんの作る料理も美味しくて驚きだよ!」
「まあ~、パパちゃんったら♪ はい、あ~んして?」
「あ~ん……うまああああああああい!」
これを見るのは二度目だが、あまりにも熱すぎてこちらが目を背けてしまう。ミールに視線を向けると、げんなりした様子でご飯を食べていた。
黙々と誰にも負けない速度で食べ続けるクーの横で、俺も腹を満たしていく。
気付けば、二人が作ってくれた朝食は、あっという間に無くなってしまった。
「アルガさんアルガさん、美味しかったですか?」
食べ終えた食器を台所へと運んでいると、ミールが傍に寄ってくる。
「ああ、どれもみんな美味しかったぞ」
「ふうん、そーですかぁ、みーんな美味しかったんですねぇ~♪」
口元を緩めたかと思うと、それ以上は何も言わずにミールは居間へと戻っていく。
ソフィールさんの作る料理は昨晩も食べているし、ルノの手料理は言わずもがな。今更聞く必要があったのか。
※
昼を回る少し前に、俺達はモクンの町の中央広場へと集まった。
決闘の時間は正確には決まっていないが、既に人だかりが出来ている。これはあれか、大勢の注目を浴びる中で、ミールを奪い合わなければならないのか。
「美味しい料理でお腹はいっぱいですし、野次馬は全員あたし達の味方ですし、天気も良好ですぅ。まさに絶好の決闘日和ってやつですね、アルガさん!」
「おいこらミール! いい加減ツケを払いやがれっ! テメーのツケ代だけで金貨一枚超えてんだぞ!!」
「ミール! おいミール! 目を背けてんじゃねえ! お前にぶっ壊された魔道具まだ弁償してもらってねーぞ!!」
「どーせ金が無くなって実家に泣きついてきたんだろ~! だから家出なんて無理だって言ったんだよ!」
「う、うっせーですぅ!! 外野は黙って見てやがれですぅ!!」
決闘日和か否かはともかく、少なくとも野次馬がミールの味方ではないことは明らかだ。
俺の背中に隠れながら罵声を返すのは止めてほしい。
とここで、正午の鐘が鳴る。
町全体に響き渡るほどの大きな音だ。すると、
「――驚いた。まさか逃げずに来るとは思ってもみなかったよ」
エンデルの声に、野次馬達が道を開ける。その先に見えるのは、鎧姿のエンデルだ。背後には、配下と思しき兵士が数名ついている。
「自害することを勧めたけど、どうやらその勇気が無かったようだね」
得物は、大剣が一つ。大きさはエンデルの身長を優に超えている。
果たして自在に振り回し使いこなすことが出来るのか。
「おや、この剣が気になるのかい?」
目線が大剣へと向いていることに気が付いたらしい。
エンデルは不敵な笑みを浮かべながら口を開く。
「これは王都の鍛冶師に打たせた業物さ。きみのような平民には一生手にすることの出来ない額のね」
「金持ち自慢なんていけ好かないやつですぅ」
口を挟むのはミールだ。
好意を寄せる相手からの指摘に目を泳がせるエンデルだが、首を振り口の端を上げてみせる。
「ふふ、聞いて腰を抜かさないでおくれよ? 決闘が出来ずに不戦勝なんてつまらないからね」
「お前の得物が幾らしたのかなんて興味はない。決闘するならさっさと始めるぞ」
「聞きたくないのは分かるよ、だがきみはぼくと決闘を行うのだから聞く権利がある。だから耳を塞がずにしっかりと聞くといい……。その額、実にワルドナ金貨二十枚分さ!」
大剣の先を地面へと突き刺し、エンデルは自慢気に告げる。
野次馬達が驚嘆の声を上げているが、俺やルノ、クーやミールの反応は違った。
「少なっ」
ぼそりと、ミールが呟く。
その声がエンデルに届いたのだろう、目を見開いてミールへと視線を移す。
「す、少ない……だって? ははは、ぼくの聞き間違いかな? ワルドナ金貨二十枚と言ったんだよ? 銀貨や銅貨とは違うよ?」
「だから少ないって言ってんですよ。たったそれっぽっちの値段の剣を自慢するなんてセコイやつですぅ」
俺自身、金貨二十枚と言われても驚くことはない。
桁を間違え、ムニムに借りることになったとはいえ、ただの首飾りに金貨百枚を支払ったわけだからな。
とはいえ、それはこちらの話だ。
たとえミールが恋の相手とはいえ、金貨二十枚で打たせた大剣を馬鹿にされては堪らないようだ。
だが、それでも罵声を浴びせたり嫌いにならないのは褒めるべきか。怒りの矛先を変えるべく、エンデルは俺に目を向けた。
「ほら、見てごらん。きみが無様に這い蹲る姿を、ここに居る全員が今か今かと待ち侘びているよ」
「どうでもいいから、早くかかってこい」
いい加減に面倒臭くなってきた。つまらないことばかりを聞かされる身にもなってほしい。
「口の利き方がなっていないね。ぼくが一から叩き込んであげるよ!」
両腕に力を込めるような表情を浮かべたエンデルは、勢いよく大剣を持ち上げ、剣先を天へとかざす。
しかしながら、足を動かすことはしない。その代わりに何事かを呟き始める。
「おいおい、エンデルの剣を見てみろ! どんどん光ってくぜ!」
野次馬の一人が叫んだ。言葉の通り、大剣は光を帯び始めている。
「魔術師か」
見た目に惑わされてはならない。
使いこなすことが出来るか否か甚だ疑問であった得物は、どうやら杖代わりに扱うらしい。
野次馬達の注目を浴びながらも詠唱を続けるエンデルは、一撃で終わらせるつもりのようだ。だが、
「ただの決闘でよかったな」
「――いいっ!?」
地を蹴り、ものの数秒でエンデルとの距離を縮める。あっさりと背後を取り、その背に剣先を触れさせた。
魔術師が詠唱を終えるまで待つ義理は無い。その数秒が実戦では命取りとなるからな。
「な、なんて速さなんだ……!!」
詠唱が中断されたことで、大剣へと集められていた魔力が霧散する。
杖や剣よりも大きな媒体を用いることで、多くの魔力を集めることが出来ると踏んだのだろうが、発動することが出来なければ何の意味も無い。
「負けを認めるか」
「何を馬鹿げたことを……ッ!! ぼくが負けるなどありえないさ!!」
背後を取られ、いつでも突き刺すことが出来る状況だというのに、エンデルは負けを認めない。それどころか、天へとかざしていた大剣を地に投げ捨て、俺の方を振り向いた。
「これでも食らえ!」
鎧の中に隠し持っていた杖を取り出し、振り向きざまに杖先を向けるエンデルは、してやったりといった表情を作っていた。付与された魔力を一気に開放し、俺を倒すつもりだったのだろう。
しかしながら、至近距離であるが故に、その行動は既に詰んでいる。
「無駄だ」
魔力が解き放たれる前に杖を掴み取り、躊躇なく腕を引く。すると、杖はエンデルの手からするりと抜け、俺の手元へと収まった。ついでとばかりに、杖を両手で掴み、真っ二つに折ってみせた。
己の得物を奪い取られ、壊されてしまったエンデルは、先ほどよりも驚き目を丸くしている。
「悪いが終わらせるぞ」
「ッ、何を――ッ!?」
顔面を殴り、意識を飛ばす。
受け身も取れずに地面を転がり、エンデルはピクリとも動かなくなった。
恨みなどは一切無いが、これが決闘である以上、どちらかが負けを認めるか意識を失いでもしない限り、決着することはない。ワザと負けることも考えたが、後からミールに何をされるか分かったものではないからな。
エンデルが負けを認めるとは思えなかったので、これが一番効率がいいと思ったわけだが……。
「勝負ありですぅ! 勝者はアルガさんですぅ~!!」
すかさず、ミールが勝者の名を口にする。それを待っていたと言わんばかりの歓声を、野次馬達が上げ始めた。
「お疲れ様です、アルガさん。お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。俺よりもあいつを診た方がいい」
決闘が終わると同時に、ルノが俺の傍へと駆け寄ってきた。
情けないところは見せなかったと思うが、それでもやはり心配させてしまったのだろう。怪我無く終えたことに、ルノは胸を撫でおろしているようだ。
「さっすがアルガさんです~! 顔面パンチしてくれた時、めちゃくちゃスカッとしましたよぉ~!」
続いて声を掛けてきたのは、笑いが止まらないミールだ。
これまでに募らせてきた鬱憤を俺が代わりに晴らした形になったわけだからな。しかし、
「……ぐ、待ちたまえっ! ぼくはまだ負けを宣言していない!」
どうやら目を覚ましたらしい。
先ほどまで全く動く素振りを見せていなかったが、回復力はなかなかのものだ。
「はあ~? アルガさんのパンチで気を失ってたくせに、まだ負けを認めないんですかぁ?」
「あれは寝ていただけさ。彼の拳があまりにも遅すぎたせいで、睡魔に襲われてしまってね」
今ここで負けを認めてしまえば、エンデルはミールを諦めることになる。それだけは絶対に避けたいのだろう。
正直、ミールのどこがいいのかサッパリ分からないが、その根性だけは認めてやりたい。
けれどもミールは、そんなことなど露知らずといった様子だ。
「じゃあもういっぺん寝とけですぅ!!」
そう言って、ミールは俺と同じように拳を握り締め、エンデルの顔をぶん殴る。
威力のほどは定かではないが、再び地面へと伏したエンデルは、二度目の睡魔へと誘われることとなった。
「これにて一件落着ですねぇ」
「どこがだよ」
全てが丸く収まったかのような発言だが、エンデルは今後もミールのことを諦めはしないだろう。それどころか、新たに俺のことを敵と認識し、どこまでも付きまとう可能性が出てきてしまった。
コルンの町まで追いかけてくるようなことになれば、さすがに面倒だが……さて、どうしたものか。
「――静まれぃ! この騒ぎは何事だッ!!」
今後について頭を悩ませていると、何者かの怒声が広場へと響いた。
野次馬の視線が一斉に集まり、俺達もその人物へと目を向ける。
「あれは誰だ」
「はぁ……親玉の登場ですぅ」
視界の端にエンデルを映しつつ、ミールは溜息を吐いた。
なるほど、あれはエンデルの父親か。この町に来てからというもの、次から次に厄介ごとが出てくるな。
「……ミール、そろそろ逃げてもいいか」
「そんなこと言わずに、最後まで付き合ってくださいよぉ」
「全力で腕を掴むな、痛いんだよ」
偽の彼氏役も頑張ったし、決闘も無事に終わらせることが出来た。
だからいい加減、俺を解放してくれ……。
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