【八話】決闘前夜にお酒を飲むのは油断しすぎだろうか
その日の夜。
ソフィールさんのお誘いもあり、ミールの実家に一泊することになった俺達は、ご相伴にあずからせてもらうことになった。だが、
「ママ……お願いだからイチャイチャしないでくださいですぅ……」
諦め気味のミールが、声を絞り出す。
しかしながら届かない。娘の声がソフィールさんの耳に届くことはない。
「うふふふふ……パパちゃんの為に今日はと~っても美味しいご飯を作ったの♪ 一口ずつ食べさせてあげるからねえ~♪ はい、あ~ん♪」
「あ~ん……モグモグ。……ッ!! んんんんまあぁぁぁぁぁぃぃぃいっ!!」
ミールの父親――トレイルさんは、ソフィールさんの手料理を口にして、歓喜の声を上げる。
同じ空間に俺やルノが居ることなどお構いなしといった様子で、実に幸せそうだ。
まあ、その気持ちも分からないことはない。
俺自身、ルノが作った手料理を食べている時は幸せそのものだからな。それが木の実づくしにならなければ、クーも大喜びすることだろう。
「いやぁ~、ママが作った料理は世界一美味しいし、ミールにも彼氏が出来るし、今日は最高にハッピーな気分だなあ~!」
一応、ミールとお付き合いをしている体でトレイルさんと対面することになったので、内心冷や冷やしていたわけだが、それも杞憂に終わった。
トレイルさん曰く、ミールが彼氏を連れてくる日が来ようとは、夢にも思っていなかったらしい。親としてその発言はどうなのかと突っ込みたいところではあったが、対象がミールだからな。素直に頷き、納得してしまった俺がいる。
その一方で、横に座るミールは、遂に頭を抱えてしまった。身内の恥ずかしさからか、頬は真っ赤に染まっているではないか。
……よく考えれば、これは意外と珍しいことかもしれない。ミールのこんな表情は滅多に見ることが出来ないだろうからな。
「ムニム様は、まだ戻ってきませんね……」
「まだ用事とやらが終わってないみたいだな」
食事を取りながらも、ルノは未だ合流出来ないムニムの心配をしていた。
俺は俺で厄介ごとに巻き込まれてしまったわけだが、案外ムニムの用事も一癖あるものなのかもしれない。
「ねー、これも食べていーい?」
「食欲無いですから、勝手にどーぞですぅ……」
ミールの体を揺さぶり、クーが尋ねる。
承諾を得ると、クーはミールの皿の上に置かれた果物を食べ始めた。
「おいしー」
ソフィールさんの手料理は、木の実料理ではなかった。
今日のクーは、お腹がいっぱいなるまで食べ続けることだろう。
「ところでアルガくん。フリッツ家のご子息と決闘を行うという話は事実かね?」
「あ……そうですね、はい。申し込まれてしまいました」
正直どうしてこんなことになってしまったのか。
ミールの彼氏役を引き受けてしまったが故に、後戻り出来ない状況へと追い込まれている。だが、今更冗談でしたとは言えまい。
エンデルは決闘する気満々で、外野も盛り上がっている。ミールの為に一肌脱ぐのは癪だが、途中で逃げてしまえばトレイルさんとソフィールさんに合わせる顔がない。
……いや、そもそもミールの彼氏として紹介されているのだから、それが嘘だと発覚した時の方が申し訳ないか。
「ふむ、なるほど。どうやら面倒ごとに巻き込まれてしまったようだね……」
腕を組み、トレイルさんは渋い顔をする。しかしすぐに表情を変え、笑みを浮かべた。
「まあ、案ずることなかれ。きみは我が娘を拾ってくれた救世主だ。劣勢になった際には、陰ながら手を貸すことを約束しようじゃないか! ハッハッハ!」
「誰が拾ってくれた救世主ですかぁ~、あたしがアルガさんを拾ってあげたんですぅ」
俺は救世主でもなければミールに拾われた記憶もない。
それに加え、陰ながら手を貸すというのは如何なものか。たとえ相手が誰であろうとも、決闘というからには正々堂々と戦うべきだからな。面倒臭いことは否定しないが……。
「アルガさんアルガさん」
「……なんだ」
するとここで、ミールが俺の傍に近づき、腕を絡めようとしてくる。
それをさり気なく拒否し、何事かと眉を寄せた。
「当然、ボコボコにしてくれるんですよねぇ」
シュッシュと両手でパンチを繰り出す振りをしてみせる。
いっそのこと、ミールが決闘すればいいのではないだろうか。【火術師】としての腕も中々のものだからな。エンデルを返り討ちにすることなど造作もないはずだ。
「さあさあ、明日は大事な大事なアルガくんの決闘だ! 景気づけにパ~っといこうじゃないか!」
「ですですぅ、ってことでママ~、シュワシュワするやつ持ってきてくだ~い」
「もう、仕方ないわね~。あんまり飲みすぎたらダメよ~?」
ソフィールさんが席を立ち、台所から持ってきたもの。
コップへと注がれ、それを受け取る。……においで分かる。これはお酒だな。
「じゃんじゃん飲むですぅ♪」
「決闘前日にお酒を飲むのは不味いんじゃないか」
「へっちゃらですよ? だって相手はあのエンデルですし。アルガさんなら、ちょちょいのちょいってやつですぅ」
随分と過小評価されているな。
エンデルに対する口調や態度も優しいものではないし、ミールのどこに惚れたというのか。
俺には見抜くことの出来ないミールの良さがあるのだろうか。決闘が終わった後でじっくりとお尋ねしたいものだ。
「ルノ先輩も、ほらほらぁ~♪」
「うん、せっかくだから一杯だけいただこうかな」
お酒の入ったコップをミールから押し付けられたルノだが、意外と乗り気のようだ。
ルノが飲むなら、俺も少しだけ付き合うとするか。
「じゃあ、乾杯ですぅ~!」
飲みすぎず、ほどほどのところで止めておこう。
明日の決闘に備え、早めに寝るが吉だ。
※
――翌朝。
二日酔いの辛さで目が覚めたのは言うまでもない。
そして結局、日を跨いで朝になっても、ムニムは戻って来なかった。
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