【七話】笑顔を張り付けたまま決闘を申し込まれてしまった

 あの後すぐ、偽の彼氏役の件をルノに伝えたおかげで、誤解をされずに済むことになった。これで一応は安心することができるわけだが、しかしながら何故かルノの表情が優れないままだ。真面目なルノのことだから、嘘を吐くことに抵抗があるのだろうか。

「――で、アルガちゃんはうちのミールちゃんと~、どうやって知り合ったのかしら~?」

「それはもう~、甘~い出会いでしたよねぇ、アルガさん♪」

「俺にも出来る依頼って名目で、草むしりをさせたんだよな」

 あれは正直しんどかった。

 腰にもくるし、鎧兜を身に着けたままで草むしりをしていたからな。依頼範囲は町全体で、その報酬額が銀貨十枚だから、一人でこなすには割に合わないしんどさだったと言えるだろう。

「あぁ~、そんなこともありましたっけねぇ~」

 どこ吹く風のミールだが、俺は絶対に忘れない。

 ミールが勧める依頼には裏があると考えるべきだ。

「ところで、パパはお出かけ中ですぅ?」

「パパちゃんなら、エンデルちゃんのところに行ってるわ~」

「うへえ、なんで成金野郎のところに行ってるんですか……」

「それは勿論、パパちゃんが有能な魔術師だからに決まってるでしょう~?」

 有能な魔術師か。ミールが前に話していたが、確か【水術師】の紋章を授かっているはずだ。モクンの町の防衛業務を担当したり、ひょっとしたら今も現役で冒険者をしているのかもしれない。

「あっ、そうそう。アルガさん~、よかったら町を案内しましょうかぁ~?」

「町を? 急にどうした」

「だってあたし達付き合ってるじゃないですかぁ。だったらデートぐらいしますよねぇ」

 付き合ってないけどな。

 堂々と二人でデートなどしてしまえば、町中に知れ渡ることになる。仮にそうなれば、後に嘘でしたと言い辛くなるだろう。何より、今後この町に顔を出すことが難しくなる。

「俺はソフィールさんと話をしておくから、ミールは一人で散歩してきたらどうだ」

「デートなのに一人で散歩してこいとか、アルガさん鬼畜すぎますってば~。いいからほらほら、行くですぅ~」

 もう一度助け舟を求め、ルノへと視線を向ける。

「わたしは何度か来たことがありますから、アルガさんも見てきたらいかがですか?」

「クーはねー、これ食べとくね?」

 だが、ルノは少し不貞腐れたような顔を見せるだけで、クーと一緒にソフィールさんから出された茶菓子を口へと運んでいる。

「ってことなんで~、デートに出発ですぅ!」

「はぁ……」

 ここで拒否すると、ソフィールさんに疑われてしまうからな。仕方あるまい。

 町民に見られないように、今から祈っておくことにしよう。


     ※


 結果として、祈りは無意味だった。

 町中を歩き、町民と顔を合わせる度に、ミール自ら声を掛けていくではないか。

 その都度「家出は終わったのかい」と笑われたり「やっぱり実家が一番居心地がいいだろう」と言われたり、更には「受付嬢になったなんて嘘は言わなくていいんだぞ」と慰められている。

 そんな中でも、ひと際目立ったのが、やはり俺の存在だ。

 ミールが男を連れて帰ってきたと話題になり、それはあっという間に町全体へと広まった。小さな町というわけではないのだが、小一時間も経たないうちに、ミールの彼氏を一目見ようと、町中の人達が集まってきた。

「いやぁ~、男が出来るって……なんか優越感ありまくりですねぇ~」

「俺は憂鬱だよ……」

 満更でもない表情……というか、現状を楽しむミールには、あとで文句を言わせてもらうことにしよう。それよりも今は、大きくなりすぎた嘘がバレてしまわないように、表面上取り繕う必要がある。

「しかしよかったな~、ミール! 彼氏ができたってことは、エンデルに付きまとわれずに済むってことだもんな!」

「ですぅ~」

 ミールが町民達と会話する度に話題の種になるのは、エンデルという人物だ。ミールの幼馴染で、成金ストーカー野郎と揶揄されているが、俺はまだ会ったこともない。どんな人物なのか一度見ておきたいところではあるが……。

 モクンは、地方貴族のフリッツ家の統治下にある。町民達の話を聞くところによると、これがまた憎たらしい部類の貴族のようで、身分の差を鼻に掛けているらしい。

 そしてその一人息子が、エンデルだ。

 数年前にコルンからモクンへと引っ越したミールは、同い年の女の子と仲良くなり、よく魔物退治に出かけていた。その見た目とは異なる勇敢な姿に一目惚れしたエンデルは、ミールと顔を合わせる度に「きみはぼくと付き合うべきだ」と付きまとうようになった。

 とはいえ、相手はあのミールだ。たとえそれが貴族であろうがなかろうが関係ない。何度求められても振り続け、手を出して来れば魔法で返り討ちにする。そんなことを繰り返していたらしい。

 魔法で怪我をしてからは手を出さなくなったものの、気付けば後をつけてくる始末で、心休まる暇と場所がなかった。

「その結果が、家出か」

「家出じゃないですよぉ、花嫁修業ってやつですぅ」

 大した荷物も持たずに交通馬車に乗り込むことに成功したミールは、一人モクンを発ち、王都へと潜り込むことに成功した。

 まあ、そこで冒険者組合の受付嬢になろうとしたらしいが、書類面接で落とされたと憤慨していた。

「あれって絶対ストーカー野郎の仕業ですよ! あたしが就職出来ずに戻ってくるように、裏で手を回してたに決まってますぅ!」

「そこまでするとは思えないけどな……」

「分かってないですねぇ、アルガさん。貴族のねちっこい執念深さは尋常じゃないんですぅ」

 別に分かりたくはないが、仮にミールの予想が事実だったとすると、そのかいもあってミールはコルンへと流れ着いたことになる。そこでようやく、念願の受付嬢になることが出来たわけだが……いや、そもそもミールは受付嬢になるのが夢だったのか?

「受付嬢といえば、モクンにも冒険者組合はあるだろう。ストーカーされる前に受けたことはなかったのか」

「……ここのみんな、あたしが【火術師】ってこと知ってるんですよ。だからなんですかねぇ、受付嬢をさせとくなんてもったいないって言われて落とされちゃいましてぇ」

 王都でも落とされ、モクンでも同じく……。一人でワルドナ地方を旅していたことを考えると、ミールもそれなりに苦労しているみたいだ。

「おいおい、ミールよ。嘘を吐いちゃいけねえぞ? 研修期間中に何度も失敗して三日持たずに首になったのが真実のはずだぜ?」

「ちょ、彼氏の前でそーいうこと言わないでくださいよぉ~!」

 名前も知らぬ町民が、横から突っ込みを入れてくる。そういうことか。

 また一つ、ミールの嘘が判明した。ありがとう、名も知らぬ町民さん。

「そもそも、失敗したのはあたしのせいじゃないですし~! 成金ストーカー野郎が親の力で無理難題を言ってきたのが原因ですぅ! とーぜん、アルガさんはあたしの話を信じますよねぇ?」

「すまん、俺は名前も知らない彼の話を信じる」

「ひどっ!? それでもあたしの彼氏ですかぁ~!」

 憤慨するミールだが、すぐに表情が変わる。

 眉間にしわを寄せ、口を開いて思わず出た言葉は「うへぇ」だ。

「何度見ても目が腐りそうですぅ」

 ミールの台詞を耳にして、俺は視線の先を追う。

 すると、煌びやかな服に身をまとった青年が、俺達の方へと近づいてくるではないか。

「……あれが、エンデルってやつか」

「ですぅ」

 ミールが肯定する。見たところ、爽やかな美青年のようだが……彼は本当にミールのストーカーをしているのだろうか。

「やあ、ミール! 久しぶりだね!」

 俺達の前で立ち止まると、エンデルは爽やかな笑みを浮かべて口を開く。

 その瞳に映るのは、ミールの姿だけ。横に立つ俺のことは一瞥すらしない。初めから視界に入っていない……というか、存在していないものと思われているのだろうか。

「ぼくはずっと、きみが戻ってきてくれることと信じていたよ!」

「おあいにく様ですぅ、用事が済んだらすぐに出発しますし」

「用事? ……ああ、ぼくとの結婚式のことかな? だが少し待って欲しい、まずは日取りを決めるところから始めるべきだからね。いやその前に指輪をプレゼントしなければならないかな?」

 ……前言撤回。こいつは頭がおかしい。

「そうそう。二人の再開を祝して、今夜きみの部屋を訪ねることにするよ。そこで夜明けが来るまでロマンチックに、そして情熱的に二人きりで過ごそうじゃないか」

 全て理解した。こいつはダメだ、ミールの言い分が全面的に正しい。

 勢いで家出するのも納得だ。

「あたしにはアルガさんがいるから、視界からさっさと消えやがれですぅ~。ってことで、アルガさんからも何か言ってやってくださいよぉ」

「急に話を振るな」

「……アルガ? それはきみの名前かい?」

 ミールの声だけは、耳に届くのだろう。

 ここで遂に、エンデルが俺へと視線を移す。

「アルガだ。コルンの町で冒険者をしている」

 名乗り、お辞儀する。

 エンデルは表情を変えず、口元には笑みを張り付けたまま、手を差し出してくる。

「ぼくはエンデル。ミールの婚約者さ」

「婚約した覚えは一切ないですぅ!」

 ミールが口を挟んでくるが、俺はひとまずエンデルの手を握る。

 握手を交わし、手を放そうとするが……エンデルは手に力を込め、放そうとしない。

「きみが何者なのかなんて、ぼくにはどうでもいいことなんだ。でもね、一つだけ言わせてほしい」

「……なんだ」

「今すぐ自害することをお勧めするよ」

「悪いが無理だ。俺は長生きしたいからな」

 まさか、初対面の相手に対して自害を勧めてくるとはな。

 驚きを隠せないぞ。

「それなら仕方ないね。自害が無理なら、ぼくが殺してあげよう」

「それも無理だな」

「ふふ、ミールがぼくのお嫁さんになるのが確定事項であるように、このぼくに不可能なことなどないんだよ?」

「寒気がするですぅ……」

 あのミールが完全に引いている。……上には上がいるということか。

「明日の午後、町の中央広場にて、きみを待つ。これは男同士の決闘だよ。他の者に手出しはさせないからね」

 エンデルは、恋敵である俺に対し、決闘を申し込んできた。

 その間も、顔色はずっと変えずに笑顔のままだ。まさに仮面野郎だな。

「断ると言ったら……?」

「ぼくはフリッツ家の人間だよ? 断ることなど不可能さ。きみが決闘を受ける気になるまで、地の果てまでも追いかけようじゃないか」

 さすがは、ミールにストーカー野郎と言わしめる人物だ。

 執念深さは伊達ではなさそうだな。

「エンデルと言ったな? お前が勝ったら、どうするつもりだ」

「彼女から手を引いてもらうよ。まあもっとも、ぼくが勝った時点できみはこの世にはいないわけだけどね?」

 爽やかな表情で、エンデルが言い捨てる。腕が立つか否かはともかくとして、性格に難があるのは確実だ。一筋縄ではいかない勘違い野郎に絡まれてしまったか。

「ファイトですぅ、アルガさん! コテンパンにやっつけちゃってください~♪」

 他人事とでも言いたげな様子で、ミールが援護する。

 頼むからお前は口を閉じてくれ。

「それじゃあ、明日を楽しみにしておくよ。ふふふ……」

 そう言って、エンデルは笑みを崩さぬまま、握っていた手を放す。そして、俺達の許を去っていった。

 ミールからエンデルの話を聞いた時から嫌な予感はしていたが……やはりと言うべきか。あっさりと厄介ごとに巻き込まれてしまった。

 だから俺は、偽の彼氏を演じたくはなかったんだ。

「男と男が、あたしを懸けて決闘するなんて……モテる女は辛いですぅ~♪」

 いっそのこと、エンデルとの決闘をボイコットするか。

 そしてミールをモクンに置き去りにして、俺とルノ、クーとムニムだけでコルンに帰るのもありだな。

「アルガさん~、逃げても無駄ですからねぇ? あたしがちゃ~んと見張ってますから♪」

 俺の目論見を事前に阻止するかの如く、ミールが横から口を出してくる。

「……コルンに戻ったら覚えておけよ」

「無理ですぅ♪」

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