【六話】偽者に相応しい役どころだろうか

 ルノの道案内により、モクンの街路を迷わずに進んでいく。

 そんな俺達の背を、渋々といった様子でついてくるのは、ミールだ。

「うちの両親、人前でイチャイチャしまくるんですよねぇ」

「仲が良くていいじゃないか」

「仲が良い……はあぁ~。あれはそんなもんじゃないですぅ。限度ってもんをしらないんですよぉ。見てるだけでもイラっと来ますし。文句の一つでもぶつけたら、お前も早く彼氏作ればいいだろうって、超ムカつくこと言い出しますし~」

 夫婦円満は良いことだと思うが、限度の問題か。身内としては我慢出来ないといった感じだろうか。まあ、実際に見てみないことには判断することも出来ない。

「……ミール、ここよね?」

「さすがルノ先輩、記憶力が良いですぅ」

 ルノの声に、ミールがお手上げ状態で反応する。どうやら家に着いたらしい。

 ミールの実家は一軒家ではなく、集合住宅型のようだ。

「あたしんちは、ここの二階ですぅ。えっとぉ……あっちの角側ですねぇ」

 外側から指を差し、ミールが言う。洗濯物が干してあるのが見える。室内の明かりもついているから、ミールの両親は在宅中なのだろう。

「っていうか、ホントに行くんですかぁ? うち、おもてなし出来るようなものは何にもありませんよぉ?」

「おいしーものは?」

「クーさんのお口に合うよーなものは無いですねぇ」

「えー」

「あ、木の実はあるかもしれないですよぉ? 食べます?」

「やだ」

 あからさまに訪問回避を試みるミールだが、別に美味しいものを食べる為にお邪魔するわけではない。クーはそのつもりかもしれないけどな。

 せっかくモクンの町まで足を延ばしたのだ。ミールの実家に顔を出しておくのも悪くない、というか面白いだろうといった話だ。

「行くぞ、ミール」

「ふえぇ~、アルガさんってば強引ですぅ。普段ならそこに痺れる憧れるんですけど、今日だけは余計ですぅ」

 ルノと並んで建物内部へと足を踏み入れ、階段を上っていく。二階の外通路を通って一番端の扉の前で立ち止まり、ルノがミールへと視線を向ける。ミールの顔色から察するに間違いないだろう。

「ここが、お前の実家か」

「ですぅ。お引越ししてなければですけどねぇ」

 今更逃げても仕方ないと観念したのか、ミールは扉の前へと移動する。

 ドアノブを掴み、何事かを呟く。すると、その言葉が鍵の役割を担っていたのだろう。開錠し、ミールは扉をそっと引いて、室内を恐る恐るといった様子でのぞき込む。が、

「――ミールちゃん? ミールちゃんなの~?」

 扉を開けて僅か数秒、奥から女性の声が響いた。

 と同時に、ミールが扉を閉めて回れ右をする。

「誰もいないみたいですぅ」

「いやいや、声が聞こえたからな」

「それはきっとアルガさんの耳が悪いんですねぇ、空耳か幻聴ってやつですよ、きっとぉ~」

「ミールちゃん? ミールちゃん! 帰って来るなら帰って来るって連絡して頂戴~! ミールちゃんの大好きなお料理を作っておこうと思ってたのに~!」

「はぁぁ……、ママ、ただいまですぅ」

 ミールの否定も空しく、勢いよく扉が開く。

 室内から姿を現したのは、ミールによく似た雰囲気の女性だ。ママと呼んでいるので、この女性がミールの母親で間違いないだろう。

「おかえりなさい、ミールちゃん~! って、……あら? ルノちゃんも一緒だったのねぇ! 久しぶりねえ~、うちのミールちゃんは、ちゃんとお仕事頑張ってるかしら~?」

「あ、お久しぶりです、おばさま。えっと……そうですね、はい。まだ慣れないところもありますけど、受付嬢として毎日頑張ってくれています」

「あらほんとに~? よかったわ~! うちのミールちゃんってば人見知りする子でしょう? だから受付嬢なんてできるか心配だったのよね~」

 いったいどこの誰が人見知りだというのか。

「ちょまっ、なんでママ、あたしがコルンで受付嬢してること知ってるですかぁ?」

「ミール、貴女を採用した後、わたしから伝達魔法でご報告していたの」

「ルノ先輩~、それ初耳なんですけどぉ~!?」

 憤慨するミールをよそに、ルノとミールの母親は言葉を交わしていく。

「ルノちゃんがミールちゃんの傍にいてくれて、ホントーに安心だわ~。これからもうちのミールちゃんをよろしくお願いね!」

「あ、あはは……はい」

 勢いに押され、ルノは苦笑いしている。

 するとここで、今度は俺とクーに目を向けてきた。

「……あら、あら? ミールちゃん、この方達は……どちら様かしら~?」

 溜息を吐きながらも、ミールは俺達を見て紹介していく。

「コルンの町で、木の実採りをしてるアルガさんですぅ。……で、こっちが木の実大好きクーさんですよぉ」

「食べすぎたらあきるもん。クーは木の実じゃないの食べるもん」

 ミールの紹介に、クーが主張する。木の実が美味しいのは事実だが、俺達のように毎日食べていたら飽きるのも当然だ。今日は別の料理を食べたいものだが、さてどうなることやら。

「初めまして、アルガと申します」

 ミールの紹介を受け、俺は首を垂れる。

「うふふふふ、アルガちゃんね? 初めまして、ミールの母のソフィールといいますわ~」

 少しして顔を上げると、そこにはにんまりと笑みを浮かべるミールの母ソフィールの姿が……。

「それにしても、ふふふふふ……、そうなのね~。そういうことだったのねえ~。全くもう、ミールちゃんも隅に置けないんだから~」

「……ママ、何の話ですかぁ?」

「照れてるのね~? でも隠しても無駄よ~。ママにはちゃ~んと分かってるんですからね~?」

「いやいや、だから何の話かあたしにはさっぱりなんですけどぉ?」

 眉を潜める一同に対し、笑みを絶やさないソフィールさんは、俺とミールを交互に見ながら口を開く。

「アルガちゃんが、ミールちゃんの初彼さんなのよね~?」

「は……はいぃ!?」

「一目見た時から、ママは気付いてたわ~。ミールちゃんとアルガちゃんが付き合ってるってことぐらいね~」

 冗談が上手いと言いたいところだが、言い方からして本気なのだろう。

 勘違いにもほどがある。

「ママ、アルガさんは別にあたしの彼氏なんかじゃ……あ」

 否定しようとするミールだったが、途中で口が止まる。

 何事かを考えるような仕草を取った後、俺と目を合わせると、ソフィールさんと同じようにニンマリと笑みを作り上げた。

「いやぁ~、やっぱりママに隠しごとは出来ないですねぇ~」

「おい、ミール?」

「ママの言う通り、アルガさんはあたしの彼氏ですぅ。ね~、アルガさんっ!」

 同意を求め、ミールが腕を絡めてくる。ルノの前でそういう行動は止せ。

「誤解されることをするな」

「うちのアルガさんってば、シャイなんですぅ。ついこの間まで、ず~っと素顔すら見せてくれなかったんですからねぇ~」

「あら~、それはホントーなの、アルガちゃん?」

「え、ああ……まあ、兜を付けていたので、それはそうなんですが……」

「でもや~っと、恥ずかしがらずに目と目を合わせてデートすることが出来るようになったんですぅ♪」

 ミールを相手にデートなど、一度もしたことはない。というか、生まれてこの方、誰ともしたことはないぞ。

「ねえ、ミール? アルガ様が困っているからその辺で……」

 隣から助け舟が出る。見かねたルノが割って入ってくれたのだ。……がしかし、ミールは止まらない。

「ってことで~、あのクソ成金にも伝えといてですぅ。今後一切、あたしに付きまとうんじゃないですぅ~って」

「クソ成金……?」

 ミールの台詞に、思い出す。

 クソ成金というのは恐らく、守衛との会話の中に登場したエンデルという人物のことだろう。ミールの幼馴染で貴族だったか。

「ああ~、そうよね~。ミールちゃんが帰ってきたらお見合いするから、すぐに伝えてほしいって言われてたけど、ミールちゃんにはアルガちゃんがいるものね~」

「ですですぅ~、だからよろしくですぅ~」

「お見合いって、何の話だ?」

 絡まれていた腕を強引に引きはがし、ミールに問い掛ける。

 すると、ミールは途端に表情を歪め、肩を落とす。

「あたし、あのクソ野郎にストーカーされてるんですよねぇ」

「ストーカー?」

「昔っからあたしのことを追い掛け回してきて、ぼくと結婚しろ~って。マジ勘弁ですぅ。モクンに居たらずっと付きまとわれるんで、家出したんですよ」

 なるほど。それが原因で、ミールはモクンからコルンへとやって来たのか。

「アルガさん、ちょっとこっちきてくださいですぅ」

 ミールは、母親に聞こえないように俺を呼び、少し離れた位置で耳打ちする。

「超かわいい乙女のあたしの為だと思って~、ここは一肌脱いでくれませんかぁ?」

「どういうことだ」

「つまりぃ、成金ストーカーがあたしのことを諦めるように、ここに居る間限定であたしの彼氏役をしてほしいってことですぅ」

 彼氏の振りをしてほしいと、ミールはお願いしてきた。一見すると、大した問題ではないようにも思えるが、しかしだからといって簡単に引き受けていいものだろうか。

 エンデルという人物に逆恨みされる可能性も否定出来ない。

 何より、たとえ真実を伝えていたとしても、ルノの前でそういった行動はあまり取りたくないからな。

「……悪いが、俺にはお前の偽の彼氏役は荷が重すぎる」

「えぇ? ってことは、本物の彼氏になりたいってことですかぁ? もう~、アルガさんったら積極的すぎますぅ」

「人の話を聞け」

「とにかく~、ここにいる間だけですから、あたしからの一生のお願いですぅ」

 ミールが両手を合わせ、祈るように俺を見る。

 まあ、ムニムの寄り道でモクンに立ち寄ったとはいえ、元々俺達もモクンに行く話をしていた。ミールの反対を押し切って行くつもりだったので、少しぐらい協力するのも致し方ないか。

「……町を出る前に、ご両親には全て嘘だと言うことを伝えろ。それが条件だ」

「勿論ですぅ!」

「あと、ルノには初めから伝えておくからな」

「はあぁ~、相変わらずアルガさんってばルノ先輩推しですねぇ~」

「何の話だ」

「じゃあじゃあ早速、偽彼役お願いしますですぅ~」

 そう言って、ミールは再び腕を絡めてくる。

 まためんどくさそうなことに巻き込まれてしまいそうだが……少しの間の辛抱だ。ムニムの用事が終われば、すぐにでも此処を発とうじゃないか。

 とりあえず、何を最優先でするべきか。それは既に決まっている。

 ルノの視線が痛いから、早めに真実を伝えようじゃないか……。

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