【五話】ミールの嫌がる場所へと向かうことにした

 エザの町で一泊した俺達は、遠くまで見渡せる草原地帯を馬車に乗り移動していた。

「この道を右に頼むのじゃ」

 ムニムの声に従い、御者が手綱を引いて馬の進むべき道筋を操る。俺達を乗せた馬車は、コルンの町へと続く道を逸れ、南東へと向かう。

「ムニム。寄り道すると言っていたな」

「うぬ、覚えとったか。わし等がこれから行くのは、ここからそう遠くない場所じゃ」

 何処に行き、何をするのか。詳しい話は聞いていなかったのだが、王都を発つ前、ムニムは寄り道をすると言っていた。

 コルンへと続く道は、運が悪ければ魔物と遭遇することがある。故に、護衛という形で馬車に同行してもらっている。ワルドナ王に直訴し護衛を務めてくれたというのだから、ありがたい話だ。

 しかしだ。コルンに急ぎの用があるわけでもなく、コルンが逃げ出すこともない。故に、寄り道すること自体は別に構わないのだが、さすがに行き先が何処なのか気になるのは仕方あるまい。

「うげぇ……なーんか嫌な予感がするですぅ」

 とここで、ミールが横から口を挟んできた。視線を移してみると、言葉通りの表情を作り込んでいるではないか。

「あたし、受付の仕事がいっぱい溜まってるんですよねぇ。だから寄り道なんてしてる場合じゃないんですけどぉ?」

「なんじゃ、そうじゃったのか? それは悪いことをしてしもうたかのう……」

 受付業務が溜まっているから、さっさとコルンの町へと戻れと主張するミールに、ムニムが首を垂れる。たとえその相手がミールだったとしても、迷惑を掛けることに対して申し訳なさを感じているのだろう。

 但し、仮にミールの言い分が事実だったとしても、ムニムが謝る必要はない。

「勝手についてきたのはお前だろ、ミール」

「へぇ? そーでしたっけ? あたしってば、都合のいいこと以外、記憶に残らないんで、全く覚えてないですねぇ」

 そもそも、ミールは今回の旅に同行する予定ではなかった。気が付いた時には馬車に乗り込み潜んでいたからな。

 故に、仕事が溜まっていようがいまいが、それは自業自得というやつだ。

「勝手に……? なんじゃ、ほらを吹いとったのか。危うく騙されるところじゃった」

「失礼なお子ちゃまですぅ。嘘じゃないですってばぁ~。っていうか、あたしってどーしてこんなに信用されないんですかぁ?」

「普段の行いだな」

「心外ですぅ」

 ムスッとふくれっ面を作るミールだが、それもワザとだから気にしない。

 ミール達と言葉を交わしている間に、馬車は草原地帯から森の中へと入り、奥へ奥へと進んでいく。すると、ここでルノが声を漏らす。

「あっ、この道ってもしかして……」

「なんだ、知っているのか、ルノ」

「はい。わたしの勘違いでなければですが、この先にあるのはモクンの町だと思います。こちら側から行くのは初めてなので、正しいか分かりませんが……」

「ほう、さすがはルノじゃの。お主の言う通り、寄り道するのはモクンじゃ」

 ――モクンの町。

 ルノの言葉に、ムニムが頷く。ワルドナへと行く道すがら、モクンという名の町の話はしていた。

「モクンの町か……。確か、ミールのご両親が住んでいるところだな」

「ですねぇ。だから嫌だったんですよ」

 王都で聖銀の鎧兜を処分した後、帰りに寄るのも悪くないと話していたのを思い出す。

 ミール自身は、モクンへと寄るのを嫌がっているみたいだが、俺としてはいい機会だ。まだ見ぬ町や村に足を運び、その土地の良さを知る行為には、心躍るものがあるからな。

「コルンに、もどるんじゃないのー?」

「ああ。少しだけ寄り道することになった」

 話を聞いていたクーが、俺の服を引っ張り、小首を傾げている。

「おいしーもの、たくさんある?」

「美味しいものか……」

「モクンの町には、コルンの裏山では採れない種類の木の実が幾つかありますね。だからきっと、アルガ様もクーちゃんも気に入っていただけると思いますよ」

「木の実……か」

「えー」

 ルノの返事に、俺とクーが声を漏らす。

 コルンの町で採れるものとは別種とはいえ、また……木の実か。

「はあぁ~、憂鬱ですぅ~」

「なんじゃお主等、もっと楽しそうにせんか」

 馬車に揺られる俺達は、それぞれ違った表情を浮かべながら、モクンの町へと向かう。


     ※


 馬車に揺られて暫く……。

 会話の種も尽き、ガタゴトと体全体に響く振動にウトウトとしていた俺達だったが、どうやら無事に目的地へと辿り着くことが出来たらしい。

「うむうむ、ようやっと着いたのう」

「見慣れた街並みですぅ」

 モクンの町の正門の前に、御者が馬車を停めた。

 ムニムが勢いよく扉を開き、軽い足取りで外へと飛び出る。その後に、ルノと俺、ミールと眠たげなクーが続く。

「ついたのー?」

 瞼を擦り、欠伸をしながらクーが尋ねてくる。

 王都を出発し、エザの町で一度休憩を挟んだ俺達は、南東の方角へと進み、モクンの町を目指していた。話し相手がいるとはいえ、一日の大半を馬車で過ごすのは退屈だったに違いない。クーは両手を天へと伸ばし、大きく背伸びをしている。

「ああ、着いたぞ。ここがモクンの町……なんだよな?」

「はい。アルガ様の仰る通り、ここがモクンになります」

 俺の台詞に、ルノが笑顔で頷き肯定する。

 モクンの町の外壁は、煉瓦を積み上げることで、その役割を果たしているようだ。目に付く範囲だけでも、場所によって高さや幅が異なるのだが、外壁としての役目を果たすことは出来ているのだろう。その見た目から、王都の造りと雰囲気が似ているようにも思える。

「ほれ、許可が出たから入るのじゃ」

 外壁を眺めていると、守衛の傍にいるムニムが声を掛けてきた。

 手を振り合図をし、町の中に入るようにと促す。

「じゃあ、あたしは馬車で待機してますねぇ」

「何を言うとるんじゃ、お主もさっさと来んか」

「嫌ですってば~、引っ張らないでくださいよぉ~」

 嫌がるミールの腕を掴み、ムニムが我先にと入っていく。

 その様子を見やり、俺とルノは顔を見合わせ、肩を竦めた。

「……わたし達も入りましょうか、アルガ様」

「ああ、そうすることにしよう」

 優しく微笑み、ルノが尋ねてくる。

 守衛と挨拶を交わし、俺達も町の正門を潜り抜けていく。

「……ここが、モクンの町か」

 周囲を一度見回してみる。ただそれだけのことで、理解することが出来る。この町は、コルンとは比べものにならないほど活気に溢れている。

 町民だけでなく、旅人や行商人も数多く存在しているのだろう。そこかしこを行き交う人々の恰好も様々で、見ていて全く飽きが来ない。王都には劣るかもしれないが、モクンも十分に大きな町と言えよう。

 コルンは、モアモッツァ大陸の最北部に作られた小さな町だ。辺境の地ということも関係しているとはいえ、まさかこれほどの差があるとはな。

 まず、コルンには守衛など存在せず、それどころか町の何処からでも中に入ることが出来るようになっている。町の周辺に危険度の高い魔物が生息していないのが救いだが、いつまでも現状に甘えてるわけにもいかないだろう。コルンに戻ったら、その辺りの改善をするべきか。

 とはいえ、のんびり過ごすには丁度いい。

 あの居心地の良さは、今までに訪れた町や村の中でも、一番いいと断言することが出来る。

「……あれ? お前、ひょっとしてクリュニールんとこのミールか?」

「ぎくぅ!」

 両手で顔を抑えながら正門を通り過ぎたミールの背を追い掛け、守衛が声を掛けてきた。そして顔を確かめるように回り込み、覗き込む。

「えぇ~? ミールって誰のことですかぁ? あたしにはサッパリですけどぉ」

「あー、やっぱりミールだな! そのクソ生意気そうな喋り方、間違いない!」

「ちょ、クソ生意気そうなって……どんだけ失礼なんですかぁ!? 超かわいいの間違いなんですけどぉ!」

 守衛の指摘に反論し、ミールが怒りをあらわにする。

「なんだよ、帰ってくるなら伝達魔法の一つでも寄こせばいいだろう」

「帰る予定じゃなかったんですぅ~、これは不可抗力ってやつですぅ~」

「相変わらず、ああ言えばこう言うやつだなー。……おっと、こうしちゃいられない。エンデルの阿呆に報告しないと!」

「ちょ、マジ勘弁ですってば~!」

「ミール、お前が帰ってきたら、いの一番に伝えろって言われてんだよ!」

「それでいくら貰えることになってるんですかぁ?」

「聞いて驚け、金貨一枚だ! はっはっは、ぼろい商売だぜ!」

「裏切り者ですぅ! もう~、だからここに来るの嫌だったんですよぉ~!」

 仕事を放り出し、守衛は街路を走り抜けていく。……正門の守りはいいのか。

 一方、その背を追い掛けようとし、溜息を吐いて諦めるミール。

「エンデルって誰だ? ミールの知り合いか」

「クソ馴染みのクソ貴族……それがエンデルですぅ」

 その説明から察するに、エンデルという人物はミールと幼馴染のようだ。ミールは舌を出し、嫌な名前を口にしてしまったとでも言いたげな様子だ。

 あからさまにめんどくさそうな態度を取るミールだが、その横でムニムが思案顔になる。

「ふむ、フリッツ家の一人息子じゃな……」

「ムニム、エンデルってやつのことを知ってるのか」

「む? ……うぬ、そうじゃな。わしはわしの用事を済ませに行くから、今から別行動を取らせてもらうかのう」

 用事か。

 何をする為に来たのかは定かではないが、ムニムにはムニムの役割があるのだろう。

「少し待たせてしまうことになるかと思うがのう……」

「心配ない。初めて来た町だからな、観光でもしておくさ」

「そう言ってもらえると、わしも助かる」

「ねー、おうち行くー」

 ムニムと話をしていると、クーがミールの手を握り声を上げる。

「いやいや、あたしの家とか何もないですよ? だからクーさんは大人しく木の実でも食べててくださいですぅ」

「行くもん」

「じゃあ、決定だな」

「うへぇ……あたしの意見はガン無視ですかぁ~?」

「わしも用事が済み次第、合流させてもらうぞ」

 そう言うと、ムニムは町の中へと消えていった。

「……さあ、それじゃあ案内してもらえるか、ミール」

「断固拒否の姿勢を貫かせてもらいますぅ」

「わたしが案内しますよ、アルガ様。ついて来てください」

「ちょちょちょ、勝手に案内しないでくださいよぉ、ルノ先輩~!」

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