【十一章】その装備に見覚えがあるのは気のせいだろうか

「アアアアルガ様ッ、こっちにも魔物がいます!」

 と声を上げるのはルノだ。言われた方を見てみれば、岩石蛇が弾みをつけて飛び掛かってくるところだった。手首を振り、剣先を向けると、岩石蛇は軌道を変えることが出来ずに自ら串刺しになった。

「ありがとう、ルノ」

 ホルンの剣に刺さった岩石蛇を引き抜き、ルノに礼を言う。しかしゆっくりしてはいられない。何処から岩石蛇が飛び掛かってくるか分からないような状況だからな。

「アルガー、あっちもー」

「任せろ」

 今度はクーが主張する。大小様々な大きさの岩石が地面をのそのそと動き、近付いてくる。岩石蛇と同様、一見するとただの岩にしか見えないが、こいつ等も魔物だ。種類は岩石蟻で、大きなものは体長一メートルを超える。しかしながら、動きは遅いので、戦わずに逃げることも出来る。

「ググッ」

 頭部を斬り捨て、動きを止める。魔核を失った胴体部は、そこら辺に転がる石ころと同じだ。

「ふう……これで何体目だ」

「いちいち数えとらんのじゃ」

 少し先を歩くムニムが返事をする。彼女が先導し、前方からの魔物を退治してくれるおかげで、こちらへの負担が少なくなっている。ルノとクーを守りながらだからな、これは素直に有り難い。

 ワルドナ国を発ち、既に半日が過ぎた。南西部の山岳地帯に足を踏み入れた俺達は、岩石系の魔物に狙われっ放しだ。今し方、飛び掛かってきた岩石蛇や、同じく岩の硬度を持つ岩石蟻が多く生息している。地の利を活かして擬態することが可能であり、気配か魔力の流れを感じ取ることが出来なければ、すぐ傍まで近付いても気付くことが出来ない。山岳地帯においては非常に厄介な魔物と言えるだろう。その他には、はぐれゴーレムの姿を遠巻きに確認することができる。もっとも、ゴーレムに関しては擬態せずに堂々としているので、戦闘を避けて行動することが可能だ。

「これで何個目ですかねぇ。魔核ホクホクですぅ~。でもちょっと重いですし誰かあたしの代わりに持ってくれたりしないですかねえ?」

「ミール、お前も少しは協力してくれ」

「え? してますけど? ほら今だって魔核を回収してるじゃないですかぁ~。これ全部換金したら結構な額になりますよぉ」

「魔核拾いも重要だが、戦闘にも参加してくれ。一応、戦力として連れて来たんだからな」

「やですよぉ~、だってボス戦まだなのにザコで魔力消費してどうするんですかぁ~」

 ボス戦とは、ナルディアのことを指しているのだろう。その考えは正しいとも言える。だが、岩石蛇や岩石蟻はとにかく数が多い。広範囲魔法を扱えるミールが協力してくれたら、もっと楽に戦える。

「あと、魔核はお前だけのものじゃないからな。ここにいる皆で山分けだぞ」

「ええ~? やだな~、もう~。一人占めなんてするわけないじゃないですかぁ~。……ちっ」

「今、舌打ちしたか?」

「気のせいですぅ」

 やはりこいつは信用ならない。城下町に戻り次第、ミールから魔核を取り上げよう。

「……ムニム。ワルドナ牢まで、あとどのくらい掛かる」

「もう間もなくのはずじゃ。魔物の姿もなくなってきたからのう」

 牢獄の拠点となる場所には、ワルドナ国の兵士達がいる。道中、魔物の群れと遭遇することはあっても、拠点へと無暗に近づくことはないのだろう。

「アルガー、あれがそうー?」

「お、見えてきたな」

 岩石系の魔物が出なくなった頃、ようやく俺達はワルドナ牢の入口へと到着した。

 だがムニムは眉を潜める。

「様子がおかしいのじゃ」

 人の手によって岩盤が綺麗に削り取られた場所へと辿り着いた。恐らくは、ここがワルドナ牢の洞穴へと続く道なのだろう。傍に木造の小屋が建てられており、人が住むことが出来るようになっている。ムニムは、ワルドナ牢の番兵は交代制だと言っていた。この小屋が休憩所になっているわけか。

「番兵がおるはずなのじゃが……」

「ナルディアの仕業か?」

「うぬ。現状を見るに、そう考えた方がよさそうじゃな」

 ワルドナ牢に捕らえられていたはずのナルディアは、ロアーナを操り目玉型の魔物の卵を持ち込み、貴族達を皆殺しにしたと思われる。つまりここも同じ状況になっていてもおかしくはない。

「番兵達に何が起きたか調べる必要があるな」

 ルノ達をムニムに任せ、一人で小屋へと近づき、ドアノブに手をかけた。が、回すことなく手を放して後方へと避難する。僅かな間を挟み、何者かによって扉が中から蹴破られた。

「番兵の生き残り……ではなさそうだな」

 小屋の中から姿を現したのは、どこにでもいそうな青年達だ。

 ニタニタと笑いながら、外へと出てくる。

「おまえたちをころす。にげることはゆるさない」

「逃げないさ」

 ナルディアを捕まえに来たのだからな。その為には、こいつ等を倒して先に進まなければならない。

「ドローマンに手間取っている暇はない。すぐに終わらせてやる」

「ほう、おれたちがにんげんではないことにきづくとは、なかなかするどいやつだな」

「何度も殺したことがあるからな――っと」

 腰に括り付けた筒状の入れ物の中から、小さな鉄の棒を数本掴み取る。

 間髪入れずに投擲し、奴らの心臓部へと刺していく。

「ぐばあっ」

 人に化けて奇襲攻撃するのは得意でも、こうしてネタが割れては恐れることもない。コルンの裏山に生息するゴブリンよりも動作は鈍いからな。

「ごぼっ」

 俺の息の根を止める為に駆け寄ってくるが、逆に魔核を破壊し返り討ちにしていく。

「呆気無いな」

 あっという間に全てのドローマンを倒してみせた。ルノ達へと目を向けるが、どうやら被害はないようだ。一安心といったところか。

 しかし、ドローマンがいるということは、やはりここに競売所の盗品が運ばれている可能性があるな。聖銀の鎧兜と首飾りも、いずれ見つかるだろう。

「いやはや、お主の投擲センスは見事じゃ。相当な訓練を積んだのじゃろう?」

「ああ、木の実採りでな」

「ふむふむ、木の実採りで……は?」

 度々思っていたことだが、まさか戦闘でもこんなに役立つとはな。

 ルノから木の実採りの依頼を任されたおかげだ。

「牢は……あっちか」

「うぬ。行くぞ」

 ムニムが頷き、小屋から離れて奥へと進んでいく。

 すると、遠くに洞穴のようなものを視認することが出来た。あれがワルドナ牢なのだろう。だが、

「誰かいるな」

 手を横に、ムニム達の動きを制する。ここまで連れてきておいてなんだが、ルノとクーにもしものことがあってはならない。二人のことはミールに任せ、俺とムニムで片づけよう。

 遠目からでも確認することが出来るが、ワルドナ牢の鉄格子部分が破壊されている。手前には番兵であろう者達の体が積まれており、その頂に腰掛ける人物が一人。そして、すぐ傍に佇む女性の姿も。

「あら、遅かったじゃない。待ちくたびれてしまったわぁ」

 ムニムと共に距離を詰めると、女性が口を開く。

 俺達の姿を見やり、嬉しそうな表情をしているではないか。

「ナルディアだな」

「ええ、その通りよぉ。そういう貴方は、ムニムの金魚の糞だったわねぇ?」

 返事はしない。答えるだけ無駄だからな。

 こいつの身柄を拘束し、ワルドナ王へと引き渡す。それが俺に与えられた仕事だ。

 しかし、ナルディアよりももっと気になることがある。

「アルガ、あれはお主の……」

「……ああ」

 番兵達の死体の頂に座る人物は、見覚えのある装備を身に着けていた。

 悲しいかな、それはどこからどう見ても聖銀の鎧兜だ。

「ナルディア、今度は手出し無用だ」

「うふふ、ムニムはわたくしの獲物だから我慢しなさぁい。でも、それ以外は全部譲ってあげるわぁ」

 ゆっくりと立ち上がり、死体の山を下りる。

 聖銀の鎧兜を身に着けた人物は、兜越しに俺達を観察し、腰に差した剣を引き抜く。

「ドローマンを作った男だな」

 二人の会話を耳にし、すぐに理解することが出来た。この男は、競売所で出会った奴で間違いない。

 けれども、思い掛けない言葉が返ってきた。

「この姿を見て気付かないのか」

「……どういうことだ」

「聖銀で作られた鎧と兜だ。誰が見てもすぐに察することが出来ると思うがな」

 こいつが言いたいことは、分からないでもない。

 だが、それが真実ではないことは、ここにいる誰よりも一番理解している。

「勇者……とでも、言うつもりか」

「肯定しよう」

 肯定する、と言う。盗んだ装備を身に着け、己を勇者だと言い切るとは、随分と図太い野郎だ。

「その鎧兜は、自前じゃないだろう」

「では問おう。この装備が私のものではないとするならば、何処の誰のものだというのか」

「俺のだ」

 ジリュウが身に着けていたものとは異なり、俺の装備には幾つもの傷痕がある。

 故に、あれは間違いなく俺の装備だ。

「ほう、成らば再び問おう……。貴様は何者だ? まさか勇者とでも言うつもりか」

 先ほど俺が口にした言葉をそっくり言い返し、反応を見る。

 返事は勿論決まっている。俺は持つ紋章は【勇者】ではないのだからな。

「俺の名はアルガ。ただの遊民だ」

「遊民か……。ふん、見え透いた嘘を吐くとはな」

「嘘じゃないさ。のんびり気ままな木の実採り生活をしているからな」

 実際に【遊民】の紋章を持っているわけではないが、コルンの町での日々は遊民と称するに相応しいはずだ。一日に働く時間は一時間、木の実採りだけ。後は自由時間なのだからな。

「では、遊民の貴様に冥土の土産だ」

 そう言うと、聖銀の騎士の姿をした男が言葉を続ける。

「私の名はダーガ。あの世へと持って行くがいい」

「断る。死ぬ気はないものでな」

 返事をすると、ダーガが兜越しに何事かを呟く。すると、何処からともなくドローマンが姿を現し、ダーガの前方に立つ。他にも岩石蛇や岩石蟻、コボルトの姿まであるではないか。魔物が人間を守る姿など、普通に考えれば有り得ない。だが、それを可能とする方法が無いわけではない。

 こいつの場合は恐らく……。

「なるほど、【使役師】だったのか」

「その通り。これが神々より与えられし私の力だ」

 幾つかの条件を満たすことで、【使役師】の紋章を持つ者は魔物を使役することが可能となる。

 一体だけではなく、一度に十数体、更には数種の魔物を使役するとなると、熟練度は相当なものに違いない。ワルドナ牢の中に、まさかこんな男が捕まっていたとはな。

「アルガ、わしはナルディアの相手をするが……大丈夫か?」

「大したことはない」

 ムニムが声を掛けてくるが、首を横に振る。数が多くとも、烏合の衆では相手にもならない。

 この程度であれば問題無く対処可能だ。

「貴女の相手はわたくしよ、ムニム? 余所見はしないでちょうだい」

「分かっとるわ!」

 挑発するナルディアが、ダーガとの距離を取る。あくまでも一対一でムニムを倒すつもりか。

「アルガと言ったな。貴様に恨みはないが、これも契約の一部だ」

 ナルディアから、邪魔者は始末するように言われているのだろう。

 どのような経緯で脱獄したかは定かではないが、ナルディア同様捕まえる必要がある。

「貴様が死した後、その手が握る業物はこの私が受け継ごう」

「悪いがこれは譲れないな。大切な人の形見なものでな」

 俺自身、ダーガに対して恨みはないが、身に着けた装備だけは返してもらおう。時を改め競売所に出品する為にも、取り返さないといけない。

「奴を殺せ」

 ダーガが命ずる。すると、それまで大人しくしていた魔物達が一斉に動き始めた。【使役師】としての力か、明確な殺意を俺へとぶつけている。

「無駄だ」

 危険度の高い魔物がいるならば話は別だが、奴が使役する魔物達は恐れるに足らない相手だ。

 ホルンの剣を構えた俺は、魔物達の動きを視界に捉えて予測する。一体ずつ確実に息の根を止め、本体を叩くだけだ。そう思っていた矢先、

「――ッ!?」

 突如、赤い物体が俺の右肩を掠めた。

「きゃあっ!!」

「いかずちー」

「ふええぇ~!! どこ触ってるんですかぁ~!!」

 目の前の殺意に気を取られ過ぎていた。

 背後から不意に攻撃を受ける瞬間、クーを左肩に乗せ、ルノとミールを両脇に抱えて身を引く。だが、さすがに三人同時に移動させるのは困難で、右肩を負傷してしまった。

 何もいなかったはずの場所から攻撃を受け、同時に魔物達が襲い来る。ナルディアとダーガの他にも、何者かが潜んでいたということか。

 すぐ傍にはワルドナの牢獄があり、囚人達は脱獄しているから、その程度のことは予め考えていたが、油断しすぎていた。悠長に剣を振るっている場合ではなさそうだ。

「くっ、……痛いな」

 今のは光魔法か。肩から腕に痺れを訴えてくる。回復するまで暫く掛かるだろう。

 一度に三人を守る余裕はない。魔法を扱うことの出来るミールに二人を任せた方がいいだろう。

「あらあら、金魚の糞にしては動ける方ですわね」

 声の方角へと視線を向ける。そして目を疑った。

「ナルディア? 何故お前がそこに……」

 つい先ほどまで、ダーガの横に佇んでいたはずだ。ムニムと一対一で戦う為に距離を取ったところまでは確認していたが……。そう思って再度視線を彷徨わせてみると、やはりいた。ムニムの攻撃魔法を受けたのか、地に伏してピクリとも動かないナルディアの姿があるじゃないか。

 では、光魔法を扱うこの人物は何者か。

「……一杯食わされたというわけか」

 俺が今戦っているのは誰だ?

 数種の魔物を自在に使役することが可能な【使役師】の紋章を持つ男だ。

 では、今し方ムニムが倒した人物は?

 答えは決まっている。ダーガが使役する魔物ドローマンだ。

「こやつ、ナルディアでは……ッ!!」

 丁度気付いたのか、ムニムがこちらを向く。ナルディアは初めから一対一で戦うつもりなどなかったらしい。俺達を罠に嵌め、戦力を分散させた後、背後から奇襲を仕掛けるつもりだったようだ。

 その策は見事的中した。俺の右肩は痺れを訴え、剣を握ることもろくにできない状況だ。

「あはははっ、ムニムは食後のデザートですもの! 先に殺すのは金魚の糞ですわ!」

 笑いながらナルディアが魔法を扱う。

 光り輝く魔法が俺へと目掛けて一直線に飛んでくる。しかしこれで理解した。

「ミールッ、二人を頼んだぞ!」

「ふええぇ! あたしはか弱い乙女ですぅ~!!」

 ルノとクーの二人をミールに預け、ホルンの剣を左手へと持ち直す。不慣れながらも左手で振るい、光魔法の直撃を防ぐと、その場から飛び出し魔物達との距離を詰める。

 岩石蛇が勢いをつけて飛び掛かってくるが、地面を転がり回避する。土埃の中を立ち上がり、岩石蛇の胴体を真っ二つに斬ってみせた。

「ああもうっ、魔物が邪魔ですわ!」

 狙い通りだ。魔物達の中心に自ら入り込むことで、ナルディアの攻撃から身を隠すことが出来る。

 実際に、ナルディアは手を止め、躊躇している。

「ナルディア! お主の相手はわしじゃろうがっ!!」

「ふんっ、デザートは引っ込んでなさい!」

 駆け寄るムニムに向け、小さな魔法陣を幾つか描き出す。その全てから光の球体が飛び出した。先ほどの魔法よりも威力は低そうだが、数が多い。ムニムは方向転換し、真横へと回避する。

 ナルディアは、ムニムの攻撃を無視出来ないだろう。俺は周囲の魔物達を排除し、ダーガを倒すことに意識を集中させる。

 休息する暇を与えまいと、コボルトとドローマンが武器を手に攻撃を仕掛けてくる。岩石蟻の胴体を土台に大きく飛び上がる個体もいるじゃないか。どうすれば効率よく倒せるか。考えるだけ無駄だ。

「――退け、邪魔だ」

 岩石蛇の胴体を掴み取り、飛び掛かってくる個体の視界を防ぐように投げ付ける。

 一瞬、俺の姿を見失った個体は、それでも躊躇わない。使役されているが故の悲しさか。だが、身を翻しコボルトの背に回り込むと、軽く押してやる。

 勢いを止めることができない個体は、コボルトの頭部へと得物を振り下ろす。魔物同士で殺し合わせ、その隙を突いて岩石蟻を蹴飛ばしドローマンの背を貫く。

 右手は使えずとも、これぐらいのことはできる。

「まだまだ……ッ」

 次々に魔物を始末していく。だが、切りがない。ワルドナ牢の周辺には岩石系の魔物が多く潜んでいるらしく、倒しても倒しても新手が出てきては襲い掛かってくる。

「貴様の刃は、私には届かないようだな」

「くっ」

 やはり、片手だけでは魔物の駆除速度が極端に落ちるか。このままではいつまで経ってもダーガを捕まえることが出来ない。と、頭を悩ませていた時のことだ。

「ころがってー」

「――ッ!?」

 クーの声が耳に届いたかと思うと、次の瞬間には岩石蟻達が体を丸め、地面を転がり他の魔物達へと攻撃をし始めたではないか。

「これでいーいー?」

 俺が苦戦する姿を瞳に映し、手を貸してくれたのだろう。クーの命に従う岩石蟻達が、他の魔物達の行く手を阻む壁役兼護衛となることで、気付けばダーガの許へと続く道が開けていた。

「クー、助かった!」

「おいしーもの、いっぱいもらえるー?」

「ああ、勿論だ!」

 これで形勢は変わった。例えダーガが【使役師】の紋章を持っていたとしても、クーの固有能力には敵うまい。後ろを気にすることなくダーガに視線をぶつけ、俺は口を開く。

「悪いが、もう一度牢の中に戻ってもらうぞ」

「貴様にそれが出来るのか?」

 ダーガは、不敵な笑みを浮かべる。岩石蟻の使役が上手く行かずとも、余裕の表情だ。

「殺すつもりで戦わざる者に、私を捕まえることは不可能だ」

「やってみないと分からないだろ」

「ほう。左手だけで可能だとでも? 随分と自信過剰なのだな」

 こいつ等を野放しにしてしまえば、いずれまた何らかの被害があるだろう。

 ワルドナ国としても、今ここで捕まえておきたいはずだ。

「いいだろう、私が直々に相手をしてやる」

 魔物を使役したまま、剣を交えるつもりか。こいつの腕がどの程度か定かではないが、ルノ達を不安にさせたままでは落ち着かないからな。時間を掛けずに終わらせてやる。

「――ッ!?」

 僅かに思考した隙を見逃さず、ダーガが剣を手に地を蹴る。

 その迷いのない行動と判断力に、俺は一瞬ながらも動きが鈍った。

「ぐっ」

 顔面目掛けて剣先を突いてくる。

 寸でのところで真横に避けるが、頬を掠めた。しかしこれで終わりではない。

「遊民よ、背ががら空きのようだな」

 俺の背に移動したダーガは、体を反転させると同時に剣を振り抜く。

 瞬時に地へと伏せ、二撃目を回避した俺は、ダーガの足下を狙い、蹴りを入れて反撃を試みる。

 けれども、後方へと距離を取られてしまう。

「……砂まみれだ」

 すぐさま立ち上がり、ホルンの剣を構え直す。

 やはりと言うべきか、楽に勝てる相手ではなさそうだ。

「肩を負傷し、利き手で剣を振るうこともままならない。更には、剣を交えるは、この私だ。貴様にとっては絶望的な状況と言えよう」

「そうでもないさ」

 不利な状況下での戦闘は幾度となく経験している。利き手が使えない程度で臆する必要はない。

「大人しくお縄についてもらうからな」

 攻撃を受けるばかりでは何も始まらない。そろそろ、反撃ののろしを上げようじゃないか。

 ダーガは唇を震わせる。奴の左の手の平に魔法陣が生まれたかと思えば、その魔力を己が持つ剣に付与していく。見る見るうちに光り輝く剣は、まるで生き物かのように唸りを上げている。

「付与魔法か。器用な奴だな」

「この私をただの【使役師】と侮るなよ」

 既に実力は確認済みだ。今更こいつの腕を侮るはずもない。好敵手として認め、全力で戦うさ。

 ホルンの剣の柄を手に添え、戦闘態勢を整える。

 横目にムニムの姿を確認すると、無詠唱で幾つかの魔法陣を生み出していた。どのような攻撃手段を用いるのか定かではないが、こちらは目の前の敵に集中することにしよう。

「ゆくぞ」

 声を出す。それを合図に、ダーガが再び地を駆けた。

 瞬間、俺は真横に飛び、ダーガの突きを回避する。だがすぐに追撃が来た。俺との距離を詰めて早々と終わらせるつもりなのだろう。判断力に優れ、敏捷力も非常に高い。

「逃げてばかりか?」

 俺の首許を狙い、ダーガが腕を捻る。魔力が付与された剣が振り抜かれた。

 紙一重でそれを避けるが、ぐらりとよろめき、膝が曲がる。それを好機とみたダーガは、更に距離を詰めてくるが、これは罠だ。左足を右足に掛け、その場で体を反転して体勢を整えると、回転の力に身を任せて今度はこちらから攻撃を仕掛ける。

「ぬっ、貴様ッ」

 振り向きざまに横一線、俺が持つホルンの剣が、周囲に風を生み出す。

 動きを読み、追撃の手を止めたダーガは、己の剣を盾に風の刃を受け止める。しかし、剣の盾を潜り抜けた刃が聖銀の鎧に傷を付けていく。ホルンが扱っていた時とは比べものにならないが、持ち手が変わったとしてもこれほどの威力を発揮することが可能だ。

「ふん、無駄だ。この装備の前ではどんな攻撃も無と化す」

「だろうな」

 聖銀の鎧兜の防御力や耐久性の高さは誰よりも俺が一番理解している。ホルンの剣技であればともかく、見よう見まねでは歯が立たないのは分かり切ったことだ。

「だが安心したよ。底は見えたからな」

 しかしながら、動きを止めることは出来た。その事実が重要なのだ。

「遊民が戯れ言を抜かすか」

「事実を言ったまでさ」

 魔力を付与しての攻撃には多少なりとも驚かされたが、魔力量はそれほどでもない。【使役師】の紋章を持ち、ドローマンや岩石蛇等を自在に操る力量は見事なものだが、ここら一帯には強大な魔物は生息していない。圧倒的な数の暴力で一時は刃が届かないかと焦ったが、こちらにはクーがついている。岩石蟻に指示を出し、他の魔物達の攻撃を退けることが可能となった今、【使役師】としてのダーガを恐れることはないだろう。

 あとは、奴が身に着ける聖銀の鎧兜の守りを如何にして打破するかだが。

 再度、ダーガが剣を振るう。強引に力技で押し切るつもりか、手に持った剣に全身を預け、ホルンの剣もろとも俺の体を斬り捨てようと試みる。しかしそんな攻撃が通じるはずもない。

 腕を前に押し、すぐに引き抜く。反動で前のめりになったダーガは、もう片方の手を地につき、全体重を支える。兜越しの視界を狭めようと、ホルンの剣で地を削り砂埃を舞わせるが、地をついた腕に迷いなく力を込め、その場を転がり目潰しを避けてみせた。

 戦闘行為が好きなわけではないが、新たな強者との戦いには胸躍るものがある。

 コルンの町で田舎生活を満喫しようとしている俺ではあるが、この気持ちの高ぶりだけは今もなお、持ち続けているらしい。しかし、

「さて、面倒なことになったな……」

 誰にも聞こえないように、ぼそりと愚痴を吐く。但しその愚痴は、ダーガに対するものではなく、自分自身に向けたものだ。いつからだろうか、妙な違和感を覚えていた。俺自身の力が弱まっているのではないかと。

 最初のうちは、コルンの町を拠点にしてから数ヶ月が過ぎ、平和呆けしたせいで腕が鈍ったのが原因かと考えていた。魔人ルオーガとの一戦や、魔物化したイリールとの戦いでは、思いがけず苦戦したからな。どちらに関しても少し特殊な戦法を採用為ざるを得なかったので、それを理由の一つとして挙げることも出来るわけだが、それでもやはり何かが引っかかっていた。

 ホルンとエーニャという、心から信頼できる仲間が傍にいたおかげで、俺は魔王討伐を果たすことが出来た。だが、それにしてもおかしい。例え一人の力ではなくとも、仮にも俺は魔王の首を獲った男だ。だと言うのに、ただ腕が鈍ったという理由だけで、あんなにも苦戦するものだろうか。

 数え切れないほどの魔人を屠り、腕を磨いてきたというのに、今では一人の人間相手に隙を突かれるほどの体たらくだ。昔の俺であれば、たとえ油断していたとしても、敵の動きに反応し、すぐさま対応することが出来ていたはずだ。

 だから、俺は考えを改めた。何か別の理由があるはずだと。

 思い当たる節は、一つ。魔王が死に際に発した言葉……あれが原因かもしれない。

 あの言葉には呪いのようなものが掛けられており、そのせいで俺の力が弱まっていると考えるのが無難だ。とはいえ、今そのことを考え悩む必要はない。確実に詰めていき、追い詰めるだけだ。

「――ぐっ」

 力強く、剣を振り抜く。より強大な風をホルンの剣が生み出し、剣を盾に身を守るダーガへと襲い掛かる。付与されたはずの魔力は風の刃によって切り刻まれ、後方へと吹き飛ばされた。と同時に、魔力を失ったダーガの剣はボロボロになっていく。元々、ダーガは剣を盾に戦うタイプのようだが、それでは聖銀の鎧兜を身につける意味がない。

 先ほど、その身を持って防御力の高さを実感したはずだというのに、装備に合った戦法へと切り替えることが出来なかった時点で、底が見えている。所詮は、借り物の装備ということだ。

「ダーガ、お前にその装備は不適合だったようだな」

「貴様、何を――ッ」

 腰に差した短剣を引き抜き、振り抜くと同時に手から放す。風の刃に次いで実態のある得物を飛ばす。ダーガは虚を突かれたのか、動きが鈍る。その隙を、今度は俺が突く。

「返してもらうぞ」

 間合いを詰め、ダーガの顎下から真上にホルンの剣を突き上げる。

 すると、ダーガが被る兜が外れ、宙を舞った。

「き、貴様ァ……!!」

「落ち着けよ、怒りが顔に出ているぞ」

 兜を失ったダーガは、憤怒の形相で剣を振り下ろす。だが遅い。

 体を反転させて背後に回り込み、聖銀の鎧の隙間をホルンの剣で突き刺すと、苦痛に声を上げた。

「余裕が無くなったな」

 見下したかのような口調に変化が見える。まさか、聖銀の鎧兜を装備して負けるだなんて思ってもみなかったのだろう。しかしながら、これが現実だ。俺は、ダーガの目を見て言い捨てる。

「囚人は囚人らしく、牢の中に戻るんだな」

「遊民風情がっ!!」

 傷を負いながらも叫ぶダーガに、止めを刺す。勢いを無くした体は地に倒れ、沈黙する。

 その姿を見下ろしながら、もう一言。

「その遊民に負けたんだよ」

 と告げた。

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