【十章】この恨み、晴らさでおくべきか
「ふえぇ~、なんなんですかぁ、あの人ぉ~!?」
ルノとクー、ついでにミールを連れて王城内に戻り、王の間を尋ねると、事態は深刻になっていた。
ミールの疑問の先には、王女様の姿がある。玉座に腰掛け笑みを浮かべる王女様の額には、小さな魔法陣が浮かび上がっているじゃないか。
「ミールはルノを連れて部屋の外に戻っていてくれ。クーは俺と一緒に中へ」
「うんー」
「ですがアルガ様ッ、大丈夫なのですか!?」
「少しの間、傍を離れることになる。すぐ戻るから、ミールの傍から離れないでくれ」
「ふええっ、あたしもか弱い乙女なんですけどぉ~!!」
ルノとミールは、踵を返す。周囲にはワルドナ国の兵士達がうじゃうじゃいるので、心配はいらないと思うが、なるべく早く片を付けておきたいところだ。
「国王様、ご無事ですか」
「ああ、私は大事ない。しかしムニムが我が娘に……」
王の間の端にワルドナ王と兵士達の姿を確認し、その場へと駆け寄り声を掛けた。
その一方、少し離れた位置に、ムニムが目を回して倒れているではないか。
「うぐぐ……不意を突かれてもうたわ……ッ」
ワルドナ王の身は、兵士達によって守られている。一先ず、ムニムの許へと移動しておくか。
「ムニム、目覚めたばかりで悪いが、状況を説明してくれ」
肩を貸す。ムニムは両目を瞑り、ぶんぶんと頭を振る。
多少なりとも頭がスッキリしたのだろう。瞼を開け、俺と目を合わせた。
「魔法でのう、調べてみたのじゃ」
「調べるって……何をだ」
「呪いの類いが掛けられとる可能性があるやもしれんからな。もしそうじゃったなら、対処可能じゃと思ったんじゃ」
だが、と付け加え、ムニムは視線を王女様へと移す。
「じゃが、わしの魔法陣に対抗し、ロアーナとは別の何かが反撃して来おったわ」
別の何か、とムニムは言う。クーを連れて来る前に、事が運んでしまったか。
「クー、頼めるか」
「うんー」
名を呼ぶ。すると、クーは眠たげな瞼を擦りながらも頷いた。
「まものはいないよー。だけど、他の人がいるー」
「他の人? そいつは人間か」
「えーとね、わかんない」
クーでも分からないのか。
単純に、王女様の体内に魔物が潜んでいるか否かを見極める為に来てもらったわけだから、魔物がいないことが分かっただけでも十分なのだが、だとすれば今、王女様を操っているものは何者なのか。
「やはり、呪いの類いなのか?」
「……うぬ。あの魔法陣の形には見覚えがあるのじゃ。恐らくあれは、禁忌魔法の一種じゃろう」
ルオーガの時と似て非なる状況だ。何らかの影響を受けていることは確かだろう。
「禁忌指定されたものか……。ムニムは触れたことがあるのか」
「使ったことはないが、わしも魔法に関してはそこそこ詳しいからの」
僅かに目を彷徨わせ、ムニムはワルドナ王の様子を確認する。あまり知られたくはないってことか。
「あれは、他者の体を遠隔操作する呪いじゃな……」
「遠隔操作……ということは、乗っ取り系の魔法ではないってことだな」
「うぬ。しかしあれは、ただ操作して操るだけではない。さも本人であるかのように喋らせることも可能ときたものじゃ」
なるほど、その人物に成りすますことも出来るわけだ。これは極めて厄介な呪いだな。
ネタが割れたとはいえ、このまま逃がすわけにはいかない。早急に対処する必要がありそうだ。
「解除法は?」
「発動させてはしもうたが、呪いであることは分かったからの。何ら問題はない」
それなら安心だ。だが、すぐに解除するのは待った方がいいか……。
「今この場で解除を試みるか。それとも、呪いを掛けた人物を捕まえるまで泳がせておくか? 負担は大きくなるかもしれないが、王女様の目を通じて俺達の様子を見ているはずだからな」
呪いを掛けた人物は、王女様を操り言葉を喋ることも出来る。仮に呪いを解除して接触手段を無くしてしまうと、それは同時に逃がしてしまうことになる。
そうなってしまえば、また同じことが繰り返されるだろう。だが、相手の情報を引っ張り出すことが出来れば、捕まえることも不可能ではないはずだ。しかし、ムニムは首を横に振る。
「解除が先じゃ」
「……いいのか?」
「うぬ。実はのう、ワルドナ国の魔導図書館には、あの類いの書物が幾つか納められておる。勿論、一部の人間を除いて足を踏み入れることは出来ぬのじゃがな」
「魔導図書館……まさか、王女様に掛けられた呪いは……」
「うぬ。入ったことがある誰かの仕業とみて、まず間違いなかろう」
王都ほどの大きさであれば、それ相応の書物が集まることだろう。その中には、禁忌指定された書物も存在する。通常であれば、その書物に目を通すことは許されない。だが、ある一定の地位を持った人間ならば、その場所へと足を踏み入れ、手に取ることも可能なのだろう。
「つまり、心当たりがあるってことだな」
「一人のう」
眉を潜め、口の端を歪める。あまり思い出したくない人物なのだろうか。しかしながら、心当たりが無ければ解除を優先しようとは思うまい。
「まあ、まずはロアーナを救い出すのじゃ。呪いの解呪は複雑じゃからな、どうにかして動きを封じた上で、行うぞ」
「任せろ」
ここは俺の出番か。剣を使うことは出来ないが、拳を持って意識の遮断を試みよう。……が、
「あらあら、そんな危険なこと、許しませんわ」
王女様が口を開く。否、王女様を操る別の人物が、言葉を喋らせた。
「わたくしはこのままで幸せなの。だからムニム、無謀なことはしないでちょうだい?」
「断る。お主はロアーナではないからの」
「あら? わたくしがわたくしではないとしたら、いったいどこの誰だと言うのかしら?」
「……ナルディアじゃな」
僅かな間を開けて、ムニムが呟く。それは競売所に現れた魔女と同じ名だ。
「あら」
一瞬、王女様の動きが止まった。けれどもすぐに口元を緩め、柔らかく微笑んでみせる。
「あらあらあらあら? どうしてそう思ったの? ねえ教えて? ねえ教えて?」
「ムニム、ナルディアって誰だ」
「前任じゃ」
ムニムは、前任と口にする。それはつまり……。
「魔導騎士団の、ってことか」
「うぬ……。ナルディアは、元魔導騎士団の総隊長じゃった。ちと、問題行動を起こしてのう、首になったわけじゃが……」
まさかこのような形で再会することになるとは……と、ムニムが呟く。
正確には再会したわけではないが、言葉を交わしているのだから、差ほど違いはないか。
「ナルディアだと……? あの者が我が娘を操っているのか?」
兵士を護衛に引き連れ、ワルドナ王が傍に寄る。ムニムの台詞に驚き、訊ねてきた。
「はい。間違いないかと思われます」
恐らくは、話し方や魔導図書館の禁忌フロアへの立ち入りを許可された人物、更には禁忌魔法を扱うことが出来るであろう魔術師は誰がいるのか、といった感じで絞ったのだろう。しかし、ナルディアとは一体どのような人物なのか。問題行動を起こして首になったとムニムは言っているが、それが切っ掛けで出品物を盗み取ったというのか?
「問題行動って、ひょっとして……」
「禁忌魔法が記された呪文書を調べ、実際に使用したことがあるのでな。わしが早い段階で発見し、身柄を拘束した故に未遂で済んだわけじゃが、まさか牢から出ておったとはのう……」
魔導図書館の立ち入り禁止区域への立ち入りが可能だとしても、実際にそれを扱うとなれば犯罪だ。
ナルディアという人物は、それを行おうとしたわけか。
そして、それを未然に防いだのが、ムニムってことだな。
「ムニム、ナルディアという女のことなら、俺も二度出会ったことがある」
「なんじゃと? 一体どこで会ったというのじゃ」
「昨夜、城下町を歩いている時と、あとはついさっき……ムニムと共に競売所でドローマン退治をしている時だな」
「あの時、ナルディアがおったのか? 全く気付かんかったぞ……」
防御壁を作り出していたからな。見えなくとも仕方あるまい。
「国王様、このまま王の間にいては危険です。ロアーナは必ず救い出してみせますので、外へと避難をしていてください」
俺の言葉に、ワルドナ王は一考する。
「……ムニム、アルガ。我が娘を頼んだ」
「は、はい!」
その言葉を最後に、ワルドナ王は兵士達に守られながら部屋の外へと出て行った。
残されたのは、俺とクー、ムニム、そして王女様の四名のみ。
「お主には悪いが、さっさと解呪させてもらうからの」
両手を合わせ、ムニムが詠唱を始める。
さすがに、呪いの解除にはそれ相応の魔力が必要だ。詠唱をしなければ不可能なのだろう。
だとすれば、俺はムニムの詠唱が終わるまで、その身を守る役目を……。
「解呪なんてさせないわ。だって、そんなことをしたらこの子、死んじゃうもの」
そう言って、ナルディアは両手で首を掴む。まさか……。
「呪いを解くのが先か、この子を自殺させるのが先か。楽しみねえ? うふふふふ」
「くっ」
詠唱を中断し、ムニムが下唇を噛む。これは不味いことになった。王女様自身を人質に取られてしまっては、そう簡単には手出しすることが出来ない。
「何故じゃ……何故お主は、こんなことを……ッ」
「何故ですって? ふふふ、お馬鹿さんねぇ。そんなの決まっているじゃないの」
くつくつと笑い、ナルディアは王女様の瞳を通じてムニムを見据える。そして、
「ムニムぅ、貴女への復讐を果たす為よ? うふふふふ」
「ふ、復讐じゃと? わしに一体何の恨みがあると言うのじゃ!?」
「のじゃのじゃうるさい!!」
ビクッと肩を震わせ、ムニムが固まる。
「……大丈夫か、ムニム」
「む、……うむぅ」
まさか、喋り方について指摘されるとは思わなかったのだろう。
「ムニム、貴女の喋り方が大嫌い。ムニム、貴女の才能が大嫌い。ムニム、貴女の態度が大嫌い。ムニム、貴女のその顔が大嫌い。ムニム、貴女の平らな胸も大嫌い。何もかも全てが大っ嫌いなの!!」
「むっ! 胸は余計じゃろうがっ!!」
……なんだこれ、もしかして嫉妬か何かか。
その腹いせに王女様に呪いを掛けました……とか言わないだろうな。
「ムニム。ナルディアの腕はどの程度なんだ」
「う、うむ……。わしよりも劣るが、総隊長になるだけのことはある。王都でもトップクラスの魔術師じゃろうて」
「貴女よりも劣るですって? それは聞き捨てならないですわねえ?」
「現に一度わしに敗れたじゃろうが」
「アレはワザとよ。今のわたくしなら、ものの数分で倒してみせるわぁ」
「ロアーナを隠れ蓑に使っておいてよく言うたもんじゃな」
「壁まで吹っ飛ばされたのはどこの何方だったかしらねぇ? うふふふふ」
いつまでも続きそうな意地の張り合いに、口を挟ませていただこう。
「王女様を操って、何がしたいんだ」
「あら? 横から口を挟むのね?」
このままでは、いつまで経っても話が進まない。堪らず、俺は口を開く。すると、
「さっき言ったでしょう? わたくしは、ムニムに復讐したいだけなの。……あとついでに、わたくしを首にした王都もむちゃくちゃにしてあげたいわ」
「ただのついでで競売所を襲い、更には罪もない人達を何人も殺したのか?」
ナルディアは、貴族達を集め、目玉型の魔物をけしかけることで、全滅へと追いやった。ムニムを相手に復讐するだけならともかく、他の人達を巻き込んでいるからな。もはや取り返しはつかないぞ。
「あらあら、わたくしの優秀さを理解できなかった凡人達が何人死のうとも、別に構うことはないでしょう? それに、むしろ褒めてほしいくらいですわね」
「褒める……?」
「ええ、そうですわ。だってそうでしょう? ムニムの周りに纏わり付く金魚の糞達を引き離して見せたじゃない。まあもっとも、別の糞がくっ付いてきたけれど」
別の糞とは、俺のことか。まあ、なんと呼ばれようが気にはしない。これまでにも木の実男や雑草男と呼ばれてきたからな。だが、悪いことをする奴には報いが必要だ。
「自らを優秀と名乗る魔導師様の案だ。きっと度肝を抜かれるような復讐に違いない。聞かせてもらおうじゃないか」
「あら、乗り気ねえ? うふふふ……。いいわ、それなら聞かせてあげますわ」
そう言って、ナルディアは再び、ムニムと目を合わせた。
厭らしげな笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「ムニム、貴女が恥を掻く姿を見せてちょうだい」
「わしが恥を掻く?」
「ええ、そう。たとえば貴女がこの場で服を一枚ずつ脱いでいって、生まれたままの姿になってしまうとか……ね?」
「じゃが断る」
一切考えず、ムニムが断る。受け入れる気は毛頭ないって感じだな。
「それなら、わたくしは死ぬしかないですわね」
「あっ、待て待て! 待つのじゃ!!」
笑顔で自殺を試みる王女様の姿に、ムニムが慌てふためく。
やはり、王女様を盾にされると従うしかないのか。
「はだかになるのー?」
「ならんわ! 誰がなるかっ!」
クーの疑問に、ムニムが即答する。が、それでは王女様の命が危ない。
「ほらぁ、脱がないのなら、今すぐ死んでしまうわ。それでもいいのかしら?」
「……ぐっ、なんという逆恨みじゃ」
「安心していいわよぉ、ムニムぅ? 服を全て脱いだ後は、平らな胸を存分に弄って貴女が悶える表情を楽しんであげるし、その後はそこにいる金魚の糞が見ている前で殺してあげるわぁ」
「ふん……芸の無いやつじゃ!」
「それで、脱ぐの? それとも脱がないで自殺させるの?」
ぐぬぬ、と唸りながらも、ムニムが横目に俺の姿を確認する。俺の前で服を脱ぐのが嫌なのだろう。
そりゃそうだ、誰だって恥ずかしいからな。だが、そんな心配はしなくてもいい。
「アルガよ、お主……目を瞑って……」
「必要無い」
「え」
腰に括り付けた皮袋の中から、紐で結ばれた巻物を取り出す。
「詠唱する暇がないのであれば、しなければいいだけの話だ」
紐を解き、巻物を広げる。目玉型の魔物を一掃した時とは異なる種類の魔法が封じられている。
その魔法の効力は勿論――、
「――油断が過ぎたな、ナルディア」
「あ、貴方それは……ッ!!」
光が、王女様の体を包み込む。と同時に、額に描かれていたはずの小さな魔法陣が消えていく。
俺が使用したのは、解呪魔法が封じられた呪文書だ。呪いの種類を問わずに扱える代物で、転移砂同様に貴重なものだったが、今ここで使わずにどこで使うというのか。
「ムニムッ」
「う、うぬっ!!」
呼ぶと、すぐに反応する。呪いが解除された王女様は床に倒れそうになるが、駆け出したムニムがギリギリのところで追いつく。
「よかった……呪いが消えとるぞ」
安堵した様子のムニムは、俺へと目を向ける。そして、少しばかし頬を染めながら口を開く。
「礼を言うぞ、アルガ……」
「気にするな。助けたい気持ちは俺も同じだっ――」
「おかげで、真っ裸にならんで済んだのじゃ」
「そっちかよ!」
こんなことなら、平らな胸を見てから使えばよかったよ。
……いや、冗談だ。クーからルノに伝わると困るから、これでよかったんだよな。
「今の、いうー?」
「言わなくていい。絶対に言わないでくれ」
「うんー」
疲れた。主に、精神的に……。
※
王女様が目覚めたのは、日が昇った後だ。
「ムニ……ム?」
「おお、気付いたかロアーナ! 無事で何よりじゃ! というか、何が起きたか分かっとるか? お主、ナルディアに操られておったんじゃぞ?」
瞼を開け、ムニムの姿を見た途端、王女様は目尻を緩める。操られていた時とは異なり、幾分か自然な表情のように思える。これが本当の王女様の素顔なのだろう。競売所で出会った時も操られていたに違いない。だからあのようにベタベタとくっ付いてきたのだろう。……と思ったが、
「……あぁ、愛しのムニム。わたくしの手を取ってちょうだい」
スッと、手を伸ばす。潤んだ瞳で……。
「こら話を聞かんか」
「いやよ……早く手を……」
全くもう、と溜息を吐きつつ、ムニムが王女様の両手を取る。
すると、嬉しそうな表情を作る王女様は、ベッドからゆっくりと起き上がる。その勢いのまま、ムニムに抱きつき、胸元へと収まってしまった。
「はあぁあん、ムニムの臭いがするわ……っ」
「こ、こらっ、止めんか! 他の者が見とる前で……ッ!!」
「いやよいやっ、もっと嗅ぎたいの! はあはぁっ」
……うん。なんだこれ。王女様の素顔って、こんなものなのか……?
「目を覚ましたらムニムがいるだなんて、どんなご褒美? 嬉しすぎて鼻血が出てきそうですわ」
「もう出とる! わしの服についとる!」
「スンスン……良い臭いですわ。これがムニムの……」
「ちょっと口を閉じんか!」
慌てるムニムをよそに、幸福を噛み締める王女様は、徐々にその顔が崩れていく。それはもう、恍惚とした感じに……。ナルディアの手から解放された王女様が、ムニムと抱擁する姿は、実に絵になる……と言いたいところだが、現実はさて。
「うぬあっ! いい加減、離れんかっ」
「ああっ、酷いわムニム……どうしてそんなにわたくしを悲しませようとするの?」
「ロアーナ、お主が鬱陶しいのが原因じゃろうが!」
我慢の限界に来たのか、ムニムが強引に引っぺがす。
「はあっ、はあ……っ、元気は有り余っとるようじゃな……」
「勿論元気ですわ。だってムニムが傍にいるんですもの」
「それはもういい!」
「ああん、もっとムニムとお話したいのに……。そうだわ、先ほどナルディアがどうとか言っていたけれど、どうしたのかしら? そのお話でもよろしくてよ?」
ようやく話が通じた。ムニムは肩で息を整え、再び問いかける。
「ロアーナ、お主はナルディアに操られとったんじゃ」
「わたくしが、彼女に? ……けれど、ここ最近は一度も会っていませんわ」
「ふむ……」
「あぁ、悩む表情もステキですわ……」
「ぬわっ、止めいっ! わしに抱きつくのは禁止じゃ!」
「そんな!!」
悲しげな表情の王女様から視線を外し、俺達と目を合わせた。
「ほれ、もっとこっちに来んか」
手招きされる。今現在、俺がいる場所は、王女様の寝室だ。王女様の許可は得ていないが、ムニムが「構わん構わん!」と言い、半ば強制的に引き込まれた。ルノとクーも一緒にいるが、ミールだけは廊下で待機している。ムニム曰く、口が悪いからだそうだ。
「ロアーナ、わしの新しい友を紹介するぞ」
「新しい友……ですって?」
「うぬ。こっちがアルガで、そっちの青髪がルノ、小っちゃいのがクーじゃ」
ムニムの口から俺達の名前が告げられる。つられて、俺とルノは膝をつく。クーは立ったままだ。
「あとついでに……外にも一人おる」
これは驚いた。ミールのことも友として認めているようだ。
「初めまして、アルガと申します」
「る、ルノと言います! コルンの町の冒険者組合で受付嬢をしております!」
「クーだよ」
見知らぬ男女が勝手に寝室へと入り込む形なので、良い気分ではないだろう。それに、ムニムとの少し過剰気味なやり取りを見せてしまったわけだからな。しかし、さすがは王女様と言うべきか。
「愛しのムニムの友ということは、わたくしの友でもあるということですね」
ニコリと微笑み、王女様は再び手を伸ばす。
ムニムの肩を借り、ベッドから降りると、ゆっくりと俺達の傍に歩み寄る。そして、
「畏まることはありません。わたくしのことは、ロアーナとお呼び下さい」
国王様に続いて、王女様……ロアーナも、頭を垂れる。
ムニムの友だからという理由で、こんなにも簡単に受け入れてくれるとは……ムニムのことを相当信頼しているということか、またはそれ以上の何かがあるのか。
「アルガはのう、お主にかけられた呪いを解いてくれたんじゃ」
「まあ、そうでしたの? ではわたくしの命の恩人ですわね」
「いえ、大したことはしていませんので」
たまたま手持ちに解呪系の呪文書があったというだけだ。もし無ければ、どうにかしてムニムが解呪魔法を扱っていただろうからな。手間は置いておくとして、結果に違いはなかっただろう。
「……ですが、アルガさん」
と、ここでロアーナの声色が僅かに変化する。何事かと目を細めると……。
「ムニムはわたくしだけのものですので、お間違えの無いようにお願いいたしますわ」
「は……? あ、……はい」
一瞬、何を言っているのかと疑問が浮かんだが、すぐに考えを改める。
ロアーナの態度を見ていれば、察しがつくことだからな。
「はい、心得ました」
「阿呆ッ、そんなもんは心得んでいい!」
ムニムが口を開くが、無理だな。
一国の王女様が直々に釘を刺してきたのだ。ここは何も言い返さない方が無難だ。
「ええいっ、このままでは勘違いされてばかりじゃ! ロアーナは大人しく寝とくように!」
「ああっ、急にわたくしの体を押して……押し倒すだなんて、ムニムは積極的すぎますわ」
「ほれお主等! さっさと部屋を出るぞ!」
「お、おお……」
ムニムは、ロアーナをベッドへと寝かせて、毛布を掛ける。
起き上がる前に部屋から退散するつもりのようなので、俺達も後に続くことにした。
「ぎゃふっ!! ……あっ、話し合い終わりましたかぁ?」
廊下に出ると、ミールが出迎える。こいつ、扉の前で聞き耳立てていたな。
「……ふぅ、やれやれじゃ」
扉を閉めると、ムニムは深い溜息を吐く。
聞きたいことは山ほどあるけれども、とりあえず一つ聞いておくか。
「ムニム。王女様は……ロアーナは、ひょっとして男嫌いなのか」
「そうではないのう。幼い頃に世話係として傍におったからか知らんが、あやつは単にわしのことを気に入りすぎとるだけじゃ」
面倒なことだと言いたげな表情で、ムニムは喉を鳴らす。
「故に、わしと仲の良い者が現れるのが嫌なのじゃろう。アルガには迷惑を掛けてしもうたな」
「いや、それは別にいいんだが……」
気に入っているだけ、とは思えない。あれはどう見てもムニムのことを好いている。まあ、野暮なことは聞かない方がいいか……。
「さて、ロアーナの目も覚め、呪いの解除も確認出来たことじゃから、話を戻すかの」
コホン、と咳払いを一つ。ムニムは、俺達一人一人へと視線を合わせ、間を取る。
「お主等、これからどうするつもりじゃ?」
「どうするって……?」
「いやなに、競りに出した聖銀の鎧兜の行方は、今も分かっとらん。お主等としては、そちらを優先すべきかと思うてな」
「ああ、そのことか」
元々、聖銀の鎧兜に未練はない。確実に取り返すつもりではあるものの、どうせすぐに処分することになるだろう。そんなことよりも、首飾りの落札代金を稼ぐ方が重要だからな。故に、支払期限の延期を可能とし得る方法を模索する他に道はない。
「いや、優先すべきは、ナルディアの居所を突き止めることだろう。競売所をドローマンに襲わせたのもナルディアで間違いないし、一石二鳥じゃないか」
「ふむ、確かにそうじゃな」
結局、ナルディアを捕まえるということは、盗まれた出品物も戻ってくることに繋がる。
それに、国王様に金を借りることも今なら不可能ではないはずだ。
しかしながら、俺をワルドナ国の民として認めてくれたワルドナ王に対して金を貸してくれとは言い難いし、そんなことは絶対にしたくない。八方塞がりだが、今更降りるのは不可能だ。しかし、
「ナルディアって人を捕まえたら、賞金とかたんまり貰えるんですかねぇ?」
「賞金……!?」
ミールの疑問に、俺は活路を見いだす。
「だってそうでしょう? 国一つをめちゃくちゃにしようとした人を捕まえるんですよぉ? たとえば金貨一千枚とかくれてもおかしくないですよねぇ」
「まあ、そうじゃな。王都は財政難というわけでもないから、それぐらい余裕じゃと思うぞ」
これは素晴らしい。是が非でもナルディアを捕まえて褒美を貰わなくては……。
「ダラダラする時間が勿体ないな。すぐに捕まえに行こう」
「すまぬのう、アルガ」
「気にするな。俺は俺の目的の為に動いているだけだ」
ムニムが首を傾げているが、勿論それを追求させるつもりはない。
「ナルディアの居所について、目星はついているのか?」
「そのことなんじゃが、ちと面倒でのう」
「面倒……?」
その台詞から察するに、居場所自体は分かっているのかもしれない。だが、面倒とはどういうことか。思案顔のまま、ムニムは唇を動かす。
「ワルドナの南西部に、山岳地帯があるのは知っとるか」
「……いや、初耳だな」
モアモッツァ大陸については、知識が乏しい。その辺のことは、ルノやミールの方が詳しいはずだ。
「その山岳地帯にはのう、実はワルドナで罪を犯した者達を閉じ込める牢獄が作られておるのじゃ」
「牢獄が……?」
そう言えば、さっき牢から出たとかなんとか言っていたな……。
「うぬ。エイジェールの奴らが王都で悪さをすることがあまりにも多くてのう、王都内の牢獄の数が足りなくなったのが原因じゃな」
「ナルディアは、その牢獄にいたのか」
「そのはずじゃ」
過去形なのは、此度の件が起きたからだ。ナルディアが牢獄に囚われたままであれば、ロアーナが操られることも貴族達が虐殺されることもなかったわけだからな。
では、どうやってナルディアは脱獄し、ロアーナを操ったのか。
「警備兵はいなかったのか」
「いや、二十以上の兵が交代制で任に当たっとる」
「つまり、そいつらはナルディアにやられたってことだな」
現地を見たわけではないから何とも言えないが、恐らく間違いない。更に言えば、牢獄に囚われていたのは、ナルディアだけではないはずだ。これは非常に厄介なことになってきた。
だが、面倒なことは、それだけではない。
王城の警備兵達の話によれば、ロアーナの周囲には常に警備がついているらしい。
そして、ロアーナ自身、ナルディアと顔を合わせた覚えはないと言っている。では、ナルディアは如何にして禁忌魔法を行使したのか。
ムニムの話によれば、あれは超近距離範囲魔法だ。ロアーナに接近しなければ扱うことは不可能だろう。現状では、ロアーナの傍にいた者達の動向にも注意しなければならないことになる。
……いや、催眠系の魔法を扱えば、それも可能か。と考えると尚更厄介だぞ。
「国内の守りはどうする?」
「暫くの間は、魔導騎士団と兵士達を均等に配置するつもりじゃ。あと、入国する者のチェックは厳しくするように伝えておる」
対策としては悪くないが、十分ではない。
元凶とも言えるナルディアを捕らえることを最優先に動く必要があるだろう。
「しかし気になるのは、目玉型の魔物についてじゃな」
「あれがどうした」
「ナルディアは、どのような手を用いて大量の魔物を王城内に連れ込んだのじゃ」
ドローマンは、人に化けて国内に入り込むことができた。けれども、目玉型の魔物達は化けることが出来ない。だからといって、人に寄生することは出来ても操ることまでは不可能だ。
だが、それについては既に答えが出ている。
「あれは恐らく、卵を持ち込んだのだろう」
「卵……?」
「目玉型の魔物の卵だ。初めて目にする魔物だから多少の間違いはあるかもしれないが、あの大きさの魔物の卵であれば、一つ一つはとても小さく、外から持ち込むことも容易なはずだ」
寄生型の魔物の中には、宿主の体に卵を植え付け孵化させるものが存在する。卵から生まれた魔物は宿主の体を養分として少しずつ食い始める。この手の魔物は、幼体時には魔核が存在せず、成体になるまで時間を要するのが特徴だ。
「持ち込む……とは、いったい誰が……!?」
「ナルディアと共にいた男の仕業かもしれないな」
今でこそ理解出来るが、あの男はワルドナ牢の囚人なのだろう。魔核を用いてドローマンを作り出す手際の良さを見るに、魔族に対する知識量は相当なもののはずだ。とすると、卵を用いる手段を思いつくことも訳はないだろう。
王都が魔物の侵攻を許したことは他国の耳にも入るはずだ。それがどのような状況を生み出すか、現状では判断し辛いが……。
「一度、行ってみるしかないな」
「あの……アルガ様、そのような場所に行って大丈夫なのですか?」
今まで口を閉じていたルノが、耐えきれずに問いかけてきた。
その優しさから、俺の身を案じてくれているのだろう。
「心配するな、いざとなったらミールを盾にするからさ」
「ええっ!? なんであたしがアルガさんの盾にならなくちゃならないんですかぁ!! っていうか、一緒に行きますなんて一度も言ってないんですけど~!!」
ミールの訴えを聞き流しつつ、ルノに笑い掛ける。
俺の冗談を受け、ルノもぎこちなく笑みを浮かべてくれた。心配なことに変わりはないってことか。
この件を無事に終えることが出来たなら、長居せずにコルンの町に戻ろう。ルノやクーと共に、平和にのんびりと過ごしたいからな。
「ムニム、案内を頼めるか」
「当然じゃ。支度を調え、馬車を用意するからのう、しばし待っとれ」
しっかりと頷き、ムニムは背を向ける。ナルディア達が行方をくらます前に、けりをつけてやる。
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