【八章】あかりをつけましょくらやみに
「ムニム!」
「ぬわっ!? なんじゃお主ッ、わしを追っかけて来おったのか?」
もう間もなく競売所に着くといったところで、ムニムの背に追いつくことができた。
「ここら一帯、まだ奴らが潜んどるやもしれん。危険じゃから、わしの屋敷に戻っとれ」
「俺にも協力させてほしい」
「協力じゃと?」
「ああ。腕には自信があるからな。ムニムや王都の力になれると思う」
王都も俺も万々歳な結果を目指そう。
「アルガよ。腕っ節がそれなりのものじゃとしても、お主はわしの客人であり友達じゃ。危険な目に遭わせるわけにはいかん」
心意気は嬉しいがの、と付け加え、ムニムは頬を緩める。
俺の身を案じてくれているのは分かるが、しかしそれでは俺自身が困ってしまう。なんとしてでもムニム達について行く必要がある。
「分かった」
「おお、分かってくれたか? ではわしの屋敷に……」
「ムニムの言い分は理解した。だが競売所に着いてしまったぞ」
「ぬっ!?」
移動しながら話していたからな。
一先ず、競売所に着くことだけはできた。後はどうやってついていくか……。
「ん? ムニム、この声は……」
「うぬ。どうやら残党が残っとるらしい」
目で合図し、ムニムは部下達に命令する。左右に散り、逃げ道を塞ぐつもりだ。
「アルガ、ここは危険じゃから戻れ」
「ムニムの傍でも危険か?」
「……お主、そうまでしてわしについてきたいのか?」
「ああ。大切な仲間だからな」
その言葉に嘘偽りはない。ムニムは友達であり仲間だ。
コルンの町の住人ではないが、今後とも仲良くしていきたいのは事実だからな。
「……良かろう。但し、絶対にわしの傍を離れるでないぞ」
「約束する」
「うぬ」
杖を手に、ムニムが前方を向く。正面入口から中へと入り、真っ暗な競売所内を突き進む。
「――ッ」
少し離れた場所で、火花が奔った。何者かが魔法を使ったのだろう。悲鳴が耳に聞こえてくる。
「お主、少し急ぐぞ」
ムニムの声に暗闇で頷き、足を更に早く動かす。と同時に、杖を振るムニムの姿が横目に映った。
杖の先に極小の魔法陣を描き出し、灯りを生み出すと、進む方向へと飛ばしてみせる。すると、見る見るうちに闇が掻き消され、昼間のように明るくなった。
「あらてか、そこでとまれ」
灯りは、敵の目を引く。
しかしながら、そのおかげだろう。奴らの足下に蹲る者達に対する追撃の手は止まっていた。
「……ふむ、お主等か? 競売所の出品物を盗んだのは」
「だとしたらなんだ。つかまえてみるか」
一人、二人、三人……。敵の数は全部で六人か。盗人の傍には、この騒動に巻き込まれたであろう競売所のスタッフ達が蹲っている。苦痛に顔を歪めながら呻いている姿を前に、心を落ち着かせる。
無抵抗か、それとも実力差がありすぎたのか。敵は全く怪我をしていない。代わりに、盗人達の足下にはそれなりの量の泥が落ちていた。
これは妙だな。喋り方も拙いし、殺気を全く感じない。
「当然じゃ。話は牢屋の中で聞くからの、地べたに這いつくばるとよい」
「――ッ!!」
言うや否や、ムニムは唇を掠らせ、詠唱を終わらせる。杖を振ってみせると、盗人達の真上に大きな魔法陣が姿を現し、無数の氷柱を具現化したかと思えば、躊躇なくそれを落とす。
肩や背中、手足に突き刺さり、盗人達はその場に這いつくばる姿勢を強いられた。
「手際がいいな」
「言ったじゃろ、わしは魔導騎士団の総隊長じゃ」
偉ぶった様子はなく、気を抜いてもいない。
敵と対峙するムニムには、一片の油断も見当たらない。頼もしい限りだ。
「手足の先と口を凍らせたでの。魔法は扱えぬぞ」
盗人達が無詠唱で魔法を扱えるとは考えにくいが、念には念を入れているのだろう。だが、
「……此奴等、なんなんじゃ?」
ムニムが眉を潜め、ぼそりと呟く。目の前の光景に疑問を感じたのだろう。
氷柱が突き刺さり囚われた盗人達は、力任せに立ち上がる。例え手足が千切れようともお構いなしだが、不思議なことに千切れた箇所から血が出ていない。
「まさか」
何事もなかったかのように口元を醜く歪め、千切れたはずの手足をくっ付け再生させる。
それは人がもたらす魔法の類いではない。明らかに魔物の力が含まれている。
氷柱に拘束されたはずの盗人達は、再生した手で強引に口を剥ぎ、同じ事を繰り返し、ほんの僅かな間に自由の身を手に入れた。
「あしどめする。おまえたちをころす」
淡々と呟き、六人全員が一斉に手の平をこちらへと向ける。これはまずい。
「ムニムッ、伏せろ!」
「もがっ」
ムニムの頭を両手で掴み、下げさせる。と、一拍置いて何かが俺達の上を掠めていくのが見えた。
背後に目を向けると、大量の泥が壁に張り付いている。
「あれは恐らく、ドローマンだ」
「ッ!? 魔物が王都に入り込んでおったじゃと?」
盗人達の足下に泥が落ちていたので、もしやと思ったが、今の技を見て確信した。
「刃状の泥を飛ばし、千切れた手足をあっという間に再生することが出来るのは、奴ら以外に思いつかないからな。少なくとも、ただの人間には不可能な芸当だ」
元々が泥の塊から作られているドローマンは、見た目は完璧に人間へと化けることが出来る。着ているように見える衣類も全て泥で作られたものだ。だが、体の一部が地に面していなければならず、その場で飛び上がるようなことは出来ないのが特徴だ。また、激しく動くと泥が飛び散り、その場にドローマンがいたという痕跡を残すこととなる。
「確かに、血も出とらんかったな。……では、これはエイジェールの仕業ではなかったのか?」
ムニムは、競売所での一連の騒動が隣国によるものだと考えていたらしい。しかしながら、魔物が関わっているとなると、話は違ってくる。
魔を手懐けることは難しい。それこそ、クーのような力を持つ者がいなければ叶わぬことだ。
「ムニム、悪いが約束を破らせてもらうぞ」
「お主、何を……」
盗み出された出品物の行方を追う必要があるので、悠長に事を構える余裕はないのだが、幸いなことに、敵はドローマンだ。魔物が相手ならば、加減することなく剣を振るえる。
だから俺は、ムニムの傍を少しの間だけ離れることを決めた。
「こいつ等全員の魔核を破壊する」
人間に化けたドローマンは六体。そのうちの一体が、先ほどと同じく手の平をかざす。魔法を扱うつもりなのだろう。だが、そうはいかない。
皮でできた筒状の入れ物から、鉄の棒を一気に掴み取り、そいつ目掛けて投擲する。
「ぐばっ」
かざしていた手を突き破り、魔法による攻撃を防ぐ。ぐらりと体勢を崩したドローマンは、その場に崩れ落ちてしまう。だが油断はしない。間髪入れず、別の鉄の棒を次々に投げつけていく。他のドローマンが魔法を扱うのを未然に防ぐ為、手に狙いを定める。敵側も俺の思惑に気付いたのか、自らの体を盾に手をかばい、ふらつきながらも手の平をこちらへと向ける。
「一手遅かったな」
「ごばあっ」
泥による刃は発生しない。鉄の棒を投擲すると共に距離を詰め、二撃目を繰り出したからだ。
泥を斬る感触が、剣から手に伝わる。これは肉ではない。ただの泥だ。ドローマンを沈黙させるには、魔核を破壊しなければならない。そうしなければ、魔力ある限り何度でも立ち上がるだろう。
不幸中の幸いか、俺は過去に何度かドローマンと戦ったことがある。こいつらの魔核は、例外なく心臓の位置に隠されていることを知っている。故に、止めを刺すには胸元を突き刺すのが効率的だ。
「まずは一体」
寸分の狂いもなく、二撃目が心臓部を捉える。泥で作られた体内に隠されている魔核を突き刺し、それを破壊することに成功した。しかし足を止めている時間はない。奴らの体は泥なので、千切れた手はすぐに再生する。その暇を与えずに魔核の破壊行為を繰り返し行うのだ。
「おぉ、おおぉ……ぐぺっ、ぺっ!」
ムニムが唸る声が聞こえたような気がするが、余所見は厳禁だ。サクサクと仕事をこなそう。
襲い来るドローマンの間を通りながら、足を斬る。そして倒れたところに剣を突き立て、確実に魔核を破壊していく。王都内での魔物との遭遇に驚きはしたものの、思いの外呆気なく、時間も掛からずに六体全てのドローマンの息の根を止めることができた。
「ふう、……終わったぞ、ムニム」
剣を収め、後ろを振り向く。先ほどまでムニムが立っていたはずの場所に、泥の塊が……。
「お主な、ちっとはわし等がおることを考えながら戦えんのか」
泥の塊はドローマンではない。ムニムだ。飛び散った泥が掛かり、泥まみれになっていたらしい。
怪我を負ったスタッフ達を壁際へと運び、跳ねる泥から守っていたようだ。見た目は子供だが、中身はしっかりしている。慕われるのも納得だな。……まあ、その結果がゴミ屋敷なのは悲しいが。
「あ、いや、すまなかった」
「あとで体を綺麗にせんといかんのう……しかし今は、そんな暇はなさそうじゃな」
魔核を破壊し、ただの泥と化したドローマンの亡骸を確認する。魔核は粉々になってしまったが、討伐自体は問題なく済ませることが出来た。ドローマン一体当たりの討伐報酬が気になるところではあるが、小金を稼ぐ暇はない。出品物の行方の他に、魔物の出所を探る必要が出てきたからな。
「ムニム、どうする」
「うぬ。この場はわしの部下に任せ、ドローマンを手引きした輩を探しに行くぞ」
言うや否や、ムニムは魔法陣を描き出す。
「あー、あー、コホンッ。……西口より左側通路を真っ直ぐ進んだところにおる。怪我人がおる故、急ぎ集合するのじゃ。以上」
それだけ言うと、描き出した魔法陣が揺ら揺らと消えていく。
「伝達魔法か」
「うぬ。わしからの一方通行で、部下以外には伝わらん代物じゃがのう」
それでも凄い魔法だ。やはりムニムの魔術師としての腕は相当なもののようだ。
「部下の中に【癒術師】の紋章を持つ者がおるでな。到着したらここを任せることが出来る」
「【癒術師】か……」
エーニャと同じ紋章を持つ部下がいるなら、安心して敵を追うことが出来るだろう。……だが、
「……ムニム」
「言わんでも分かっとる」
互いに声を掛け合い、息を吐く。視線は、灯りが及ばぬ暗闇の中だ。
足音を一切立てることなく、暗闇から囚人服の男が姿を現した。
「何者じゃ」
問い掛けに男は口を開かず、代わりと言わんばかりに身構える。
「ムニム、怪我人達を頼む」
「……お主、一人でやるつもりか」
「他にも仲間が潜んでいるかもしれないだろう」
俺達の前に姿を現した囚人服姿の男からは、異質なものを感じ取ることが出来る。ドローマンではないのは確かだが、魔物の臭いかそれとも……。
「それならわしが代わりに……」
「此処は何処だ、ムニム?」
「? いきなりなんじゃ?」
眉を潜めるムニムに、俺は目を合わせずに言葉を続ける。
「そこにいるのは、ムニムが何よりも優先して守るべき人達だろう」
「ッ、……仕方ないのう」
ムニムは、ワルドナ国が誇る魔導騎士団の総隊長だ。故に、国民を守る義務がある。
だとすれば、ここは俺が剣を交えるべきだろう。
「ドローマンと何らかの関わりを持っとるはずじゃからの、生かしたまま捕らえるのじゃ」
「仰せのままに」
ホルンの剣を握り締め、囚人服姿の男との距離を少しずつ詰めていく。すると、
「……その剣も貰い受けよう」
口を開いたかと思えば、男は握っていた両手を広げ、黒く輝く塊のようなものを俺の周りへと投げ散らす。一瞬身構えるが、攻撃の類ではないことを理解し、状況の把握に努めようと目を彷徨わせ、そこでようやく気が付いた。
「――ッ、これは……ッ!!」
男が投げ散らしたもの――魔核は、地に崩れたドローマンの亡骸に生命を与え、再び形を作り上げていく。この男は、魔核と泥を扱うことで、自らの手でドローマンを生み出してしまった。
「殺せ。一人残らず」
己の肉体を作り上げたのが理由か否か、ドローマン達が男の命令に従い、手の平を向ける。
「くっ」
俺を中心に取り囲む六体のドローマンが、攻撃態勢に入っている。
泥の刃が襲い来る前に対処しなければならない。
「魔核を得たのなら、もう一度破壊するまでだ」
ホルンの剣を地に突き刺し、手首に捻りを加えると同時に、柄を握ったまま地を蹴り、その場で逆立ちしてみせる。次の瞬間、ホルンの剣を中心に突風が巻き起こり、俺の取り囲んでいたドローマン達が次々と飲み込まれていく。
「……ほう、やはり業物か」
突風はすぐに止み、俺は再び地に足をつく。
一瞬、ムニムへと視線を向けるが、何も問題はないようだ。俺の技を見抜き、防御魔法を唱えていたのだろう。突風から身を守る壁を具現化し、怪我人達を守り抜いていた。
「まだか」
当然ながら、突風で回避できたのは泥の刃だけだ。ドローマン達は体を切り刻まれながらも平気な顔で立ち上がり、姿形を整えていく。魔核を破壊するまでは、終わりは見えないということだ。
「泥に還してやる」
ならば再び魔核を粉々にすればいい。
ホルンの剣を握り直し、ドローマンの心臓部を貫き――……。
「――あらぁ? まだ遊んでいたのねえ?」
競売所内に、新手の声が響いた。それは何処かで聞いたことが……。
「ッ、お前は……ッ」
姿を見せたのは、魔女の出で立ちの女性だ。
つい数時間前だが、この女性とは街路ですれ違い、言葉を交わしている。
「なるほど、連れというのは、この男のことだったんだな」
「ふふっ、そんなこと言ったかしらねえ?」
身に覚えがないとは言わせない。この女も盗人の一味ということは明白だ。
この場で捕らえて出品物の在り処を吐かせてやる。
「いつまでも遊んでいる暇はないのよぉ? だからほら早く来てちょうだい?」
「あと少し待て、あの小僧が持つ剣に興味が沸いたのだ。あれをいただくまでは帰れん」
「駄々を捏ねるだなんて貴方らしくないわねえ~? でもダメよ~、許してあげないわぁ」
「――むっ? ナルディア、貴様……」
ナルディアと呼ばれた女は、呪文を唱えることなく魔法陣を描き出す。
すると、その魔法陣から巨大な火の玉が顔を覗かせる。
「ッ、こんな場所で……嘘だろッ!?」
「嘘じゃないのよお、だってそこにわたくしの大嫌いなムニムがいるんですもの……ねえ?」
「むうっ、なんじゃ? 誰か増えたのかっ?」
名を呼ばれて、防御壁からひょこりと顔を出すのはムニムだ。と同時に……。
「バイバイ、ムニム」
魔法陣から火の玉が放たれた。
「くそっ」
間に合わない!
俺の判断が遅れたせいだ。
防御壁があるからムニム達に被害はないかもしれないが、このままでは競売所が火の海に――……。
「ふん、この程度でビクビクするとは、お主もまだまだじゃのう」
「――ムニムッ!!」
焦りに反応が遅れた俺を通り抜け、肌を差す極上の冷気が火の玉を覆い尽くす。この魔法はムニムが屋敷で披露したものの強化版か!
辺りを燃やし尽くすかに思われた火の玉は、ムニムが具現化した冷気によって押し潰されていく。
やがて、火の玉は完璧に消え去ってしまった。
「た、助かった、ムニム」
「よいわ。それよりも……」
ムニムの瞳の先へと視線を移す。
先ほどまでそこにいたはずだが、いつの間にか姿を消していた。
「……俺の失態だ」
「気にするでない。お主はよう戦ったわ」
「だが、奴らを逃がしてしまった……」
囚人服姿の男と、ナルディアと呼ばれた魔女……。あの二人が出品物の在り処を知っていることは間違いない。今此処で確実に捕らえるべきだったのだ。
「安心せい、まだ打つ手はあるからの」
そんな俺を励まし、ムニムが笑みを浮かべてくれる。
「……ふむ。ようやっと部下達のお出ましじゃな」
ムニムの声に顔を上げ、ゆっくりと息を吐く。魔導騎士団の中には【癒術師】の紋章を持つ者がいるので、これでもう安心出来るだろう。となると、今の俺に出来ることは一つのみ。
「ムニム、俺に力を貸してくれ」
「ふん、無論じゃ」
奴らを追い掛けるには、今が絶好の機会だ。これを逃す手はない。
「そう急かずとも、わしに任せておけ」
この場を部下達に任せたムニムは、俺を連れて競売所の外へと向かった。
※
「どうやって追いかけるつもりなんだ」
ムニムに問い掛ける。あてがあるのか、それとも闇雲に探して回るのか。いずれにせよ、たった二人では見つけ出すのは困難だ。しかしながら、ムニムは不敵にも微笑んだ。
「安心せい、わしを誰じゃと思っとるのじゃ」
杖を両手で逆さに持ち、地面に片膝をつく。杖の先と地面とを触れさせると、何やら呟き始めた。
……随分と長い詠唱だ。いったい何の魔法陣を作り出そうとしているのか。
「ふむ……よし、これでよいじゃろ」
やがて、地面に小さな魔法陣が作られる。と同時に、魔法陣が光の線を放ち、遠くへと伸び始めた。
この光の線と形には見覚えがある。
「追跡魔法か」
「ご名答じゃ」
追跡魔法。それは、その場に残された痕跡を辿り、追跡することが可能となるものだ。
高度な技術を要する魔法であり、誰もが簡単に扱えるものではない。追跡距離が長ければ長いほど、必要となる魔力の量が比例し増えていく。よほど魔力量に自信があるものでなければ、おいそれと習得し扱ってみようと思えるものではない。
俺自身、ロザ王国を追放されて賞金首になった時、追跡魔法によって一度すぐに見つかったことがあるのだが、この魔法には欠点がある。光の線は追跡対象者の足取りを追い続けることになるので、例え対象者がすぐ隣に立っていたとしても、遠回りして追い掛けることになる。
それを利用し、一度見つかってから宿を取るまでに移動をし続け、追跡魔法に対抗したものだ。
「追跡は既に完了しとる。あとは追いかけるだけじゃ」
「……ムニム、お前って何の紋章を持っているんだ?」
ふとした疑問が口に出た。
ワルドナ国でも唯一無二の存在で、代えの利かない魔導騎士団の総隊長なのだ。恐らくは、魔力を扱う魔術師型の紋章を授かっているのだろう。しかし、疑問は残る。
つい先ほど、ムニムは火の玉を覆い尽くし消化するほどの冷気を具現化してみせた。その一方で、今度は地属性の追跡魔法を披露してみせる。
二つの属性を得意属性のように扱う様は、練度は異なれども、火属性と水属性を自由に扱うミールの姿と重なって見える。
「わしの紋章か? そんなもん知ってどうするつもりじゃ」
「いや、少し気になっただけだ」
「ふむ? まあ別によいがの。どうせ調べればわかることじゃからな」
そう言って、ムニムは服の襟首を掴み、引っ張った。
「ほれ、これがわしの紋章じゃ」
胸が無い。ルノよりも真っ平だ。……いや、胸を見る為に覗いたわけではない。紋章が目的だ。
「驚いたな。ムニムは【無術師】だったのか」
二つの属性をいとも簡単に扱う理由が判明した。
通常、魔術師は属性ごとに得意分野が存在し、その属性の特化型となっている。けれどもムニムが持つ【無術師】の紋章は、どんな属性の魔法でも得意属性のように扱うことが可能な、いわゆる万能型の紋章の一つとされている。
熟練度を上げずとも、他の属性の魔術師と同等かそれ以上の力を示すことができるので、引っ張りだこな紋章と言えるだろう。だが、欠点がないわけではない。
万能型の紋章は成長性に乏しく、将来的に期待することができないのだ。
満遍なく万能ではあるが、逆にいうと、いずれかの属性に特化しているわけではない。
故に、他属性を冠する紋章の持ち主の熟練度が上がれば、やがて追いつかれてしまうことになる。
まあ、一言で表すならば、器用貧乏な紋章ってことだ。しかし魔導騎士団を率いる者の紋章としては、これ以上に相応しいものはない。
何故ならば、魔導騎士団の面々は、全員が同じ属性を得意とするわけではないからだ。
総隊長のムニムが、全ての属性を万能に扱うことが可能ということは、部下の指導に際しても属性に合わせて行うことが出来るようになるし、何事にも臨機応変に対応することが可能だ。とはいえ、最たる圧倒的な実力故だが。
だからこそ、ムニムは若くして魔導騎士団総隊長の座に就くことができたのだろう。
「いい紋章を持っているんだな。俺の紋章……【遊民】とは大違いだ」
「すぐに抜かれてしまうがのう。部下達がわしよりも強くなるように鍛え上げるのが務めじゃ。それにアルガ、お主の紋章も悪くはないじゃろ」
「いやいや、俺の紋章は【遊民】だぞ?」
問うと、ムニムは「うぬ」と頷いた。
「遊民はの、何物にも縛られん自由な紋章じゃ。魔物が蔓延る世界であるが故に、今でこそ戦闘職が持て囃されてはおるがの。いざ平和な世になった時、もっとも己の人生を謳歌することが出来る者こそ、遊民じゃとわしは考えておる」
「……面白いことを考えるんだな」
もし、俺が本当に【遊民】の紋章持ちだったならば、今の言葉に救われていたことだろう。相手を気遣うこともできるのがムニムというわけか。
「ほれほれ、そんなことよりもさっさと追い掛けるのじゃ」
そうだった。奴らは待ってくれない。今も現在進行形で逃げ続けているはずだからな。早く追い掛けなければ、手が届かない場所へと行ってしまうことだろう。
「行くぞ、アルガ」
「ああ。必ず取り戻そう」
追跡魔法により、奴らの痕跡は見つけ出すことが出来た。あとは追い掛けて捕まえるだけだ。
※
痕跡は意外なところへと続いていた。城下町の外ではなく、第二区画内だ。外に逃げると見せかけて、中に潜んで様子を窺おうと考えていたのだろうか。しかし追跡魔法によって全てが丸裸になった今、奴らは袋のネズミだ。捕まえるのも、そう難しくはないだろう。
……と、俺は思っていたのだが、ムニムの顔色が悪くなっていくのが手に取るように分かる
「ムニム、どうかしたのか」
「いや、ぬう……わしの気のせいじゃと思うのじゃがな……この道は、……ううむ」
何かまずいことでもあったのか。すると、重い口を開き、ムニムが呟く。
「どうやら盗人達は、第一区画の入口へと向かっているようなのじゃ」
「第一区画に?」
第一区画。それはワルドナ国の貴族が住む区画だ。そしてその先にあるのは、唯一つ。ワルドナ国の王城だ。出品物を盗ったかと思えば、今度はワルドナ国の中心部へ。奴らは何を目的に第一区画へと向かっているのか。少し、雲行きが怪しくなってきたぞ……。
「こっちじゃ」
ムニムの声に従い、薄暗い街路を進む。ワルドナ国の最も外側に位置する第三区画から、俺はいつの間にか第二区画へと足を踏み入れていた。区画移動に際し、門番による形式的な確認作業が行われるのが常のようだが、今は非常時だ。ムニムの顔パスであっさりと通り抜けることが出来た。
「……騒ぎには、なっとらんようじゃな」
確かに。競売所に保管されている出品物を根こそぎ盗み、追っ手をまく為にドローマンを利用するような奴らだ。すれ違う住民達に怪我を負わせ、阿鼻叫喚の図になるであろうことは想像していた。
だが、蓋を開けてみればどうだろう。全く騒ぎになっていないし、むしろ本当に奴らは第二区画へと潜り込んだのだろうかと疑いたくなるほどだ。
夜中ということもあって、人通りが少ないことが、奴らに幸いしたのかもしれない。
「目的がいまいち把握できないな」
「うぬ。出品物を盗ったのであれば、国外に逃げるが当然じゃからな」
ムニムの追跡魔法によれば、奴らは第二区画を通り、第一区画へと続く通路に向かっているらしい。
一体何の目的で第一区画に行くのか、俺にはさっぱり分からない。
「第一区画に何か狙いがあるのやもしれんのう」
「本命は別にあるってことか」
出品物を盗る行為そのものが、実は俺達の気を引く為のもので、本当の狙いはこっちにある……とか? だとすれば、悪目立ちしないように慎重に移動しているのも納得できるが……。
奴らは、ドローマンを率いて競売所を襲わせた。第三区画での問題事とはいえ、競売所はワルドナ国にとって大切な場所だ。国内外の人々が集い、出品や落札を日々行っているので、狙うには丁度よかったのかもしれない。
最たる理由が、ムニム達だ。
競売所が襲撃された場合、まず真っ先に動くのは魔導騎士団の面々だ。
ワルドナ国が誇る最強戦力の魔導騎士団は、普段は第一区画から第三区画まで満遍なく配置され、警備の任に当たっている。その全ての戦力を第三区画の競売所に集めることで、第一区画の守りを手薄にするのが目的ということも考えられる。
ワルドナ国の中枢に、盗人達は何を求め目指しているのか。
謎は深まるばかりだが、とにかく追い詰めて直接吐かせる他に道はない。
「いずれにせよ、既に王城とは連絡がついとる。わしらと共に挟み撃ちじゃ」
ムニムの言葉に、俺は小さく頷いた。
夜の城下町を迷いなく突き進み、第一区画を目指す。
※
別世界とでも言うべきだろうか。
ムニムの顔パスで第一区画内部へと入った俺は、建物群に圧倒された。
「ここが……」
「王族と貴族が住む区画じゃな」
ワルドナ国の民であれば、第一区画から第三区画まで、自由に行き来することが出来るのだが、第二区画や第三区画の住民は、第一区画に足を踏み入れ難いのではないだろうか。高級感溢れる建物群は、貴族のみが住むことを許された町であることを強制的に認識させられる。そしてその中央に位置する王城も同様だ。辺りは貴族の住宅街がほとんどで、お店自体が少ないのかもしれない。
「……ううぬ」
「どうした、ムニム?」
「追跡魔法が……あっちを示しとる」
あっち、とムニムが目を向ける。
その瞳が捉える場所は、やはりというべきか、ワルドナ国の王城であった。
「盗人達は……王城に潜り込んだってことか」
「警備の兵士がおる。それはないはずじゃ」
だといいが……。ムニムの追跡魔法を辿り、俺達は第一区画の貴族街を突っ切る。王城への道は開けており、遠目にも門が見えていた。
「ご苦労様です!」
王城の警備に当たる兵士達が、ムニムの姿に気付く。敬礼し、声を掛けてきた。
「怪しい者はおったか」
「いえ、未だ発見には至っておりません」
「……ふむ」
この兵士達が嘘を吐いている可能性は低いだろう。
しかし、だとすれば何故、追跡魔法は王城の中へと続いているのか。
「ムニム」
「言うでない」
追跡魔法は、誰の目にも見ることが出来る。
だが、ムニムは追跡魔法を扱うに際し、更にもう一つ魔法を扱っていた。その効果により、追跡魔法は他者の目を欺き認識を失い、術者と、術者が指定した者以外には見えなくなっている。
つまり、ムニムと俺だけが、追跡魔法が示す道を辿ることが出来るのだ。
「では一つ聞くが……わしらが来るまでの間に、ここを通った者はおるか?」
「ここをですか?」
その質問は、すなわち答えを意味する。誰が通ったのか、ここにいる兵士達であれば必ず見ているはずだ。もし仮に見ていなかった場合、奴らは兵士達に気付かれずに王城へと潜り込むほどの手練れということになる。
場所が場所だからな。その場合は、一刻を争う事態に発展するかもしれない。だが、
「多すぎますので、全員分のお名前をお伝えするのは……」
「多すぎるじゃと?」
「はい。先ほど貴族集会を開くとのお達しがありまして……」
「なっ!! こんな時間に貴族集会じゃと!? いったいどこの誰が招集を掛けたんじゃ!!」
貴族集会とはなんなのか。ムニムに質問する間もなく、兵士は更に驚くことを口にする。
「ロアーナ様です」
端っこの第三区画から、真ん中の第一区画まで追跡してきた。その結果が、これだ。
「ロアーナじゃと? ……それはまことか?」
「間違いありません。直々に召集令を掛けておりましたので」
「ムニム、有名な人なのか?」
「うぬ……。有名もなにも、ワルドナ国の第一王女じゃ」
「王女様だと?」
「アルガ、お主も一度会っとるじゃろ」
「え? どこで……」
「競売所で、わしに抱き着いてきた女子(おなご)がおったじゃろうが」
……あの人か。
まさかの回答に、息を呑む。一国の王女の名が出てくるとは思ってもみなかった。
「では……ロアーナは今、何処におるのじゃ」
「つい先ほど、貴族街にて召集令を掛け終え、貴族様方と共に王城へと戻って参りました」
兵士の言葉に、ムニムが息を吐く。
ロアーナ王女が奴らとの関わりを持つか否か、現段階では判断することが出来ない。だが、こんな夜更け前に貴族集会とやらを開くということは、何らかの思惑があるに違いない。
「色々質問してすまんかったのう」
「いえ、仕事ですので!」
「よし、……アルガ、わしらも城へと入るぞ」
「いいのか?」
ワルドナ国は、外部の人間に厳しいのだろう。俺みたいな素性の知れない者が、のこのこと入れるような場所ではないと思うのだが……。
「構わん。……よいな?」
ムニムが、兵士に言う。その威圧感は本物だ。背筋を伸ばす兵士は、何も言わずにしっかりと頷く。
「ゆくぞ、アルガ」
「何事もないといいが……」
魔物が関わっている時点で、何事もないはずもない。
何がと言われれば返答に困るが、手遅れになっていないことを祈ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます