【七章】誰でもいいから落札してくれ

 舞台上での一悶着を見届けた後、俺は頭を抱えていた。

 ルノの喜ぶ顔見たさに、謎の首飾りにワルドナ金貨一枚で入札するつもりが、桁を二つ間違えてしまった。それだけなら未だしも、聖銀の鎧兜の入札自体が中止となり、落札費用を捻出する術が無くなり、正直八方塞がりだ。

「ルノよ、此奴随分と顔をしかめておるが……売れなかったのがそんなに悲しかったのかのう?」

「そ、そうですね……」

 様子を窺い、ムニムがルノに問う。

 返事をする気力を持ちたいものだが、どうにもこうにも力が出ない。ジリュウ絡みだと、何故こんなにも面倒な事態に発展するのだろうか。誰でもいいから教えてほしい。

「お子ちゃまに質問ですぅ。売れ残りはどうするんですかぁ?」

「受付所に戻って回収じゃ。それとお子ちゃま言うでない」

 本日の競売は全て終了した。これから俺達が向かう場所は、競売所内に設けられた総合受付所である。出品物の登録や回収、落札額の支払いや受け取りなどを行うことができるらしい。俺達は、値が付かなかった聖銀の鎧兜を回収しに行くことになる。

「はあ……」

 出したくなくとも、ついつい溜息が漏れてしまう。

 そんな俺を見かねたのか、ムニムが腕を組み、声を掛けてきた。

「ほれ、気落ちするでない。また明日出品すれば良いだけの話じゃ」

「……出品、してもいいのか?」

「当たり前じゃ。今日は売れなくとも、明日は売れるかもしれんじゃろ」

 確かに、それはそうだ。首飾りの落札額はワルドナ金貨百枚で、支払期限は三日間。もう一度出品して、仮にワルドナ金貨百枚以上で売ることができれば、ギリギリ間に合うだろう。勿論、装備一式を落札した人物がすぐに支払ってくれればの話だが。そうでなければ、ワルドナ金貨百枚が俺の手元に来ることはないし、一日や二日の差で間に合わないなんてことにもなり得る。

 ……いや、これは希望的観測だ。皮算用にすぎない。そんなに上手いこと話が進むはずがない。現に俺は窮地に立たされているわけだからな。己の力で解決可能な別案を模索する必要があるだろう。

「どうじゃ? 明日も出すかの」

「頼む」

「うぬうぬ。わしに任せておけ」

 ニヤリと笑い、ムニムが胸を張る。こんなに頼もしく見えるとは思わなかった……。ありがとう、ムニム。ありがとう、ゴミ屋敷の住人様。このご恩は一生忘れないぞ。

「一先ず、出品物の回収と再登録じゃ。ほれほれ、行くぞ」

 ムニムの言葉に、俺は僅かながらに元気を取り戻す。

 ふかふかの席を立ち、皆と共に会場の外に出ようとする。とその時、

「はあんっ、ここにいたのね、愛しのムニムッ!!」

「うげっ!? お主ッ、何故ここに――ッ」

 息を切らした女性がムニムの名を呼び、勢いよく駆けてきた。

「もうっ! 王都に戻りましたらわたくしの許へ真っ先に来るようにあれほど口を酸っぱくして言いましたのに、何故こんなところで油を売っていますのっ!?」

「ぬがっ! はなっ、放さんか! 人前じゃぞっ!!」

「いやっ、いやよっ、ムニム成分が足りなくて今にも死んでしまいそうでしたもの! だからもう絶対にわたくしの傍から離れてはダメよ!」

「わしの成分なんぞ知ったことかっ! 勢いに任せて頬をスリスリするでないっ!」

「ああん、ダメですの? でしたらこっちを堪能させていただきますわ!」

「ひにゃっ!? ああああ阿呆ッ! そこはわしの胸じゃっ!!」

「ええ勿論存じていますわ! 愛しのムニムの平らな胸元ですもの! 何度触っても何もないのが逆に素晴らしい愛しのムニムの平らな胸も――」

「二度も言うなアホーッ!!」

 ……なんなんだ、この女性は。ムニムとは知り合いのようだが、どういった関係なのだろうか。

「ええいっ、鬱陶しいっ! ならばこれでどうじゃっ!!」

「きゃっ」

 右の手首を捻り、ムニムが唇を掠める。

 すると小さな魔法陣が浮かび上がり、ツルが飛び出し女性の両手首と両足を絡めていく。

「拘束魔法じゃっ! 暫くそこで反省しとくんじゃな!」

「はあぁ……ッ、焦らしプレイの次は拘束プレイですのね? でもわたくし、拘束されるよりもする方が趣味だと何度も言いましたわ!」

「興味無いわっ!!」

「そんなっ、興味が無いだなんて……どうしてっ? ねえどうしてなのっ? わたくしはこんなにムニムのことを愛しているというのに、ムニムはいつもいつもわたくしから逃げてばかりですわ! それでもムニムはわたくしの許嫁――」

「なった覚えもないわ!!」

 行くぞっ、とムニムに言われる。置いてきぼりの女性の悲痛な声が背に届くが、ムニムに従い、大人しく会場を後にすることに……。あのまま放っておいていいのだろうか?

「なあ、ムニム? あの女性は……」

「わしの黒歴史じゃ!」

 それ以上、聞くな。と、ムニムの横顔が語っている。人にはそれぞれ言いたくない過去があるものだからな。ムニムの名誉の為にも、そっとしておいた方がいいだろう。だが、

「女の子同士も燃えますよねえ~、あたし応援してあげますよぉ?」

 コルンの町の新人受付嬢は、口を開かずにはいられなかったらしい。

「ところでどっちが攻めでどっちが受けですかぁ? って、さっき見たまんまお子ちゃまが受け――」

「うるさいのじゃ! わしは男の方が好きじゃ!」

「ほええ~、そうなんですかあ~? どんな殿方とお付き合いしたことがあるんですかねえ~?」

「まだしとらんわ! ――って、これはわしの超最重要機密事項じゃから聞き流せっ!!」

「あっ、ってことはあたしと同じで経験が……その歳までお疲れさまですう」

「何に対するお疲れさまじゃああああっ!!」

 その日、競売所のロビーにて、ムニムの悲しげな声が響き渡ることとなった……。


     ※


「ふざけんじゃねえ!!」

 疲れ切った顔のムニムを先頭に、五人揃って総合受付所へと向かうと、怒声が耳に届いた。周りの目などお構いなしといった様子で、男がスタッフに掴みかかっている。

「喧嘩でしょうか?」

「ふえぇ、恐いですう」

 よく見てみると、あの顔には見覚えがある。先ほど舞台上で案内人と揉めていた奴だ。

「あの手の輩とは関わらん方がよい」

「同感だ」

 舞台上で一度見たきりで、過去に話したこともない男だと思う。

 何故、あの男がジリュウの装備一式を所持しているのか。疑問は残るが、触らぬ神に祟りなし。自ら問題事に首を突っ込む必要はないからな。

 我関せず、総合受付所の列に並び、別のスタッフに対応してもらおう。

「ムニムさん、いつもご苦労様です。それと……本日は誠に申し訳ございませんでした」

「うぬ。今宵の競売は残念なことになってしもうたの」

 ムニムの言葉に、スタッフはチラリと横を見る。

 視線の先には、別のスタッフに罵声を浴びせ続ける男の姿があった。

「いやはや、うちの案内人が裏で勝手にしたこととはいえ、ムニムさんの出品物にケチが付けてしまうとは……なんとお詫びをしたらよいのか」

「よいよい、また出品すればよいだけじゃからの」

 カラカラと笑い、余裕の表情でムニムが返事をする。懐の深さを見せるのは構わないが、持ち主が俺であることを忘れないでいただきたい。売れ残って困るのはムニムではないのだ。

「早速じゃが、再登録を頼むぞ」

「畏まりました。それでは、ムニムさんとイリール氏の証言付きということで、魔人ルオーガ討伐時に勇者様が身に着けていた装備一式……聖銀製の鎧と兜を再登録させていただきます」

 ムニムと相対するスタッフが再登録の手続きを進めていく。

「……なんだと?」

 すると、隣のスタッフに暴言を吐いていた男が、俺達の方へと視線を向ける。

「てめえら、ひょっとしてオレの邪魔をした奴らか?」

「はて、なんのことじゃ」

「おいこら、しらばっくれてるんじゃねえよクソガキ。てめえらが後出しで被せてきたせいで、こっちは迷惑してんだよ」

 まさかこちらの会話を耳にしているとは思わなかった。ムニムが面倒臭そうな顔で男を見る。

「逆恨みするのは勝手じゃがな、一人で暴走して舞台に上がって自滅したのはお主自身じゃろ。むしろわしがお主に責任を取ってもらいたいぐらいじゃぞ」

「かっ! ふざけたこと言ってんじゃねえぞ! おれのブツは聖銀でできてんだ! つまり少なくともワルドナ金貨百枚以上で落札されるはずなんだよ!! だから慰謝料代わりに今すぐ払えや!!」

 唾を飛ばしながら怒鳴る。とここで、舞台上で司会進行役を務めていた案内人が姿を現す。騒ぎを聞きつけ、慌てて来たのだろう。

「ムニム様、この度は本当に申し訳ございま――」

「謝罪は必要ない。それよりも、どのようにしてあのような事態に陥ったのか説明せい」

「おい待てよ、オレの話を聞いてんのか? 金を払わねえとぶっ殺すぞ!?」

「あと、此奴をどうにかせい」

 この男の様子から察するに、ムニムが何者なのか知らないはずだ。目の前の人物が魔導騎士団の総隊長だと理解した上で喧嘩を吹っかけているとは到底思えない。恐らく、装備一式を売る為だけに別の町や村から王都を訪れ、競売所へと足を運んだのだろう。

 案内人は男を無視し、これまでの経緯をムニムに説明し始める。

 男は、己の出品物が目玉商品として登録されたまではよかったが、その後に全く同じ品が登録されたことに驚いたという。自分の品が前座になってしまっては困ると考えたのだろう。男は、合間の休憩時間に案内人の許を尋ねて提案し、同時出品の旨味を語った。ついつい、その話に乗ってしまった案内人だが、既に競売が開始されていたこともあって、ムニムの了承を得ることが出来ないまま、出品する事態になってしまった。その結果が、これだ。

 だが、男の怒りは収まらない。

「揃いも揃ってオレを無視してコケにしやがって! 分かったぜ、そういうことならオレは決めたぞ」

 今まで罵声を浴びせていたスタッフに対し、男は再び声をぶつける。それは予想外のものだ。

「オレのブツも再登録だ。こいつらと同じブツだから同時出品しやがれ。てめえらで勝手に優劣付けんじゃねえぞ、分かったか!」

「お主、どういうつもりじゃ」

「てめえらにずっと粘着してやるって言ってんだよ!」

「うえっ、めんどくさい男ですう。女の子にモテたことなさそうですねぇ」

「うるせえ! てめえらの顔も名前もブツも覚えたから、逃げても無駄だぞ!」

 できれば今すぐに忘れてほしい。この手の輩は、下手したらコルンの町まで追いかけてくるだろう。

「かっ! 明日の競売を楽しみにしておくんだな」

 あからさまに、捨て台詞を吐く。それだけを言い残し、名も知らぬ男は外へと出て行った。

「……やれやれ、厄介な奴に目を付けられてしもうたのう」

「あんなの無視しとけばいいだけですぅ。なんにもできない腰抜けですよぉ」

「ふむ、言うではないか、お主」

「当然ですう」

 ムニムとミールは、どこか他人事だ。その一方で、俺とルノは顔を見合わせる。

「大丈夫でしょうか、アルガ様」

「明日になってみないと分からないが……まあ、なんとかなるだろう」

 あの男が口から出任せを言っていなければの話だが、無事に落札されることになればワルドナ金貨百枚も夢ではない。明日こそはきっと、大金を手にしていることだろう。


     ※


 翌日、競売所にて。舞台上には目玉商品が並べられていた。つまり、出品物は一つだけではないということだ。俺とあの男の出品物が、またしても同時に出品されたのだ。

「なんとまあ……妙な事態になったのう」

「簡単に言わないでくれ、売れなかったら困るんだよ……」

 ただ単に同時出品されるだけならまだしも、今回は更なる問題が発生していた。何故か不明だが、どちらの出品物にも勇者の装備との謳い文句が付いているのだ。

 片方は、ムニムとイリールのお墨付き。そしてもう片方は、勇者本人の代理出品とのこと。明らかに嘘だと分かるが、嘘も真も競売の醍醐味だ。盛り上がればそれでいいの精神なのだろう。

 あの男は本気で絡んでくるつもりのようだ。俺達に粘着すると言っていたからな。売れる売れないよりも、そっちを優先している可能性も否定出来ない。

 昨日あれだけ盛り上げてしまったが故に、引っ込みがつかなくなったのだろう。勇者の装備だと嘘を吐いて出品すればいい、と。……あの案内人はバカなのか。それとも別に何か考えがあるとでも言うつもりか。昨日の今日で案内人もよくやるよ。全く懲りていないらしい。

 今日こそは二つ揃って落札させてみせると息巻いている様子が見て取れる。やり方を変えて同じ物を出品しているだけなのだから、上手く行くはずがない。

「無事に売れるでしょうか、アルガ様」

「……いや、無理だな」

 見れば分かる。既に客達が騒いでいる。同じ品を二日続けて出品し、更にはそれが目玉商品となれば尚更だ。前日の出来事が尾を引いているのだろう。入札を開始する前に罵声が飛び交い、こちらの出品物にも飛び火する。挙げ句に、二夜連続であの男が舞台に上がり、俺の出品物を貶し、己の出品物がより優れている点を口にする始末だ。結果は、言うまでもないだろう。

 あれよあれよと時間は過ぎ、本日の目玉商品の出品は中止に……。気付けば、ワルドナ金貨百枚の支払期限は残り一日となっていた。

「……あああ、どうすればいいんだよ」

 逃げ場はない。けど逃げたい。

 誰か金を貸してくれ。


     ※


 三度目の競売が終わった。

 首飾りの支払期限は明日一杯。思考を巡らせ良案を捻り出そうと試みるが、全く集中できない。

 ゴミが少なくなったとはいえ、ムニムの家には人が多すぎるからな。考え事をするには相性が悪いと言えるだろう。だからだろうか、暇も無いのに暇を持て余すかのように外出し、第三区画の街路をただのんびりと歩き続けていた。

 一見すると平和なワルドナ国だが、実際には隣国との睨み合いが日常茶飯事らしい。ムニムに聞いた話では、隣国の密偵が王都内へと潜り込み、数年掛かりで諜報活動を行なっていたことが発覚し、国際問題へと発展したことがあるとのこと。更に直近では、魔人ルオーガ復活の混乱に乗じて、国境付近まで歩を進めていた形跡があるらしい。

 ワルドナ国に何か不測の事態が起これば、同時にコルンの町にも影響が出る。できることなら戦争などせずに、平穏な日々を送りたいものだ。そうでなくとも魔物が蔓延る世界だというのにな。

「……ん?」

 そろそろ戻るかと来た道を振り返る。すると、急にコツコツと足音を響かせ近づく人物の姿を視界に捉えた。先ほどまで、一切気配を感じなかったが……何者だろうか。

「あら、貴方……なかなか強そうなのねえ?」

 それは、魔術師のような風貌の女性だ。

 何を思ったか、その女性は俺とすれ違うところで歩を止め、目を合わせてきた。

「……そういう貴女も、十分強そうだが」

「ふふふ、そうでしょう……?」

 赤み掛かった長い髪先を己の指で摘まみ引っ張り、くつくつと喉を鳴らして笑みを浮かべている。

「けれど、本当のわたくしを知ることはきっと出来ないわぁ。だってわたくしという存在を知る人物は外側に一人いるだけですものねえ……」

「何の話だ?」

「さあ? 貴方は何の話だと思うかしらぁ?」

 要領を得ない台詞に、俺は眉を潜めた。

「く、くふっ、くふふふっ、……そんなに怖がらなくてもいいのよ? わたくしが手を出したいのはムニムぐらいなものだから、ねえ?」

「ムニムのことを知っているのか」

「当然よお、だって彼女は有名人だもの。そのおかげでわたくしの人形は……ふふ、ふふふふふ……」

 ブツブツと一人で呟く。よく分からない人物に絡まれてしまったようだが、言葉の通り、この女性は明らかに強い。上手く隠しているとは思うが、全身から微量に漏れた魔力の流れが周囲の空気を変えている。目には見えなくとも、その魔力の濃さが、全てを物語っているかのようだ。

 殺気を感じ取ることは出来ないが、注意深く観察した方がよさそうだ。

「強い男性は嫌いじゃないわぁ。でも、わたくしよりも強いのはダメよ」

 しかしながら、その女性は俺と合わせていた視線をあっさりと外す。

 そして「連れが待っているの」とだけ言い残し、競売所の方へと去って行った。

「あっ、見つけました」

「……ルノ?」

「ムニム様のお屋敷に姿が見えませんでしたので、探しに来てしまいました」

 静かになった通りに、ルノの声が響く。

 先ほどまで周囲を漂っていた魔力の流れは、既に無くなっていた。

「すまない、外の空気を吸いたくなったんだ……」

「そうだったのですか? ……あの、何か思い詰めたような表情をしていたので、少し心配で……」

「思い詰めた表情か」

 確かに、その通りだ。しかしながらその理由が情けない。俺の目の前で心配してくれている人物の為に落札した首飾りの代金が支払えないだけ。ただそれだけなのだ。

「あの、アルガ様……じゃなくて、アルガさん。わたしでよければ、なんでも話していいですよ?」

 俺の傍に寄り添い、ルノが顔を上げる。本気で俺のことを心配しているのだろう。

 いっその事、打ち明けようか。ルノには嘘を吐かないと約束したからな。正直に話してしまえば、俺の心も楽になるだろう。そうすれば一緒に悩んでくれるかもしれない。

「……ありがとな、ルノ」

 いや、待て待て待て。隠し事はしているが、別に嘘は吐いていない。

 それに、この問題だけはルノに前もって言うわけにはいかない。ルノに喜んで貰う為にしたことなのに、打ち明けてしまえば困らせてしまうからな。だから、嘘にならない返事をしよう。

「入り用で、少し金が必要になっただけだ」

「お金ですか? それでしたら、アルガさんの装備が落札されれば……」

「三日連続で落札されなかったからな」

「うっ、それはそうですけど」

「それにな、俺の不手際のせいで、あまり時間が無いんだ」

「時間が?」

 明日中にワルドナ金貨百枚。どう考えても無理だ。誰でもいいから貸してくれないかな?

 ……まあ、無理だよな。ただでさえお金の貸し借りは信用第一だというのに、今回は桁が違う。ワルドナ金貨百枚をポンッと出せる奴がどこにいるというのか。

「あの……、申し訳ないですけど、わたしは手持ちが……」

「分かってる。ルノは傍にいてくれるだけでいいから」

「えっ?」

 今ここにルノがいてくれて本当によかった。

 こうやって誰かと喋るだけで冷静になれる。明日を考えることができる。

「そ、そんな……傍にわたしがいるだけで……って」

「他の皆にも心配掛けているかもしれないし、そろそろ戻るか」

「あっ、……はいっ!」

 ぶんぶんと首を縦に振り、ルノは頬を緩ませた。俺の隣に立ち、深呼吸をしている。

 とりあえず、明日に向けて金を貯める方法を考えよう。夜の風に当たるのは終わりだ。

 俺とルノは、来た道を戻りムニムの家へと帰ることにした。


     ※


「まものたいじ、行くー?」

 ルノやミール、ムニムが寝静まった頃。

 同じ部屋の床に布団を敷き、毛布を被るクーが、ふいに口を動かした。

「魔物退治? なんでまた急に」

「お金がたりないーっておもってるよー?」

「読んだのか……。その通りなんだが、残念ながら一日で稼げる額じゃないんだよ」

「でも、なにもしないとつかまっちゃうかもって言ってるー」

 心の声を読み、クーなりに心配をしてくれているのだろう。魔物退治に行き、冒険者組合で貰える報酬だけで、ワルドナ金貨百枚貯める案を持ち掛けてくれた。

 時間さえあれば、その案も有りなんだけどな。魔人であれば一体相手にするだけでいいが、魔物相手では何体倒せば目標額に達するのか……。

「俺が捕まったら、ルノに世話してもらうんだぞ」

「やだ! アルガといっしょにいるもん」

「それは俺も同じ気持ちだが、牢獄の飯は美味くないかもしれないぞ」

「クーがまたスライム呼んであげるよー?」

 波長が合う魔物限定か否か不明だが、クーは魔物に命令することが出来るからな。エザの町でスライムの群れに命令したように、俺を脱獄させるつもりのようだ。

「はあ……、何か事件でも起きて競売所が潰れてくれないかな」

「クーがする?」

「しなくていい」

「はーい」

 全ては俺の責任だ。明日の朝、ムニムに相談しよう。落札額は絶対に払うから、せめて支払期限だけでも伸ばしてもらえるように掛け合ってほしいものだが……。

 こんな時でも、眠気は襲ってくる。徐々に思考が定まらなくなり、もやもやしていく。

「おやすみ、クー」

「アルガねるー」

 ぽつりと呟き、俺は睡魔に身を任せることにした。


     ※


「――ええい、あれでもないこれでもない……ッ」

 眠気とは、案外あっさりと消え去り無くなるものらしい。

「……慌ただしいな」

「ぬあっ!? アルガよっ、起きたかお主ッ!!」

 ムニムの声で目が覚めた。

 視線を彷徨わせ、窓へと向ける。……まだ暗い。朝になっていないのか?

「今、何時だ?」

「まだ夜中の四時じゃ! そんなことより大変じゃ!!」

 あわわわと室内を走り回り、先ほどから何かを探しているようだが……。

「おおっ、あった! わしの杖を発見じゃ!!」

「杖? ムニム、お前なら杖無しで魔法を扱えるだろう」

「これは魔力の消費量を抑える杖なのじゃ! 緊急時には手放せん代物じゃ!」

「俺の気のせいか? ゴミの山の一部と化していたみたいだが」

「気のせいじゃ! それよりちょっと留守にするからの!」

「留守に? 今から出掛けるのか……というか、緊急時って?」

 どうやら何かが起きたようだ。玄関には、ムニムと同じような服装の人達が待機していた。もしやあれが魔導騎士団の団員達か。

「ふわぁ……、アルガ様……?」

「むにゃむにゃ……もう朝ですかぁ~?」

 騒ぎに目を覚ましたのか、ルノとミールが瞼を擦りながら顔を出す。

 そんな中、用意を済ませたムニムが俺の顔を見て一言。

「競売所が襲われたのじゃ」

「……は?」

 聞き間違いか。いや、そんなバカな。

「一体誰が……」

「エイジェールの奴らに決まっとる!」

 杖を持つ手に力が入っている。それ以上強く握ると折れてしまいそうだ。

「エイジェールって、隣国のゴミクズ国家のことですよねえ?」

 ミールが口を挟み、尋ねてくる。

 うぬっ、と力強く頷くムニムは、何かを思い浮かべるかのように上を見て、そして溜息を吐く。

「王都で問題が起こる時、必ずと言っていいほどエイジェールが関わっとるのじゃ」

 エイジェール国の手癖足癖の悪さはムニムに聞いていたが……。

「此度の件も間違いない。競売所に保管されとる出品物を根こそぎ奪い取り、王都の信用失墜に繋げる腹積もりじゃろう! ぐぬぬっ、よりにもよって真夜中を狙いおって……ッ!!」

 ……ん? 競売所で保管されている出品物が奪われた……だと?

「出品物は……何も残っていないのか?」

「うぬ、残念ながら……ッ」

 競売所の出品物が奪われたということは、あの首飾りも……? これは不幸中の幸いだ。ワルドナ国には申し訳ないが、エイジェールとかいう隣国の奴らに感謝させてもらおうじゃないか。

「で、ではあのっ、アルガ様の装備もですか?」

「そうであろうな。……だが安心せい、わしが必ず取り戻してみせるのじゃ!」

 口を挟むルノに、ムニムは頷く。

 取り戻さなくていいから。首飾りと共に行方不明になってくれ。

「わしは今から部下と共に奴らの背を追い掛ける! お主等はここで待っとってくれ!」

 それだけ言い残し、ムニムは玄関の扉を閉める。

 耳をすませば、ムニム達の声が遠のいていくのが分かるが、ただ黙って従う訳にもいくまい。

「ルノ、俺も加勢してくる。クーを頼んだぞ」

「ええっ? わ、分かりました!」

 子供のような外見は置いておくとして、ムニムは魔導騎士団の総隊長を務めるほどの腕前だ。盗人を一人残らず探し出し、一捻りにするのは、そう難しいことではないだろう。

 となると、装備一式と共に首飾りが戻ってくることになる。ワルドナ金貨百枚を調達することが出来ない以上、別の手段を考える必要がある。それが今、ようやく見つかった。

 魔導騎士団に協力し、俺の手で盗人を捕らえることが出来れば、王都から何らかの褒美が出る可能性がある。仮に褒美が出なくとも、王都と交渉することで多少なりとも支払期限を延ばすことが可能となるはずだ。……そう。それこそが俺の狙いだ。

「アルガー、うれしいのー?」

 瞼を擦りながら、クーが起き上がる。寝惚け眼のまま、俺の心を読み取ったのだろう。

「……ああ、とてもな」

 月は沈み、やがて日が昇る。つい先ほどまでの悩みが嘘のように、俺の頭はスッキリすることだろう。王都が抱えた問題は、俺に救いの手を差し伸べてくれた。

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