【序章】俺様が魔物の餌になるらしい

「クソッ、ふざけやがって……ッ」

 奴隷市場での一件から三日ほど。

 奴隷移送用の馬車に揺られてジリュウが辿り着いた先は、ローデル男爵の館であった。

 生い茂る森の中に作られた砂利道が尻に響いたのか、馬車から降りたジリュウは自身の尻を手で叩いてほぐす。すると、十歳にも満たないであろう若い娘が、ジリュウの仕草と愚痴に目を細めた。

「……ちょっとあんた、何してんのよ」

「ああ? 奴隷の分際で軽々しく俺様に話し掛けてんじゃねえぞ」

「バカなの? あんたも奴隷でしょ」

「チッ、生意気な口を利いてんじゃねえぞ?」

 名前も知らない相手とジリュウが言い合っていると、先行していた馬車の扉が開いた。中から降りてきたのは、黒帽子を被ったローデルだ。

 ジリュウ達の姿を一瞥し、口の端を上げた。己が落札したモノに満足しているのだろう。但し、若干一名、クーナリア銅貨一枚の安物も混ざっているが……。

「おらっ、きびきび歩け!」

「げはっ」

 ローデルに雇われた警備兵達が、鞭を手にジリュウ達を急かす。

 腰の辺りを打たれたジリュウは、苦悶の表情を浮かべる。

「ぐっ、【勇者】の紋章を持つ俺様がどうしてこんな目に……ッ」

 納得のいかないジリュウだが、武器も防具も無い。

 逆らっては何をされるか分からず、手も足も出せない状況だ。

「ねえ、名前なんて言うの?」

「ああ!? うっせえぞ、クソガキがっ!」

 いつの間にいたのか、頭に角の生えた少年がジリュウの真横に立っていた。興味津々といった様子で顔を見ている。ジリュウは手で振り払うが、けれども少年は傍を離れず更にくっ付いてくる。

「ねえってば、教えてよ」

「触んじゃねえ! 俺様に触れていいのは女だけだ!」

「あら、それならわたくしでしたら構わないのかしら?」

 今度は、別の声が届く。

 ジリュウが瞳を彷徨わせた先に、耳が長く尖ったエルフが佇んでいた。この女性もまたジリュウと同じく落札されたうちの一人であった。

「ふふ、冗談よ。本気にしないで頂戴。貴方みたいな屑に触られるだなんて、死んでもお断りですわ」

「こ、この野郎が……ッ、今すぐ犯すぞ!!」

「バカねえ、わたくしを犯していいのは勇者様だけですわ。貴方みたいな偽者はお呼びじゃないの」

 呆れ顔のエルフは、やれやれと溜息を吐く。

「どいつもこいつもバカにしやがって……ッ」

「若者よ、争いを望むか」

「ジジイが喋ってんじゃねえっ! さっさとくたばりやがれ!!」

「ふむ。我が道を行くも良し。だが彼奴は許さんであろうがな」

 隻腕隻眼の老人が、我先にと歩を進める。行く先はローデルの館だ。

「あっ、見てるね」

 少年が館へと視線を向け、楽しげに笑いながら口を開く。

 何がだ、とジリュウが口を開き掛けるが、エルフが先に反応する。

「屑共の声……わたくし達を食い物にしようとしていますわね」

「耳がいいのか、てめえ」

「下等種族とは作りが違いますわ。まあもっとも、勇者様だけは例外ですけども」

「このアマァ……ッ」

「いい加減にしろ! お前らは奴隷なんだぞ!? 奴隷は奴隷らしく言う事を聞けっ!!」

 いつまで経っても言う事を聞かないジリュウ達を見かねたのか、警備兵達が苛々を表に出す。

「痛い思いをしたくないなら、早く行け!」

 隻腕隻眼の老人は、既に館内へと入っている。その背を追う形となり、ジリュウ達もようやく足を動かすことにした。

「俺様が本気を出したらなあ、てめえらなんて一撃で……」

「独り言はいいから、早く行きなさいよ」

「うるせえっ!!」

 男爵の位を持つローデルの館の内部は、巨大迷路の如く入り組んだ作りになっている。

 言われるがままに薄暗い廊下を進んでいくと、大きな部屋へと辿り着いた。

「……何だこの部屋は? くっせえ臭いがするぞ、掃除してんのかあ?」

 ジリュウの指摘通り、嫌な臭いが鼻を突く。周囲には何もないように見えるが、妙な空気が流れている。部屋の奥には赤黒い鉄格子が作られていた。

「ふむ、悪趣味な落札主だ」

「きっとさ、ショーが見たいんだよ。その主役がぼく達ってことだね」

 老人と少年は、ローデルの意図に気付いた。

 だが、状況を飲み込めないジリュウは、二人の会話に顔をしかめる。

「意味不明なことをグチグチ言ってんじゃ……」

「ようこそ、諸君」

 文句を口にしようと話しかけた矢先のこと。何処からともなく室内に声が響く。

 声の主はローデルだ。姿は見えないが、ジリュウ達の様子を別の場所から見ているらしい。

「諸君らは、私の奴隷だ」

「ああ!? 何時何分何秒に俺様がてめえの奴隷になるって言ったんだよ!? クソみてえな妄言はいいから、とりあえず姿見せやがれ!!」

「しかしながら、私が飼う奴隷の数は非常に多い。故に、こうして選別を行なっている。諸君らの中にも察しのいい者はいるだろう」

「……は? 選別だと?」

 ジリュウの訴えに聞く耳は持たず、ローデルは淡々と言葉を紡ぐ。

「では早速だが始めさせていただこう」

「ちょっと、一体何を始めるつもりよ」

 若い娘は、ジリュウと同じく何が起こるのか理解していない。

「……来るぞ。若者は下がるといい」

「下等種族の死にぞこないの分際で、冗談は止して下さる? エルフは強いのよ?」

「安心していいよ、ぼくが全部倒すからさ」

 ローデルの台詞を合図に、薄暗かった室内に灯りが行き渡る。と同時に、奥に設置された鉄格子が開かれた。奥から姿を現すのは……。

「まっ、魔物おおおっ!? おいおいおいおい嘘だろっ!! おいこらてめえっ、ふざけたことしてんじゃねえぞ! 今すぐ俺様をここから出しやがれっ!!」

 ゴブリンファイターを筆頭に、ホブゴブリンが二体に通常のゴブリンが五体、計八体の魔物が同じ空間に放たれた。慌てふためくジリュウは、元来た道を戻ろうとするが、扉には鍵が掛かっていた。

「諸君らを飼う条件は単純明快……生き残れ、ただそれだけだ」

 無慈悲な声が室内に響き渡る。

 状況を把握した魔物達は、ジリュウや若い娘の姿を視認し、臨戦態勢へと入った。

「武器も無く戦うのは些か面倒だが……それもまた良し」

「面倒でしたら、わたくしが処理しますわ。だって、目障りなんですもの」

「ぼくの邪魔はしないでね?」

「た……助けて、嫌よ……あたしは死にたくない……ッ」

 何故、こんな目に遭わなければならないのか。ジリュウは頭を捻り答えを求めるが、残念ながら何も浮かんでこない。目の前の危機に意識を奪われている。とはいえ、こんな時でもジリュウはジリュウらしさを忘れない。その図太さこそが、彼が彼である所以なのだ。

 だから言う。ジリュウは他の奴隷達に向け、声も高々に命令する。

「いいかてめえらっ、たとえ死んだとしても俺様を守り抜けっ!! 分かったか!!」

 ジリュウの怒声と共に、魔物達が一斉に襲い掛かる。奴隷殺戮ショーの始まりだ。

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