【終章】売られていく勇者

「紳士淑女の皆様方ッ、本日の出品物は如何でしたでしょうか! 十歳にも満たない若い娘に、片腕隻眼の元剣士の老人、長寿の種族として有名な女エルフ、人と魔人との間に産まれた忌み嫌われし少年等々、全ての商品をお一人の紳士が落札するなどと、いったい誰が予想できたでしょうか? しかしながら、楽しい時間とはあっという間に過ぎ去ってしまうものです。終いの時が、もう間もなく訪れようとしております!」

 歓声が聞こえる……。真っ暗な空間に光が差し込み、何かが見え隠れしていやがる。

「さあ、今宵の商品も残すところ一品となりました」

「こい、出番だぞ」

「むぐっ、ぐっ」

 っと。誰だこの野郎!

 痛えんだよっ、無理矢理腕を引っ張んな間抜けがッ!!

「では、今宵の目玉商品の登場です! 皆様ッ、盛大な拍手でお出迎えください!!」

 目玉商品だと?

 誰のことだよ?

「嘘か真か、本物か偽者か、こいつの言葉を信じる者は果たしているのでしょうか! 勇者に憧れすぎて顔を変え、創造神より与えられし己の紋章を捨て去り、紋章図鑑で調べた【勇者】の紋章を売れから刻み込むほど用意周到な策士ッ!! 紋章を偽ってでも勇者になりたかった哀れな青年ッ!! しかしその情熱だけは誰にも負けることはない……。勇者のような力は無くとも、他者を騙す才能は誰よりも長けている! 勇者ジリュウの名を語ることで、今までにどれほどの旨味を得てきたというのでしょうか!! 自分のことを勇者だと思い込んでしまった一般人を落札したいと思う紳士淑女の方は現れてくれるのだろうか!!」

 なんだこれは?

 今、喋っている奴は、頭がおかしくなっちまったのか?

「商品番号〇〇五番――偽勇者の登場です!!」

 ……は? 偽勇者?

 おいおい、誰のことだよ。

 俺様は本物の勇者だぞ?

 偽者はアルガのことだろうが。

「きびきび歩け、偽者がっ」

「むぐっ」

 くそったれ! 先ずは猿轡を外せっての!

 両腕を縛られちまってるし、狭い場所にずっといたから知らねえが、全身が痛えんだよ!

「残念な奴……」

 一歩、舞台を前へと進んだ。少し離れた位置に座る小娘が言い捨てやがった。

「偽者としての生き方も、また良し」

 片腕の爺が俺を見やがる。って、こいつ目ん玉も潰れてんのか? 死にぞこないって感じだぜ。

「屑野郎ですわね。勇者様の名を語るだなんて」

 耳が尖った女が、侮蔑っぽい言葉を吐き捨てやがる。なんだなんだその目は? 俺様が何かしたか? ふざけんじゃねえぞごら!

「ねえ、呪われてるよ?」

 頭に角が生えた小僧が、俺を指差す。いったい何の話だよ、この小僧には何か視えてんのか?

「クーナリア金貨百枚より、入札開始とさせていただきます! では、始めっ!!」

 ……。

 …………。

 ……………………。

 は?

 どいつもこいつも無言になりやがって、どういうことだ?

「アレ、偽者でしょう? そんな欠陥品を欲しがる人なんていないわ」

「その通りだ。むしろ引き取り代を貰いたいね」

 なんだこいつ等?

 おいおいおいおい、俺様をバカにしてんのか?

「おい、てめえ? これは何の冗談だ?」

 と、俺は言ったつもりだ。しかし猿轡のせいでモゴモゴとしか喋れねえ。

「……ちっ。少し黙れ、ゴミクズが。まさかこんなに人気がないとは思わなかったぞ」

 は?

 今こいつ、舌打ちしたか?

「エルデールの方では勇者が行方不明って言うからよ、本物の可能性があることを客達に刷り込ませたつもりだったが、まさか誰も入札しないとはな……」

 哀れだ。

 誰が言ったか、俺様の耳に届く。

「ど、何方か! 何方か入札される方はいらっしゃいませんか!?」

 別の案内人らしき奴が、焦っていやがる。どうやら俺様は今回の目玉商品らしいからな。売れ残ったらヤベエことになるんだろう。

 だがよー、俺様は【勇者】の紋章を持つ男だ。売られちまったらそれはそれで大変だが、入札無しは納得できねえぜ!

 とりあえず、猿轡を外しやがれ!

 俺様が本物の勇者だってことを説明させろ!

「か、開始価格ですが、クーナリア金貨十枚に変更いたします!」

 ……。

 …………。

 いやいやいやいや誰か入札しろよっ!!

「本当に何方もいらっしゃいませんか? 金貨十枚ッ、たったの金貨十枚です!」

「見ただけで分かるわ。こんな質の悪い奴隷を誰が好き好んで欲しがるのよ」

「そうそう、割に合わんよ」

 ……何故、俺様は人気が無いんだ?

 顔を見れば、俺様が本物の勇者ってことぐらい誰でも分かるだろうが……。

「魔法で顔を変えたらしいけど、本物の勇者の方が良い顔してるからな」

「ですよねー。アレはあくまで偽者ですよ。無価値に等しいですね」

「こんなゴミを目玉商品にするぐらいなら、女エルフを据えた方がよかっただろうにな」

 この場に集まった奴らが、次々と席を離れていく。まさか本当に興味がねえのか?

「……ふふっ」

 視線を彷徨わせる。耳の尖った女と目が合った。……こいつ今、鼻で笑いやがったな?

「だ、男爵……ッ、ローデル男爵ッ!! もはや此処には貴方様しかいらっしゃいません! どうかどうか、この目玉商品を……いえ、余りものを引き取ってはいただけませんか!!」

「今宵、四つの良き奴隷を落札させてもらったが、最後にゴミを持ち帰れと言うつもりか」

 ローデル男爵とか言う奴が、俺の姿を観察する。

 上から目線で見ていやがるけどな、俺様はてめえよりも爵位が上なんだぞ! てめえは男爵で、俺様は伯爵だ!! 図が高えんだよ!!

 だから止めろ! そんな詰まらなそうな目で俺様を見るんじゃねえ!

「目玉商品が無いのであれば、初めから正直に話すべきであったな」

 俺様を買う奴がいねえなら、さっさと解放しやがれ!

 王都に戻ったら、このことを報告してやるぜ。てめえら全員縛り首にしてやるからな!

 ……いや、王都に戻ったら魔王がいるんだったぜ。

 エーニャは置いて来ちまったし、どうすりゃいいんだよ……。

「そもそも、本物の勇者は今、南の大陸にいると言うではないか」

 は?

 何の話だよ?

 俺様はここにいるぞ?

 いったい誰のことを話してんだ?

「エザという町を支配していた魔人が討伐されたのが、つい先日のことだと言うだろう。つまりは、此奴が本物の勇者である可能性は欠片もないことになる。明らかな偽者に誰が入札するのだ?」

 おいおいおい、誰だよそいつ?

 俺様の代わりに魔人を倒しただと?

 手柄を立てるのは構わねえが、勇者に成り代わるつもりなら容赦しねえぞ!?

「……しかしまあ、此処の奴隷市場との縁も長い。銅貨一枚で譲ると言うのであれば、今後もまた長い付き合いを約束しよう」

「ッ!! さすがローデル男爵です! 有り難き幸せ!」

 聞き間違いか?

「今宵の目玉商品は、クーナリア銅貨一枚での落札となりました!!」

 俺様の落札が決まった。……銅貨一枚で。

「あんたもあいつに買われたんだ? しかも銅貨一枚で」

「安い男だが、それも良し」

「はあ、こんな奴と同じ場所に行くだなんて御免ですわ」

「よろしくね、銅貨一枚さん」

 誰でもいい、頼むから教えてくれ。

 この先、俺様はいったいどうなっちまうんだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る