【九章】勇者が逃げた

「……不安です」

「大丈夫、皆が認めてる」

「でも、わたしに出来るでしょうか?」

「出来ると思われたから、ルノになったんだろう」

「で、でも……」

 老婆の身柄を拘束してから、半月が過ぎた。その間、コルンの町の冒険者組合は、最高責任者であるはずの組合長不在のまま、運営を続けていた。

 組合長代理に抜擢されたルノは、その手腕を思う存分に活かすことで、冒険者組合の運営をより良い方向へと導き始めた。僅か半月ばかりの実績でしかないが、加えて元組合長の犯罪行為を見抜いた功績を認められることとなり、いつの間にやら組合長代理の肩書きから代理が取れてしまった。

 ルノ本人は、自分は何もしていないと主張しているが、元組合長が部屋に居るか否か確かめたのは事実だからな。俺一人では様子を窺うことも出来なかったから、この結末はルノあってのものだ。

「くくくくく組合長代理でも重圧に押し潰されそうでしたのに、わたしが組合長だなんてっ」

 こんなルノだからこそ、安心して任せることができる。この町の職員達は、そう思ったのだろう。

 ルノの人望は、本人が予想できないほどに厚いものだ。誰一人として、反対する者はいなかった。

「おーい、ルノくん。この書類なんだが、受付に提出すればいいのかい?」

「はっ、はい! 少しお待ちくださいっ」

 ボードンに呼ばれて、ルノがあたふたと受付内を移動する。組合長になったばかりで、環境の変化に慣れていないのだろう。今日の分の査定は、他の職員に頼むことにするか。

「他の職員は……」

 ルノの背を見送り、俺は手が空いてそうな職員を探す。……だが見つからない。

 老婆と手先の職員二人組が捕まったとはいえ、問題事が全て解決したわけではないからな。後始末に追われる職員達は、てんてこ舞いな様子だ。

 これは後から聞いた話だが、老婆には協力者がいたらしい。ユスから木の実と魔核を受け取り、馬車で他所に運ぶ役目の男だったらしい。コルンの町の住人ではなく、単に金儲けの為に馬車を足代わりとして提供していたのだ。

 老婆が木の実を欲しがるようになったのは、その男の好物だから。ただそれだけだった。

 実に馬鹿げた理由だが、その男の力を借りる為には必要不可欠なものだった。一度は査定額を下げたものの、再び査定額を上げようとしたのは、袖の下を渡す為だったわけだ。

「……査定を頼む」

 とここで、ようやく手が空いた職員を見つけた。

 この子は確か、新人受付嬢のミールだったかな。

「ふえっ!? あ、あたしがですかぁ!?」

 淡い紅色の長髪が、ビクつく彼女に反応し、ふわふわと動いた。

 胸元は、一目見れば分かるほどに大きい。ぺたんこのルノが横に並べば、差は一目瞭然か。

「ですけどあたしっ、まだ査定の仕方とか知らないんですぅ!」

「査定表があっても……か?」

 数日前から、受付横の依頼書一覧の中に、本日分の木の実の査定額が載せられるようになっていた。

 これがあれば、査定額を見積もることが可能となる。木の実採りで日銭を稼ぐ俺の為に、ルノが用意してくれたものだ。

 つい先ほども目を通したが、アクアの実の相場が下がっている。収穫時期を迎え、市場に出回る数が増えたのが原因だろう。

 逆にサギタの実とカプリの実は査定額が高めだ。

 しかし、ここ最近はサギタの実が採れなくなってきた。カプリの実も徐々に見かけなくなってきたので、今後はアクアの実が主になってくる。

「質の良さとか、チンプンカンプンなのですぅ」

「……そうだったのか」

「お役に立てずにごめんなさいですぅ」

 申し訳なさそうに頭を垂れる。職員になったばかりの新人なので、こればかりは仕方がない。

「いや、いい。別の人を探すよ」

「あっ、ああっ、待ってください~。代わりといってはなんですけどっ、あたしにもできるお仕事をさせてください~」

 ガシッと俺の腕を掴み、引きとめる。……意外に力が強いな。

「仕事?」

「はいですぅ。今、あたしが任されてるのは、冒険者さんへのお仕事の斡旋ですぅ」

「……木の実採りとかか」

「ですぅ」

 手を離し、ミールは数十枚にも及ぶ書類をペラペラと捲っていく。

「これなんてどうですかぁ? 雑草取りですぅ! 遊民のアルガさんでも、たぶんできるはずですぅ」

 少し馬鹿にされたような言い方だが、仕事を貰えるのは有り難いことだ。木の実採りの他にも何かできることがあれば助かるからな。

「雑草取りか」

 ミールの手から、依頼書を受け取る。

 内容は以下の通りだ。


【依頼内容】

 町内の雑草取り

【報酬額】

 ワルドナ銀貨十枚


 たったこれだけ。他のことは一切書かれていない。

 通常、依頼書には依頼難易度など書かれてあるものだが、魔物と戦うものではないからか。

「如何ですかあ? 危険な依頼ではありませんし、アルガさんでも頑張れますよぉ?」

 雑草取りが危険な依頼だとしたら、逆に驚くぞ。町の雑草を取るだけで怪我をしてたまるか。

「……これ、報酬が高いな」

「お目が高いですぅ」

 注目したのは、報酬額だ。

 木の実採りとは比べ物にならないほどの大金だ。

「こんなに高かったら、他の奴がするんじゃないのか?」

「魔物狩りが人気ですし、雑草なんて取ってくれる人はいないんですよぉ」

「……まあ、確かに」

 冒険者は、魔物を倒すのが主な仕事だ。

 破格な依頼内容だとしても、雑草取りなどしないってことか。

「それなら俺が引き受けよう」

「ありがとうございますぅ! それじゃあこちらの書類に名前を書いてもらえますかあ?」

「アルガ……っと」

「完璧ですぅ! ではでは依頼範囲を説明しちゃいますねえ」

「……依頼範囲?」

 嫌な予感がした。

「コルンの町は全体を木の柵で囲ってますぅ。その内側に生えた雑草全部が対象になりますぅ」

「ぜ、全部だと?」

「はいですぅ」

 此処は小さな町だ。

 しかしながら、町に住む人々の数は、冒険者を合わせて五百弱。その規模の町の雑草を、俺一人で全て引っこ抜くというのか。

「数日掛かりの依頼になると思いますけど、えいえいおーですぅ」

「止めることって……」

「無理ですぅ。今さっき、この書類に名前書きましたよねぇ? 放棄したら当組合のアルガさんへの評価がだだ下がりですぅ」

 図ったな、新人受付嬢めっ!!

 この依頼は、どうやら一人でする類のものではなかったらしい。十名ほど集め、手分けして雑草取りすることを想定したものだ。故に、この報酬額なのだろう。

 一人頭、ワルドナ銀貨一枚ってことか。

「アルガー、ここで遊んでていーい?」

「……ああ。俺は仕事に行ってくる」

 雑草取りという名の、終わらない戦いにな……。

「いってらっしゃーい」

 無邪気に手を振るクーに見送られて、組合内部から外に出る。

 町内を見渡し、すぐに後悔した。……これは明らかに重労働だ。

「やっちまったかな」

 引き受けるべきではなかった。足腰が立たなくなるかもしれない。でも、やるしかないよな。

「はあ……」

 溜息を吐きながらも、雑草取りを開始した。なるべく早めに終わるといいが……。


     ※


「……腰が痛い」

 雑草取りは腰に悪い。十日間ぶっ続けで取り続けるのは無謀だった。

 ほぼほぼ全て取り終わり、依頼達成報告の為に冒険者組合に顔を出そうとしても、近所のおばさん集団が俺の傍に近づき「アルガちゃん、お疲れ様ねー。あっち側にも雑草生えてるからお願いねー」と喋り掛けてくる。

 まだお前の仕事は終わっていないぞ、と言われているのではないかと錯覚してしまう。

 しかしだ、鎧兜を身に付けたまま、雑草を取る俺の身を案じてほしい。今が真夏であれば、間違いなく脱水症状を起こしているだろう。……いや、脱ぐ脱がないは俺の勝手だけども。

 あと、これはクーから伝え聞いた話だが、コルンの町の住民達の俺への呼び方に変化があったらしい。木の実男から雑草男に……。

「アルガ様……本当にお疲れ様でした」

「ああ、十日連続で雑草を取るのは大変だったな」

 ルノがねぎらいの言葉を掛けてくれた。それだけで十分救われた気になる。組合長になったとはいえ、ルノは今まで通り、受付業もこなしていくらしい。雑草取りの依頼達成確認作業をしていた。

 達成報告を終えた後、ルノとは別の職員が町内を歩いて回り、その目で実際に確かめていく。取り残しがないことを確認し終えたことで、ようやく俺は依頼報酬を受け取ることができる日を迎えた。

「では、こちらが今回の依頼報酬になります。お受け取りください」

「ワルドナ銀貨十枚、確かに受け取った」

 雑草取りなどに浮気心を抱かなければ、今頃は木の実採りで銀貨二十枚ほど稼ぐことができていたかもしれない。それも一日一時間程度の労働で……。割に合わない仕事だったな。

「ミールが勝手に押し付けてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした」

「いや、いいよ。確認しなかった俺も悪いからな」

 あの新人受付嬢のことは二度と信用しないけどな。

「アルガ様のおかげで、町がとても綺麗になったと皆様が喜んでいました」

「……あのおばさん達か」

 悪い気はしない。

 町の為に働くことで、印象を良くしておくのも必要か。小さな町だからこそ、此処で暮らしていく場合、近所付き合いは不可欠だからな。

「いてて……」

 雑草取りも終わったことだ。そろそろ木の実採りを再開したいが、今日のところは体を休めるか。

「……アルガ様、どこか体を痛めたのですか?」

「ずっと雑草取りをしていたからな。腰が少し痛くなった」

 それだけ言い残し、俺は受付から離れてソファに腰掛ける。談話場のソファはフカフカで座り心地がいい。いっその事、今日はここで惰眠を貪るか。他の冒険者達の話し声を子守唄にしつつ……。

「マッサージ、いたしましょうか?」

「え?」

 受付から出てきたのか、ルノが傍に立っていた。

「お昼休憩も間もなくですので、待っていていただければ……」

「お、おお……ッ」

 まさか、ルノからマッサージを申し出られるとは思わなかった。腰だけでなく、首も肩も背中も腕も足も全て疲れているから有り難い。

「お願いできるか」

「はい。勿論です」

 マッサージの予約を取り付けることに成功した。これは楽しみだな。

 笑顔のルノは、受付へと戻って行く。その背中を見ながら、ソファに全身を預け沈む。

「いーの?」

「ん?」

 いつの間にか、クーが俺の隣にちょこんと座り、小首を傾げていた。

「それぬぐんでしょー?」

「……あっ」

 マッサージをするということは、つまり身に付けているものを取るということだ。まさか、ルノは初めからそれを狙っていたのか……。

「今からでもいいから断るか? いや、でも腰が痛いのは事実だからな……」

 せっかくの申し出だ。邪推しない方がいいだろう。ルノにマッサージしてもらえる機会など、今後一切訪れることはないかもしれないからな。ここで断ったら勿体ない。

 では、どうすればいいのか。


「もうううっ、なんでそんな恰好なのですかーっ」

 冒険者組合の一室に、ルノの不満気な声が耳に響く。

「なんのことだ?」

「兜です! なんで被ったままなのですか!」

 簡易寝床の上にうつ伏せ状態の俺は、遂に人前で鎧を脱ぐ決断に至った。しかしその代わり、兜だけは被ったままだ。見た目で判断するならば、明らかに怪しい奴だが、これも仕方あるまい。

「兜も取ってください」

「断る。早くマッサージを始めてくれ」

「うううううっ!!」

 唸り声が聞こえる。直後、腰に衝撃が走った。

「いって! いてえええっ!?」

「あっ、ごめんなさい。手が滑ってしまいました」

「滑ってないよな!? 今の絶対殴ったよな!?」

「え? そんなことしませんよ? 何を言っているのですか、アルガ様? うつ伏せですから見えるはずがないですよね?」

 と言いつつ、再度衝撃が走る。今度は尻に。

「ちょ、ちょっと待て!  ルノッ、お前ッ、俺の尻を叩い……」

「ええ? わたしがそんな破廉恥な真似をするとでもお思いですか?」

「もういい! マッサージは中止だ! って、何故俺の上に跨る!?」

「この格好の方がマッサージし易いですので」

「違うよな? 俺を逃がさないつもりだよな? 絶対そうだよな!?」

「あっ、兜が邪魔なので取りますね?」

「やめっ、止めろ! ルノッ、それだけはやめてくれ!!」

 背に跨ったルノの笑い声が聞こえる。柔らかな尻や太ももの感触を堪能している場合ではない。

 今気付いたことだが、どうやらルノは攻めるのが好きらしい。

「はーい、いい子ですから脱ぎましょうねー」

「やめてくれえええええっ!!」

 これはマッサージではない。

 マッサージという名の拷問だ……。


     ※


 エルデール大陸全土において、アルガが賞金首扱いとなってから一月が過ぎた頃のこと。

 ロザ王国は、未だかつてない危機的な状況へと陥っていた。

「ホルンッ、ホルン!! おいおい冗談だろっ、目を開けろよ、クソ野郎ッ!! てめえが死んだら誰が俺様を守るんだ!?」

 王城の一室に、ジリュウの怒声が響く。

 だが、肝心の返事が戻ってこない。何故ならば、ホルンは既に息絶えているからだ。

「くそっ、くそっ、くそくそくそくそくそったれがっ! なにがどうなってんだよおおおっ!!」

 頭を掻き毟り、現状に嘆くが、何かが変わるわけでもない。

 義足のホルンに守られながら部屋へと逃げ込んだジリュウだが、追い掛けてきたそれの牙に挟まれたホルンは、なすすべもなく命を落としてしまった。

 一方、一人残されたジリュウは、全身をガクガクと震わせ隠れていた。

「意味が分かんねえよっ、なんで魔王が生きてんだよおおおおっ」

 ジリュウは、体の震えが止まらなくなっている。

「――ッ、ジリュウ! ここにいたの!? 早く皆を避難させないと……って、え、……ホルン?」

「黙れ! 言われなくても分かってんだよ!!」

 旅仲間で【癒術師】の紋章を持つエーニャが、部屋へと入ってくる。下半身を食い千切られたホルンの姿を瞳に映し、言葉が出てこなくなった。しかし、ジリュウはエーニャの相手をしている場合ではない。それもそのはず、討伐したはずの魔王が蘇ったのだ。王都へと持ち帰った魔王の頭部が暴れ回り、王城を内部から破壊し始めている。

「畜生がっ、魔王は頭だけになっても生きてられんのかっ、んなこと知らねえよっ!!」

 信じたくはなかったが、先ほど部屋の外で見た光景が、それが真実であることを物語っている。

 魔王は、胴体在らずも動くことが可能だ。アルガに首を斬り落とされた時、死を偽装することで、まんまと王都内部へ潜り込んだのだ。

「くそっ、くそっ、くそがっ、死んだ奴はそのまま死ね! 目を覚ますんじゃねえよっ!!」

「……ジ、ジリュウ? 話し方が変だけど……本当にジリュウなの?」

 困惑気味のエーニャだが、目の前の人物は間違いなくジリュウだ。

 そして、ジリュウは何も理解していない。

 何故、魔王が今になって活動し始めたのか。それは至って単純で、至極当然のことだった。

 先ずは、勇者一行との激闘の末、魔力が枯渇していたから。その状態では、すぐに魔力が枯渇し、今度こそ止めを刺されてしまうだろう。

 二つ目の理由は、天敵が居なくなったことを確認したから……。

「ねえっ、あの時みたいに魔王を一緒に倒しましょう?」

 エーニャが、ジリュウを急かす。

「馬鹿言うんじゃねえ! 俺様とてめえだけで何ができるってんだ!! ホルンの野郎はあっさり死にやがったし、アルガは隣の大陸に逃げちまったんだぞ!?」

 だが悲しいかな、ジリュウ本人は魔王と戦ったことはない。全ての戦闘行為をアルガ一人に任せていた。例え【勇者】の紋章を持って生まれたのだとしても、才能だけでは覆すことの出来ないものがある。ジリュウとエーニャの前で恐怖を振り撒く存在は、魔を統べる王の首なのだから。

「……エーニャ、一つ提案がある」

 しかしだからこそ、ジリュウは悪知恵が働く。

 ある意味では、それもジリュウが持つ才能の一つかもしれない。

「きみは此処に隠れているんだ。僕が魔王を引き付けるから、その隙を突いて逃げてほしい」

「えっ、でもジリュウは……一人で戦う気?」

「心配しないでいい。僕は【勇者】の紋章を持つ男だよ。何度でも魔王の首を獲ってみせるさ」

「ジリュウ……ッ」

 エーニャを部屋に留めておく理由は、ただ一つ。

「それじゃあ、行ってくるよ」

「……死なないでね、ジリュウ」

 互いに頷く。部屋の扉を開けると、ジリュウは悲鳴が渦巻く王城内部に息を呑む。そして、

「あばよっ」

 魔王の頭部が暴れ回る方向とは逆に向け、一目散に駆け出した。

 つまり、ジリュウは魔王との再戦を放棄し、己の命惜しさに戦場から逃げ出す道を選択したのだ。

「ぶわあああかがっ! アルガがいねえってのに魔王と戦えるわけがねーだろ、クソッタレが!!」

 神によって選ばれし【勇者】の紋章を持つ者として、地位も名誉も手に入れた。若い女も選び放題、味見し放題だった。遂にエーニャを手籠めにすることは出来なかったが、充足感に溢れた日々を送っていた。しかしそれも僅か一月で終焉を迎えることとなった。

 しかし、それでもジリュウは惜しまない。

「くかかっ、どんなお宝や女よりも、てめえの命が一番大事だからなあああっ!!」

 無事に、ジリュウは王城の外へと脱出することが出来るだろう。但し、その代償は計り知れない。

 魔王復活により、ロザ王国は恐怖のどん底へと陥り、この日のうちに王城は半壊するのであった。


     ※


「おい、聞いたか? 魔王が復活したんだってよ」

「マジか? 王都には勇者と仲間達がいたんじゃないのかよ。出払ってて間に合わなかったのか?」

「ここだけの話、勇者は仲間を囮にして、我先に逃げ出したみたいだぜ」

「うわっ、薄情な野郎だなー。【勇者】の紋章を剥奪してやりたいぜ」

「おっ? 雑草おと……アルガ! お前も聞いたか? 魔王が復活したって話なんだがよ!」

 冒険者組合の扉を開け、受付場に木の実袋を置く。

 すると、談話場で口々に話す冒険者達から声を掛けられた。

「……ああ、そうみたいだな」

 昨晩、その話はルノから聞いていた。

「わっ、わわっ、アルガ様、今日はいつもよりもたくさんありますね?」

「気付いたら採りすぎていた」

 木の実袋の中からゴロゴロと出てきたのは、三桁を超える木の実だ。

 俺には【勇者】の紋章なんてものはないが、木の実を収穫する才能が備わっているらしい。木の実男と呼ばれるのも案外悪くないかもしれない。……雑草男は勘弁してほしいが。

「ふふっ、これだけあれば銀貨二枚以上にはなりそうですね」

 木の実を種類別に並べ始めた。査定額が決まるまでの間、大陸新聞を手に取り、談話場の一番端っこのソファへと腰を下ろす。クーも隣に座った。

「アルガー? かなしいのー?」

 大陸誌の一面には、ロザ王国半壊の記事が載っていた。

「……ホルンが死んだ」

「大切なひとー?」

「ああ。言葉を交わしたことはないが、心許せる友だった……」

 魔王の頭部が姿を消した後、半壊した王都に残されたものは、疲弊し切った兵士達や、魔王復活の恐怖に助けを乞う住民達だ。

 魔王が復活したことで、燻っていた俺の心に火がついたのは事実だ。再び、魔王の首を獲る機会が巡ってきたのだからな。ジリュウが傍に居ないところで魔王討伐を果たすことで、今度こそ、ロザ王国の皆に認めてもらえるはずだと。……だが、認めてもらうとか、そんなことはどうでもよくなってしまった。ホルンが死に、エーニャが安否不明と知り、何故こんなにも悲しくなってしまうのか。

「泣いてるー?」

「泣いていない」

 例え泣いていたとしても、兜の内側は見えない。だから涙を隠す必要もない。

「ジリュウの行方は……いまだ不明か」

 神に選ばれし【勇者】の紋章を持つジリュウが、ホルンやエーニャを囮に一人で逃げ出したことは知っていた。隣の大陸の話とはいえ、勇者と魔王の話題だ。大陸誌の記事に載るのも当然か。

 不幸中の幸いだが、記事の内容は、魔王の頭部を野放しに消息不明のジリュウへと焦点が当たっている。賞金首の俺の記事は全く無い。エルデール大陸は、俺よりも魔王復活や行方知らずの勇者について知りたいということだ。

「たおしにいくのー?」

 隣から声が聞こえる。魔王討伐はしないのかと、クーが問い掛けているのだ。

「……いや、どうかな」

 今はまだ分からない。すぐに決められることではない。

「魔王の居場所が分からないからな」

「ふーん」

 今も尚、王都に潜伏しているのであれば、今すぐにでも駆けつけ、ホルンの剣を全力で振るうだろう。けれども魔王の行方も分からないのが現状だ。ひょっとすると、ゴルゾナ大陸に向かったのかもしれないが、やみくもに探しても見つけることは難しいだろう。先ずは情報収集から始めるか。

 だが、モアモッツァ大陸にいたままで可能なのだろうか……。

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