【八章】今日も昨日も一昨日も

 その夜の出来事だ。老婆の土人形騒動が一段落した後、俺は日課の木の実採りを済ませ、ルノの家に戻っていた。たまには魔物と戦って腕を慣らしておかなければならないが、他の冒険者達に見られるのは面倒だと思っていた。

 だが、問題が発生した。

 ダーシュを返り討ちにしただけでなく、組合長の土人形を無事に処理することで、町の住民達が俺の強さは本物だと認識し始めていた。大勢の前だったからな、これではさすがに誤魔化しようがない。

「……別の町に移動するべきか」

「なんでー?」

「一応、お尋ね者だからな」

 エルデール大陸での話なので、コルンの町には関係ないことだ。しかしながら、俺の首に賞金が掛かっていることを知り、ルノや他の住民達が今までと同じように接してくれるか否か……。

「ふーん? かくれんぼ中なの?」

「まあ、そういうものだな」

 小首を傾げ、クーは「ふーん」と再び口にする。

 理解する必要のないことなので、クーはそのままで構わないが、ルノは別だ。

「ただいま帰りました」

「お帰り、ルノ」

「はいっ、……えへへ」

 後処理を終えたのか、ルノが実家兼宿屋に戻ってきた。俺の顔を見るや、恥ずかしそうに微笑んだ。

 ……この笑顔が非常に効く。

「ぺたんこのおねえちゃん、帰ってきたー」

「ぺっ、ぺたんこじゃないですよ? 少しはありますからね?」

「落ち着け、ルノ」

「本当ですよ? 見ますか? ほら、これぐらいなら……ッ」

「分かったから、それ以上は胸を張るな」

 変な対抗意識を持ったのか、ルノが必死に胸を張ってみせる。

 だが、やはりと言うべきか。ぺたんこなものはぺたんこのままだ。

「そういえば、今日は色々と申し訳ございませんでした」

「ん、何がだ?」

「組合長達のことです。本来であれば、職員達で解決しなければならない問題でしたので……」

「気にしなくていい」

 老婆の部屋は修繕作業が必要だが、他の部分の被害は全く無い。あの騒動から数十分後には運営を再開していたからな。

「気にするなと言われましても、……他にも、ダーシュ様を止めることが出来なかったり、木の実の査定額を上げることが出来なかったり、アルガ様のお力になることが出来ていません……」

「ルノの責任じゃないからな」

 老婆が問題を起こしたので、木の実の査定額の見直しは数ヶ月ほど掛かることになった。とはいえ、今のままでも十分稼ぐことは出来るので、ルノが気に病むことはない。

 ダーシュの件に関しては、言われるまで忘れていたぐらいだ。痛い思いをしたのはダーシュ一人なので、あれで懲りてほしいものだがな。

「あの、前々から感じていたことなのですが、アルガ様は本当に【遊民】なのですか?」

「えっ」

「あんなに堂々と自信に満ちたお姿で立ち向かい、実際に組合長やダーシュ様を倒されましたので」

「アルガー、つよいの?」

 ルノの言葉に、クーが反応を示す。

 勇者と共に旅をして魔王の首を獲りましたと打ち明けた日には、驚いて気絶するかもしれないな。

「いやいや、組合長の土人形は魔核を破壊すればいいだけだったからな。それと、ダーシュは単に弱かったぞ。【遊民】の俺に負けるぐらいだからな」

「それなのですが、ダーシュ様の熟練度は一ッ星相当なのです。無星の方や戦闘職の紋章持ちではない方が、簡単に倒せるような方ではありません」

 あの男、一ッ星相当なのか。

「何の紋章持ちなんだ」

「【盗賊】ですね」

「なるほどな……ということは、多分だが油断していたんじゃないか」

「……油断でしょうか?」

 ジッと、ルノが俺の顔の部分を見つめる。

 その瞳は、鎧兜の内側の顔を覗こうとしているかのようだ。

「アルガ様、紋章を見せていただけませんか?」

「うっ、何故だ」

「今、言葉に詰まりましたよね? やはり、アルガ様は別の紋章持ちなのですね?」

「何のことだか、さっぱりだが」

「にせものだってー」

「くっ、クー!!」

 毎度毎度、こんな重要な場面で心の声を読まないでほしい。

「にせもの? ……確かあの時、アルガ様はご自身を偽者だと仰っていましたよね?」

「あー、そんなこと言ったかな?」

「言いました。ダーシュ様に手解きする時のことです。他の方も聞いていたと思いますよ」

「ルノの気のせいだと思うが……」

「偽者って、どういう意味なのですか?」

 ずいっと身を乗り出し、ルノが問う。答えを知るまでは引き下がらないと言いたげな表情だ。

 ダーシュの軽い兆発に乗った結果がこれか。

「……そんなに知りたいのか」

「はい。アルガ様のことを、もっと知りたいです」

 知りたいと言われて、悪い気はしない。しかしながら真実を知れば驚いてしまうだろう。そしてその後は幻滅するはずだ。勇者の手柄を横取りし、成り代わろうとしたお尋ね者として有名だからな。

 今のところ、コルンの町に俺の噂は広まっていないみたいだが、大陸を渡る行商人や旅人の口から何れ伝わることとなるだろう。

 ただ、ルノには嫌われたくないが、嘘を吐いてもルノ自身が納得しない気がする。どうするべきか。

「おなかすいたー」

 くいっと、ルノの服の袖を掴み、腹の音を訴える者が一人いた。

 どうやら俺とルノの話に興味がなく、お腹を満たすことの方が大事のようだ。

「あっ、えっと、……もう少し待っててね、クーちゃん」

「おなかすいたのー」

 今だけは感謝しよう。クー、よくぞ口を挟んでくれた。

「……ルノ、何か作ってくれないか」

「え? わたしがですか?」

「ああ。結構前から頼もうと思っていたんだが、これからは夕食もお願いできれば有り難い」

 ルノの宿屋は朝食付きだが、昼食と夕食は付いていない。俺一人なら、ふらっと外に出て食べることも容易いが、今はクーがいるからな。少し値が張っても構わないから、夕食も頼みたいところだ。

「忙しくない時だけで構わない」

「う、ううーん」

 頭を悩ませるルノ。意識が食事へと移りつつある。話題逸らしの効果は十分だ。

「俺とクーの為に、ご飯を作って欲しいんだ。……ダメか?」

「……そ、そんな風に言われたら、断れないじゃないですか」

 頬を赤らめ、ルノが両手で顔を隠す。

「分かりましたよ。今から作りますから、食堂でお待ちください」

「ありがとう、ルノ」

「おねえちゃんありがとー」

 腕捲りしたルノは、クーの頭を撫でる。そして俺に目を向け優しく微笑んでくれた。

「ご飯たのしみー」

「そうだな」

 一先ず、やり過ごすことができた。しかしこの先どうなるか。何も言わずに済む方法は……。

「あっ、せっかくですから、アルガ様に採っていただいた木の実を料理に使ってみますね!」

「ん? ……ああ、頼む」

「はいっ」

 ウキウキした様子で、ルノが厨房に入っていく。その姿を見ていると、悩むのが馬鹿らしくなってきた。今はとにかく、ルノの手料理を堪能することにしよう。

 それにしても腹が減った。

「あと、今日こそは取ってくださいね」

「取る?」

「兜です。ご飯を食べる時ぐらい、取らないとダメですよ?」

 ニコッと笑い、ルノが言う。今までは兜のバイザーの位置を調整することで事なきを得ていたが、面と向かって指摘されたのはこれが初めてだ。

「どのようなお顔をされているのか、凄く楽しみです」

 二階で食べよう。それがいい……。


 数時間後、俺とクーは宿部屋へと戻っていた。

 ルノの攻めを巧みに掻い潜り、何とか無事に夕食を済ませることができた。

 口元が見られるのは仕方がないが、顔を見られるのは未だに抵抗があるからな。ルノからの抗議の声が止まなかったが、何とか無事に夕食を取ることができた。今後はクーと目を合わせながらお喋りする練習を日課に加えておこう。

 ……日課と言えば、木の実採りだ。それ以外のことは、この町に来てから何もしていない。

 腕が鈍るかもしれないのは、正直落ち着かない。今までは毎日のように魔物と戦闘を繰り返し、剣を振るっていたからな。できれば誰にも見つからずに魔物と戦いたいものだが、遠出するにも俺の恰好は目立ちすぎるし、何よりこの地に詳しくない。故に、空いた時間はルノの宿屋でのんびり過ごすか、冒険者組合の談話場で暇を潰していた。

 ルノの趣味なのか、宿部屋には沢山の本が置いてある。一冊一冊と目を通すだけでも、時間があっという間に過ぎていく。モアモッツァ大陸の知識を吸収する上でも、これは非常に役に立っている。

「アルガ様、お夜食はいかがですか?」

 トントン、と扉が叩かれた。同時に可愛らしい声が耳に届く。

 扉を開けると、ルノがお皿を手に立っていた。

「夜食?」

「はい、木の実で作ったクッキーになります」

「クッキーたべるー。木の実おいしかったー」

 ベッドから飛び起き、クーが駆け寄る。

 お皿の上から木の実クッキーを掴み、むしゃむしゃと頬張る。

「おいひー」

 幸せそうに頬を緩め、クーは次々に食べていく。

 その様子を眺めながら、ルノもまた嬉しそうに笑みを浮かべている。

「俺もいただくよ」

「っ、どうぞ!」

 一枚手に取り、口へと運ぶ。

 ……うん。美味しい。

「クッキーにも出来るんだな」

「はい! 料理でしたら少しは自信がありますので!」

 朝食は言わずもがな、今日の夕食も舌を満足させてくれるご馳走だった。ルノは受付の才能だけでなく、料理の才能も持ち合わせているのかもしれないな。

「木の実料理か……これなら毎日でも食べることができそうだな」

「お望みでしたら!」

「え?」

「では、明日も早いので、今日は失礼いたしますね」

 ぺこりと頭を下げ、ルノが扉を閉めた。

 何も深く考えずに言った台詞だが、余計なことを言ってしまったのだろうか。

「クッキー、もうないのー?」

「全部食べただろ」

「ええー」

 俺が一枚食べる間に、クーが残りを全部食べてしまった。

 また明日、作ってもらうとするか。


     ※


 あれから一週間が経過した。木窓から漏れる日差しで目を覚まし、鎧兜を身に付ける。

 クーと共に宿部屋から廊下に出ると、兜の中で欠伸をしつつ、一階へと降りていく。すると、いそいそと動き回るルノと目が合った。

「アルガ様、クーちゃん。おはようございます!」

 ニコッと微笑み、礼儀正しくお辞儀するルノの両手には、木の実が握られていた。

「……おはよう、ルノ。ところで今日の朝ご飯って」

「はい! 木の実尽くしの朝食をご用意しております!」

 またか。

 あの日以来、ルノは木の実料理に嵌っていた。

 材料となる木の実は、俺が採ってくるから問題ない。冒険者組合で査定し、引き取った木の実を、ルノが個人的に購入し、食材や薬用として使用しているのだ。

「確か昨日も一昨日もその前の日も、木の実料理じゃなかったか?」

「はい。アルガ様がいつも木の実を採ってくださるので、毎食のように振る舞うことができます」

 毎食は止めていただきたい。

 不味いわけではなく、むしろ美味しいのだが、さすがに飽きてしまった。

「たまには、別の料理も……」

「アルガ様が採った木の実で、わたしが料理を作ることって、なんだかとても素敵なことだと思いませんか? えへへ」

 屈託のない笑みが、俺の胸の奥に何かを突き刺す。

「……うん。そうだな」

「ですよね! すぐに出来上がりますので、座って待っていてくださいね」

「ああ」

 ダメだっ、言えない!

 別の料理が食べたいなんて言えないっ!!

「クーがいうー?」

 俺に続き、寝惚け眼のクーが二階から降りてきた。

 心の声を読み取ったのだろう。まさかクーが気を利かせてくれるとは思わなかった。

「だって、クーも木の実あきたもん」

「そういうことか」

 クーも他のものが食べたいに決まっている。やはり、ここは心を鬼にして伝えるべきか。

「……行くか」

 意を決し、厨房へと顔を覗かせる。

「あれっ、どうかされましたか? もしかして待ち切れなくなったとか……」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。実は……」

「あっ! 言い忘れていましたけど、今日こそは絶対に見せていただきますからね?」

「見せる?」

「アルガ様の素顔です」

「うっ、その話か」

「当然です。料理を食べる時も兜を被ったままなんて、おかしいですよね?」

「恥ずかしがり屋なんだ」

「じゃあ、……えっと、アルガ様の寝こみを襲って脱がせてもいいでしょうか?」

「いきなり何を言い出す!?」

「べ、別に変な意味で言ったわけではありませんよ? アルガ様の隙を突いて、兜を取ってしまおうかなって思っただけですので」

 解釈の違いで、とんでもないことを想像しそうになった。

「無理だな。俺は隙を見せないから」

「そうですか? でも、アルガ様って……結構抜けているところがありますよ?」

「例えば?」

「それは秘密です。教えませんよ」

 照れた表情で木の実を触り、ルノは朝食の支度を再開する。

 言うべきことを忘れて厨房から戻ると、クーが眉を寄せていた。

「アルガー、木の実あきたー」

「……今日は我慢しよう。せっかくルノが作ってくれているからな」

「ううー」

 ふてくされた顔のクーが、ちょこんと椅子に腰掛ける。

 横の席に座り、今日もまた木の実料理が運ばれてくるのを待つ。

 明日以降は回避出来ますように……。

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