【七章】木の実泥棒を捕まえることにしました

 三日が過ぎた。

 今日の分の木の実採りは、既に終えている。査定額はワルドナ銀貨四枚の壁を突破した。裏山で小一時間せっせと収穫し、一日にワルドナ銀貨四枚を稼ぐというのは、中々に凄いことだと思う。

 何が凄いかと言えば、魔物と戦い、命の削り合いをする必要がないことだ。

 魔物狩りは他の冒険者に任せているから、俺には全く危険が無い。この点は、ルノが木の実採りという稼ぎ方を教えてくれたおかげだ。勿論、初日は全く稼ぐことが出来なかったが。

 コルンの町に着き、木の実採りを始めて五日目だが、俺なりの決め事を作ることにした。それは、一日に一時間しか木の実を採らないことだ。

 一つは、他の冒険者に見られてボロを出すことが無いように細心の注意を払う為だ。しかしこれは既に破綻している。何故ならば、実は俺が強いのではないかと、町に噂が広まっているからだ。

 ダーシュとの一件が知れ渡っているのだろう。狭い町だから、もはや知らない者はいないのではないだろうか。勇者の恰好を真似した木の実男がダーシュよりも強いということがな。

 もう一つは、数に限りがある点が挙げられる。

 思っていたよりも裏山は広いが、だからと言って木の実が無限に生っているわけではない。枝を折る手法を止めたとはいえ、連日のように採り続けていれば、あっという間に無くなってしまうだろう。

 故に、今は採る数を意識的に抑えている。今のままでも十分な額を稼げるから何も問題は無い。

「……そろそろ飯を食いに行くか」

 時読盤へと視線を移す。いつの間にか、正午を回っていた。

 今、俺は冒険者組合の談話場で寛いでいる。木の実を採り終えた後、別に行く場所も無いので、ソファに座ってダラダラとしている。一見すると時間の無駄遣いにも思えるが、今までが忙し過ぎたからな。この町ではまったりと生活していきたい。それが俺の願いだ。

 しかしながら、今日は少しだけいつもと異なることがあった。クーの存在だ。

「ただいまー」

「お疲れ様だったな、クー」

「んーん。ぜんぜんだよ?」

 ぽふっとソファに座ると、クーは大きな欠伸をする。能力を使ったからか、単に睡眠が足りないだけか分からないが、眠たそうな目を両手で擦っている。

「……それで、何か分かったか」

「うんー。今ね、ババーはおでかけちゅうみたいだよー」

「お出掛け中? 誰かと会ってるのか……」

「あとねー、あの人はババーのみかただって」

 クーが指を指す。それはまだ一度も言葉を交わしたことのない組合職員だ。

「あまーいしるを、すってるんだってー」

「あいつか……」

 ルノは、気になることが他にもあると言っていた。

 あの時は途中で話が変わってしまったが、どうにも何かが引っ掛かっていた。

 あの口振りから察するに、恐らくは組合長のことなのだろう。そしてそれが原因でルノは忙しい日々を送っている。

 ルノには日頃お世話になっているから、少しでも力になることができればと思ったわけだが……。

「扉の前に立ったままで、まるで番人みたいだな」

 この町に潜む何かは、案外根が深いのかもしれない。

「あのね、あの人は木の実とまかくをとるやくめなんだってー」

「木の実と……魔核を?」

「うんー。それでねー、さっきでかけた人がー、からをすてに行ったり、とったものをはこぶやくめみたいだよー」

「木の実の殻を……裏山に捨てに行くのか」

「んー」

 クーが頷く。怪しいのは組合長だけかと思っていたが、まさか組合職員の中に二人もいたとはな。

 俺が初めてコルンの町に来た時、ルノは裏山からの帰りだった。不法投棄された木の実の殻を見つけ、誰がこんなことをしているのか一人で調べていると言っていたが、まさかここで繋がるとは……。

 しかしそれと甘い汁を吸うことと、何が関係しているのだろうか。

「あれっ、……あれっ?」

 思考を巡らせていると、受付の方で声が上がる。ルノがあたふたとしている姿が目に入った。

「おかしい……なんで無いのかな、ここに袋ごと置いていたはずなのに……」

「何か無くなったのか」

「あっ、アルガ様! えっと、先ほどいただいた木の実を入れた袋が何処にも見当たらなくて……」

「木の実が?」

「はい、少し目を離した隙に……」

 ルノとクーの話を擦り合わせるに、組合長の部屋の扉の前に立つ男とは別の組合職員が、無断で持ち出したのかもしれない。ということはつまり……。

「……魔核は無事か?」

「えっ」

 驚いた顔のルノは、魔核が保管された部屋へと早歩きで向かう。担当職員と何度か言葉を交わした後、室内へと入り、暫くして戻ってきた。

「ぶっ、無事でしたっ。……ですが何故、アルガ様がそのことをご存じなのですか?」

「クーに聞いたからな」

「クーちゃんに……あっ! もしかして、何方かの心を……?」

「その通りだ」

 今、受付場には俺とルノ、クーの三人の他には誰もいない。ここでの会話が外に漏れる心配はない。

「組合長の扉の前に立つ男には気付かれないように、何があったのか話してくれないか」

「はっ、……はい」

 ルノは、さも受付の仕事をしているかのような素振りを見せながら、口を開いた。

「実は前々から起きていることなのですが、部屋に保管していた魔核の量が、日に日に少なくなっているのです。あの場所には組合職員が交代制で見張りをつけていますので、盗られるなんてことはないはずなのですが……」

 横目に、ルノは組合長とグルの組合職員の姿を見る。俺の言葉の意味を知り、身内の犯行であるかもしれないと疑っているのだろう。残念なことだが、それは間違いではなく事実だ。

「盗難か……」

「元々は、担当が決まっていたのです。しかし組合長が就任してから交代制になりまして……」

「担当が決まっていれば、盗んだ人物を特定し易くなるからな」

 組合長の権限を存分に行使したってことか。

「外出中の職員は一人か」

「そ、そうですけど……ユスさんも、まさか……?」

 ユスって名前なのか。まあ、今から捕まる奴の名前を覚えたところで何の意味も成さないが、もう暫くは覚えておこう。

「クーの話では、あいつが木の実と魔核を盗む役目で、ユスって奴が木の実の殻を裏山に捨てたり、盗んだ物を運ぶ役目らしい」

「そんな……っ」

 疑いつつはあったが、それでも心の何処かでは信じたいと思っていたのだろう。

 見る見るうちに、ルノの表情が沈んでいく。

「全ての元凶は、あの扉の向こう側だ。……ルノは、組合長が何処に行っているのか分かるか」

「へっ? 組合長でしたら、今日はずっと部屋にいるはずですが……」

「部屋に? クーが言うには、誰かと会っているみたいだが」

「……あの、それはさすがに間違いなのではないでしょうか? 組合長は此処を仮住まいにしていますし、扉の前に立つカタさんの話では、今日はまだ外出していないと……あっ」

 扉の前に立つのは、組合長の手先の男だ。組合長が出掛けることを知られたくないからか、カタって奴が嘘を吐いたのだろう。

「一応、室内を確認してみるか」

「えっ、カタさんがいますから無理ですよ……」

「相手は盗人集団だ。やり方は幾らでもあるさ」

 受付場から奥へと入り、組合長の部屋の扉の前まで向かう。

「おい、職員以外の者はこちら側に入ったらダメだろう」

「だとしたら、盗人は入ってもいいのか」

「ぬすっ、……何だと?」

「聞き返すな、説明するのが面倒だからな」

 脚を掛ける。すると、カタは呆気無く転んでしまう。

「いっ、いきなり何を――ッ」

 周囲がざわつくが、お構いなしだ。

 カタを地面にうつ伏せ状態に転がし、背中に跨り両手を掴み上げる。最後の仕上げに、耳元でそっと語り掛けてやる。少しばかし脅すように……。

「聞き返すなって言ったよな? 耳が要らないのか?」

「ッ」

 それ以上、カタは何も言わなくなった。口を開いたら耳を落とされると恐怖したのだろう。

 勿論そんなことはしないが、脅すには丁度よかった。

「ルノ、確認してもらえるか」

「そ、そんなことをしたら……」

 三つの意味で、そんなことをしたらと言ったのだろう。だが心配御無用だ。

 カタは反抗できないように脅しを掛けているし、周りの奴らへの誤解は後で解けばいい。そして扉の奥に住む老婆は外出中なので、怒鳴られる心配もない。

「頼む」

「うっ、……分かりました。でも、本当はダメなのですからね? 組合長が部屋に居る時は絶対に開けるなと言われていますし、扉を叩くのも声も掛けるのも禁止されていますので……」

 まるでコルンの町の支配者気取りだな。あの老婆自身、俺と同じ余所者であることに変わりはないのに、よくもまあ横柄な態度が取れるものだ。

「では、……ッ」

 組合長が室内に居る場合、怒鳴られるのは確定事項だ。

 ルノは若干尻込みしながらも、奥の部屋の扉を叩かず合鍵を用いて、そっと開く。……えっ。

「何で居るんだ?」

 扉の隙間から見える。豪華なベッドに横たわり、イビキを掻く組合長の姿が、そこにはあった。

「……ふうう、危なかったです。命拾いしました」

 俺とカタが起こした騒動も気に留めず、組合長が眠っていたおかげで、ルノは怒られずに済んだ。

 しかしこれは何かがおかしいぞ。

「ルノ、組合長は何の紋章の持ち主なんだ」

「ええ? 今度は紋章ですか?」

「ああ、今すぐ知りたいんだ。教えてくれ」

「特に守秘義務があるわけでは無いですので構いませんが……」

 そう言いつつ、ルノは周囲を気にする。他の職員や冒険者達が見ている前なので、言い辛いのだろう。緊張気味に深呼吸をして、口を開いた。

「確か【地術師】だったと思います」

「……だからか」

 納得がいく。辻褄は合うだろう。

 組合長が持つ【地術師】の紋章は、簡単に言えば魔術師だ。呪文を唱え魔力を扱うことで、魔力を秘めた魔方陣を生み出すことが出来る者達を一まとめに魔術師と呼んでいる。

 しかし実際には【魔術師】という紋章は存在せず、得意属性によって名が異なる。火属性の扱いに長けた紋章持ちを【火術師】と言い、風属性の場合は【風術師】となっている。

 組合長が持つ【地術師】の紋章は、その名の通り地属性の魔力を扱うことに長けた者のことだ。

「あの、何か分かったのですか」

「恐らく、部屋で寝ているのは土人形だな」

「……え? 土人形……?」

「遠目に見た限りでも十分な形を作っていたな。熟練度も相当高いはずだ」

「え、あのっ、アルガ様? わたしには何が何やら……」

「きみっ、こんなことをしていいと思っているのかい!?」

 様子を見ていた別の職員が、ついに一歩近づき問い掛けてきた。

「ああ、思っている。こいつとユスって奴は、組合長の手先だ」

「手先……ッ!?」

「木の実と魔核を盗んでいたのは、間違いなくこいつ等だ。盗まれた魔核の行方だが、ユスって奴が運んでいなければ……あの土人形の中に隠している可能性が高いだろう」

 ドヨッと、辺りがざわめく。それもそのはず、組合長が自分と瓜二つの土人形を作り、二人の職員に木の実と魔核を盗ませていたのだからな。

「……うっ、頭が痛くなってきました」

 次から次に思ってもみなかったことを言われて、ルノは頭が痛くなってきたのだろう。

 魔核とは、魔族の体内にて精製される心臓に当たるもので、魔人や魔物の動力源である。これはどの魔族の体内にも必ず存在し、魔核を破壊すれば、その魔族は強制的に命を失うことになる。

 魔核とは実に便利な物で、人類も、その恩恵に与っている。

 武具や道具への魔力の付与で、魔力を持たない者でも気軽に利用することが可能となるのだ。

 日常生活を送る上でも、魔核に蓄積された魔力は必要不可欠なものとなっている。

 そして今、奥の部屋で組合長の姿形を成し、寝たふりを続ける土人形は、魔核での形状維持を可能とするものだ。

 本来、術者本人が媒体の役割を果たし、魔力の供給を行ない続けるのが基本であり、魔核を用いる必要も無いのだが、組合長の姿は見当たらない。つまり、魔核を媒体にしているのは明らかだ。

 この推理は確定ではないが、組合長が【地術師】の紋章を持つ時点で、ほぼほぼ正解のはずだ。

「ま、魔核を盗むのはともかく、木の実は……何故なのでしょうか」

「……好物だからとか?」

 それ以外に思い付かない。

 誰にも見られないような場所で、一人でガツガツ食べる姿を想像してしまう。

「とりあえず、土人形の魔核を回収しておこう」

「え? ……いえ、でもそんなことをしたらっ」

「怒られるようなことをしているのは、組合長の方だよな」

 後で文句を言われても、その役目は俺が全て引き受けよう。それ以前に、上手くいけば現状を改善することも不可能ではない。

 他の職員に頭を下げ、カタを引き渡す。抵抗する意志が無いということはつまり、己がやったことを認めたといってもいい。職員達はカタの身柄を拘束し、俺の動向に注目する。

「失礼します」

 一応、扉を軽く叩く。普段は許可なく扉を開けてはならないと口を酸っぱくして言い聞かせていたらしいが、その理由は一目瞭然だ。俺の目の前にそれがあるのだからな。

 ベッドに横たわっているのは土人形だ。組合長の姿形に似せて作られている。見た目だけでなく、衣服も着せてあることから、組合職員を騙す気で作られたものと考えて間違いない。

「……これは多いな」

 毛布を剥ぎ取り、土人形の全身を確認する。衣服によって隠されてはいるが、無数の魔力が合わさり輝きを放っていた。全身至る所に小さな魔核が埋め込まれているのだろう。直接目に見える個所では、喉元に一つ確認することができる。これが盗んだ魔核なのか否か調べる術は、クーのみ。もう少しだけ協力してもらうことになりそうだな。

 それにしても量が多い。これは想定の範囲を超えているぞ。

 仮にだが、組合長が悪意ある命令を下していた場合、この土人形は魔物よりも恐ろしい存在になるだろう。例えば、部屋への侵入者を排除せよ、とか。

「壊すか」

 入室はおろか、扉を叩く行為すら禁止されているとルノは言っていた。

 だが、例えそうだとしても、組合職員が室内に入る可能性を確実に否定することは出来ない。

 問題事が起きてから対応しても後手に回るだけだ。念には念を入れて壊しておくべきだろう。

「そ、それが土人形なのですか……」

「ルノ、来たのか」

 声が掛けられる。後ろを向くと、驚いた顔のルノが佇んでいた。

「組合長には悪いが、今からこいつを壊す。暴走すると町が危険だからな」

「町が? ……は、はいっ」

 組合長に怒られることよりも、町の危機の方が重要だ。土人形は俺が責任を持って処分しよう。

「まずは外に運んで、ひと気のない場所で安全を確認した上で……」

『起動』

「――ッ」

 感情の無い声が、室内に響く。

 瞬間、身を引く。ルノの手を取り、すぐに部屋の外に避難した。

「ひっ」

 間一髪、無数の土が飛び散り、室内で小規模な爆発が起こった。

「無事か、ルノ」

「あふっ、い、だだっ、だいじょ、うぶです! それよりも、他の皆様は……ッ」

 自分のことよりも他の皆を心配するとはな。

「安心しろ、無事だ」

 組合内部には影響が無い。但し、本番はこれからだ。

「うっ、……ああっ!? こっちに来てしまいました、アルガ様ッ!!」

 先の爆発で衣服や土の部分が剥がれ落ち、魔核が露わになった人形が姿を現す。

「ルノ、クーと職員を避難させてくれ」

「ッ、アルガ様は!」

「壊す」

 状況は変わったが、目的は変わらない。土人形を壊すだけだ。

「――皆様ッ、此処は危険です! すぐに外へ避難してくださいっ!!」

 目の前の光景に我を失わず、ルノは俺の声を耳にする。

 突然の爆発と土人形の登場に、混乱状態の職員や冒険者の面々だったが、ルノの指示に素直に従い、慌てながらも組合の外へと逃げ始めた。

「……っと」

『排除する』

 のそりのそりと足を引きずり、土人形が傍へと寄ってきた。人形故か、敵意のようなものは感じないが、だからこそ厄介な相手だ。

「言えるのは、それだけか?」

『起動』

 射程範囲内に入ったか。

 土人形の声に呼応するかのように、無数の魔核が輝きを強めていく。

「なるほど、自爆型か」

 だとすれば、無駄にお喋りする時間は無い。

 背からホルンの剣を抜き、最も輝きを放つ魔核に狙いを定め、腕を伸ばして突く。

『起ど、……』

 ぐらつくが、苦痛をものともしないのが土人形だ。突いた個所の魔核が破壊されようとも、一切表情を変えることはない。だが、爆発を防ぐことはできた。一時の猶予を……。

『……起動』

「ちっ」

 起動の合図と共に、別の魔核へと魔力が集まり始める。

 剥き出し状態の魔力の流れを、己の瞳で確認し、再度突く。土人形の魔核を破壊し、起動を止めた。

「魔力の供給源が多すぎるな」

 コルンの町で木の実採りを始めてから、俺は平和呆けしていたのかもしれない。ルノが傍に居るにも関わらず、土人形へと迂闊に近づいた己を殴りたい。

 土人形の胴体には、無数の魔核が存在する。魔核が魔力を供給し、土人形の姿形を保つ状態となっていた。だが、それとは別に、もう一つの役割を備えている。

 魔核の魔力を一点に集めることで引き起こすことが可能な魔力爆発だ。それこそが、この土人形に与えられた本来の命なのだろう。

 一見すると、適当に埋め込まれた無数の魔核も、どの大きさの魔核を如何なる順番で配置すれば魔核の魔力を一点に集め易くなるのか、そして爆発時の威力を最大限高めることが可能となるのか、十二分に計算されていた。

 命令自体は単純だが、魔核の配置に関しては見事と言う他にない。起動し損ねた魔核の代わりに、別の魔核が魔力を集め、起動することが可能なように埋め込まれていたからな。

 どうやら、あの老婆は魔核の知識に長けているらしい。見た目に騙されてはいけない。戒めだな。

「……ただ、対処は簡単だ」

 老婆が生み出した土人形は、襲い掛かる型ではない。しかしながら、一度でも射程範囲内に入ってしまえば、その人物を爆発によって排除し終えるまで、魔力爆発を起動し続けるのだろう。

 土人形の胴体に埋め込まれた全ての魔核を破壊し尽くさなければ、何度でも繰り返すはずだ。

 つまり、全てを破壊してしまえば、目の前の脅威は消え去ることになる。

 盗まれたであろう無数の魔核を破壊し尽くすのは、冒険者組合に申し訳ない気持ちにもなるが、この場所が跡形も無く消え去るよりはいいはずだ。

「だから消えろ」

 魔核の魔力が一点に集まる前に、土人形の胴体を何度も何度も突き、供給源を破壊していく。抵抗することも無く、されるがままの土人形は、あっという間に全ての魔核を失った。

 粉々に砕けた魔核の欠片と土だけが、その場に残される。

「……た、倒したのですか?」

 視線を彷徨わせると、窓の外から様子を窺うルノとクーの顔が見えた。

 よく見れば、他の職員や冒険者達も覗いている。好奇心旺盛の一言で片づけるべきではないな。危機が去ったからいいものの、土人形の標的が変わる可能性もあったわけだからな。

「ああ。入ってきていいぞ」

 老婆が生み出した土人形は、その役割を果たすことなく、土へと帰った。

 不手際はあったが、怪我人が出なくて一安心といったところか。

「アルガ様、なんとお礼を……」

「組合の魔核を破壊してしまった。悪いことをしたな」

「え? いえいえっ、傷付いた人が居なかったのですから、それで十分なのです!」

「そうだぞー、本当に助かったよ!」

「ありがとな、アルガさん!」

「まさか組合長があんなもんを作ってるとはなー」

「ばーさんにも困ったもんだぜ」

「カタとユスには後でじっくりと話を聞かせてもらわねーとな!」

 職員一同、口々に思いをぶつけ始める。老婆への鬱憤が溜まっていたところに、土人形の爆発騒ぎだからな。怒りはごもっともだ。俺としては、魔核破壊の件を咎められずに助かったが。

「ルノ、これからどうするつもりだ」

「どうするとは、何がでしょうか?」

「組合長のことだ」

 魔核を盗み、自爆型の土人形を部屋に仕込んでいたのは、疑いようのない事実だ。

 穏便に済ませることは不可能だろう。

「ワルドナ国に報告するつもりです」

「コルンの町を統治する国か」

「……はい」

 上司に楯突くことができない以上、更に上の者に報告する他に手は無いということか。だが、それでいい。無理に老婆とやり合う必要はない。

 あの老婆も、元々はワルドナ国の冒険者組合で働いていたらしいからな。此度の件がワルドナ国のお偉いさんの耳に入れば、老婆は組合長の任を解かれるはずだ。

「くけけっ、まさか飼い犬に手を噛まれそうになるとはねえ」

「ッ」

 こんな時に限って、組合内部に聞き慣れたくない声が木霊する。

 瞳を彷徨わせ、周囲を警戒してみる。声の主の姿は、思いの外すぐに見つかった。

「まあ、噛まれる前に全部まとめて処分すればいいだけさね」

 爆破が起こった奥の部屋から、老婆が姿を現す。壊れた壁の部分から入って来たか。

「組合長ッ!? 今までどちらにいらっしゃったのですか!!」

「黙りなっ、バカルノッ!! あたしの大事な大事な土人形をこんな姿にしておいて、ただで済むと思ったら大間違いだよ!」

「それは俺がやったことだ。ルノを責めるな」

「はああ? あたしの土人形を相手に無傷で済むもんかい! 誤作動があったに違いないね」

 俺を睨み付け、老婆は口を動かす。

「杞憂だな。自爆するだけの能無し人形相手に、怪我をするとでも思ったか」

「侮辱かい!? 余所者の遊民が口を挟むんじゃないよ!!」

 その言葉、ほぼほぼそのままお返ししよう。

「お前も余所者のはずだが? ワルドナ国から左遷されたって聞いたぞ」

「ッッッ!! 何処のどいつだい!? この間抜けにあたしのことを話したお喋り野郎は!!」

 組合内部に居る職員や冒険者達が、一斉に息を呑む。老婆の姿からは想像もできないほどの怒鳴り声だ。ただ、これ以上は耳障りだな。手早く済ませよう。

「誰も話すつもりはない。勿論、俺も」

「……ッ、どいつもこいつも、あたしをコケにしてくれるじゃないかい! ……くっ、くけけっ」

 怒りを隠さず、鼻息を荒くする。と思いきや、突如笑い始めた。……気が狂ったか。

「壊されたんなら新しい土人形を作るだけさ! こんなド田舎ッ、どのみち長いこと居座るつもりもなかったからねえ! あたしゃ魔核を横流しして金儲けできればそれでいいのさあああっ!!」

 その台詞を合図に、杖の先で床を突く。と同時に、老婆が呪文を唱え始めた。……が、

「魔法陣が完成するまで、呑気に待つと思ったか」

 杖を突く素振りを見せた時、老婆が取るであろう行動は既に予測していた。

「ぎぎゃっ!!」

 横一閃、ホルンの剣を振り抜く。杖が真っ二つに割れ、支えを失くした老婆は顔から床へと倒れた。

 精巧な出来の土人形を生み出すほどの腕の持ち主だ。【地術師】の紋章を持ち、熟練度も相応の高さであることは間違いない。だが、全ての動作が遅い。

 此処は戦場ではないが、敵意剥き出しの老婆を相手に、力を見るまでのんびりと待つ義理はない。

「ゆっ、ゆう……みん、如きがああああっ、ぐげっ」

 両手を付き、起き上がろうとしていた老婆の後頭部に、軽めの一撃をお見舞いする。

 再び床とキスする形となった老婆は、そのまま気を失った。

「ルノ、縄はあるか」

「ふあっ、はい!」

 いそいそと受付内に移動し、太めの縄を持ってくる。

「よし、縛るぞ」

 己の私腹を肥やす為に木の実と魔核を盗み、自爆型の土人形を生み出し、コルンの町に損害を与えた事実は変わらない。罪はしっかりと償うことだな。

「これで一件落着か」

「あの、あの……ありがとうございますっ」

 ルノの声に、俺は視線を移す。

 すると、組合内部に居る職員や冒険者達が、揃いも揃って目を向けていた。

「アルガ様のおかげで、コルンの町は……その、」

 老婆が居なくなることで、コルンの町が良くなるとは言い辛いのだろう。だが、それは此処にいる誰もが理解していることだ。言葉にする意味はない。

「ルノ、ものは相談だが」

 だからこそ、あえてその言葉を遮ることにした。

「はい?」

「この件の報告とは別に、木の実の査定額の見直しも……お願いできないか?」

 コルンの町に長居するのであれば、木の実の査定額が高くなるに越したことはない。

 老婆の思い付きでコロコロと変わるのも問題だが、どうせなら値が上がった状態で収まってくれた方が有り難いからな。

「ふふっ、そんなことならお安い御用です!」

 俺の願いを耳にしたルノは、頬を緩めて頷く。嬉しいことに、願いは叶いそうだ。

 ただ一つ、気になることが増えた。

「……あの、アルガ様? どうかされましたか?」

 これまでにも、何度か間近で見たからこそ、実感することができる。もしかするとだが、

「なんでもない」

 俺は、コルンの町の受付嬢に恋をしてしまったのかもしれない。

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