【二章】賞金首になったので別の大陸に行きました

「あのっ、ジリュウ様! わたくしと踊っていただけませんか!」

 煌びやかなドレスを着込んだ若い女が、下心を持って俺の傍へと近づく。目は蕩け、今すぐにでも抱いてくれと言いたげな顔をしていやがるぜ。

「僕でよければ」

 まあ、それも当然か。

 この俺様と言葉を交わしているんだからな。

「ですが僕は踊りが苦手ですから、笑わないでくださいね?」

「そっ、そんなことありえません! 勇者様と手を繋ぎ踊れるだけで、わたくしは……ッ」

 おいおい、一人で勝手に舞い上がって倒れんじゃねえぞ。介抱するのも楽じゃねえんだからな。

「では、早速」

「あっ」

 手を握ってやると、甘い声を出す。俺の本性も知らずに惚れやがって、実にチョロイ女だぜ。

「緊張しますね、王女様」

「はっ、はいっ」

 ゆっくりと脚を動かし、ステップを踏んでいく。貴族階級への仲間入りを果たした今、この程度のことは難なくこなせるようになったぜ。例えその相手が一国の王女だとしてもな。

 所詮、女は女だ。俺様が優しく声を掛けてやれば、すぐに落とせるぜ。

「……それにしても、素晴らしいパーティーですね」

 此処はロザ王城の大広間だ。ダンスホールとして利用し、貴族達を招待して優雅な一時を満喫中ってわけだ。遠目には、ジジイ……国王の姿もある。てめえの可愛い娘は俺様に夢中だぜ。勢い余ってこのまま食っちまうのもいいかもしれねえなあ。そうすりゃ、この国の王になるのも夢じゃねえぜ。

 ロザも俺様のおかげで甘い汁を吸ってきたからよお、貴族と言わず王族に俺様を迎え入れることも構わねえよなあ?

 くく、そうと決まれば実行に移すのみだぜ。

「王女様、この後は何かご予定などありますか?」

「いえ、特にありませんが……」

「では、もしよかったらなのですが、二人で抜け出して僕の部屋にいらっしゃいませんか?」

「へっ、部屋にですか!?」

「はい。個人的に……王女様とは、もっと深い仲になりたいと思っております」

「深い仲とは、まさか……あの」

「僕がお相手では、ダメでしょうか?」

「そんなっ、そんなことありません!」

「はあ、よかったあ……」

 ここで無邪気に笑う。ほらどうだ、これであっさり落とせるだろ。

「では、休憩を入れる振りをして大広間の外に……」

「ジリュウ、少しいいか」

「ッ」

 空気を読めない奴が、横から口を挟んできやがった……。

「……ホルン、どうかしたのかい?」

「アルガのことについて、聞きたいことがある」

 めんどくせえ奴だな、ったく。そんなクソみてえな話をする為に俺様の邪魔をしたのか?

「アルガのことを? せっかくだけど、今は取り込み中なんだ。後にしてくれるかな?」

「今、話しておきたいんだ」

「あの、ジリュウ様? わたくしでしたら、その、待っておりますから……」

 手を握る王女が、不穏な雰囲気を察したか。無駄な気を利かせやがったぜ。

「ありがとうございます」

 再度微笑み、手を離す。ホルンに連れられて、俺様は大広間の端へと向かう。

 仕方ねえからホルンの話でも聞いてやるか。

「それで、アルガがどうしたんだい?」

「アルガは、本物の人間だったのではないか」

 おおっと、こいついきなり本題に入りやがったか。こっちが笑顔で話してやってんだからよ、てめえもへこへこ頷くぐらいしやがれよ、クソが。女でもねえてめえにできることって言ったらよ、俺様を持ち上げてへりくだる姿を見せることぐらいだろうが、ったく。

「……急にどうしたの、ホルン?」

「前々からおかしいとは思っていたんだ……」

「【勇者】の固有能力は、己の分身体を生み出すことだと言っていたな」

「あ、ああ……」

「だとすれば、アルガは何故裏切った? 分身体が主を裏切るわけがないだろう」

「それは魔王の呪いのせいで……」

「死後も呪いが続くと言っていたが、そもそも分身体が呪いを受けるのか」

「いや、それは僕も驚いているよ。でも事実だからさ」

「ジリュウ、驚いたの一言で済ませられるような話か」

 チッ、面倒な野郎だぜ。質問ばっかりしやがると女にモテねえぞ?

「言葉こそ交わしたことはなかったが、俺はアルガが己の意思を持ち行動していたことを知っている」

 ったく、畜生が……。こいつとエーニャにアルガの名前を聞かれたのが不味かったか?

 人間を相手するみてえに話し掛けたりするようになったからな……。

「仮に呪いがあったとしても……だとしたら、実際に掛かっているのはジリュウ、お前ではないのか」

 よく言うぜ、このクソ剣士がっ。

 一々めんどくせえことを聞きやがって。こういうところが厄介なんだよな、このボケナスは……。

「僕は呪いになんて掛かっていないよ……。それと、アルガに関しては……共に長く旅をしていたからね。自我が目覚めてしまったのかも……。僕としても驚いているよ」

 馬鹿にでも分かるように落胆してみせる。これでどうだ、納得したか?

 これで聖人君子で通っているからな、俺様の演技を見抜くことは誰であろうと不可能なんだよ。

「本当にそれだけか? アルガには剣の修行に付き合ってもらうことがあったが、声は直接聞かずとも彼の動きや仕草が人間らしさを示しているように見えてならない」

 疑り深い野郎だぜ。いっその事、こいつも厄介払いしちまうか。エーニャさえ傍にいれば他の野郎共なんて必要ねえからな。

「それじゃあ僕からも聞かせてもらうけど、仮にアルガが人間なら、なんであの時否定もせず声も出さずに逃げてしまったんだい?」

「それは……」

 顔をしかめてんじゃねえよ。分かんねえなら追及してくんな、このボケがっ。

 てめえを勇者一行の一員にしてやった恩を忘れてんじゃねえだろうな? ただの一介の剣士如きが男爵の地位を貰えたのは誰のおかげだと思ってんだか、ったく。

 ああいや、違ったか。こいつ確か爵位返上したんだっけ?

 何をとち狂ったことしてるのやら。ひょっとして、アルガに対する罪の意識でも芽生えたかあ?

「なあ、ホルン。これ以上僕を疑ってほしくない。そうしてくれないと、ホルンと僕との間に溝が出来てしまいそうだよ」

「……」

 悩む意味があるか?

 神に選ばれし存在である俺様と、間抜けな偽者野郎、どっちの味方をした方がいいか。利口なホルンならすぐに判断がつくはずだぜえ。

「すまない、気分を害したのならば謝罪する」

「いや、いいんだよ。ホルンが分かってくれただけで僕は満足だからさ」

 邪気を見せるな。裏の顔を悟られるな。

 清く正しい笑みを見せ、握手を交わそうじゃねえか、ククッ。

「そう言えばさ、ホルンが貰うはずだった領地なんだけど、本当に要らないのかい?」

 耳が痛くなる話は終いだ。さっさと話題を変えてやるぜ。

「必要ない。魔王を殺すことが目的だったからな」

 禁欲的で厳格な野郎だぜ、ったく。だからてめえはめんどくせえんだよ。

 てめえの領地は俺様が有効活用してやるから、ありがたく思えよ。

「そんなことよりも……そろそろ故郷に帰ろうかと思っている。妹が心配しているだろうからな」

 へえ、妹がいたのか。これは初耳だぜ。

 そんな大事なことは、もっと早く俺様に伝えとけっての。ったく、使えねえ野郎だぜ。

「ふうん、そうなんだ? ……あー、ところでホルンの故郷って確か、エザの町だったかな?」

「覚えていたか」

「うん、当然さ。南のモアモッツァ大陸にあるんだよね? と言うことは、エルデール大陸を離れることになっちゃうのかな」

「ああ。目的を達した今、故郷の地でゆっくりと過ごしていくのも悪くないと思っている」

「スローライフか、それもいいかもしれないね」

 良い案だ。俺様としても是非そうしてもらいたいところだぜ。邪魔者が居なくなればエーニャを俺様のものにし易くなるだろうしな。

「だが、その前に……アルガに一目会いたかったが……」

「無理なことは考えない方がいいよ、ホルン」

 大人しく田舎に引っ込んでろ。

「……話が長くなったな」

「大丈夫だよ。ホルンと話せて楽しかったし」

「では、失礼する」

 畏まり、首を垂れる。そのまま頭を殴ってやりてえが、今は許してやるぜ。

 間抜けな剣士の背中が遠ざかって行くのを確認し、再び王女の姿を探す。……チッ、ジジイが傍に居るじゃねえか。これじゃ部屋に連れ込めねえぞ……。

「クソめんどうだな」

 とはいえ、時間はたっぷりあるぜ。

 ゆっくりねっとりと落としてやるかな、くくく。


     ※


 汚名を着せられてから、十日が過ぎた。不幸中の幸いか、未だ捕まらず無事だ。

 思いの外、追っ手を撒くのは容易かった。理由の一つが、この見た目だ。

 城下町を逃げ行く際に気付いたことだが、俺と似た装備一式を身に付けた冒険者の多いこと。さすがに聖銀製ではないだろうが、そのどれもが勇者を真似たものに違いない。魔王討伐を果たした勇者の名や見た目は、大陸中の者達が周知している。故に、勇者の追従者か信奉者の類が増え続けているらしい。そのおかげで、俺は上手く紛れ込むことが出来た。

 そして今、俺はまだ城下町から出ずに潜伏していた。理由は一つ。ジリュウの悪事を明るみにしなければならないからだ。

 これまでに、何度かジリュウが城下町へと姿を見せる機会はあった。その度に、直に話ができないかと様子を窺っていたのだが、数え切れないほどの取り巻きがジリュウを囲っているので不可能だった。この国の人々だけでなく、エルデール大陸中の人々がジリュウのことを無条件に信じているのが現状だ。もう、この大陸に俺の居場所はないのかもしれない……。

 町外れの宿屋に部屋を借り、隠れ家として利用している。俺の名を知る者は極僅かなので、記帳する際に本名での利用を考えたが、どうやらお尋ね者扱いされているらしい。名は表に出ていないが、念には念を入れて偽名で泊まっていた。

「……賞金首」

 逃げ出した当初は、ジリュウが一人きりになる瞬間を狙って忍び寄り、武力行使に出るつもりだった。【勇者】の紋章を持っていたとしても、実際に強いかと言えば否定せざるを得ない。ゴブリン一体を相手にするのも俺の手を借りていたからな。実力差をはっきりさせた後で、ジリュウの口から真実を告げさせる。それが俺の立てた計画だ。

 だが、その目論見は呆気無く崩れ去る。

 事件の夜から僅か半日で、ロザ王国で賞金首扱いとなってしまったのだ。

「生死問わず、か」

 笑わせてくれる。ただ捕まえるだけと言っていたはずが、殺しても構わないだと。こんなところにもジリュウの本音が漏れている。

 しかしこれは俺の今後を左右することだ。ただ黙っているわけにはいかない。

 ジリュウが子爵の地位を授かったことが大々的に取り上げられると同時に、俺が勇者に成り変わろうとして逃げたことが全国民の前で発表された。勿論、後半は事実ではないが。

 発見次第、身柄を拘束すること。それが叶わぬ場合は、最悪殺しても構わないらしい。

 己のことながら、何処か他人事のように乾いた笑いが出てしまう。

「……いっその事、隣の大陸にでも逃げてしまうか」

 弁明の機会すら与えられることは無い。

 生まれ育った村に戻ることも少しは考えたが、そもそもあの村はジリュウが生まれ育った村でもある。俺とジリュウ、どちらの話を信じるかは明白だ。

 大陸を移ってしまえば、他の大陸の賞金首等は関係無くなる。関与も出来なくなる。だからそれも最後の手段として有りなのかもしれない。

「あっ、イルガさん! おはよーでーす」

「おはよう」

 部屋から出て町の様子を確認しに行く途中、宿屋の娘とばったり出くわした。

 確か名前はベリザだったか。歳は十三か四といったところだ。宿泊客との距離感が近く、愛想も良い。看板娘として人気があるのか、この宿屋は人気があるみたいだ。

「イルガさんの装備ってさー、よく見ると上等だよね」

「気のせいだ」

「そーかな?」

 意外に目ざといな。日々、宿泊客の装備を目にしているからか。

 まあ、それは些細なことだ。今の俺には、もっと重要なことがある。

「ところで、今日もお出かけ?」

「ああ。夜には戻る」

 お聞きの通りだ。

 ジリュウ以外の人間と顔を合わせ、臆することなく喋ることが出来ている。自分自身、驚いている。

 あれだけ長く旅を続けていたはずのホルンやエーニャとは言葉を交わすことも出来なかったというのに、急に変わるものなのか。自暴自棄にでもなって話せるようになったとか……否、それはないな。

「ふーん? じゃあ気を付けてってね!」

 顔の横で可愛らしく手を振り、水入れと雑巾を持って廊下を進んでいく。

 手持ちの金は、残り僅かだ。金銭のやり取りは全てジリュウに任せていたからな。俺は分身体の振りを続けていたから、一人だけ別に食事を取ったりしていた。それが今は周りの目を気にせずに食べることが出来るから、窮屈感は全く無い。とはいえ、金が無ければ泊まることも出来なくなる。早めに対処するべきだ。

 街路を歩き、城下町の大通りへと足を延ばす。魔王討伐を記念した祭りが連日のように行われているが、人々の活気は衰えを知らない。

 兵士達の姿もあちらこちらで確認することが出来るが、十人ほどすれ違うだけで、俺と似た装備の冒険者を一人は見つけてしまう。

 この状況が続く限り、いつまで経っても俺を見つけ出すことは出来ないはずだ。

「……別の大陸か」

 片や英雄で子爵に成り上がり、片や逃亡犯であることに変わりは無い。だが、今までの窮屈な人生とは一変し、ジリュウの命令から解放されて清々しい気持ちにもなっている。ジリュウの他に言葉を交わすことや、人前で兜を取ることを禁じられていたからな。

 だからか、今の一人気ままにのんびり過ごす時間が、心地良く思えていた。

 もう、エルデール大陸を捨ててしまうか。

「そこの者、止まれ」

 己が賞金首であることを気にせず、呑気なことを考えていた矢先の出来事だ。

 不意に声を掛けられた。

「何ですか」

「お前が部屋を借りる宿の娘から、怪しい奴が泊まっているとの情報が入った」

 宿の娘って、ベリザか。今し方言葉を交わしたばかりだが、そんな素振りは微塵も感じさせなかった。怪しまれているとは思わなかったが……。

「娘、この男で間違いないか」

「うん。合ってるよ」

 兵士達の後ろから、ひょこりと顔を出すのはベリザだ。一緒に来ているとは思わなかったぞ。

「この人が賞金首なんでしょ? 早く捕まえてよ」

 ニコニコとしたまま、困ったことを口にしてくれるものだ。

「賞金が欲しかったのか」

「そんなもの要るわけないじゃん! 勇者様の役に立つのがあたしの目的だもん!」

 これが勇者信者というものか。こんな若い子までもジリュウを崇めるとはな……。

「さあ、一緒に来てもらうぞ」

 周囲の人々も、こちらの異変に気付いたようだ。十数人の王国兵士に取り囲まれているのだから当然と言えば当然か。野次馬が集まる前に逃げる必要があるな。

「怪我をしたく無ければ、俺から離れるんだな」

 兵士は自業自得だが、一般人を巻き込むわけにはいかない。立ち位置は見ておかないとな。

「貴様、つべこべ言わずに大人しく……」

「忠告はしたぞ」

 右手を上に、背の剣を勢い任せに引き抜く。

 次の動作に入り、剣先を地面に思い切り突き立てる。と同時に、ほんの少しだけ手首を捻り、回転を加えた。煉瓦調の地面に亀裂が生じ、周囲に破片が飛び散った。

「ぐあっ」

「だから言っただろ」

 鎧を着ていたとしても、超近距離での不意打ちだ。防御する暇も無く、兵士達はその場に倒れていく。その隙に、俺はベリザの横を堂々と歩いて通り抜ける。

「今までありがとな、ベリザ」

「ッ、……このっ」

 悔しげに頬を真っ赤にしているが、手を上げることは出来なかったらしい。今の騒動を目前で見ていたのだから利口な判断と言えるだろう。

 さあ、城下町に潜伏するのは終了だ。別の国や里に身を寄せるのも悪くないが、今やロザ王国はエルデール大陸一の大国だ。此処に安息の地など存在しないのかもしれない。

 だとすれば、残る選択肢は二つに一つ。

「北と南、どっちにするべきか」

 別の大陸に向かおう。

 北のガーネスト大陸か、それとも南のモアモッツァ大陸か。追っ手を撒くのも面倒だから、早いうちに別大陸に渡るべきだろう。

 此処から近いのは、南の方か。大陸境に足を運んでみよう。

 未だ転んで起き上がれない兵士達に背を向けて、悠々と城下町の外へと出て行くことにした。


     ※


「ごめんなさい。貴方に聞くべきではなかったわ……」

 とか何とか言い残し、エーニャが俺様の傍を離れたのが、数分前の出来事だ。

 ホルンに続き、言いたいことだけ言われて取り残された俺様は、我慢の限界だぜ。

「あのメスガキ、何様のつもりだ! 【勇者】の紋章を持つ俺様に声を掛けてきやがったと思ったら、二言目にはアルガの居場所を教えてだと!? んなもん俺様が知るかボケッ!! 王女の代わりに一晩だけ可愛がってやるぜって考えてたのに、ふざけやがって!!」

 話をしに来たと思えばアルガのこと。

 誘ってやるかと思えばアルガのこと。

 ホルンのクソもエーニャのメスガキもアルガアルガアルガアルガ……。

 何故アルガのことばかり口にしやがるんだ!!

「くそっ、くそっ、クソッタレが! ムカつくぜ、今すぐにでも殺してやりてえ……ッ」

 判断を誤ったぜ。あの時、アルガを確実に殺しておくべきだったんだ。

 俺様の優しすぎる心が判断を鈍らせてしまったか……。

 クソッ、どうすればいい?

 どうすればこの苛立ちを発散させることができる?

「……」

 ああ、答えは簡単だ。

 アルガを見つけ出し、殺せばいいだけの話だ。あいつさえこの世から居なくなってしまえば、馬鹿なホルンとエーニャの頭の中も元通りになるはずだ。

「よし、殺しちまうか」

 そうと決まれば早速行動に移そう。元は俺様の分身体だからな。この手で確実に仕留めてやるぜ。

 だから待ってろよ、アルガァ?


     ※


 鬱蒼と生い茂った森の中を歩いていると、後方から馬の蹄の音が聞こえてくる。何者かが、俺の足跡を追って来たに違いない。これで何度目か、数えるのも疲れてきた。

 城下町で見つかってからというもの、俺の足取りが完璧に掴まれているようだ。恐らくは、追跡魔術の類を行使したのだろう。

 だから逆にワザと堂々と移動することにした。俺を追い掛けジリュウが姿を現すのであれば、それも良し。最後の話し合いの機会を設けることができるかもしれないからな。度々刺客に追いつかれることになるが、それを返り討ちにしつつ、同時にジリュウの姿を探す日々が続いていた。……ただ、それも間もなく途切れることとなる。

「見えたか」

 西のエルデール大陸と、南のモアモッツァ大陸の境目となる海峡に、ようやく辿り着くことが出来た。海を挟んだ向こう側の大陸へと渡る為に、渡し船が並んでいた。この海峡を越えてしまえば、ロザ王国の奴らは手出しすることができなくなる。

「……いよいよだ」

 城下町を離れてから二週間ほど彷徨い歩いた。ジリュウに会いたかったとはいえ、これ以上律儀に追っ手を返り討ちにする意味は無いからな。時間が勿体ないし、すぐに渡ってしまおう。

 渡し船の傍へと近づく。人の気配はするが、どうやら居眠り中のようだ。

 だが、この期に及んであの男の陰がちらつく。

「僕の分身に告ぐッ!!」

 蹄音と共に森から姿を現したのは、大勢の兵士達だ。しかしながら、その出で立ちは王宮の兵士のものではないようだが……。

 そんな彼等の中心で馬に跨り声を掛けてくるのは、俺の目的の一つ、ジリュウであった。

「分身体ッ、僕は君に直接謝りたくて此処まで来た」

 白々しい。嘘を吐く為に、わざわざこんなところまで来るはずが無い。

「謝る振りをして殺すのか」

「馬鹿なっ、元仲間に対して、僕がそんなことをするとでも思っているのかい?」

 思うに決まっている。断言してもいい。お前は卑劣で卑怯な男だとな。

 ジリュウの周りの兵士達は、もしかすると直属の騎士団か何かか。それとも勇者を崇め憧れを抱く信奉者かもしれない。瞳がギラギラしているのは、ジリュウの前でいいところを見せようと張り切っているのだろう。可哀相な奴らだ。

「元仲間か。それなら聞かせてもらうが、何故今もその呼び方をするんだ」

「それは君のことを考えて……」

「嘘は止せ。お前は自分自身が一番大好きな人間だ。他人のことなんて気にしないだろう」

 本当は、俺がジリュウの分身体ではないことが発覚するのを恐れているからだ。このことが明るみに出たら、勇者の名が地に落ちることは明白だ。

 神より与えられし【勇者】の固有能力で生み出された分身体という名目があったからこそ、今までは勇者の手柄として受け入れられていた。けれども俺が分身体ではなく正真正銘の人間であることが知れ渡ってしまえば、それも全てお終いだ。

 勇者は、赤の他人に魔王討伐を任せ、手柄だけを横取りするような人間なのだと、公になる。

「そんなことは無い! 君なら分かってくれるはずだ、僕とずっと一緒に生きてきたのだからね」

 ああ、分かるさ。

 ジリュウ、お前の瞳が物語っていることが、今なら手に取るように読み取ることが出来る。

「ぐあっ」

 足元に転がる小石を幾つか拾い上げ、視界の端を動く輩に投げ付けた。

「武器を抜くということは、死を覚悟したことと同義だ。理解したか?」

「うっ、何故気付い……ッ」

 予め、ジリュウは己の配下に命じていたのだろう。俺の背後に回り込み、隙を突いて殺せと。

 左右へと目を向けると、足を濡らしながらも並んだ渡し船に隠れ距離を詰める奴らが驚いていた。

 有無を言わさず首を獲りに来るとは楽なものだが、しかしこの行為は交渉の決裂を意味する。

「回りくどいな、ジリュウ。あの時のように本音をぶつけてみろ」

「……あの時?」

「俺の手柄を全て横取りしただろう」

「手柄? ……君の手柄? 僕には君が言っていることが何も分からないよ」

 ぼそりと唇を掠め、ジリュウは視線を下げる。

 はあ、と溜息を吐いたかと思えば、スッキリした様子で俺と目を合わせた。

「……もう、手遅れなのかな? 僕を信じてついて来てくれた頃の君は、何処にもいないのかな?」

「手後れも何も、初めからそのつもりだったくせに」

 随分と芝居が下手になったな。俺でも見抜くことが可能だ。

「……仕方ないね。これは君を救う行為だと信じているから、僕は迷わない。敢えて決断するよ」

 謝る為ならば、一人で来たはずだ。勿論、今更何を言ったところで意味はなさないが。

「聖銀の騎士と呼ばれるだけに飽き足らず、僕に成り変わろうとした罪は重い……。僕が直接、この手で君の罪を終焉へと導くよ」

「御託はいい。来るなら来い」

 馬から降り、ジリュウは剣を抜く。それはロザ王国が誇る聖剣だ。魔王亡き今、ロザの聖剣は聖剣の名を欲するままにしていた。しかしながら、実際に魔王討伐を果たしたのは、俺が持つ剣だ。

 ……否、正確にはホルンの剣か。あれ以来、持っていてくれと言われたが、返す機会を失ったな。

 ホルンの話によれば、南の大陸の某国に住む鍛冶師が打った一品ものらしい。これからも大切に扱わせてもらおう。

「……考え事かい?」

「答える義務はない」

「そうだね。今の君には答える余裕もないだろうからね」

 柔らかな笑みを浮かべ、ジリュウは不用心にも距離を詰めてくる。聖剣の先は地を擦り、構えなどしていない。それでも余裕の表情で俺の許へと歩み寄り、目を細めた。

「さあ、命じよう!! 僕の手に掛かり命を落とすんだ!!」

 ジリュウが、聖剣を持つ右手を天へと向け、言葉を発した。何の迷いも持たず、淀みの無い動作だ。

 それが俺を殺す為に必要なことだと言わんばかりの表情を作り込んでいる。だが、

「油断が過ぎるな」

 ホルンの剣を背から引き抜く。その流れを一切止めることなく腰から足に、肩から腕に力を伝え、魔王の首を獲った時よりも強く強く振り抜いた。

「――ギッ」

 鈍く響く。

 ジリュウが持つ聖剣は、見るも無残に砕け落ち、折れていた。

「そ、そんな馬鹿なッ!! 聖剣が折れ……ッ!?」

「まだ、続けるか」

 剣先をジリュウの眼前へと向ける。ここでようやく、表情に変化が見られた。ジリュウが目を見開き、信じられないものでも見るかのように驚いていた。

「何故、僕の命令を……」

「俺はお前の操り人形でもなければ分身体でもない」

 剣を背に収め、背を向けた。余裕の無くなったジリュウなど相手にする価値も無い。

「……くっ、お前一人で何が出来るって言うんだ? お前は俺様がいなければ何も出来ねえんだぞ?」

「出来るさ」

 魔王を殺し、勇者を返り討ちにした。それだけで十分な証明になる。

 本性を隠すことが出来なくなるほど、ジリュウは追い詰められている。話し方が変わったことに、他の奴らが眉を潜めているが、ジリュウは気付いていない。

「アルガァ、てめえは何処に行っても所詮は偽者でしかないんだ。大人しく俺様の横で尻尾を振り続ければいいものを……ッ」

 誰かに命令される人生に、終止符を打つ。

 今日この瞬間、二つの大陸を隔てる海峡を渡り、新たな人生を歩むのだ。

「世話になったな、ジリュウ」

 振り返ることはない。それは意味のないことだ。

「アルガ……アルガッ、アルガアアアアッ!! てめえは絶対に後悔するぜッ!! この俺様を裏切ったことをッ!! 絶対になああああああっ!!」

 その声は、俺の耳に届く。

 けれどもその声は、何故か心地良く、清々しい気持ちにさせてくれるものだった。


     ※


「モアモッツァ大陸か」

 初めて踏み締める大陸の地に、俺は心を躍らせる。

 ホルンやエーニャとの別れは辛いものがあるが、ジリュウとのしがらみを切るには仕方のないことだ。二人には、またいつか会えるといいな。

 南の大陸へと渡ったことで、エルデール大陸の者達は手出しすることができなくなった。下手に他の大陸へと干渉してしまえば、大陸間での戦争に発展しかねないからだ。

 だからこそ、大陸移動を決断した。

「さあ、楽しもう」

 誰かの為ではない。

 これから先の人生は、己の為に生きていこう。

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