第2話 死神ジニーは霊を探して街を行く

「おお~さすが聖夜祭だけあって街がカラフルだわ」


 ジニーが降り立ったのは街の大通りだった。彩られた木々や屋台の数々、それから家の外壁が街を彩っている。人々をすり抜けていくのもお構いなしに、ジニーはまず観光から始めた。


「あれがたしか、この街では一番おおきなもみの木飾りね」


 街の大通りを抜けた広場の中央、そこにたつ大きなもみの木。鮮やかに彩られているそれを、ジニーは下から見上げた。死神なのでジャンプすればてっぺんに届くかもしれないが、そうすることは野暮だと思う。こういうものは、眺めるのが一番なのだ。


「これはたしか、聖夜祭に合わせて屋台で売られることが多い焼き菓子! 切り株マフィンだったかしら」


 広場すぐ近くの屋台に近づく。人々はそこに見物客の死神がいることを知らずに、聖夜祭の朝を過ごしているようだ。屋台の主は作った菓子を人々に販売し、客はそれを受け取りいくつかの小銭を差し出す。この屋台はどうやら客が大勢いるようだ。人々が、少し列になっている。


「……お腹空いてきたわね。いや、それどころじゃないんだけどさ。」


 目的は観光ではない。だが、少しだけなら許されるだろうと思った――とは、霊探しを本格的に開始したジニーの弁である。

 広場の片隅、樽や木箱が重ねられているバックヤードと言えるような場所に、霊が二人。おそらくこの街にもとからいる霊だろう。何か知っているかもしれない、ジニーは彼らに話しかけた。

   

「おーいそこの浮遊霊たち~」


 どうやら、彼らはさきほどまでにジニーよろしく街の観光をしていたらしい。声に反応して動きをとめ、こちら側に振り向いた。


「お、死神さんだ」

「俺らの迎え許可とれたん?」


 そうして、なんだなんだと言わんばかりに霊たちはこちらに寄ってきた。丸っこいフォルム――魂に近い形だ。彼らに目線を合わせるように、ジニーは少しかがむ。じっと霊たちを見つめて、こう言った。


「残念ながらあんたたちはもうちょい先……ってそういう場合じゃないのよ」


 この話とは別に本題があるのよ、とジニーは言う。そうして間を置くこともなく、霊たちに尋ねた。霊のことなら霊のほうが詳しいはずだ、とかなんとか思いながら。


「あんたたち、このへんで挙動がおかしい幽霊は見てない? もしくは迎えがくるはずなのに逃げてる幽霊」


 挙動がおかしい、もしくは迎えが来るはずなのに逃げてる幽霊。その言葉に、霊たちは顔を見合わせた。どうやらこれは見ていない、ということだろうか。そう思ったジニーの予感はあっさりと的中した。


「さあ……」

「俺らが見てる範囲だといねえなあ」

「あそこの屋台の前で食べ物の放つ気を必死で食おうとしてる幽霊ならいたけど」


 その幽霊はそれはそれで何をしているんだ。ジニーは素でそう思ったが、その幽霊については今とりたてて問題があるというわけではない。本題に戻れ、死神ジニー。


「オッケー、見てないってわけね了解了解」


 彼らは知らない。ということは、別の幽霊に聞くべきだろう。蛇の道は蛇という言葉だってある。霊については霊のほうが詳しい。つまるところ、この街にいる幽霊に片っ端から話しかけていけば、少なくともヒントくらいはつかめるはずだ。……多分。



「そこの浮遊霊たち、ちょっと聞きたいことがあるのよ」


 そう言って、次にジニーが話しかけた幽霊たちからの回答が以下のとおりである。

     

「というわけだから、心当たりはないなあ」

「人も幽霊もみんな、聖夜祭でうかれてるからね。みんな挙動がおかしいといえばおかしいよね」


 要するに、見ていないということだ。ジニーは思わずふうと息をついた。


「まあそれはわかるわ」


 実際、街は浮足立っているし、思い返せば霊たちもどことなくソワソワしているやつが多いように見えた。正直ジニーも、幽霊が逃げていなければ早めに霊たちを冥界に送って残った時間で街を観光してもいいかもしれないと思っていた。祭りと聞いて浮かれるのは、人も霊も死神も同じであるようだ。先程屋台の食べ物の気を食べようとしていた霊もいるという話もあったくらいには。

 しかし今は観光している場合ではない。街に降り立って即屋台を見ていたとはいえ、実のところ本当に観光している場合ではない。この街のどこかに、集合に来ない遅刻幽霊がいる。そして、その霊をとっ捕まえて冥界へと導くのが死神の仕事だ。


「おーい、そこの幽霊~」


 ジニーは小さな路地に佇む幽霊に話しかけた。どうやらその霊は街を彩るもみの木飾りに見入っていたらしい。しばらくして気づいたのか、ぼんやりとした声が帰ってくる。


「ん? どうしたの死神さん」

「…………」


 能天気ね、こいつ。ジニーは素でそう思った。とはいえ何かしらの情報を持っている可能性がないとはいえない。霊は見かけによらないのだ。

 気を取り直し、ジニーは霊に話しかけた。


「何か変わったことはないかしら?」

「変わったこと?」

「そう。なんでもいいわ」


 本当に、なんでもいい。些細なことが何かしらのヒントになっていることだってあるのだ……と、聞いたことがある。

 実際、情報なら何でも得ておきたいというのも事実だ。幽霊を追うにしても、今のジニーが持っている情報は多くないのだから。


「うーん……」


 霊はふわふわと魂に近い姿で浮かびながら、きょろきょろと周囲を見回した。しばらくして、今いる通りから見て向かいに当たる路地の方を向く。そうして、おそるおそる言葉を紡ぎ出した。


「……あの路地にあるギャラリーでね、とある画家の展示会がある予定だったらしいんだけど」

「ほうほう」

「諸事情で中止になったんだってさ」


 画家の展示会。ジニーは何かを確認するように『迎えに行く死者リスト』をめくる。


(画家ねえ。探してる幽霊もそうだったわね)


 そこには探している幽霊の仮名(死神が便宜上彼らを呼ぶときに使う名前だ。例の霊は幽霊Cとなっている)と本名、それから職業とが記載されている。職業、画家。幽霊の名の横に確かにそう書かれていた。

 画家の展示会が中止になったという話。探しているのは画家の幽霊。これらは偶然の一致なのだろうか? それとも何らかの関係性があるというのだろうか?

 いずれにせよ、調べる価値はあるだろう。


「オッケー、ありがとう」


 ジニーはそこで一旦思考を止め、幽霊に対して軽く礼を述べた。


「とりあえず何らかのヒントになるかもだから、そのギャラリー見てくるわ」

「あ、そうなの? どういたしまして」


 さて、ギャラリーがあるのは向かいの路地、だったか。

 この情報は調べる価値がある。しかしそれは、大ヒントかもしれないし、そうではないかもしれない。だが、何かしらの情報は得られるはずだ。これで大当たりであれば大儲けだし、そうでない場合も収穫ゼロということにはならないだろう。はやる気持ちを抑えつつ、ジニーは軽やかに走っていく。

 その背に、幽霊の一言がふわりと投げかけられた。


「死神さん気をつけてね~」

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