「月が綺麗ですね」「死んでもいいわ」「え?」俺の幼なじみが常に俺の一歩先を行く件について。

ニッコニコ

短編


 「月が綺麗ですね」


 幼馴染と歩いている途中唐突に俺はつぶやいた。


 夜空を見上げるとそこにはまん丸な月が暗い夜空を照らしている。


 こんなにも宝石みたいに美しく輝く月を見たのは、久しぶりのような気がする。


 そんな美しさを前にどうやら俺は無意識につぶやいていたらしい。


 「え?」


 幼馴染の千秋は困ったように俺を見てくる。

 月明かりに照らされている千秋の頬はいつもより紅かった。


 「月が綺麗ですね」


 聞き返されたから、もう一回言ってみる。なんかロマンチックだから、気持ちイケボで言ってやった。


 千秋は下を俯くが、その知的なメガネが落ちそうなのかすぐに前を向き、メガネをクイっと勢いよく上げる。


 そして、意を決したように俺を真っ直ぐに見つめ、答える。


 「死んでもいいわ」


 放ったその言葉は、夜に溶けていく。

 言い終えた千秋はどこか恥ずかしそうに身をもじらせている。


 しかし、そこで俺は疑問を千秋にぶつける。


 「え?急にどうしたんだ?死んでもいいなんて?」

 「......」

 「......」 


 もしかしたら千秋は予想もできないような大きな悩みを抱えているのかもしれない。


 重い沈黙が続く。


 ーーそして、その数秒後にビンタが飛んでくることは予想出来なかった。


 [千秋side]


 このバカ、まさか意味を理解してないで言ったの!?

 こいつって国語の成績はトップよね?

 国語に興味なさそうな人に言われたらなんとも普通に、そうだね、って返すわよ!

 でも貴方は違うじゃない!

 国語の成績トップじゃない!

 てか、この前夏目漱石読んでたじゃない!

こんなにも条件が揃ってるんだもん知ってると思うじゃない!


 ......っく!こうなったら今落としてあげるんだから!


 私にメロメロになっちゃえばいいのよ!


 「ねぇ、春紀?なんか今日暑くない?」


 ちょっと前傾姿勢になりつつ胸元をパタパタさせる。

 どう?この見えそうで見えないのが男の子ってドキドキするんでしょ?


 前春紀の部屋にあった漫画ではこの展開に主人公はデレデレだったの知ってるんだから。


 「ごめん、打たれたところが痛くてそれどころじゃない......ぶっ!」


 おっと、思わずもう一発ビンタしてしまった。


 「べ、別に悪気あったわけじゃないんだから!勘違いしないでよね?」


 「いや、してねぇし!」


  今のはちょっと違った?まぁいい。焦ることはないのだから。


 「……ったく。今日はどうしたんだ?」

 「何が?」

 「何がって……変だろ様子が」

 「そうかな〜?」

 「まぁいいや。そういうところも……なんでもない」


 ん?この男今重要なこと言おうとしたんじゃ?


 これはチャンスでは?


 「そういうとこもってどういうこと?何言おうとしたのかな?」


 私は首をちょこんと傾げながら春紀に答えを求める。


 そんな私を見て春紀は慌ててそっぽ向いた。


 あれあれあれ?春紀さん?その反応は脈アリかな?


 にやにやが止まりませんなぁ!


 さぁ!どう答えるの?正直に答えなさいよ!



 [春紀side]



 千秋が首を傾げるとサラッとした髪も一緒に揺れる。その純粋無垢な仕草は普段の知的な雰囲気とは大きくかけ離れていて、思わず目を逸らしてしまう。


 「いや、なんというか」

 「なんというか?」


 俺が言い逃れようとすると千秋は俺に顔を寄せてくる。

 いや、近い近い近い近い近いから!


 「春紀は、私のこと、どう、思ってるの?」

 「っ!……」


 千秋の甘い声が耳元で囁かれる。その魅惑的な声は俺にだけ聞こえるような大きさにも関わらず、脳の奥まで溶かし尽くしてしまいそうな破壊力があった。


 「私のこと......嫌い?」


 耳元で囁かれたのは不安だった。


 さっきの甘くて溶けそうな声とは対照的に、今すぐに消えてしまいそうな心持たなさが俺の心をくすぐった。


 もし彼女が傷ついているのなら俺は真っ先に手を差し伸べたい。


 隣で大丈夫だよって、そんなわけないよって笑顔にさせ続けたい。


 「そんなわけない!」

 「きゃっ!」


 俺が勢いよく振り向くと千秋が驚いたような声をあげる。


 「嫌いだなんて、そんなわけない!」


 俺は千秋の肩を抱きながら必死に告げる。


 「どうして?さっきだって気がついてくれなかったのに」

 「そんなものは知らない!とにかく俺は好きなんだよ!千秋のことが!笑った顔も、怒った顔も、勝ち誇った顔も、ドジなところも、負けず嫌いなとことも、ちょっと暴力的なところも......計画的なところも」


 ずっと何年も見てきたんだ。


 ずっと隣で歩いてきたんだ。


 ずっと、ずっと大好きだったんだ。


 「ねぇそんなに好き、ならさ。叶えてよ。私の夢。うんうん、女の子の夢。小さな頃からずっと憧れてた人生で初めてするキス」


 「そんな大役、俺でいいのかな?」


 「ばか、春紀がいいのよ。失敗したら許さないんだから」


 そう言って微笑む千秋の頬には二筋のダイアモンドが伝う。それは月明かりに照らされて、より一層輝きを増していた。


 千秋は軽く目を瞑り、俺の方を向く。


 やっぱり俺の彼女にするのには勿体なさすぎるぐらい可愛くて。


 俺も千秋の方に顔を寄せてゆく。


 きめ細かい肌は近くで見るとより一層綺麗で。


 さらに寄せてゆく。


 震える唇からは緊張が伝わってくる。


 その初々しさになんとなく喜びを感じる。


 そして、唇が重なる。


 小さな暖かさが身体中を満たした。


 初めての生々しい感覚にドキドキするけど、そこには大きな幸福感が存在していた。


 「ねぇ」

 「うん?」

 「13年分のキス、しよ?」

 「うん」


 俺は肩から手を離し千秋の手を握る。


 千秋は指を俺の手に絡ませてくる。


 細くてしなやかな指はより一層俺の気持ちを昂らせた。


 「んっ......」


 二度目は勢いに任せた。


 唇の柔らかな感触、舌のざらざらとした感触で俺の頭の中は真っ白だった。


 でも、それでも千秋のことが好きな気持ちは鮮明に残っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 熱いキスを終え手を繋ぎながら余韻に浸っていると千秋の方から声がかかった。


 「ねぇ、春紀?」

 「うん?」


 俺を見つめる千秋の顔はやはりいつもより紅かった。


 「こういうのってどういうか知ってる?」


 子供のように無邪気に笑う千秋はやっぱり計算深いなと思った。

 最初から全部気づいてた上での行動だったことを今になって感じさせられる。


 「知ってるよ」


 千秋を見つめて俺も満面の笑みで返す。


 「月が綺麗ですねっていうんだろ?」


 もちろん俺はどう返ってくるかを知っている。それはさっき彼女から教えてもらったから。


 「死んでもいいわ」


 そう返す彼女の笑顔は俺たちを照らす月よりも光り輝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「月が綺麗ですね」「死んでもいいわ」「え?」俺の幼なじみが常に俺の一歩先を行く件について。 ニッコニコ @Yumewokanaeru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ