白鳥狩り
「家鴨ヶ丘には毎年体育祭と文化祭があるのは知ってる?」
「ああ。確か体育祭は六月、文化祭は十月あたりだったか? 体育祭に関しては家鴨ヶ丘と白鳥海での対抗戦なんだよな」
「そうそう。文化祭の方は基本的に対抗戦の要素はないんだけど、一つだけ学校間での対抗戦要素があるイベントが存在するの。内容は毎年変わってて、昨年はビブリオバトルだったみたい」
家鴨ヶ丘高校と白鳥海高校は隣接しているため学校間での交流が深く、一部の学校行事を同じ日に開催している。志望校探しの際に、他校と合同で学校行事を行うという高校は家鴨ヶ丘と白鳥海以外では見つからなかったので、珍しい高校だなと当時の翔太は関心していた。
学校行事までには鈴香とちゃんと話せるようにならないとな。
白鳥海高校の合格発表があった日に別れて以来、一度も会っていない幼なじみの顔が翔太の頭に浮かぶ。
「その対抗戦、どっちもウチは勝ったことないんだよねぇ」
教室の入口を見ると、電話を終えた康貴が戻ってきていた。
「えっ?」
自分の母校が目玉イベントでそんなに敗北し続けてたという事実を知り、翔太は絶句する。
「いやーお待たせ翔太。ちょっと電話長引いちゃってさ」
「いや、それはいいんだけど。それより今の話は本当なのか?」
確かに家鴨ヶ丘よりも白鳥海の方が偏差値は圧倒的に高いが、二校とも身体能力テストを試験内容に入れていない以上、入学時の運動能力は変わらないはずだ。基本的には運動能力が勝敗を決める体育祭で、家鴨ヶ丘が白鳥海にそこまで負け続けているとは思ってもみなかった。
「本当本当。学校行事が合同で行われるようになった九年前から、体育祭でも文化祭の対抗イベントでも家鴨ヶ丘は一度も勝ってないね」
康貴がスマホの画面を翔太の前に出すと、そこに映っていたのは、家鴨ヶ丘高校と白鳥海高校が合同で行った、過去の対抗戦の戦績がまとめられているサイトだった。
「これ、家鴨ヶ丘高校の公式サイトか……本当だ、見事に全敗してる」
「黒金はこれを見てどう思った?」
グイッと夏希がこちらに近づき、翔太の顔色を窺う。急に距離が縮まったことによって微かな柔軟剤の香りが翔太の鼻をくすぐる。幼なじみの鈴香以外で、ここまで女子との距離を近づけたことがなかった翔太は、緊張していることがばれないように目を逸らしながら、
「えっと、あくまで過去の結果だから俺たちにとって直接は関係ないけど……やっぱり悔しい、かな」
二校間に勉強面以外でも圧倒的な差があることを知った翔太は、サイトを見た感想を述べたことで改めて劣等感が込み上げる。
「そう、私もそう思う。悔しくて仕方がないって。だから!」
夏希は、バンッと自分が寄りかかっていたロッカーを叩いた。
「私たちが二つの行事で両方とも勝って、記念すべき十連勝を止める。そして、今年入学した家鴨ヶ丘の生徒は、白鳥海の連中なんかよりも優秀だったって証明するの。私たちを落とした白鳥海のお偉いさん全員を絶対に後悔させてやるんだから!」
こんな経験なんて家鴨ヶ丘じゃないとできないから、絶対に家鴨ヶ丘に入学して良かったって思えるでしょ? と夏希は得意気に言う。
「へーいいじゃん面白そう。僕も白鳥海にリベンジしたいし、混ぜてよ」
意外にも康貴は乗り気だった。
「もしかして、河野君も白鳥海に落ちたクチ?」
「まぁ結果的にはそうだね。試験当日に風邪ひいちゃってさ、そもそも受験できなかったんだよ」
康貴に関しては、風邪さえひかなければ間違いなく白鳥海に合格していただろう。彼にはそう断言できるだけの学力がある。勝てるはずの勝負に挑戦すらできなかったというのは、翔太たちとはまた違った悔しさがあるのかもしれない。
「なるほど。よし、合格! これでメンバーは三人だね」
「いや待て待て、俺もメンバー入り確定なのかよ!」
「当たり前じゃん。それとも、黒金は家鴨ヶ丘に入学して良かったって思いたくないの?」
「そ、それは」
翔太は言葉に詰まった。
なぜなら、自分たちを落とした白鳥海の教員が後悔するかどうかはともかく、もしこの目標を達成できた場合、家鴨ヶ丘での高校生活が満たされるということに関しては、あながち間違いではないと思ったからだ。
「……分かった。俺もやるよ」
「じゃ、決まりね」
夏希はにかっと笑う。
「どうせなら活動名とか決めとかない? 僕的には『白鳥狩り』とかいいと思うんだけど」
康貴は目をギラギラさせながら提案した。不戦敗だったとはいえ、白鳥海に行けなかったという悔しさは二人と同じなのだろう。
「それいいね河野君、採用」
「いやその名前は野蛮すぎるだろ!」
こうして、第一志望の白鳥海高校に合格できなかった者たちの集い『白鳥狩り』が誕生したのであった。
第一志望校、落ちました。 柊あひる @free_ahiru
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