南雲夏希
「ではでは、今日はこれで解散です。お疲れ様でしたー。明日からは授業が始まるので、教科書忘れずにー」
全員の自己紹介や諸々の連絡事項が終わり、渡會先生の合図で放課となった。
「入学初日は早く帰れて楽だなー。翔太、一緒に帰ろう」
翔太は、今いる家鴨ヶ丘高校の位置から康貴の家までの道のりを頭に浮かべる。
「いいけど、俺ら割と早い段階で分かれなかったっけ?」
「まぁそうだけど。気にしなーい気にしない」
二人が教室を出ようとした瞬間、康貴のポケットに入っている携帯電話から、振動音が響いた。
「あー、母親からだ。ちょっと出てくる」
「分かった、じゃあ昇降口で待ってる」
翔太がそう言うと、康貴は心配そうな目でこちらを見ていた。
どうした? と聞くと、
「……翔太、昇降口までたどり着ける?」
康貴の目は、もはや心配を通り越して、憐れんでいるようにすら見えた。
「うっ……無理です」
黒金翔太は極度の方向音痴である。と言っても地図が全く読めないというわけではなく、通った道を覚えられないタイプの方向音痴だ。地図さえあれば(それでも常人より時間はかかるが)目的地にたどり着くことはできる。しかし何度か行ったことのある場所でも地図を見ないとたどり着くことができず、小・中学生の頃の登下校ルートですら覚えるのに一週間以上はかかっていた。
「じゃあ大人しく教室で待ってて」
「はい」
そう告げると、康貴は人通りの少ない場所へ向かっていった。
ついさっきあれほど探検したというのに、昇降口の場所すらすぐに出てこないなんて、我ながら情けないと思う。
「まぁ、今日で覚えればいいよな」
そう自分に言い聞かせ、康貴を待つ。
教室を見渡すと、既に人はほとんどいなかった。まだ初日のため、教室に残って長話をする人がいないのは当然といえば当然である。
「どうすれば家鴨ヶ丘で良かったと思えるようになるんだろうなぁ」
第一志望だった白鳥海高校に落ちたあの日、翔太は家鴨ヶ丘での高校生活を死ぬほど楽しむと誓ったのだが、具体的な案は何も考えていなかった。
「一つだけ方法、あるよ」
聞こえたのは、とても透き通った声。それは、まるで何かを待ちわびていたような様子だった。
声のした方へ向くと、例の銀髪少女が嬉々としてこちらを見ていた。
「えーっと、南雲さんだっけ」
「そう。南雲
だって仲間だし。と呟き、クスッと笑う。
同じクラスとはいえ、初対面の相手に急に話しかけてきて仲間だとは一体どういうことなのだろうか。そもそも自己紹介の時の奇行は何だったのか気になるんだよな、と翔太の脳内は少し混乱していた。
「ああ、分かった。じゃあ南雲、まず最初に聞きたいんだが、俺の自己紹介の時に何で……」
「私もさ、白鳥海高校に落ちたんだよね。あ、ちなみに第一志望ね」
翔太が言い終わる前に遮り、夏希は告げた。
「聞けよ! ……って、んん?」
その瞬間、翔太は理解全てを理解した。
同じ高校を第一志望として掲げて失敗し、家鴨ヶ丘高校に入学した。その境遇は、今の翔太と全く同じなのだ。仲間というのはそういうことか、と翔太は納得する。
「えっと、俺たちが同じ高校に落ちたってのは分かったけど」
「けど?」
「俺の自己紹介の時、何でガッツポーズしてたんだ?」
同じ境遇の人を見つけて親近感が湧いたのは分かる。それでも、一見真面目そうな夏希が、人の自己紹介中にうっかり立ち上がってガッツポーズするのはさすがにおかしいと思っていた。
「黒金。普通の人は受験に失敗したなんて自虐ネタ、自己紹介でしないよ。自虐ネタっていうのは、自分のことをある程度知ってる人にしかウケないから」
「うっ」
先ほど康貴にも同じようなことを言われたのを思い出し、やっぱり自己紹介は失敗だったんだな。と翔太は涙目になる。
「だから、喜ばざるを得なかったんだよね」
そんな翔太を無視して、夏希は続ける。
「全然話が見えてこない……」
「簡単に言うと、『第一志望である白鳥海に落ちたことをうっかり自虐ネタで言っちゃうくらい、心に傷を負ってたから』かな。私はそういう人を、探してたから」
夏希の目的は分からないが、自分が彼女の求めてる条件を満たしていた、ということだけは分かった。
「本当にネタにしてただけっていう可能性もあったと思うんだが」
「それはない。だって黒金、自己紹介終わった後、ほんの一瞬だったけど凄く辛そうな顔してたもん」
確かにあの瞬間は辛かった。
もっとも、受験に失敗したことを思い出したからというのもあるが、どちらかと言うと自己紹介で反応に困る自虐ネタをしてしまったから、という理由の方が強かったが。
「なるほど。それでめでたく白鳥海に落ちたことを根に持ってる俺を見つけられたわけか。一体何をするつもりだ?」
「それはもちろん、『家鴨ヶ丘で良かったと思えるような高校生活を送る』んだよ。言葉通りの意味でね」
「……その詳細を聞けば、俺みたいな捻くれ者が必要な理由も分かるってわけか」
「察しがいいね、黒金」
夏希は、ほくそ笑みながらそう言った。
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