3
最上愛里の異常な悲鳴が聞こえて、この二階建てのアパートの隣人がチャイムを鳴らしても、ドアを叩いてもまるで応答がなかった。
隣人はアパートのすぐ近くにある一軒家に住む大家に事情を説明。
合鍵で玄関を開けると、駐車場に面した窓の前で、彼女は倒れていた。
すぐに救急車で搬送されたが、どこにも異常は見受けられず、目を覚ました彼女に事情を聞くと、空から鼠が降って来たと言うのだ。
よほど恐ろしかったのだろう、思い出すのも辛そうだった。
しかし、彼女が見たと証言したその大量の鼠は、駐車場には一匹もいない。
ただ、雨に濡れて色濃くなった少しひび割れたアスファルトがそこにあるだけで、彼女が言うような鼠も、鼠が流した血も、体液の痕跡もまるでない。
救急車はすぐに来たし、当日には隣人や近所の住人たちもその駐車場を目にしている。
物理的にも、そんな大量の鼠を一気に片付けることは不可能だった。
「姉は、その日から様子がおかしくなってしまって……。よほど怖かったんでしょう。あの後、実家に戻ってからも、絶対にカーテンを開けようとしないし、雨が降るたびに震えているんです」
最上
愛里は恐ろしくて、あのアパートに近づくこともできなくなってしまった為、今は実家に戻っている。
部屋にはまだいくつか家具が残っているが、近々別のマンションに引っ越す予定だ。
「ここです。ここに、この窓の前で姉は倒れていたそうです」
南西向きの窓から、太陽の光が差し込み、日当たりのよい部屋。
この日は雲ひとつない晴天。
窓から見える電線が大きく揺れている為、風は強いが、太陽の光が部屋中を明るく照らしている。
「特におかしいところはないように見えるけど……」
友野は窓から駐車場を見下ろしたが、鼠が落ちたというひび割れたアスファルトも、窓にもなんの仕掛けもないように感じた。
窓を開けると、吹き込んで来た強い風が窓の横の壁に貼られていたカレンダーをバサバサと揺らす。
友野は少し身を乗り出して、もう一度すぐ下の駐車場、そして空を見上げる。
「どうですか先生? 何か感じます?」
「うーん……ちょっとこれだけじゃ流石にわからないな。でも、何か薄っらではあるけど、あまりよろしくないものがいたようには見えるね」
この部屋の中には何もない。
普通の人間にはただのアパートの壁にしか見えないが、よろしくないものが落ちた痕跡は確かにあった。
窓を通すと分かりにくかったが、友野の瞳にはアスファルトの上には薄く赤い染みのようなものが見える。
「何度か雨が降ったせいで、だいぶ流されてはいるようだけど……ナギちゃん、ここって一件目の現場だよね?」
「そうです。二件目はここから少し先のスーパーの駐車場。そして、三件目は、ほとりの森公園の公衆トイレの前です」
雨と一緒に降る鼠を見たのという目撃者の残りの二人も、そのあまりに異常な光景を目にしてしまい、精神的にダメージが大きく、雨の日を怖がるようになっているらしい。
「残りの二人にはいつ会える? 詳しい話を聞いてみたいんだけど……というか、その二人に接点はあった?」
そもそも、なぜ渚のもとにそんな情報が集まったのかが謎だった。
隼人は渚と同じ大学生だからわかるが、他の二人はどこで見つけて来たのか……
「ああ、それなら、僕がSNSで呼びかけたんです。姉の件があったので、他にも同じようなものを目撃した人はいないだろうかと……」
姉の様子がおかしいことを心配した隼人は、SNSで目撃情報を募ったところ、中には関係のない明らかないたずらもあったが、他に二件家族なり、恋人が同じようなものを目撃したという人がいたのだ。
それが二件目のスーパーの駐車場と、三件目のほとりの森公園の公衆トイレだった。
「ほとりの森公園と聞いた時は、少しゾッとしました。最近ニュースになったばかりでしたから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます