人生そっくり

増田朋美

人生そっくり

人生そっくり

今日も暑い日だった。天気がよいのはまだいいけど、こう暑いと堪らなくなってくる。だんだんそんな日が増えてくる季節になっていくのだろう。まあそれが、季節が変わるということだろうが、夏はとにかく、まず始めに思うことは、電気代がたまらないということだ。

その日、杉ちゃんと蘭は、電車にのって静岡市内の百貨店に出掛けた。帰りの電車に駅員に手伝ってもらいながら乗り込むと、前方の座席に二人が見たことがある人物が座っていた。女性としては、長身な女性で、髪はながくて腰まで伸びている。赤い、格子柄のシャツをきて、ジーンズをはいていた。かなりスポーティーだ。

その女性が蘭を見て、

「あら、蘭先生。こんなところでお会いするとは、思いませんでした。どちらかいらしたんですか?」

というので、おもわず蘭はびっくりしてしまう。

「伊能蘭先生、正確には彫たつ先生でいらっしゃいますでしょ?車イスに乗ってらっしゃるからすぐわかりますよ。私をおぼえていませんか?私、先生のところに参りました、稲葉です。稲葉ほなみ。」

「稲葉ほなみさん、あ、もしかして、僕が観音様を彫ったかたですか?」

蘭が急いでそういうと、

「そうです先生、やっと思い出していただけた。といっても、もう稲葉ほなみじゃなくて、赤城ほなみになっていますけどね。」

ということは、つまり彼女は結婚したということだ。

「そうですか、そうですか。いやあ、五年ちかくまえの事でしたので忘れてしまいました。すみません。しかし、よく覚えていてくれましたね、僕のこと。」

「忘れることはありませんよ。先生に、観音様を彫ってもらったご縁は一生わすれませんから。わたし、あのあと、頑張って前向きにいきようと思って、頑張って彼氏もつくって、いまは、娘もいます。今日は、娘の学校を探しにいったんです。いま、娘は五歳の幼稚園児です。」

蘭がそういうと、彼女はにこやかにわらって、そう説明してくれた。

「はあ、そうですか。それはそれは。娘さんがいたとは、おどろきました。おめでとうございます。あ、そうだ、紹介しておきますね。この人は僕の友達の影山杉三さんです。」

蘭はにこやかに笑うと、杉ちゃんが杉ちゃんって呼んでねといった。

「ええ、まあ、皆さん意外だっていうんですよ。私が娘を持ったっていうと。そんなに私って子供っぽいですか?よく、そんな恰好で、母親らしくないねとか、そういうことを言われることもあるんですよ。」

と、彼女は口調こそ明るいが、一寸深刻な感じの内容を言った。

「まあそうですねえ。子供っぽいというか、服装が個性的なので、変わってると思ってるんだろうな。」

それまで黙っていた杉ちゃんが、そういうことを言った。

「そんなこと言っちゃいけないよ。杉ちゃん。女性に対して、服装がどうのとか、そんな事は。」

蘭は急いで杉ちゃんに言ったが、

「だって、そう聞いてきたから、その通りに答えを出してあげたんじゃないか。」

と杉ちゃんは言った。

「いえいえ、いいんです。彼のいう通りだと思います。ヨークの服なんて、もう40を越してしまった私には似合わないでしょうね。でも、なんかヨークの服がとても好きで、私は着てしまうんですけど。でも、子持ちの母親が着るような服ではないですよね。」

と、彼女赤城ほなみさんは言った。

「それはもしかしたら、拘りということになるのでしょうか。タータンショップヨークは若い女性向けのファッションブランドです。それをその年代で着ているということは。」

蘭が、そういうことを言うと、

「ええ。それは以前も心療内科でそういわれた事がありました。確かに、5歳の女の子をもつ母親が着るのは、おかしいですよね。でも、私はチェックの柄が好きで、それを着ていると落ち着くので。まあ、確かに対象年齢から外れてしまっているのは、わかるんですが、、、。どうしても辞められなくて。」

と、ほなみさんは、小さい声で言った。

「そうですか、まだ、心療内科というか、精神科のお世話になっているということですか。娘さんの学校の事で今日は外出したということでしょうが、お住まいは、いまは富士ではないのですか?」

蘭がそう聞くと、

「はい、今も富士で実家に娘と三人で暮らしています。」

と彼女は答えるのである。

「一寸待って。今三人と行ったけど、ご主人と三人で実家に住んでいるの?」

と、杉ちゃんがいうと、

「主人は、亡くなりました。二年前に、仕事で高層ビルから落ちたんです。私一人では、娘を育てられないので、実家で母のお世話になっています。」

彼女はそう答えた。これはまた数奇な運命をたどってしまったものだ。

「そうですか、再婚もしないで、お母さまと一緒に?」

蘭がきくと、

「ええ。姓はもどしていないので、二世帯住宅ということになりました。主人がいたとしても、私が育児ができなくて、たびたび母に手伝って貰っていたので、同じことだったんじゃないかと割り切るようにしています。」

と、彼女は言った。

「其れじゃあ、なんで、娘さんの学校の事で静岡に来たんだ?富士市内の小学校では、いけなかったのか?」

杉ちゃんがそういうと、彼女は一寸うつむいた。

「ええ、被害者をこれ以上作らない為です。これは亡くなった主人の提案だったんですけど、地元の小学校に通わせたら、私が精神障害があるということで、娘はいじめに合うかもしれないし、それに、私自身も近所のお母さんたちとお付き合いができるかも不明ですから。そうならないように、娘を遠く離れた全寮制の学校に預けようかということにしていました。」

「はあ、なるほどね。お前さん、そんな変な症状がありそうには見えないけど、確かに子供は感性が良いからなあ。でも、家から離してしまうってことは、もし何かあった場合、連絡がつかなくなるということもあり得るから、それは気を付けて欲しいと思うよ。もしかしたら、親に捨てられたと思い込むかもしれない。どっかの犯罪者みたいにね。」

杉ちゃんがそういうと、蘭もそれを心配しているような顔をした。

「いじめを忌避するとはいえ、親に捨てられたと一度勘違いしてしまうと、大変な事になります。娘さんを愛しているということを沢山伝えなければ。まだ、小学校の一年生に、そんな厳しい事を押し付けるのは、彼女にはハードルが高すぎると思います。」

蘭は、ほなみさんにそういうことを言った。

「お前さんな、もしかして、娘さんと何か亀裂のような物があったのではないか?」

と、杉ちゃんが言うと、

「まもなく、富士、富士に到着いたします。お出口は左側です。お降りのお客様は、お支度を御願いします。」

と車内アナウンスがなった。そして、電車は富士駅についた。富士駅では杉ちゃんと蘭を下ろすために、駅員が二人待機している。電車がホームに止まると、駅員たちは素早くスロープを用意して、二人を下ろしてくれた。蘭が、駅員に御礼をいうと、駅員は黙って蘭たちのそばを去った。

「いいですね。蘭先生たちは、そうやって、周りの人が、助けてくださるんですから。」

と、彼女が思わず言ったのを、杉ちゃんは聞き逃さなかった。電車を降りてきた彼女の表情は、一寸、悲しそうなというか、憎しげな顔であった。

「だって僕たちは、下ろして貰わないと、電車に乗り降りできないもんでねえ。」

と杉ちゃんがいうと、彼女は自分の思いを隠すような感じで、

「そうですよね。お二人は、そうしなければならないですものね。私、何を考えていたんだろう。」

と、言った。

「いやあ、いいってことよ。お前さんのような、グレーゾーンというか、そういうやつらには、僕たちみたいな奴らが、憎たらしい事もあるだろう。それは、自然な感情だから、隠さずに誰かに口にだして言っちまいな。」

と、杉ちゃんは、にこやかに言った。

「まあ、確かに、精神障害だって、僕たちと同じくらい不自由なところがあるかもしれないのに、それでは何も優遇させて貰えないのもまた事実ですからね。それで、先ほどのようなセリフを言われても、仕方ないです。」

「お優しいんですね。蘭先生たちは。」

蘭がそういうと、彼女はそういった。

「お優しいっていうか、そう思っちまって当たり前のような社会だからな。まあ、色んな奴がいて、いろんな人生があるっておもってくれよ。そのくらいに思っててくれれば僕たちは、十分さ。」

と、杉ちゃんは、そう彼女に笑いかける。

「ありがとうございます。思ってはいけないと思っていたことを、良いとおっしゃってくれて嬉しいです。」

彼女、赤城ほなみさんは、申し訳なさそうに言った。

「じゃあ、気持ちだけではなく、体も満たしたらどうだ?ああ、変な意味じゃない。うちでカレーを食べることだ。もちろん、時間があればの話だが、一寸僕のうちに寄っていかない?蘭の家のすぐ隣だ。」

それにすかさず、杉ちゃんがそういうことをいう。

「ええ、ありがとうございます。じゃあ、御願いしてもいいですか?まだ、お昼ご飯を食べてなかったので。」

ほなみさんがそういうと、蘭は分かりましたといって、タクシー会社に電話した。そしてエレベーターで、駅舎へいき、駅員に切符を切って貰って、駅のタクシー乗り場に移動した。タクシー乗り場で少し待つと、ワゴンタイプの障碍者用のタクシーが、杉ちゃんたちの前にやってきてくれた。

杉ちゃんたちはタクシーに乗り込んで、杉ちゃんの家に行った。運転手に下ろしてもらって、家に入った杉ちゃんは、すぐに台所に直行してカレー作りを始めた。初めはなんて事のない料理の音がしていたが、カレーのにおいが漂ってくると、ほなみさんも蘭も食欲が湧いてきた。

「ほい、カレーができたよ。」

と、杉ちゃんがテーブルの上にカレーの入ったお皿を乗せると、彼女は頂きます!と言って勢いはやくカレーを食べ始めた。

「おいしい。ほんと、カレーはおいしいですね。影山さん、でしたっけ。何かレストランで仕事でもしていたんですか?」

と、ほなみさんが聞くと、

「いやあ、僕はただの仕立て屋で、料理に対しては何もないよ。」

と、杉ちゃんは言った。

「そうなんですか?プロのシェフが作ったみたいにおいしいですよ。どこかの高級レストランで食事をしているような感じです。何か、作り方の秘訣があるんですか?」

と、ほなみさんは、にこやかな顔をしていうのだった。

「いやいや、みんな馬鹿の一つ覚えで覚えた事だ。料理も和裁もみんな馬鹿の一つ覚えだよ。人生何てそんなもんだよ。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「そうですか。皆そうやっていえるんだったら、本当に影山さんは面白い方ですね。障害がある方は、皆深刻な顔で辛そうな表情で生きているように見えるけど、そういう風に明るい顔をしている障碍者もいるんですか。」

と、ほなみさんがそういうと、

「いや、誰でもそう見えるんだよ。隣の芝生は青いってな。どうしても人間は自分の幸せに気付けないで、周りの物ばっかり見ちゃう傾向があるからな。そうならないように、笑顔でいなきゃ。」

杉ちゃんは、デカい声で言った。

「そうですか、、、。そう思って生きていかなきゃいけませんね。人の事ばっかり見ている私は、やっぱりまだ未熟なんでしょうね。ありがとうございます。今日は、親切にしていただいただけでなく、カレーまで食べさせてくれるなんて。」

ほなみさんは、また涙をこぼした。

「どうしたんですか。何か、心配事か、何かあるんでしょうか?僕たち、カウンセラーみたいに何でも答えられるわけではないけど、聞くことはできますから、思い切って話してみてくれませんか?」

と蘭が彼女にいうと、

「ええ。そうですね。お話しします。実は、先日、娘の幼稚園の友達が、私の家に遊びに来たんです。その友達のお母さんが、用事があって、その子をあずかってほしいという御願いだったんですが。」

と、ほなみさんは話し始めた。

「で、一体どうしたの?」

杉ちゃんが口をはさむと、

「はい。それで、娘と、娘の友達は、何もなくお昼を食べて、楽しく遊んでくれました。ですが、私の母が、お茶が入ったと、二人に声をかけた時に、娘の友達が、都ちゃんのママと母に言ったんです。私も、それを目撃してしまって、何だか母とぎくしゃくしてしまって。」

と、ほなみさんは言った。都ちゃんというのは、彼女の娘の名前である。

「なるほど、つまり、娘さんのお友達は、お前さんのお母さん、つまりおばあ様を、娘さんのお母さんと間違えたんだね。まあ、それはしょうがないよ。だって、五歳でしょ。其れじゃあ、間違えるよ。だってまだ、赤ん坊に毛の生えた幼児くらいしかないじゃないかよ。そんな事気にしないで、いつもの通りお母さんをつづければいいのさ。」

杉ちゃんがカラカラと笑ってそういうことを言ったが、

「でも、じゃあ、ほなみさんは、その友達の目ではなにに見えたんでしょうね。これが、問題ですよ。お母さんのようにふるまっているのは、おばあ様で、お母さんは何をやっている人なのかわからないということになりますからね。」

と、蘭はなるほどという顔で言った。

「ええ、そうなんです。うちでは、炊事も洗濯も母がやっています。母はまだ元気だし、よく動く人なので、家事というものは気にならないようなんです。若いころは、ミス着物に登場するほど、すごく美人で、確かにおばあちゃんという感じはしないです。だから、何も気にするなと母は言っていますが、私は、其れだけでは、いられないというか、、、。申しわけないというか、複雑というか。亡くなった主人は、使えるものはうまく使えばいいんだと言っていましたけど、、、。」

ほなみさんは、小さな声で言った。

「まあ確かにそうだね。お手伝いさんやメイドさんでも雇ってれば、また違うんだろうが、お母さんがメイドさん代わりで、しかし、美人とくれば、確かに劣等感も強くなるな。」

杉ちゃんがそういうと、

「そうですね。日本人は誰かにやってもらうだけでも罪悪感があるのに、親にやって貰うとなれば、それは劣等感はたまるでしょう。本当に、なにもできないんでしょうか。たとえば床掃除とか、そういうことをやってみてはどうでしょう?」

蘭も、杉ちゃんにあわせて、そういうことを言った。

「それが、私は、中学校から、全寮制の寄宿学校にいましたので、家事を習う暇もなく、勉強させられていたんです。」

ほなみさんは恥ずかしそうに言った。

「はあ、つまるところ、ギムナジウムのようなところにいたのか?」

と、杉ちゃんがいうと、

「ええ。私が行ったのは、有数の進学校で、暇さえあれば学校でも寮でも勉強をしているところだったんです。たまに夏休みなどで家に帰ってくると、近所も親戚も皆さんすごい学校に通っているということで、私の事を特別扱いして。だから、炊事も、掃除も洗濯も、よくわからないんです。」

と、ほなみさんが言った。

「はあなるほどね、今の学校でそういう体制の学校も変な学校だなと思うが、まあ、お前さんはそうなってしまったんならしょうがない。どっかで、家事の勉強させてもらってさ、それで何とかしてみたらどうだ?お母さんに教えてもらうっていう手もあるが、それは一寸難しいだろうから、誰か他人に教えてもらう方が頭に入ると思うんだ。」

杉ちゃんのいう通り、物を教えてもらうというのは、家族ではなく他人からのほうが頭に入りやすいのは確かだった。家族というのは、そういう時に一寸難しいものがある。

「たとえばさ、観音講なんかに参加させてもらうのはどうだろう?そこでは、本堂をお掃除したり、精進料理も習わせて貰えるよ。」

「杉ちゃんすごいね。すぐに答えが出るんだから。其れなら、そうさせて貰ったらいいと思います。そういう集まりなら、事情があって家事ができなかった人でも、受け入れてくれるでしょう。」

蘭も杉ちゃんの意見に同調した。もしかしたら、そういう女性を救ってくれるのは、お寺の集まりとか、そういうことに参加するしか方法がないと思われる可能性もあった。そういう場所は、時代が変わるごとにだんだん減ってきている。メイドさんのように、家事を職業にする人もいるが、なんでも、買ったもので済ませてしまう人も多くなってきている。昔は、仕事があっても、衣食住の事は何も文句を言わないでこなしていたが、今の人はそういう事もストレスになってしまうようなのだ。何か、目的がずれてしまっているというのだろうか。

「な、そうしろよ。大丈夫だよ。庵主様も優しいし、ほかのみんなだって事情を抱えた奴ばっかりだから。そこで、もう一度、掃除とか料理とか学びなおしたらいいよ。」

杉ちゃんは、彼女の肩をたたいた。

「其れから、これは僕からの御願いなんですが。」

と蘭は、杉ちゃんの話しを付け加えるように言った。

「あの、娘さんを全寮制の学校に入れさせるのは、考え直して貰えないでしょうか。子供の時に、お母さんと離れ離れになってしまうと、心に大きな傷を残してしまうと思うんです。あなたが、全寮制の学校に行って、衣食住の事が学べなかったのと同様に、娘さんも、傷ついてしまうんじゃないかと思うんです。もしかしたら、自分は口減らしのために、こんな遠くの学校にいかされたんだって思われてしまうと、大変な事になってしまうかもしれないんです。昔だったら、寄宿制の学校にいても、傷つくことはなかったんですけど、、、。それは時代が違いますから、今は、なるべくお母さんのそばにいさせてあげることが、一番だと思うんですね。」

蘭は、彼女にそういうと、ほなみさんは、涙をこぼして泣き始めた。

「お母さんと、娘がそっくりな人生を歩いていくのは大変な事です。良かれと思ってした事が、傷ついたきっかけになることは幾らでもあるんです。」

自分もそうだった。いじめがあまりにひどかったので、母が自分をドイツへ移住させた。確かにドイツでは楽しかったけど、それのせいで大きな犠牲を払った人物がいるし、蘭はその償いを幾らしようとしても、できないでいる。

「もう一回、考え直してくれませんか。そして、お母さんも、おばあさまに負けないほど、料理や掃除のスキルを身に着けてください。」

彼女は泣きながら、はいといった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生そっくり 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る