私、悪霊だって言ってるでしょ!

闇野 晶

私、悪霊だって言ってるでしょ!

私、闇野晶は悪霊である。怨霊でも良い。ただし、間違っても『勇者』とか『守り神』とは言わないで欲しい。それは、決して私の望んだものではないからだ。




 ことの始まりは……何年前か何十年前か、もしかしたら100年以上経ったかもしれないが、随分前の事になる。私は中学二年生の、ごく普通の女子中学生だった。ちょっとばかし、目つきが鋭く、背が高かったために『イケメン』なる称号を同級生の女子から貰っていたが、それを除けば本当に普通の女子中学生だった。だが…………




 思い返しても腹が立つ。私はいわゆる異世界転移というのを経験した。細かい事は省くが、魔王を倒す為に勇者として召喚された。勿論、拒否したが、ならば元の世界には帰さないと言われ、泣く泣く戦いの日々に身を落とすこととなった。




 あぁ、勘違いしないで欲しい。私は確かに悪霊だが、その戦いの中で命を落としたわけではない。何せ私には『勇者』としての大量のチートと、最強の『勇者の剣』を持っていたから、多分この世界の誰にだって私に戦いで勝てる者はいなかったんじゃないかな。実際、魔王を倒した時も確かに魔王と言われるだけあって、大小大量の傷を負うこととなったが、それでも自力は私の方がずっと上だった。




 だから、私が死んだのはその後。勇者として魔王を倒した後の、人間社会での出来事である。




 とは言っても、その辺りの事情は、実の所簡単に説明できる。いや、詳細に詳しく聞きたいなら、幾らでも聞かせられるが、それだと日が暮れるし、私の精神衛生上よろしくない。なので、簡単に説明させてもらおう。




 勇者が思ったより強くて怖いので殺そうと王様がお触れを出す。人の暮らしている所で暮らせなくなる。山奥で孤独に暮らす。空腹に耐えかね、毒のある食べ物を食べ倒れる。誰にも助けを呼べず、死亡。




 いかがだろうか。実際はもっと凄惨でえげつないが、分かりやすく、またマイルドに表現してみた。しかし、あの時の私は青かった。散々魔族を切って殺していたが、どうにも人を切ることはどうしても出来なかったのだ。もし、出来ていればあんなに苦労することも無かっただろう。それに、勇者の力は対象を必ずぶっ殺す事に特化しているらしく、手加減して対応することも出来無かった。




 まあ、これで私が悪霊になった経緯は理解してもらったと思う。無理矢理、異世界に連れて来て戦わせて、挙句倒してやったら悪人呼ばわりされ、最後は故郷に戻ることも出来ずに一人寂しく死に絶える。これでは悪霊になるのも仕方ないのではないだろうか。




 私の目的はこの世界に対する復讐だ。私の犠牲に成り立つ幸せなんて、潰れれば良い。そうでしょう?












ファースト・エピソード:公正なる神




 「守り神様。今日も貴方様のお蔭でこの町は平和です。これからも平穏無事でありますように」




 今日も私の社の前にはこの男がいた。この数年、殆ど毎日、欠かさず私の社にお供え物を持ってきては手を合わせて帰っていく。どうやら、大きな商会のオーナーらしく、持って来るお供え物も質の良い物ばかりだ。私に捧げられた物だし、遠慮なくそれは頂いている。ただし、私は何もしてやらないがな。ふははははっ。


 ……はぁ、虚しい。




 私は、この国に復讐した後、不本意にも『守り神』として祀られていた。




 ……本当に、なんでこうなったのだと文句を言いたい。




 私は死後、直ぐにこの世界に復讐することに決めた。『勇者』として私を召喚しておきながら、用が済んだら直ぐに私を潰しに来た屑どもを許せなかったからだ。しかし、いかに元勇者で強力な憎悪の念を持っていたとしても、現実に影響を与える程の力を振るうことは霊体となったこの身では難しかった。ましてや、国を滅ぼすほどの力は振るえない。




 なので、まずは、私を召喚し、理不尽にも戦わせた挙句に裏切った国王やその取り巻きを呪い殺した。……正直、あまりスカッとはしなかった。むしろ、中年の親父がブルブル震えながら、血を吐き、のた打ち回る様は、私の気分を悪くした。しかもだ、とても、不本意な事だが、それが原因で私は『守り神』扱いを受けたのだ。




 この当たりの事情は複雑だ。当時、あの国王達は魔王を倒す為といって、随分民衆から搾取していたらしい。けれども、民衆は魔王が倒れるまでの間だからと我慢した。そして、実際『勇者わたし』が魔王を倒した。民衆は歓喜した。これでようやく平和に暮らせると。しかし、そうはならなかった。


 贅沢に身を任せていた王族達は、今更それを止める事は出来ず、むしろ




 「魔王が倒れたのだから、今までよりも生活が楽になっただろう」




 なんてほざいて、むしろ税を増やし、民衆の暮らしは益々苦しくなった。


 これには民衆も堪忍袋の緒が切れた。各地で一斉に蜂起し、国は大混乱に陥った。しかし、やはり、王族の権力は強く、徐々に民衆の率いた革命軍は鎮圧されてきた。




 しかし、丁度その時、私が王族達を呪い殺した。それだけではない。王が倒れた後、指揮を一時的に代わった王族の取り巻き達も、奴らの仲間だということで呪い殺した。そんな事が繰り返す中で、王に組する者は死ぬという噂が流れ、王族側は士気が落ち、あっと言う間に革命軍に城を落とされたのだ。


 そして、その不思議な現象は、魔王を倒し世界を救った『勇者』という偶像が行ったのだろうという話になった。曰く、異世界より現れ人々の為に戦った勇者が、民衆の苦しみを知って救いを授けたのだと。




 勿論、実際は違う。力が足りなかったせいで出来なかったが、本当はこの国の生き物全員を呪い殺したいと考えていたし、そもそも、そんな革命軍の何人かは『勇者わたし』を捕らえようと襲ってきた奴らだ。王族が私と『勇者』を切り分けて発表したせいだとは分かっているが、だからと言ってそんな奴らを助けるつもりなど無い。




 つまりは、完全に偶然と誤解の産物で、私はこの国を救った『守り神』扱いをされるようになったのだ。腹立たしい事に、『守り神』としての信仰が強くなると私の悪霊としての強さは落ちるようで、この世界への復讐を考える私にとってはそんな信仰は邪魔なものでしかない。




 だというのに、『守り神わたし』に祈りを捧げる者は後を絶たない。しかし、それでも長い年月を掛けて私の存在も忘れ去られ始めた。代わりに私の憎悪の感情は強くなるばかり、お蔭で最近は失う力より、得る力が強く、一人位なら呪い殺すことが出来るくらいには取り戻した。


 ……そうだ! いい事を思いついた。




 去っていく男の姿を見送り、私はほの暗い笑みを浮かべた(実体は無いので、あくまで意識上のことだが)。








 近頃、街中では一つの話題で持ちきりだった。ある商会のオーナーが商談中に突然胸を抑え苦しみ出したと思うと、そのまま倒れて動かなくなった。当然、商談していた相手は慌てて病院へと送るが原因も分からず、散々に苦しみながら死んでしまったらしい。しかし、どうして死亡したのか全く分からなかったらしい。外傷はもちろん、見てみると身体は健康体でどうして死んだのか全く分からない。流石に気味の悪いと、医師も困惑した。




 しかし、これだけではそれほど話題に上がるほどのものではない。案外にこの世界では奇妙なことが起こるものだ。話しには続きがあった。




 不審な死に方に、警察はまず商談相手を徹底的に調べた。しかし、何も出てこなかった。しかし、事件性があるかもしれないと、そこで捜査を止めたりはせず、今度は死んだ男の部屋や商会を調べた。


 


 結局、死亡した理由は分からなかった。しかし、それ以上に驚くべきことが分かったのだ。




 彼の家は一見すると普通の家だが、よく調べていると地下に続く扉が隠されていた。不審に思った警察らが調べてみると、地下には驚くべき光景が広がっていた。そこには鎖に繋がれた少年少女、約12人程が虚ろな表情で横たわっていた。誰も彼もが痩せぎすで十分な食事を得てないことは明らかだ。それに体中に傷がある。警察は、凄惨な光景に言葉を忘れたが、直ぐに自らの職務を思い出すと彼らの保護とこの地下牢の調査を急いだ。そして、分かったことは以下の通りである。






 この男は、表では真っ当な商売をしていたが、裏では非合法の商売にも手を染めていた。そして、その金を用いて裏の者を使い、街で年頃の少年少女を攫っては地下に閉じ込め、聞くもおぞましい行為に耽っていたのだと言う(その内容までは明かされていないので、民衆は好き勝手に自分の説を唱えている)。実際、保護された少年少女らも行方不明だと数ヶ月前から騒がれていた者たちだ。




 彼らは心身ともに傷つき、しばらくは日常生活を送ることも難しいだろう。しかし、彼らを診た医師の話によると、あのような状況で生きていられたのが奇跡に近く、よく誰も死ぬことなく生き残れたのだと、溜め息を残していた。あと一歩でも遅れていれば死人が出ていたかもしれない。ならば、このタイミングで救われた彼らにはまだ救いが残っているのかもしれない。






 さて、初めは変死事件から始った一連の事件だが、裁かれるべき男は既に死んでいる為、裁くことが出来ない。しかし、一方で既に彼は裁かれていたのではないかと噂される。その根拠は彼が足繁く『勇者の社』に向っていた事に起因する。




 彼は巨大な商会のオーナーだけあって、非情に多忙であったにも関わらず、その社に幾度と無く足を運んでは「これからも平穏でありますように」と言っていたという。この言葉は一見して優しさを示しているようだが、その実体は別だ。彼は恐らく「悪事がばれずに、私の生活が平穏無事にありますように」と言いたかったのではないか。いかにも悪人の言いそうな言葉である。




 彼は自身の行いを悪だと理解する位の精神は残っていたようだ。だからこそ、神に縋り、救いを求めたのだろう。悪人の方が縁起深いという話を聞くが、愚かな事だ。本当に神がいるのなら、悪を行う者を救う筈が無いと気付きそうなものだが、それが出来ないのが狂人たる所以なのかもしれない。


 そして実際、彼の願いは叶わなかった。彼は死に、その悪事は世に知れ渡った。それは『守り神』が彼の悪事を許さなかったからでは無いかと思われる。






 実際、彼はそれまで健康体で、突然死するような状況になかったのだ。それに、彼が攫った被害者の少年少女。彼らも、この事件が無ければ見つかる事無く、あの場所で朽ちていただろう。であれば、こうは考えられないだろうか?




 この社の神は、彼の悪事を知り被害者の現状を哀れに思い、彼らを救う為に一計を案じた。それは彼の悪事を表にし、彼らを保護すればそれは行える。しかし、彼がどれだけの悪を行ったとしても、この国では罪は金銭によって償うことが出来るのだ。彼ほどの大商人であれば、刑務所を出るのは難しくはないだろう。そして、何食わぬ顔をして次の獲物を探すのだ。




 だからこそ、あの社の神は我々の手に任せず、その力で持って彼に裁きと、被害者に対し救いをもたらしたのではないか? 彼の最後は眼球が飛び出す程の苦しみを何時間も続けた上での死だったという。それを知れば、被害者の者たちも少しは救われるかもしれない。






 彼の社の神は公正だ。例え、自らに貢物を捧げる者であってもそれが悪に手を染める者ならば容赦せず、しかし、一方で弱者には自らの信者に関わらず手を差し伸べる。そうした公正かつ正義の心を持つ神は他にはいない。




 今、街では彼の神を正式に街の『守り神』として受け入れる用意をしている。彼の神は確かに酷い死を与えたが、それは彼が悪だったからだ。これまで腐敗した上位貴族や富裕層の連中は悪をしても、偉大なる神々が信者を守る為、その悪は見逃されていた。けれど、この神はそうしたことをしない。悪をせず、実直に生きればきっと彼の神は理不尽な悪から我らを守ってくれる。












 街が騒がしいのが分かる。私が呪い殺したあの男の噂が広まっているのだろう。




 「ふっふっふ。あの男が私の元で祈り続けたのは有名な話。なのに、あのような酷い死に方をしたのなら、私は『守り神』ではなく怨霊、もしくは悪霊の一種だとようやく民衆も気付くでしょう? でも、そう思ったが最後、私の悪霊としての力を高め、この国、世界を呪う力を手に入れるのよ。くくっ、皮肉にも私に対する恐れが彼らを死に導くのね。あぁ、楽しみだわ!!」




 私は心躍らせながら、その日が来るのを待ちわびる。あぁ、もう少しで、この世界に復讐できる。




 ほの暗い気持ちを抱きながら、私は何年もここで待ち続け、ようやく状況を理解した。






 「なんでよ! 私、悪霊だって言ってるでしょ!」




 そんな私の声は、残念ながら誰にも届かない。














セカンド・エピソード:慈愛の神




 「ふふふ。はーっはっはっはっはっ!!」




 木漏れ日の中、私は高笑いを上げる。ようやく、この世界に復讐できる。私の心は大変に晴れやかだった。ここ数日の空模様も、ずっと晴れが続いていて、まるで私を祝福してくれるようだった。この世界のものに祝福されるなんていつもだったら死んでも嫌だったが、今日ばかりは喜びが先走った。




 今、私の神社にある本殿の中には幾つもの藁でできた人形がある。いわゆる『呪いの藁人形』だ。これを見たとき、西洋風のこの世界でもこれがあるのかと、少し関心したのを覚えている。


 この神社の外に出られない私はよく分からないが、現在この街では大規模な天変地異が起こっていて、心の余裕が無くなった人の一部がこうして呪いの藁人形をこの社に打ちに来るのだ。私は通常物質に触れられないが、こうした強い念を持つ物には時々触れる事が出来る。私は打たれた藁人形をこの社の内部に集めて、その力を利用しようと考えたのだ。




 結果から言えば、それは正解だった。毎回呪いの思念に侵されて激痛が走るが、そのかいあって、藁人形の持つ呪いの力を取り込むことで私の悪霊としての力は大幅に上がった。何故か、途中からは手に入らなくなったが、既に十分な量は集まっている。前回は僅かな力で使い方を間違ってしまったから、上手くいかなかったが、今回は違う。


 私はこの強力な力を使い、ただでさえ弱っているこの街に大嵐を呼び、止めを刺すのだ。それでこの街の者も私の力に恐れ戦くだろう。




 「くくくっ、はーはっはっはー!!」
















 街は無残に壊されていた。数日前、巨大な大嵐がどこからとも無く現れ、強力な暴風と大量の水でこの地の物をみんな洗い流したからだ。


 だというのに、この街を歩く全ての者の表情は明るい。旅人は不思議に思って聞いた。




 「なあ、お前さん。どうして、ここの者は家や店が壊されておるのに、そんなに元気なのじゃ?」




 住人の男は笑って、こう言った。




 「なあに。家が壊れたから笑っとるんじゃない。それ以上に喜ばしいことがあったから笑っとるんだよ」




 「ほっほう? しかし、家が壊れても良いほどの嬉しいこととは、何じゃろうな? ワシには、ちぃと分からんて」




 旅人にとっては家や店を失うというのに匹敵する喜びというのが分からない。いや、自分はある意味、家を捨てて、旅路にある美しい世界を楽しんでいるのだから、自分は持っているといっていいのかもしれない。けれど、それは少数の意見だというのは分かっていたし、皆が皆、明るい顔をしている理由にはならない。


 そんな旅人の困惑に、住人の男は可笑しそうに笑った。




 「まあ、それはここに居なきゃ分からんよな。実はな、こんなことがあったんじゃ」




 しみじみと思い出すように、男は話し始める。




 「ここ何年か、この街では天変地異が起こっていたのじゃ」




 それは旅人も聞く所だった。飢饉に大日照りに、大地震。首都であるこの街の大惨事は、この国の者なら誰でも耳にしたことのある話しだろう。




 「特に直近では、大日照りが酷かった。それに繋がる形で作物は枯れちまうし、川は枯れちまう。俺はぁ、もうこの世の終わりだと思ったね」




 それでも、子供の病気を治すまでは街を出れなかったと男は言う。本当に泥水を啜って生きる羽目になったと、苦く笑う。




 「そいつはぁ……大変だったな。よくも、頑張ったのぉ」




 旅人は神妙な顔をして、頷く。しかし、旅人の脳内では、上手くその姿も苦痛も再現出来なかった。




 「まあなぁ、正直な話な。俺はぁこの町の『守り神』を信じていたクチだが、今回、ずっと続く天災に信じきれなくなったんだよ。こんなに苦しいのに、何故助けてくれない、ってね」




 「そいつは……仕方ないんじゃないのかねえ」




 この町の『守り神』と言えば、建国以来その名を知られ、その後何度もその力で救いを与えたと言われる霊験あらたかな神だ。広く信仰される神だが、現実の地獄の中で、信じ続けるのも難しい話だろう。


 旅人の言葉に、男は苦笑する。




 「そうなぁ。仕方ないのかもしれん。けど、それじゃ駄目だったんだなあ……」




 男は遠い目をした。




 「俺はなぁ、『守り神』様を信じ切れんなって、自分の苦しさとか憎しみとかを誰かにぶつけようとしたんじゃ」




 旅人は目を見張る。その反応を見て、けれど、言葉を留めずに言う。




 「勿論、直接では、無い。人形に呪いを掛けて、苦しめようとしたんじゃ。誰かは分からんが、誰かにこの苦しみを擦り付けたかった」




 「…………………………………………………………………………」




 黙ってしまった旅人に、もう目も向けずに男は離し続ける。




 「そんで、藁人形を持って、『守り神』様のいる森に入ってったんじゃ。そこで、釘を打ち付けて呪いをかけてやろうと…………」




 その時のことを悔やむように、男は苦々しい表情を浮かべる。旅人は、もう何も言わず聞いている。




 「だがな、そこで見たんだよ。『守り神』様を。見間違いかもしれん。でも、俺はそれを見たと信じている。『守り神』様は小さな少女の姿をしていた。それで…………おそらく、俺と同じような奴がおったんじゃな。俺が持ってきたような藁の人形を木から剥がして、じっと何かに耐えるようにそれを眺めていた。そして、それを本殿の中に持ち込んだ。俺はその後を追って本殿の中を覗ける所まで行ったんじゃな……」




 そして、男は大きく息を吐いた。




 「……本殿の中には無数の藁人形があった。そして、その全てがどす黒い色をしていたように、俺は見えた」




 「どす黒く?」




 旅人は首を傾げた。




 「あぁ、そうだ。いや、あれは人形が黒かったんじゃ無くって、周りに黒いも・や・が出ていたんだと思う。多分、あれが呪いなんだと思う……」




 「そんじゃあ、何だ? その『守り神』様はそんな呪いの人形を持って何をしてたっていうんじゃ?」




 旅人は不思議そうに首を傾げた。それから、思いついたように、




 「そうか、本当は『守り神』様が呪いの力を使って、天変地異を起こしていた。そして、あんたが『守り神』様……いや『怨霊』を倒した。だから、これ以上天災は起こらないとみて、皆笑っているんじゃな!」




 旅人は得意そうに推理して見せた。しかし、男はそれに首を横に振ってみせる。旅人は機嫌を損ねたようで、男に多少荒く聞いてくる。




 「なら、一体なんじゃというんじゃ? 『守り神』様はそこで何をしていたんだというんじゃ?」




 男は泣き出しそうな顔で言った。




 「恐らく……呪いを吸い出していたんだと思うとる。実際、あの黒いもやは、『守り神』様が持った途端彼女の方へ吸い込まれるようにして消えていったからのう……」




 「そんなら、わしの考えでいいんじゃねえか?」




 旅人は不機嫌そうに鼻息を荒くする。男は苦笑する。




 「いや、まだ続きがあるんじゃ。『守り神』様はそのもやを吸った後、突然苦しみだし、倒れたんじゃ。仮に天変地異を起こしたのが『守り神』様じゃとして、わざわざそんな苦しんでまでやるかのう?」


「…………………………………………………………………………」


 「俺はなぁ、『守り神』様が人に向う筈だった『呪い』を代わりに受けてくれたもんだと思っちょる。『守り神』様は何度も何度も苦しみながら、『呪い』を受け止めておられた。でも、そうした、俺みたいな人間の『人間の悪意』を受け止めるので精一杯で、天変地異の方まで助ける力を持てなかったんじゃないかと思っちょる」




 旅人は何と言っていいのか、悩んでしまった。冗談の類かとも思ったが、こんな大変な時にわざわざこんな手の込んだ冗談をするだろうか。それにこの男の表情は全く真剣で、噓を言っているようには見えないのだ。




 「俺はぁ、自分が恥ずかしくなったんじゃ。『守り神』様は身を挺して俺達を助けようとしてくださった。でも、俺は自分の出来ることもせず、自分の痛みを他人に押し付けようとしたんじゃ。でも、『守り神』様を見て変わりたいと思った。だから、俺は自分の出来ることを全力でやったんじゃ」




 「朝早くから井戸を堀り、遠くの街まで食料を買い付けに行き、それに『守り神』様の所に打たれた呪いの藁人形は全て俺が回収したんじゃ。これ以上、人の悪意で『守り神』様を傷つけたくなかったからのう……それに人間に解決できることは人間の手で行われるべきじゃ」




 男は瞳を上げた。その目には先ほどまでと違い力が宿っている。




 「そうしたら、見てみい。この状態」




 男の指差すほうには、氾濫した川に飲まれた家がある。




 「うまくいかんかったちゅうことか?」




 しかし、それでは、話しが続かないだろう。旅人は首を傾げた。




 「違うわ。よう見てみい。あれが先に言ってた枯れた川じゃ」




 男の言葉に、旅人は驚愕の表情を見せた。あのごうごうとうねりを上げている川が、枯れていたのだと。到底、旅人には信じられなかった。




 「多分じゃが、『守り神』様がやってくださったのじゃ。確かに家も壊れたし、復興するのは大変じゃ。けれども、人死になく、大量の雨が注いで川に水が戻り、水不足で死んだ畑も少しずつ芽が生え始めている。……『守り神』様はな、慈悲深いお方じゃ。信心を忘れ、人を傷つける事を覚えた我らを見捨てず、一人傷を負いながらも私達を救ってくださった。『守り神様』は我らを見捨てたのではなく、我らが信心を失ったから、手を差し伸べる力を失ったのだと、俺は思うちょる」



 「…………………………………………………………………………」



 旅人はしばらく何も言えなかった。そんな馬鹿なと思う反面で、そういう事もあるんじゃないかと思うところもある。しばらく、言うべき言葉を捜してからややあって口を開いた。



 「……そうじゃったら、『守り神』様には感謝しなければな」



 男はその言葉に満足げに頷き、家を建て直さなければならないからと、旅人に別れを告げた。


 旅人はしばし、放心していたが、折角なのでその『守り神』の社へと向った。さっき語られた内容が事実でも事実で無くとも、一度見てみたい気持ちにさせられたのだ。




 旅人は深い森を抜け、『守り神』様の神域に入りかかる。そこで旅人は思わず足を止めた。そこには、明らかに人とは違う存在が立っていた。旅人は直感で、それが男の言っていた『守り神』様なのだと分かった。彼女は、旅人には気付いてないようで、じっと街の様子を眺めていた。そして、そのまま動かない。


 どこか神秘的と言えるその立ち姿に、旅人は目を離せなかった。特に、見たこともない黒い髪は旅人の興味をえらく引き付けた。そして、旅人はこう決定付けた。



 黒い髪など初めて見た。しかし、あれは元々の髪色ではあるまい。男の話す『呪い』のもやは黒色だと言っていた。ならば、呪いをその身で防ぐことでその髪の色までもが変わってしまったのではないか、と。



 しかし、どこか目の前の事態を信じきれない思いもあった。しかし、それも『守り神』様の発した次の言葉に霧散する。



 「良かった……ちゃんと生き延びてくれた……」



 『守り神』様は、心底安心したような、ほっとした表情を見せた。それを見て、旅人は男の言うことが正しかったのだと、遂に心からに理解した。『守り神』様は、未曾有の水不足から人を救う為、嵐を呼び寄せた。しかし、人々を救う為とはいえ、この嵐で人々が死んでしまわないかずっと気に病んでいたのだろう。だからこそ、こうして無事に嵐を乗りきり精力的に働く人々の姿を見てようやく安心する事が出来たのだ。




 神の力というのは、それほど融通の効くものでは無いらしい。それは、水を呼ぶのに嵐を呼び、人の作った呪いを止める為に自身の身体で受け止めるなど、これまで旅人が知っていた『万能の神』のイメージとは、全く異なる。




 しかし、それがどうだと言うのだろう。信仰を失い、あまつさえ呪いなぞに手を出した人々をその身で守ろうとし、人々を救う為に嵐を呼び、けれど、それで人々が傷つく事を心配して心を痛める。その心のなんと純粋で慈悲深いものだろう。




 旅人はこれまで、神への信仰さえ忘れなければ、万能の神が我々を救って下さるのだと思っていた。しかし、今回の事でその認識は大きく変わる事になった。




 神は我々が思うような万能の存在では無かった。しかし、彼らは日々我々の心に寄り添い、心を砕きながら、我々の為に出来うる力を振るっって下さる。であるならば、我々こそが日々努力して生きるべきなのだ。でなければ、あれほど我々の為に力を尽くして下さる神様に申し訳が立たない。




 旅人がそんな事を思っている間に、『守り神』様の姿は見当たらなくなっていた。旅人は、どこか清々しい心持ちで、旅人らしく再び旅を始めた。










 旅人はこの事を旅の途中、至る所で話しては聞かせた。やがて、自らの髪の色が変わるほど、身を持って人々を守り続けた優しき神の話は国中のどこにいても耳に届くまでになった。一方でそれを信じようともしない人々も居たが、常識を外れる程に急速に復興していく街の様子を見て「これは神の御加護がなければこうはなるまい」と心を入れ換えた。そして、そうした神の優しさに報いるべく多くの人々が日々の中で努力し始めた。




 始めに神の姿を見た、あの男がその筆頭である。彼は復興の要になり、この街の急速な復興に大きく寄与した。その功績を認められ爵位を王より賜ったが彼はそれに驕ることなく、『守り神』への感謝と尊敬の念を一時として忘れる事なく、生涯に渡って勤勉に働き続けた。




 そうした彼らの態度が、『守り神』様への信仰に繋がってゆくのだが、それはまた別の話である。












 私は、無残にも大嵐によって崩壊した街を見ていた。大災害の直後だからか、大勢の人間が慌ただしく動いている。




 「良かった……ちゃんと生き延びてくれた……」




 私は安堵の息を吐く。本来なら、この大嵐で街の全てが水の底に沈む事を望むところだが、事情により、今はまだ生き残りがいてもらわなくては困る。




 私の『悪霊』としての力は、私自身の怨念と、周りから『悪霊』だと認知されることで、増える。それ故に、ここにいる全ての人が死ねば、『悪霊』としての力を得る事が難しくなる。だからこそ、大災害によって街を破滅に追い込みはしたものの、生き残って私に力を貢いでもらわなくてはいけないのだ。無論、再び力を取り戻した暁には、当然皆殺しにしてやるがな。はーっはっはっはー!!




 しかし、この計画も失敗に終わることになる。あれから数ヶ月、今日も私の前には、一人の男がいる。その男は涙を流し、頭を垂れてしきりに手を合わせている。




 「『守り神』様のお陰で、この街に水が戻りました。このご恩は、生涯絶対に忘れません。ありがとうございます。ありがとうございます」






 「だから! 私、悪霊だって言ってるでしょぉーーーーっっ!!!!」




 『悪霊』の悲痛な叫びは、誰にも届かない………………。














サード・エピソード:導きの神




 「彼とお付き合いできますように……!!」




 今日も今日とて、私の目の前には、少女が立ち並ぶ。『悪霊』の私に縁結び等頼むなと、怒鳴りたい所だが、残念ながら私の姿は普通の人には見えない。霊力でもあれば別だろうが、目の前の少女にそれを期待するのは難しそうだ。




 数百年前、私は『悪霊』としてこの地に大嵐を呼び寄せた。しかし、当時は日照りで水不足になっていたため、何故か喜ばれ、『守り神』様扱いされてしまった。それがうん百年経ち、民衆の中で何故か私は『縁結びの神』様扱いされるようになってしまった。




 いや、まったく因果関係が分からないのだが、本当にいつの間にかそんな扱いを受けるようになっていた。




 ああ、本当に腹立たしい。私はこの地に災厄を授ける『悪霊』だぞ。何が悲しくて『縁結びの神』扱いされなくてはならない。




 よし……決めた。正直前回力を使いすぎたせいで、あまり力が残ってはいないが、いいだろう。私にそうまで頼むなら縁を結んでやる。くくっ、ただし縁を結ぶのはどうしようもない屑のみだ。将来は散々に苦しむことになるだろうな!

 くくく。はーっはっはっはー!!










 街中で、少女が一人、涙を流している。彼女は数日前、片思いをしていた男性に恋人がいることを知ってしまったのだ。想いを告げる前に終わってしまった恋に、彼女は涙を流しているのだろう。彼女が足しげく、『縁結びの神』の社に通っていた事を知る周囲の人々は、彼女に同情的な視線を向けた。




 「しかし、まあ、あれだ。あの男以外にも良い男はたくさんいるよ。そう落ち込まないで」




 そう、周りの人が声を掛けるが、少女は首を横に振る。




 「違うのです。私は、あの男と心を通わせる事が出来なかったのを、嘆いていた訳では無いのです」




 少女の言葉に周りの人は、顔を見合わせた。彼女がどれ程の間、どれ程の想いで彼を想っていたかを知る周囲の人々は、完全に困惑してしまった。




 「順にお話しします。私が『縁結びの神』様のお社に通っていた事は、皆様もご存じの事と思います」




 無論、と周囲の人々は、頷く。それこそ、神頼みに走るほどに愛していたのだと、そう理解していた。




 「えぇ、皆さんご存知のように、私は彼の神に彼への恋の成就を願ったのです。ですが、それを願った後、全く反対の結果になりました」




 少女の言葉に周囲の人々は、口々にやれあそこの神は偽物だの、今度はどこそこの神社に行こうだのと言い出した。最も苛烈なものになると、神社の打ち壊しを言い出す者もいた。勿論、それは彼女の心を思っての事で、多少の不信感はあるものの、そこまでの事を思っている訳ではない。


 少女はそれらの言葉に静かに首を横に振り、




 「いいえ、皆さん。彼の神は決して私の事を蔑ろにしたわけでは無いのです」




 またしても、周囲の人々は困惑した。願いが叶わなかったのに、何故そのように言うのか分からない。そんな周囲の人々に向けて、少女は薄く微笑みながら言った。




 「ごめんなさい。これでは分からないですよね。ですが、私は彼の神に感謝こそすれど、恨む気持ちは一切無いのです」




 少女の言葉に、周囲の人々は驚いた。その内容もさることながら、少女のここまで強い意思を持った目を見たことが無かったからだ。少女はさらに続けた。




 「私が彼の神に願った日から、何故か私は彼に会うことが出来なくなりました。それは例えば私が彼に会いに行った時に限って留守にしていたり、彼が尋ねてくれた時に私が出掛けていたり、また偶然会えた時も用事があり話す事ができなかったりと、不自然なまでに彼と会うことが出来なくなってしまったのです」




 「それは……神様がやったんじゃないのか?」




 一人の男が申し訳なさそうに言った。彼女の言葉が本当なら、彼の神は願いを聞かずに、むしろその妨害をしていたように思う。そんな男の考えに、しかし、少女も同意した。




 「そうですね。実際に私もそう考えました。そして、今もそう思っています」




 少女の言葉に周囲の人々は疑問符を頭に浮かべた。周囲の人々は段々と彼女の事が分からなくなってきた。少女は続けた。




 「ごめんなさい。回りくどいですよね。でも、もう少しだけ聞いてください。私も当時は彼の神を恨みました。もしかしたら、私では彼にふさわしくないと考えたのではないかと不安にも思いました。でも、ある日、その考えは反転しました」




 彼女はその日を思い出した。




 「その日は不思議な日でした。まるで今までの反動のように、何故か行く先々で彼と出会う日だった……」




 治まっていた涙が、再び零れ落ちる。




 「……だから、彼の事をよく知る事が出来ました。彼は、例えば自分の仕事の後輩に暴力を振るっていました。彼は家族から金を奪い、遊んでいました。複数の女性の元に通い、それぞれに永遠の愛を囁いている事を知りました」




 少女の悲しげな瞳に周囲の人々は、項垂れた。皆、彼がそういう人だと知っていた。けれど、彼女はいわゆる箱入り娘で、誰に言われてもそれを信じようともしなかった。逆に恋の炎を燃え上がらせてしまい、周りの人々は仕方なく放っておくことしか出来なかった。どちらかといえば、彼女の想いを受けて彼が変わってくれるのを期待していた。


 だから、今回の件は、本当は周囲の人々もほっとしていたのだ。ただ、彼女の心の傷だけを心配していた。彼女は本当にあの男を想っていたから。だが、彼の神は彼女に真実を見せてくれたらしい。それも、誤魔化しの利かないほど決定的な。




 少女は困ったように笑った。




 「……結局、皆さんの言う通りでした。彼は悪人で、私は心配してくださった皆さんの言葉に耳を貸そうともせず、自身の想いばかりが膨らんでいました。皆さん、今更ですが、本当に申し訳ありませんでした」




 少女が頭を下げた時、周りの人々は心底安心した。純粋で真っ直ぐな資質が、あの男のせいで捩れていたものが、今戻ったと感じられた。私達の大好きな彼女に戻ってきてくれたと。




 「……私は皆さんに感謝しています。それと同時に彼の神にも。彼の神はきっと、盲目に不幸に突き進む私を憐れんで下さったのでしょう。だから、私にまずは頭を冷やす時間を与え、その後に『真実』を見せて下さったのでしょう。……私は本当に盲目で、だからそのまま『真実』を見てもそれを捻じ曲げてしまったでしょうから」




 少女は自虐的に笑い。




 「私は、そんな自分が情けなくて泣いていたのです。私は、彼の『真実』を、本当の彼を何も知らず、それなのに好きだと想っていたのです。そんな物を恋と言っていいのでしょうか? 私はそう思えない」




 少女はそこで大きく息を吐いた。




 「きっと私はまた何処かで恋をするでしょう。でも、その時はちゃんと真実の目で見て、本当の恋をしたい。想いで曇らせた姿ではなく、『本当の姿』を、ありのままの姿を受け止めて、そうして好きになりたいと、私は思います」




 そうして微笑んだ彼女に、もう何の心配はないと、周りの人々は安心した。後日、彼女はその宣言通りに決して派手な魅力のある人間ではないが、生涯を渡って想い合える伴侶を見つけ、幸せに暮らした。




 真実を写し、少女を幸せへと導いた『導きの神』。その名は街に住む女性の耳と心に届き、今日も彼の神の元に少女らは足を運ぶ。私の恋が実りますように、想い合える大切な存在に出会えますようにと。




 「だーかーらーっ、私、悪霊だって言ってるでしょーっ!!!!」








 意地悪で悪行を行う男と縁を結びつけた悪霊は、今日も神様として信仰される。


 けれど、彼女はめげない。くじけない。これからも、悪霊として復讐すべく奮闘し続ける。




 そんな彼女はまだ、自分の未来を知らない。


 『勇者』つまり、世界を救う者して召喚された彼女は、自身の意志に関わらず世界を良い方へと導いてしまうことを。そして、『守り神』はおろか、星の崩壊をも防ぎ、世界の守護者たる『女神』へと変わっていくことを。


後書き

主人公の性格が悪いように思えますが、元の世界にいた頃は普通の女の子でした。環境が悪すぎたのです。作中では飛ばされてますが、脅されて戦わされたり、敵である魔族に死ぬ直前に呪いの言葉を吐かれたり、幼い魔族の子を殺さなければならなかったり、割と致命的に精神にダメージを食らった為に性格が捻じ曲がってしまったのです。彼女は悪くありません。


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私、悪霊だって言ってるでしょ! 闇野 晶 @akira77aab

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