第8話 最強の龍は人間の町で初めて刀を振るう

 商人アルフレッド・ガルーバ。親子三代で築いたガルーバ商会の現商会長。今から二年前に二十六歳という若さで組織の長としての立場を先代の父から引き継いだ。別段不幸があったわけではない。実際彼の父は別で自らの商会を持って経営している。それはつまり三代続いてきた大商会を全面的に任せられるだけの実力を持つことを意味する。


 そんな彼の強みは情報を素早くつかむ耳と人を見る目、そしてフットワークの軽さである。新しい情報を誰よりも早く手に入れ、すぐに向かい、その場で正しい情報を見極め、人脈を築く。長に相応しいかといえば頷きにくいが、能力は確かである。


 そんな彼は現在信じられない状況に出くわしていた。たまたま目に留まったから話しかけた相手。銀髪で水色の着流しを自然と着こなす、流浪人のような偉丈夫。腰元にはドスのような見た目をした刀を差している。はっきりいって不用心もいいところである。しかし佇まいに一切の隙が無い。何よりどこか惹きつけられるような魅力を感じた。自分の商人の勘がつながりを持ったほうがいいと訴えてくる。


 そんな魅力を感じさせた当の本人はというとこちらの忠告を無視してインファイトグリズリーの前に立ち、真っ向から勝負、いや蹂躙をしていた。


「何者かわからないが、やっぱり只者じゃなかったか。……一騒動終わったら調べてみるか。」


 アルフレッドは今後の方針を固めつつ目の前で起こっているありえない状況を記憶に焼き付けるのだった。






 インファイトグリズリーに追いかけられている四人組の前に飛び出したリオンは、インファイトグリズリーの正面に立ち、自分の得物である冥刀『死怨しえん』を右手で持ち、斜に構える。


「絶界」


 そういった次の瞬間意識を自分自身に向ける。そして自分の周りに半球状の知覚空間を形成する。


 絶界とはリオン自身が自らの剣技につけた数少ない技の一つであり、師である刀流院真司から示してもらった一つの目標、『刃に当たらないことを美学とする。』ということに対する答えでもある。


 自分の知覚空間に来た攻撃の種類や威力、スピードを瞬時に見極め、それに合わせて刀を振るって斬り捨てるという理論上はシンプルであるが、実践するとなると正に至難の業である。


 それをリオンはやってのけた。インファイトグリズリーは褒章メダル級の魔物の中でも近接戦闘に特化しており、なるべく近づかずに外から追い詰めるのが定石である。にもかかわらず絶界をインファイトグリズリーの目の前で展開することで、次々と襲い掛かってくる拳を刀ですべて払っていく。刀で払うたびにインファイトグリズリーの拳には切り傷がついていく。


「す、すげぇ。」


「あれだけの攻撃を全部刀一本で防いでいるの?」


 先程までインファイトグリズリーから逃げていた四人組はあまりに信じられない光景に足を止めてしまう。目で追えない攻撃の数々を涼しい顔ですべて斬り捨てている。かすり傷すらつく気配がない。


 一方で一方でリオンのほうは半ば飽きていた。確かに攻撃は激しいのかもしれないが、それだけだったのだ。インファイトグリズリーが褒章メダル級である所以は獲物を決して逃がさないというしつこさと目にも止まらぬ連撃である。真正面から受け止められるのであれば脅威にはなりえない。


「ふむ。これ以上こいつから得られるものはなさそうだし、終わらせるとするか。」


 悉く防がれたせいで頭に血が上りきっているインファイトグリズリーの右ストレートを敢えて避けることで体勢を崩させ、その隙に大きく前に出て、そのまますれ違いざまに首を斬り落として戦いは終わりを向かえるのだった。

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侍に魅入られた龍は剣豪の夢をみる 荒場荒荒(あらばこうこう) @JrKosakku

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