第2話 仕事

「まさか、この歳で無職になるとは」


 宿に帰った俺はちょっと唖然としていた。

 普通にやべえな。無職って。無職だぜ? 無職おっさんだぜ?


「クク、やっべ、ツボにハマったわ。無職おっさんって……っ」


 とは言っても、まあ金はあるわけだ。

 なんたって、Sランクだし。


 笑いのツボがひと段落したところで、リビングに向かうと、台所にエプロン姿の貴婦人が立っていた。


「おー帰ったぞー」


「あら、お帰りなさい」


 マリア・ローランス。姓は違うが色々あって、俺の義理姉だ。歳は俺より16も若いが、俺に対する態度は姉そのもの。


 あら、18だったか? 19だったか? いけねえな。年取ると計算もままならねえ。


「今日もゴブリンだったんですか?」


「オークな。オーガも入ってちょっといつもより高く報酬もらった」


 言いながら、マリアの横を素通りして、お気に入りの酒が置いてある台所の冷暗所を覗き込んだ。


 ……おかしいな。


「マリア、ここにあった酒は?」


「ついさっき家賃に消えましたよ」


「どゆこと?」


 ポカンとして、年甲斐もなく口を空けてしまった。

 そんな俺を、つぶさな瞳で見つめながら、


「滞納してた分です。大家さんがさっきここにきて『あのクズオヤジ、また家賃滞納しやがって! マリーちゃん、あいつの酒貰ってくよ! 質に入れて家賃がわりにしてやる!』と」


「え? 止めなかったの?」


「快諾しましたよ?」


 おいまじか、酒がねえとなると……今日することねえじゃんか。


「しゃあねえ。寝るか」


 横切ろうとすると、思い切り肩を掴まれた。


「何か隠してますよね?」


「…………バレた?」


「あなたは何かあると、モノに執着しなくなりますからね。いつもなら『あのクソババア! 取り返してきてやる! Sランク舐めんなよ!!』って、いい歳した大人が全力ダッシュするじゃありませんか」


 マリアのやつ、痛いとこついてきやがる……。いいじゃねえか。良い歳こいたおっさんが酒のために全力ダッシュしたって。


「まあ………ついさっきギルドをクビになってな」


 マリアが、持っていた皿を床に落としそうになった。


「あぶね」


 俺が重力魔法でひょいと持ち上げてやると、視線を外した瞬間にマリアの顔色が変わっていた。


「ちょっとそこに座ってください」


 どすの利いた声。

 大人しくボロ椅子に座ると、ひとまわりも年下の女の子からの説教が始まった。


「はあ、全く。なんでクビになったんですか? あなたはSランクの冒険者でしょ?」 


「まあ、おっさんがいるとおっさんが感染ると言われて」


「そんなわけないでしょ。事象をツギハギして印象操作する、これはクズがすることです。なんでクビになったんですか?」


 眉を寄せて、呆れを滲ませた表情がなんともマリアらしい。


「………花がねえから高ランクの魔物狩れって言われてたの無視して、オークばかり狩ってたら……です」


「はい、よく言えました」


 なんだこれ……。おっさんがガキ扱いされてら。


「なんでそんなになっちゃったんですか。ちゃんとしてください。若い時はキラキラ輝いて、向上心に溢れて、もっと生き生きしてたじゃないですか」


「あん時は、若かったな」


 ムッとして、マリアは俺の方を睨んだ。


「今なんて言われてるか知ってますか? 死んだ魚の目をしたおっさんですよ」


「……うそ?」


「ほんとです」


 ちょっと、ショック。


「しっかりしてください。私の憧れのグロリア・フリスはこんなモノじゃなかったはずです。才能を持って生まれたくせに、それを無駄遣いして」


「これが等身大のグロリア・フリスだよ」


「もう! この無職おっさん!」


「むしょっ……くくく」


「何がおかしいんですか!」


 風船のように膨れたマリアは、肺から息を吐き捨てるようにため息を吐いた。


「私の憧れを返してください」


「まあ、そこまで言われたら、頑張ってみるか」


 途端にパッと顔を明らめて、


「明日から」


 半目で俺を見た。

 そこから長い長い説教が始まった。延々と同じ話を繰り返されていたわけだが、怒る姿が可愛くてよく覚えとらん。


 それからしばらくして腹が空いてきた。


 日も落ちて、窓から差し込んでいた光は闇へと変わっていた。


「マリアーめしは?」


「ありませんよ」


「どゆこと?」


「あなたが高いお酒を大量に飲むせいで、食材を買うお金もありませんし。給料日前だってことわかってます?」


「そういや、給料日明後日だったな。あの親父、まさか!!」


「給料払いたくないから、給料日前にクビにしたんでしょうね。ギリギリまで働かせて」


「笑えねえ……てことはあれか? 俺たち今無一文ってことか?」


「ええ、そうなりますね」


 口は笑っていたが、目が笑ってなかった。


「はあ、わかったよ。いい依頼があったから、明日からそれ受けてくるから。引越しの準備しとけ」


 仕方ないので空腹を紛らわすために外で運動した後、ベットに入った。


 翌日、再びギルドに戻ってきた俺は、掲示板の紙を破いて、二階の受付まで登った。


「なんだ、改心したのか? 月ノルマSランク三体を約束するなら、戻ってきてもいいぞ」


「バカ言うな。過労死させる気か」


 クルーマンだ。できれば会いたくなかったが、まあいい。

 こいつ、軽く言いやがる。

 Sランクの魔物といえば、下手すりゃ数日そこらかかってようやく倒せるシロモノだ。


 それを月三体?


 笑わせる。


「これ、ずっと前から貼ってた依頼書」


 俺は無視して、受付嬢に依頼書を差し出した。


「本当によろしいのですか?」


「ああ、仕事しねえとまじで殺されそうなんでな」


「本当に、本当によろしいのですか?」


「え?」


 そこまで言われるとちょっと怖い。


「このおっさんが! まさか世の中の動きにすらついていけとらんとはな!」


 黙れこのおっさんが。

 指をさして俺をバカ笑いするおっさんを尻目に、説明を求めるように受付嬢を見ると、


「現国王に、男の子が生まれなかったから時期王位争いでかなりデリケートな状態なのですよ。王城内では熾烈な王位継承者争いが勃発してると言いますし……」


「なんだ。そんなことか。安心しな、俺はSランクの冒険者だぜ」


「では、本当に受けられるのですね……?」


「当然だ」


 受付嬢は少し心配そうに俺を眺めると、ようやくその依頼書にハンコを押した。


「……わかりました。受注を確認したました」


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