第二十二話 ニワトリ共闘作戦
リアとエドは城壁の裏門をくぐって温室のとなりに建っている神殿へと向かった。
温室の前を通り過ぎて、道を右に曲がって、神殿の入口の前に飛び出そうとしたリアは――。
「ちょっと待て!」
エドに首根っこをつかまれた。
何するのよ! と、怒鳴るよりも先にエドが神殿の入口を指さした。
「騎士団だ。ジョシュが太陽の女神と契約しているあいだ、誰も邪魔しないように入口を警備してるんだ。リアも追い返される」
エドの言うとおり、鎧を身につけ、槍を手にした騎士たちがずらっと入口の前に並んでいる。
「追い返されるって……じゃあ、どうするのよ」
「任せとけって、ちゃんと作戦があるから。……さて、ここにクッキーの入った袋があります」
元来た道を引き返しながら、エドがポケットから取り出したのは街のキャリーカートにあったクッキーだ。
お祭り用でちょっと贅沢に作ってある。
バターたっぷり、しっとり生地のおいしいクッキーだ。
何をしようとしているのかと首をかしげるリアの目の前で、
「これを、こう……!」
エドがぐしゃりと袋をにぎりつぶしてクッキーを粉々にした。
リアは手で口を押さえて必死に悲鳴を飲み込んだ。
「もったいないじゃない! エドが食べないなら私が食べたのに!」
「作戦だって言ってんだろ、バカ。そうじゃなきゃ俺が食べてる。誰がリアやこいつらなんかに……!」
じろりとにらみつけるリアをエドは目をつりあげてにらみ返した。
「あそこにいる騎士団長や騎士たちにこっそり剣や槍の稽古をつけてもらってたんだ。つまり俺の師匠たち」
温室のドアをそっと開けると、袋を揺らしてカサカサと音を立てた。
「正面からやりあっても勝てないからな。ちょーっと手助けを頼むことにしたんだよ」
そう言うエドの顔は完全にイタズラを思いついたときの子供の顔だ。
「……ろくでもないことを考えていそうね」
「そのろくでもないことに、お前も巻き込まれるんだよ。覚悟しておけ」
「臨むところよ。大丈夫、任せて!」
胸を張るリアに、エドはにやりと笑った。
「作戦は単純だ。俺が騎士たちを引き付ける。そのすきにリアが神殿の入口に突っ走る」
「単純ね」
「こういうのは単純な方がいいんだよ。……さて、準備は良さそうだな」
温室の奥の方を見つめていたエドが満足げにうなずいた。
エドはリアに向き直ると頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ジョシュのこと、任せたぞ」
リアはこくりとうなずくと、にぎった拳をエドに向かって突き出した。
にやりと笑うリアにエドは目を丸くした。
でも、すぐににぎった拳をこつんとぶつけて、にやりと笑い返したのだった。
「うっしゃ、行くぞ!」
エドの掛け声にリアが応えるよりも早く、
「コケッコー!!」
賑やかな鳴き声と羽ばたきが応えた。
ぎょっとするリアの横をニワトリたちが駆け抜けた。
ニワトリたちの目的はエドが手に持っているクッキーの袋だ。
ニワトリたちにクッキーの袋を奪われないよう、突かれないよう、エドは必死の形相で神殿の入口へと駆け出した。
「こら、エド! 何してるんだ!」
騎士団長が近付いてくるエドに気が付いて怒鳴った。
リアの位置からはエドの背中しか見えない。
でも、長い付き合いだ。簡単に想像できる。
「腹立つくらい満面の笑顔なんだろうなぁ」
リアはつぶやいて、けらけらと笑った。
エドはクッキーの袋に手を突っ込むと、粉々になったクッキーを騎士たちに投げつけた。
「コケッコー!!」
「イテ、イテテテテッ!!」
あわてふためく騎士たちに――正確には騎士たちの鎧についたクッキーのくずに、ニワトリたちが襲い掛かる。
槍を構えたものの、貴重な鶏肉を前に騎士たちの攻撃の手が一瞬、にぶった。
さすがは白夜の国の国民。もったいない根性がしみついている。
もちろん、エドもニワトリたちもそのすきを見逃したりはしない。
「ぅおりゃーーー!!」
「コケッコーーー!!」
エドが入口に一番近いところにいた騎士を押し倒し、馬乗りになった。
意外な跳躍力を見せるニワトリたちから顔をかばっている騎士たちの足元を失敬した槍で次々と払っていく。
「リア、行け!」
騎士のほとんどをひっくり返してエドが叫んだ。
「ありがと!」
足を止めずに叫んでリアは神殿の入口に飛び込んだ。
でも、引き返してきてひょっこりと顔を出すと、
「次のお茶会を楽しみにしているわ、エド!」
にひっと歯を見せて笑った。
ひらりと手を振って、温室にあった非常用のランプを手に、リアは今度こそ階段を駆け下りた。
目を丸くしていたエドだったけど、弾かれたように笑い出した。
「リアさま!? お待ちを……って、イテテテテッ!!」
立ち上がって追いかけようとする騎士団長の背中に、エドは笑いながらクッキーのくずを投げつけた。
ニワトリたちに襲い掛かられてよろめいた足を槍の柄でなぎ払うと、騎士団長はいきおいよく尻もちをついた。
「エド、お前……!」
「おっさん、そこから先に入るのはまずいんじゃないか? 王族のリアはともかく、俺たちが入ったら太陽の女神さまのご機嫌を損ねちゃうかもしれないぜ」
じろりとにらみつける騎士団長に首をすくめて見せながら、エドはにやりと笑った。
エドの顔をじっと見つめていた騎士団長は深々とため息をついた。
「ずいぶんと卑怯な手を使ったな。……よっこらせっと」
掛け声をともに立ち上がると、騎士団長は部下の後頭部をつついているニワトリを抱き上げた。
「守りたい大切なものがあるなら卑怯な手を使ってでも守り切った方が勝ち……って、言ったのはおっさんでしょ。騎士道精神にはのっとってなさそうだけど」
「白夜の国式騎士道精神だ。それと、おっさんじゃない。団長と呼べ。明日……いや、今日からお前は騎士見習いなんだからな」
ようやく大人しくなったニワトリの背を撫でながら、騎士団長がため息混じりに言った。
騎士団長を見上げてエドは目を丸くした。
「これだけのことをしたわけだし、てっきり騎士団には入れてやらん! って、言われるかと思った」
「これだけのことをしたと自覚しているなら、もう少し反省の色を見せろ! 今まではあいつの息子だからとちょっと甘やかしてきてしまったかもしれないがな、今日からはびしばしと――!」
騎士団長の説教を聞き流しながら、エドは空を見上げた。
もうすぐ〝夜〟が明けて青空が広がる。
一週間が経つ頃には見慣れた、薄明るく白んだ白夜の空が広がるはずだ。
でも、見慣れた空が戻ってきても三人きりのお茶会は二度と開かれることは――。
「ない……なんてことは、ないか」
地下の神殿へと下りる直前、リアが見せた笑顔を思い出してエドはにやりと笑った。
リアがああいう笑顔で言うときは、なんだかんだで〝大丈夫〟なのだ。
近いうちじゃないかもしれない。
温室でじゃないかもしれない。
三人きりじゃないかもしれない。
形も関係も変わってしまっているかもしれないけれど、いつかまた開かれるはずだ。
白夜の空の下、リアとジョシュとエドが揃ったお茶会が。
そのためにも――。
「がんばれよ、リア! ジョシュ!」
地下の神殿にいるはずの二人に向かって、エドはにぎった拳を突き出した。
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