第二十一話 リアとアネモネの花

 街をぐるりと囲む白い壁にあいているアーチ状の出入り口をくぐり、石畳の道を駆けて、背の高い草が生い茂る城の裏手に戻ってきた。

 草をかき分けて進むエドのあとをリアは追いかけた。


 ふと見上げた空はまだ黒色の〝夜〟の空のまま。

 大きな月が一つと無数の星が光っていた。


「早く〝夜〟が明けないかしら」


 リアはぽつりとつぶやいて苦笑いした。

 見飽きたという感想も浮かばないくらいに見慣れた白夜の空が今は恋しかった。


「〝夜〟が明けたら一週間ほど青空が続く。青空が広がっているあいだに戴冠式や結婚式を行うはずだ。いつもの空に戻るのはそのあとだな」


 エドの言葉にリアの心臓がドクンと跳ねた。

 結婚式を行うということは、ジョシュは〝夜〟が明けたらすぐに妃になる人を選ばないといけないということだ。


 ジョシュのことを名前で呼ぶのは、これからは妃候補の誰かの役目になる。

 でも、ジョシュに似たアレが言っていたとおり、彼女たちの誰が妃になってもジョシュのことを〝ジョシュ〟と名前で呼ぶことはないだろう。


 リアは唇をかみしめて〝夜〟の空をにらみつけた。


 と、――。


「リア、もうすぐ城につく」


 不意にエドが足を止めて振り返った。


「その花を贈ったときに言ったよな。どうするかは〝夜〟が明けるまでに聞かせてもらうから、って」


 振り返ったエドは真剣な表情をしていた。


 赤いアネモネの花を贈るのは、ダンスに誘う意味合いもある。

 でも、告白の意味合いもある。


 リアはダンスの返事はした。

 でも、告白の返事はしていない。


 まだ〝夜〟は明けていないけれど、もうすぐ明ける。

 もう、返事をしないといけないのだ。


 エドはおどけた表情も意地の悪い笑みも浮かべてはいなかった。

 ただ、真っ直ぐにリアのことを見つめていた。


 リアはゆっくりと深呼吸して、目をふせた。


「ソフィーに教えてもらったの。好きな人ができたら必ず結ばれてハッピーエンドで終わるなんて、現実の恋はそんなことばかりじゃないって」


「やっとわかったのかよ。……て、いうか、なんでソフィーとそんな話してるんだよ」


 どうやらエドはソフィーの気持ちに気が付いていないらしい。

 のんきに苦笑いしているエドの声を聞いて、リアも苦笑いした。


 本当の恋を知ったら、リアもソフィーのように泣きそうになる日が来るのかもしれない。

 それでも、恋愛小説の中の恋でも、おとぎ話の中の恋でもない本当の恋を知りたいと思った。


 だから――。


「エドのことが好き」


 リアはエドの目を真っ直ぐに見つめて一歩下がった。

 踊りを踊るように軽やかなステップで。


「でも、ジョシュのことも好き。きっと、この〝好き〟はソフィーに教えてもらった〝好き〟とは違うものなんだと思う」


 曲が止んで踊りが終わったときのように最高の笑顔で。

 リアは赤いアネモネの花を髪から取ってエドに差し出した。


「だから、私はこの花を受け取れない」


 ミモザの花のような淡い黄色のワンピースのすそを片手でつまんで優雅な仕草で一礼する。

 これで楽しかった〝夜〟の祭りはおしまいだ。


「ま、リアにしては上出来だな」


 赤いアネモネの花を受け取って、エドは意地の悪い笑みを浮かべた。


「子猿のリアにすぐに答えが出せるとも思ってなかったしな……って、イテッ!」


「誰が子猿よ!」


 リアに足を蹴飛ばされて、エドは悲鳴をあげて足をさすった。


「〝夜〟の祭りは今日だけだけど他にも祭りはあるんだ。そのたびに贈ってやるよ」


 足をさすりながら、エドはにひっと歯を見せて笑った。


「本当の〝好き〟がわかったら、そのときは必ず返事をするわ」


 エドの笑顔を真っ直ぐに見つめてリアは答えた。

 にひっと歯を見せて、満面の笑顔で――。


「リアにしては上出来だな」


 リアの笑顔に微笑んで、エドは手を差し出した。


「まだ契約の儀式の最中なら地下の神殿だ。温室の横に入口がある。急ぐぞ」


「うん!」


 エドの手を取って、リアは駆け出した。

 城の裏門はもうすぐだ。

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