第十九話 明けない〝夜〟
太陽が沈むことのない白夜の国にも夜の時間と昼の時間はある。
小さな領土の東西南北と中央に一つずつ教会が建っている。その教会が鳴らす鐘が昼から夜に、夜から昼になったことを知らせる。
高い音の鐘が六つ鳴って、最後に低い音の鐘が鳴ったら夜の始まり。
窓に木戸や暗幕を下ろして、ランプのあかりをつける。
高い音の鐘が六つ鳴って、最後にさらに高い音の鐘が鳴ったら昼の始まり。
白夜の国の人たちはベッドから起き上がり、窓を開けて、見慣れた白んだ空を見上げる。
〝夜〟の街に教会の鐘の音が響いた。
高い音の鐘が六つ鳴って、最後にさらに高い音の鐘が一つ。
夜の時間は終わり、昼の時間が始まったのだ。
ヴァイオリンの音が途切れ、ダンスが終わり、しばらく鳴り響いた拍手は一つ、二つと消えて街は静かになった。
一人、二人と街の人たちが空を見上げる。
つられるようにリアも空を見上げた。
太陽が沈まず、いつでも薄明るく白んだ空が広がっているはずの白夜の国の空は、今も暗幕を下ろしたように暗かった。
白夜の空がのぞいているんじゃないかと思うような白い満月。
点々と小さく光る無数の星。
色とりどりのランプのあかりがきれいだ。
空は暗いまま――〝夜〟のままだった。
「まだ〝夜〟は明けないのか……?」
誰かがぼそりとつぶやくのが聞こえた。
「〝夜〟はいつ明けるんだ」
「陛下が太陽の女神さまとの契約を終えたらだろ」
「契約したらすぐに明けるものなのか? それとも何時間か何日間か待たないといけないものなのか?」
「じいちゃんたちは前の〝夜〟を知ってるんだよな? 前の〝夜〟のときはどうだった!?」
人形劇を演じていたおじいさんとおばあさんに、リアよりも十歳以上年上の青年たちが詰め寄った。
「どうだったかねぇ。前の〝夜〟のときは昼の時間になるとすぐに太陽が出た気がするけど」
「あのときは国王さまが昼の時間に亡くなったって話だったからなぁ」
詰め寄ってきた青年たちの不安をやわらげようとしているようだけど、おじいさんたち自身も不安なのだろう。
声が弱々しい。
「何かあったんじゃないか。今回の国王さまはずいぶんと若いらしいじゃないか」
「太陽の女神さまと契約したら二度と城の外に出られないんだろ? そんな契約したい人なんていないよ」
「今までの国王さまは子供時代をこの街で過ごして、友達のためにって太陽の女神さまと契約してくれてたんだ。でも、今回の国王さまはこの街に来たことすらない。契約する理由なんて……ないんじゃないか?」
街の人たちのぴりぴりとした空気にリアは思わずエドの腕にしがみついた。
「違う……」
エドの腕にしがみついたまま、リアは小さく首を横に振った。
「〝夜〟が明けないのは国王さまが太陽の女神さまと契約をしなかったからってことかよ」
「そんな……! それじゃあ、私たちは……白夜の国の国民は見捨てられたってこと!?」
誰かが叫んだ瞬間、街のあちこちから悲鳴があがった。
「急いで街を出ないと! 魔物が復活したら一番に襲われるのは城に近いこの街だぞ!」
「どこに逃げるっていうのよ! 他の土地に移れるようなお金、あるわけないでしょ!」
悲鳴に続いて響いた怒声に、リアはエドの腕に顔を押し付けてぎゅっと目をつむった。
なだめるようにエドがくしゃりと頭をなでた。
街のことをいろいろと教えてくれたり、人形劇を見せてくれたり、いっしょに踊りを踊ったり。
にこにこと笑っていた優しい街の人たちはどこにいってしまったのだろう。
リアはよく知っている。
ジョシュが小さい頃から国王になるためにたくさんの勉強や努力をしてきたことを。
ジョシュ自身が行けない分、書庫にある資料を読み、城にやってくる貴族や商人をつかまえては白夜の国の街や人について聞いていたことを。
それでも、自分は祖父や歴代の国王たちと違うと泣きそうな顔をしていたことを。
リアはそばで見て、よく知っている。
だからこそ、悔しくて仕方がなかった。
奥歯を噛み締めて顔をあげた。
ジョシュを信じようとせず否定する街の人たちをぐるりと見まわして、リアは目をつりあげた。
「待て……!」
止めようと伸ばしたエドの手をするりと抜けて、リアは騒ぎの中心へと飛び出した。
大きく息を吸い込んで――。
「ジョシュはそんなこと……!」
「そんなことあるわけないだろ!」
怒鳴ろうとしたリアの声をさえぎって、猫屋のおじさんが怒鳴った。
振り返ると猫屋のおじさんだけでなく、お酒で顔を真っ赤にしたおじさんたちが仁王立ちで街の人たちをにらみつけていた。
リアの父親とジョシュの父親の親友だと言っていたおじさんたちだ。
「次の国王さまは俺らの親友の息子だ! あいつらの息子だ! 俺たちを見捨てるだなんて失礼なこと言ってんじゃねぇよ!」
街の人たちをぐるりと睨みつけて、猫屋のおじさんは腹に響く低い声で怒鳴った。
「まだ甘えたい盛りのときにあいつらが死んで、王太子なんて重いもんを背負って、この国のために働いてくれて!」
「俺らが十代の頃なんてバカやってただろ!? それなのに俺たちのために我慢して、国のために働いてくれてるんだろ!」
おじさんたちの言葉に噴水広場は、しん……と静まり返った。
「あいつらの息子を信じてやってくれ! 〝夜〟が明けるのを信じて祭りを続けよう!」
うつむく街の人たちを見まわして、おじさんたちは大声で言った。
おじさんたちの言葉にリアはほっと息をついた。
うれしいのと安心したのとで涙がにじんできた。
そばに駆け寄ってきたエドがリアの肩を抱き寄せて、くしゃりと頭をなでた。
ソフィーもやってきて、リアの涙に気が付くとハンカチを差し出してくれた。
でも――。
「我慢して、やってきてくれたんだろ」
誰かがぽつりとつぶやいた。
小さな声だったけれど、静まり返った噴水広場ではよく響いた。
「これ以上、重責を負う義理なんてないって思ってもおかしくない、よな」
エドやジョシュと同い年くらいの少年がぼそりと言った。
まわりにいる同年代の子たちと顔を見合わせて、重々しくうなずく。
「そうだよな。俺らが十代の頃なら、そう思ったよな」
少年たちよりも年上の、二十代頃の青年が目をつりあげて言った。
猫屋のおじさんたちのおかげで一度は静かになった噴水広場が、またざわざわと騒がしくなってきた。
さっきよりも、不穏な空気を濃くして――。
「だから、あいつらの息子をそんな風に言うなって言ってんだろ!」
「おやじさんたちの親友は死んだ王太子さまだろ? おやじさんたちは親友の子供に……新しい国王さまや姫さまに会ったことがあるわけじゃないじゃないか!」
「会ったこともないくせにテキトーなこと言わないでよ!」
若い夫婦が怒鳴り声をあげ、旦那さんが猫屋のおじさんの胸倉をつかんだ。
猫屋のおじさんは目をつりあげて大きく息を吸い込んだ。
――会ったことがなくてもわかる。
――それでも親友の息子たちを信じてる。
猫屋のおじさんたちはそう言ってくれると、リアは信じていた。
でも――。
「……」
猫屋のおじさんは若い夫婦の視線から目を背けると、うつむいて黙り込んでしまった。
〝死んだ王太子さまの親友〟からの反論はなくなって、怒鳴り合いも止んだ。
噴水広場は不気味なほど静まり返った。
満月の光とランプが地上に薄闇を作り、それ以外の場所はより一層濃い影になる。
あちこちにできた黒い影から今にも〝良くないモノ〟が飛び出してきそうで、リアは首をすくめた。
例えば、白夜の国の地中深くに封印されている〝魔物〟とか――。
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