第十八話 エドとアネモネの花
キャリーカートに入っていた串焼きとクッキー、果汁ジュースを抱えてエドは噴水広場へと引き返した。
人混みを抜けるとすぐにリアの背中が目に入った。
ソフィーやソフィーの弟たち、街の女の子たちと手をつないでくるくると踊っている。
人見知りはあっという間に鳴りをひそめたらしい。
満面の笑顔で踊るリアにエドは目を細めた。
亜麻色の長い髪とちょっとスカートの丈が短いワンピースがリアの動きにあわせてふわりと揺れた。
「やっぱ、よく似合ってるな」
ミモザの花のような淡い黄色のワンピースを見つめて、エドはぽつりとつぶやいた。
リアのめちゃくちゃなダンスを眺めながら、曲が途切れるのを待つつもりでいた。
だけど、エドの視線に気が付いたらしい。
リアは振り返るとダンスの輪を抜けて、エドの元に駆け寄ってこようとして――。
髪に挿した花が落ちそうになって、あわてて足を止めた。
「似合ってるなんて……うそつきだな」
赤いアネモネの花の位置を直すリアを見つめて、エドは静かに微笑んだ。
リアの亜麻色の髪にはやっぱり淡い色がよく似合う。
***
エドがキャリーカートから持ってきた串焼きやジュースを飲んで、少し休んで。
また、エドやソフィーたちと手をつないでくるくると踊って。
そこからは誰とどこをどう踊ったか、よく覚えていない。
エドとはもちろん、たくさん踊った。
ソフィーだけじゃなく、ソフィーの弟や妹たち、ソフィーの女友達とも手をつないでくるくると踊った。
腰の曲がったおじいさんが杖で石畳を打ち鳴らして刻むリズムに、リア一人でステップを踏んだりもした。
たくさんの拍手をもらって、スカートのすそを広げてお辞儀した。
大きな口を開けて笑ったり、スカートのすそを跳ね上げて踊ったり。
城の人たちが見たら血相を変えて怒ったかもしれない。
ジョシュが見たら眉を八の字に下げた困り顔で微笑んだかもしれない。
***
おじいさんとおばあさんが演じていた人形劇を、リアといっしょに見ていた子供たちも噴水広場に来ていた。
「〝雨降らしの王子さまとカエルの国〟は街では有名なお話なの?」
リアが尋ねると子供たちは不思議そうな顔をした。
「なに言ってんの? あのお話は〝カエルの音楽隊〟。そんな題名じゃないよ」
「あそこのおじいちゃんとおばあちゃんは〝カエルの音楽隊〟しかやらないんだよ。おねえちゃん、〝カエルの音楽隊〟を知らないの?」
子供たちに尋ねられてリアは首を横に振った。
よく知っている。
まだジョシュとエドと三人でいっしょのベッドに寝ていた頃、ジョシュに何度も読み聞かせてもらった。
リアが見た〝雨降らしの王子さまとカエルの国〟とは全く別の話だということも。
子供たちが目をキラキラさせて拍手するようなハッピーエンドだということも、よく知っている。
子供たちと手を振って別れたあと、リアは黙ってエドの顔を見上げた。
エドも黙ってリアを見下ろすと肩をすくめた。
ジョシュに似たアレはリアにだけ別の物語を見せていたらしい。
なんだかキツネに化かされた気分だ。
多分、相手は神さまなのだけれど――。
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