第十四話 カエルの国の物語
噴水広場から離れた通りでは手品や歌、紙芝居なんかを披露していた。
プロもいるのかもしれないけど、多分、ほとんどが街の人たちだ。
うっとりするほど上手い人もいれば、お腹を抱えて笑ってしまうほど下手くそな人もいた。
でも、披露している人も見ている人も満面の笑顔だった。
教会の鐘が二つ鳴った。いつもならとっくにベッドに入って夢を見ている時間だ。
リアが大きなあくびをするとジョシュがくすりと笑った。
「いつもなら寝てる時間だものね」
リアは手で口元を隠すと、はにかんで微笑んだ。
ジョシュに手を引かれてやってきたのは城下街の端っこ。
リアとジョシュが城を出て、街に入るために使った門とは真逆の位置にある門のそばだ。
大きな広葉樹の下にあるベンチに座って、老夫婦が演じる人形劇が始まるのを待っていた。
おじいさんの右手には王冠をつけたカエル、おばあさんの左手にはリボンをつけたカエルのぬいぐるみが手袋のようにはめられていた。
人形劇がはじまるのだろう。
木製の小さな舞台の上で二匹のカエルがぺこりとお辞儀した。
リアとジョシュ、いっしょに見ている子供たちも一斉に拍手した。
「昔々あるところにカエルの王子さまがおりました」
しゃがれた声でおじいさんが言った。
王冠をつけたカエルが見ている子供たちに向かって手を振った。
「王子さまはとっても歌が上手で、ゲコゲコ歌うと妖精たちは大喜び。王子さまが大好きな雨を、王子さまの上にたくさん降らせるのです」
カエルの王子さまのまわりにたくさんのカエルたちが集まってきた。
「砂漠を渡ってきた青年、干上がった沼からやってきた家族、乱暴者に水たまりを追い出されてしまったおじいさん。王子さまのまわりには雨を求めてたくさんのカエルたちが集まってきました」
雨がうれしいのだろう。
おばあさんがあやつるカエルのぬいぐるみたちが、王子さまのまわりでぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「みんなが喜んでくれるのがうれしくて、王子さまは歌を歌い続けました。昼も夜も眠る時間になっても、王子さまは丸い石の上で歌い続けたのです」
おばあさんが舞台の上に丸い石を置いた。
おじいさんは王冠をつけたカエルのぬいぐるみを手から外すと石の上に置いた。
次に登場したのはおばあさんの手にはまっているリボンをつけたカエルと、おじいさんが新たに手にはめた帽子をつけたカエルだった。
「友達のカエル二匹が王子さまに言いました。歌うのをやめて、葉っぱの裏でいっしょに眠りましょう。王子さまは友達の言葉に耳をかたむけて、歌うのをやめようとしました。でも――」
エプロン姿のカエルのぬいぐるみが舞台に登場した。
「王子さま、助けてください! 雨を降らせてください! 日照りのせいでうちの息子が死んでしまうわ!」
おばあさんが悲し気な声で叫ぶと、リボンをつけたカエルと帽子をつけたカエルは頭を抱えた。
「カエルのみんなを助けたい王子さまは、どうしても歌うことをやめることができませんでした」
エプロン姿のカエルはぴょんぴょんと飛び跳ねて舞台を退場した。
「一年、五年、十年……丸い石の上で歌い続けたカエルの王子さまの体は、いつの間にか
おばあさんが王冠をつけたカエルのぬいぐるみにそっと緑色の布をかけた。
大きな布はカエルの王子さまをすっぽりと包んで隠してしまった。
「身動き一つできなくなった王子さまは、それでも歌い続けました。ゲコゲコ歌うと妖精たちは大喜び。王子さまが大好きな雨を、王子さまの姿は見えないけれど声がするところにたくさん降らせるのです」
雨がうれしいのだろう。
おばあさんがあやつるカエルのぬいぐるみたちが、緑色の布に包まれた王子さまのまわりでぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「たくさんのカエルたちが王子さまの元にやってきては去り、やってきては去り……いつの間にか他のカエルたちは王子さまのことを忘れてしまいました。苔に覆われた丸い石が王子さまだということをすっかり忘れてしまいました」
おばあさんが舞台の上にお城の絵を置いた。
「王子さまをかわいそうに思った友達のカエルは、丸い石を中心にカエルの国を作りました」
おばあさんとおじいさんは、リボンをつけたカエルと帽子をつけたカエルの頭に王冠を乗せた。
友達のカエルは王さまと王妃さまになったのだろう。
「王子さまが一人ぼっちにならないよう。王子さまのまわりがいつも雨に大喜びして飛び跳ねるカエルたちの姿であふれるよう。友達のカエルは二人仲良く、いつまでもいつまでも、カエルの国を守り続けましたとさ」
おばあさんとおじいさんの手にはまっている王冠をつけたカエルとがぺこりとお辞儀をした。
「めでたし、めでたし」
めでたし、めでたし――と、いう言葉を聞いて、リアはぽかんと口を開けた。
ジョシュと子供たちが拍手するのを聞いてあわてて拍手する。
「〝雨降らしの王子さまとカエルの国〟っていうお話なんだって」
ジョシュに言われてリアはあいまいな微笑みを返した。
初めて聞いたお話だった。
めでたし、めでたしで終わったのだ。多分、ハッピーエンドのお話なのだろう。
いっしょに見ていた子供たちも目をキラキラさせて拍手している。
でも、リアにはとてもじゃないけどハッピーエンドに思えなかった。
「なんだか納得のいかない顔をしているね、リア」
ジョシュがリアの目をのぞきこんだ。
優しい目が理由を教えてほしいと言っている。
リアは唇を引き結んだあと――。
「確かに一人ぼっちにはならなかったけど……でも、カエルの王子さまは苔に覆われて丸い石の一部になって、友達のカエル二匹以外には忘れられて、動くこともできなくなって……」
リアは言葉に迷いながら、ゆっくりと言った。
「こんなの全然、ハッピーエンドじゃないわ」
口にしてみれば簡単なことだ。
カエルの国のカエルたちにとってはハッピーエンドかもしれないけど、カエルの王子さまにとっては全然、ハッピーエンドじゃない。
「うん、そうだよ。こんなの全然、ハッピーエンドじゃない」
ぽつりと呟いて、ジョシュは空を見上げた。
黒色の〝夜〟の空を――。
「だって、きっとカエルの王子さまはたくさん我慢して。いやだ、やりたくないって言葉を飲み込んでる。……ねえ、リア。リアはカエルの王子さまのことをかわいそうだって思う?」
尋ねて、ジョシュはリアの顔を見つめた。
眉を八の字に下げた困り顔で。今にも泣き出しそうな〝泣き虫ジョシュ〟の顔で。
「もしもカエルの王子さまをかわいそうだって思うなら、太陽の女神と契約して城から出られなくなってしまう僕のこともかわいそうだって思ってくれる?」
ジョシュの茶色い目がリアをじっと、真っ直ぐに見つめた。
リアの唇が薄く開いた。
ジョシュに見つめられて、目をそらすことができない。
「僕が一人ぼっちにならないよう、友達のカエルのように僕のそばにいてくれる?」
リアは開きかけた唇をきゅっと引き結んだ。
キャリーカートの前でジョシュに手を引かれたときと同じだ。
あのときも痛いほどに強く手を引かれているわけじゃないのに、ジョシュの手を振り払うことも足を止めることもできない。
今もそうだ。
自分の意志とは違う言葉が出て行かないよう、ぐっと言葉を飲み込む。
首をすくめるリアを見つめて、一度、二度とまばたきするとジョシュはくすりと笑った。
「街の子から聞いたんだけど、お祭りのときには好きな人に赤いアネモネの花を贈る風習があるんだってね」
ジョシュはにぎった拳をリアの前に差し出すと、パッと開いて見せた。
まるで手品だ。
ジョシュの手のひらには赤いアネモネの花が乗っていた。
ジョシュはきれいな、不自然なくらいに傷み一つない花をリアに差し出した。
「僕にはたくさんの妃候補がいて、戴冠式の前にその中の誰かと結婚することになってる。でも……リアも会ったことがあるでしょ? 彼女たちは僕のことを名前で呼ぶことはない」
ジョシュがうつむくのにつられて、リアも目を伏せた。
確かにリアも会ったことがある。
みんな、ジョシュのことを〝殿下〟とか〝王太子殿下〟と呼んでいた。
〝ジョシュ〟と名前で呼ぶ子は一人もいなかった。
「彼女たちは妃になったあとも、きっと僕のことを〝陛下〟としか呼んでくれない。そんなのはいやだ。さみしい。僕は、僕の名前を呼んでくれる人に妃になってほしい」
リアの髪をジョシュがそっとなでた。耳の上の髪を手ですくように。
きっとアネモネの花を髪に挿すためだ。
リアはぐっと唇を噛みしめた。
さっきは自分の意志とは違う言葉が出て行かないよう、ぐっと言葉を飲み込んだ。
今は自分の意志に反して出てこようとしない声を絞り出すために唇をかんでいた。
「だから、
首を横に振る――。
たったそれだけのことすら、ジョシュの茶色い目に見つめられるとできない。
「この花を受け取って僕の妃になってほしい。なって、くれるよね?」
にっこりと微笑んでジョシュがリアの髪にアネモネの花を挿そうとした。
瞬間――。
「迷子の保護、ありがとさん。俺の連れが迷惑かけたな」
リアの背後から伸びた手が、アネモネの花を持つジョシュの手をつかんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます