第十三話 エドとソフィー

 切り花がぎっしりと入っているキャリーカートまで戻ってきたエドはアネモネの花を一輪、手に取った。

 中央のおしべとめしべは黒色、花弁は深紅と呼べる濃い赤色のアネモネの花だ。


「濃い赤色はあんまり似合わないんだけどな」


 リアの亜麻色の髪を思い浮かべてエドは苦笑いした。


 似合うのは薄紫色や薄黄色、薄緑色。

 それこそジョシュがワンピースに選んだミモザの花のような淡い色だ。


「服のサイズには気がまわらないくせに、そういうところはしっかりわかってるんだよな。天然なんだろうけど」


 眉を八の字に下げた困り顔で微笑むジョシュを思い浮かべて、エドはがりがりとえり首をかいた。


 と、――。


「エド! エドだよね!」


 よく通る少女の声にエドは足を止めて振り返った。


「よお、ソフィー」


 エドが軽く手をあげると少女――ソフィーははにかんだ笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


 濃い茶色の髪は肩より少し下で切りそろえられている。

 おっとりとした笑顔が可愛らしい、エドと同い年の少女だ。


 腕には紙に包まれたお菓子を山ほど抱えていた。

 ソフィーにはたくさんの弟や妹がいる。きっと、お腹が空いた、アレが食べたいと泣き叫ぶちびたちのために使い走りをしているのだろう。


「ほれ、手伝うよ」


「ありがとう!」


 ソフィーの腕から今にも転げ落ちそうなお菓子を半分ほど持って、エドは噴水広場への道を引き返した。

 ソフィーも小走りにあとをついてくる。


「来てたんだね、エド。急なお祭りだから今日は来れないんじゃないかって思ってた」


「来る予定はなかったんだけど子守りを頼まれてな」


「子守り?」


「そう、子守り。手のかかり具合はお前んとこのちびたちといい勝負かもしれないな」


 苦笑いするエドを見上げて、ソフィーはくすりと微笑んだ。

 口では文句を言っているけれど、エドが優しい目をしていたからだ。


「城仕えのひとの子でも預かってきたの?」


「ん? まぁ、そんなところかな」


 エドに兄弟がいないことも城仕えなことも、ソフィーはよく知っている。

 お祭りのときや特別なときにしか城下街に下りないエドだけど、ノアやエレナー、ソフィーもエドにとっては仲の良い友人なのだ。


「そ、そうえばエド……その花はどうしたの?」


 エドが手にしている赤いアネモネの花を指さし、ソフィーは顔を真っ赤にして尋ねた。


 城下街生まれ、城下街育ちのソフィーだ。

 当然、赤いアネモネの花を祭りのときに持っている意味はよく知っている。

 どうしたのか、なんて遠回しな聞き方をするソフィーにエドは目元を赤くしてそっぽを向いた。


「ノアに無理矢理、約束させられたんだよ。俺はエレナーに渡したんだから、エドも渡して来いって」


「え、えぇ!? ちょっと待って! 心の準備が……!」


「なんでお前が心の準備をする必要があるんだよ」


 わたわたしているソフィーを見下ろしてエドは首をかしげた。

 でも、すぐに納得してうなずいた。


 面倒見のいいソフィーのことだ。エドの告白も弟や妹たちの発表会を見守るのと似たような感覚なのだろう。

 リアとジョシュといるときは兄貴ぶっているけど、城下街では弟扱いされることも多い。


「せめて髪をきれいに整えて……って、なんで両手いっぱいに持ってるときに!」


「え、あぁ~……全部、持とうか?」


 よくはわからないけど両手をあけたいのだろう。

 ソフィーが持っているお菓子を受け取ろうと腕を伸ばしたエドは、


「……リア?」


 しかし、かたまった。


 ジュースが乗っているキャリーカートのまわりにはぽつりぽつりと人がいる。

 でも、リアの姿はない。


 あたりをぐるりと見まわした。


 細いけれど見通しのいい通りだ。路地にでも入りこんで隠れないかぎり、すぐに見つかる。

 リアもお子ちゃまなようで自分の立場はよく理解している。

 隠れて驚かそうだなんてたちの悪いイタズラは、城の中ならともかく初めてきた場所ではしないはずだ。


「エド……?」


 エドが真っ青な顔をしているのを見て、ソフィーは恐る恐る声をかけた。

 でも、エドには返事をしているだけの余裕はなかった。


 あたりをもう一度、ぐるりと見まわす。

 噴水広場へと歩いて行くノアとエレナーが目に入った。


「ノア! リアを見なかったか!?」


 エドの怒鳴り声にノアとエレナーは振り返って目を丸くした。

 ただごとではないと思ったのだろう。

 エレナーがノアの腕を引っ張って駆け寄ってきた。


「見てないわよ。リアちゃん、どうかしたの?」


 エレナーの返事のエドはくしゃりと前髪をかきあげて、地面をにらみつけた。


 太陽の女神と契約できるのは白夜の国の王族だけだと言われている。

 リアは二人しか残っていない白夜の国の王族の一人だ。


 白夜の国の地中奥深くに封印されている魔物を復活させようと考えている人たちもいる。

 太陽の女神と契約できなければ、いずれ魔物が復活することになる。

 そういうやつらによってリアの父親もエドの父親も殺された。


 もしかしたら、リアも――。


「くそっ!!」


 白夜の国の城下街は治安がいい。

 祭りでたくさんの人たちの目があるからと油断していた。

 祭りに浮かれていた。


「リアちゃん、もしかして迷子? いっしょに探そうか?」


「ノア、頼む。向こうを見てきてくれ!」


「わかった!」


「エレナーも、もし見かけたらひっ捕まえといてくれ! ……ソフィー、これ!」


「あ、うん、ありがとう!」


 早口でノアとエレナーに言って、お菓子をソフィーに返して。

 エドは真っ青な顔で駆け出した。


 あっという間に小さくなるエドの背中を見送って、ノアも反対方向へと駆け出した。


「ノア、がんばって!」


「うん! 行ってくるね、エレナー!」


 応援に鼻の下をのばしているノアを見送って、エレナーはソフィーに向き直った。


「リアちゃん……だっけ? 大丈夫かな?」


「街に来るのは初めてらしいから、ちょっと心配かも」


 心配そうに尋ねるソフィーに、エレナーは腰に手をあててため息をついた。

 でも、ソフィーを安心させるようにポン! と、背中を叩いて笑って見せた。


「まぁ、エドの足ならすぐに見つかるでしょ」


「うん、そうだね。ところで……」


 エレナーを見上げたソフィーは目を輝かせた。

 エレナーの髪に差してある赤いアネモネの花に気が付いたのだ。


「エレナー、その髪に挿してある赤いものについて詳しく!!」


 鼻息を荒くして詰め寄ってくるソフィーに、エレナーは目を丸くしたあと。


「え、えっと……」


 顔を真っ赤にして苦笑いで後ずさったのだった。

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