第十一話 ジョシュと太陽の女神(2)

 ひんやりと涼しい地下の神殿に、太陽の女神の気だるげなため息が響いた。


「いいかげん、うんとかすんとか言わんか」


 長椅子に横たわったまま太陽の女神が言った。

 声をかけられ、ジョシュはようやく顔をあげた。眉を八の字に下げた困り顔だ。


 地下の神殿に下りてきてから、もう一時間近く経っているだろうか。

 太陽の女神と契約する理由と覚悟を問われてから、ジョシュはずっとうつむいて考え込んでいた。


 祖父や歴代の国王たちと違って、城下街の学校に通ったり、城下街の子供たちと遊んだりした経験がない。


 祖父や歴代の国王たちと違う――。


 そのことがずっと不安だった。

 祖父や歴代の国王たちと違う自分が、祖父や歴代の国王たちのように立派な国王になれるのか。


「お祖父じいさまたちのように立派な国王になりたい。お祖父じいさまたちが守ってきたものを、白夜の国を守りたいと……そう思っています」


 か細い声でそう言うジョシュを太陽の女神はじっと見つめた。

 かと思うと、自身の細い腕を枕にして目をつむってしまった。


「……覚悟のない僕とでは契約してもらえませんか?」


 拒絶されたのかもしれない。

 国王にふさわしくないと判断されたのかもしれない。


 ジョシュは震える声で尋ねた。


 白夜の国の次の国王であるジョシュが太陽の女神と契約できなければ、白夜の国はずっと〝夜〟のまま。

 いつまで経っても太陽は昇らず、〝夜〟は明けず。

 いずれは地中奥深くに封印されている魔物が復活してしまう。


 ジョシュは震える手を握りしめて高い祭壇にいる太陽の女神を見上げた。


「お前に覚悟があろうとなかろうと構わんのだがな」


 構わないけれど……なんなのだろう。

 太陽の女神は目を閉じたまま、それ以上、何も言おうとはしなかった。


 神殿はまた、しん……と、静まり返った。

 太陽の女神がもらす吐息とジョシュが緊張でごくりとのどを鳴らす音だけが響いた。


 と、――。


「つまらんな。……別の話をしよう」


 突然、そう言い出したかと思うと太陽の女神が顔をあげた。


 先程までの気だるげな表情はどこへやら。

 目をきらきらと輝かせる太陽の女神を見上げて、ジョシュは眉間にしわを寄せた。


「別の話、ですか?」


 なんだか、とても嫌な予感がする。


「神殿の入口で大臣たちと話をしていただろ。ほら、お前の妃選びがどうとかって話だ。リアがいいなら大臣たちにそう言えば良いものを」


「な、んで……!?」


「さっきも言っただろ。城内程度ならここからでものぞき見ることができる。神殿に下りてくる途中の階段でなんてつぶやいていれば聞こえるに決まってるだろ」


 顔を真っ赤にして口をパクパクさせているジョシュを見て、太陽の女神はにんまりと笑みを浮かべた。

 意地の悪い、しかし実に楽し気な笑みだ。


「……そういう話に興味があるんですか」


「私はこの神殿から出られない。いつも退屈している。だから、まぁ……暇つぶし程度にはなると言ったところか」


 くすりと微笑む太陽の女神に、さすがのジョシュもムッとした。

 寒くて暗い地下の神殿に一人きり、外にも出られないというのは同情する。

 でも、好き勝手にのぞき見しておいて〝暇つぶし程度にはなる〟なんて言い方はあんまりだ。


「太陽の女神さまのお気に召すようなお話ができるかどうか」


 それでも相手は神さまだ。

 そっぽを向いて、ちょっとした皮肉を言うのがジョシュにできる精一杯だった。


「別にお前に話して聞かせてもらおうなどとは思っておらん。お前が語る話なんてどうせつまらんだろうからな」


 ジョシュの皮肉に気付いていながら――いや、気付いているからこそ。

 太陽の女神は小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「あの娘……リアも良い年頃だ。そろそろ色気づいてもいい頃なのに、いつまで経っても書庫で子供だましのような恋愛小説を読んで顔を真っ赤にさせている」


 太陽の女神はゆるゆると首を横に振ってあきれ顔だ。

 リアが聞いていたら顔を真っ赤にして怒っていたかもしれない。


「ジョシュ、エド……お前らもお前らだ。お子さまのリアに足並みをそろえて、のんきに友達ごっこを続けおって」


「友達ごっこなんかでは……!」


 勢いよくイスから立ち上がったジョシュは、すぐさま唇を引き結んだ。

 しまった……と、言わんばかりの顔で座り直すジョシュを見下ろして、太陽の女神は猫のように目を細めた。


「……だが、エドの方は少しはやる気になったようだぞ」


 太陽の女神はささやくように言って、猫のしっぽのように足をゆらりと揺らした。


「リアとエドのようすが気になるか?」


「……気にはなります。でも、二人が城に戻って来て、話して聞かせてくれるのを待ちます」


「実につまらん答えだな」


 鼻で笑って、長椅子に寝転がっていた太陽の女神は体を起こした。


「よし、ジョシュ。リアとエドの邪魔をしにいくぞ。私も手伝ってやろう。太陽の女神の加護付きだ。ありがたく思え」


「結構です。それにあなたは神殿から出られないのでしょう?」


 にたにたと笑いながら階段を下りてくる太陽の女神を、ジョシュは首をすくめてにらみつけた。

 嫌な予感がますます強くなった。


「今は〝夜〟だ。神殿にとどまって空を照らし続ける必要もない。ジョシュ、お前も同じだ。私と契約する前なら城から出てもなんの問題もない」


 祭壇にかかる石段を下り切った太陽の女神は、素足でとんとんと床を叩いた。

 瞬間、天井高くに浮かんでいた白い光が太陽の女神の足元に下りてきた。


「私と契約すれば、お前は二度と城の外に出ることはできないのだ」


 イスに腰かけているジョシュの顔をのぞきこみ、太陽の女神は乱暴にあごをつかんだ。


「〝夜〟の祭りを楽しむリアとエドを見て、その意味をよーく考えるといい」


 耳に息を吹きかけられ、ジョシュは身をよじった。


 太陽の女神が何をしようとしているかはわからない。

 でも、ろくでもないことをしようとしていることはわかった。

 リアとエドに何かしようとしていることはわかった。


「リアとエドに何をする気ですか……!」


 太陽の女神の腕は白く、細かった。

 木登りが得意なリアの腕よりもずっと細く、か弱く見える。

 それなのにジョシュのあごをつかむ力は強くて、ジョシュがどんなに暴れても全然、逃げられない。


 ジョシュがじたばたと暴れるようすを楽し気に眺めていた太陽の女神が、不意に人差し指を立てた。

 何が起こるのかと身構えるジョシュの目の前に白い光が現れた。


 ろうそくに火が灯るように。

 太陽の女神が立てた人差し指の先に、白夜の空を照らす太陽のような、薄明るく白んだ光が灯った。


 瞬間、ジョシュの目から光が。

 顔から表情が。

 すーっと消えてなくなった。


「さぁ、ジョシュ。〝夜〟の祭りを見に行こうか。愛しいリアと親友のエドが仲良く楽しんでいる、〝夜〟の祭りを見に……」


 まるで人形のように力なくイスに腰かけるジョシュのほほをなでて、太陽の女神はつやめいた微笑みを浮かべたのだった。

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