第六話 ジョシュと太陽の女神(1)
地中奥深くに魔物を封印してある場所。
太陽の女神が今も住まう場所。
それが白夜の国の城内にある〝神殿〟だ。
白夜の国の城は国王の住まいとは思えないほど小さい。庭を含めてもとてもせまい。
そんなせまい城だから大切なモノもとても身近な場所にあったりする。
例えば、地下にある神殿への入口は三人でお茶会をする温室のすぐ横にある。
「どうぞ、陛下」
その神殿の入口でジョシュは執事が差し出したランプを受け取った。
「お気をつけて」
執事とは別の声に振り返る。
大臣たちが心配そうな顔でジョシュを見つめていた。
大臣たちの後ろには騎士団長と十名の騎士たちが背筋を伸ばして立っている。
ジョシュが太陽の女神との契約を終えて戻ってくるまで、神殿の入口を警護するのだろう。
ジョシュは白地に金糸の刺繍が施された、白夜の国伝統の祭服をまとっていた。
正式には杖も持つのだけど、ランプを手に一人で階段をくだるには危ないからといつからか持たなくなったらしい。
「陛下がお戻りになるまでに戴冠式の準備と、お妃さま候補をお呼びしておきます」
白くて立派なひげを生やした老大臣がしわがれた声で言った。
大臣たちの中では一番の年長者で、祖父の前の代から国王に仕えている生き字引だ。
「やはり戴冠式の前に婚礼の儀をあげるのですか? あわただしくなってしまうのでは……」
ジョシュが首をすくめて言うと老大臣はゆっくりと首を横に振った。
「それでも、です。戴冠式では王太子妃も冠をいただき、王妃となるのが仕来たり。今回の王位継承は特例だらけです。国民の動揺を少しでも抑えるためにも、仕来たりに従えるところは従っておくべきです」
声はか細いけれどきっぱりとした口調に、ジョシュは黙ってうなずいた。
「どなたか思う方がいらっしゃるのなら言ってください。例え、メイドだろうと他国の貴族の娘だろうと、陛下が望むのであれば結婚の話を進めさせていただきます!」
老大臣が枯れ枝のような手をガシリ! と、握りしめるのを見て、ジョシュは苦笑いした。
王族という立場上、不自由は多いけれど大臣も、貴族も、執事も……みんな、親身になってジョシュのことを心配してくれる。
ジョシュのことを考えてくれる。
子供や孫のような年の国王なんて、いいように利用されてもおかしくなのに。
でも――。
ジョシュは目を伏せた。
みんなが優しくしてくれるのはジョシュの功績でも、努力の結果でもない。
前国王である祖父や死んだ父親たちがみんなと築いてきた信頼関係のおかげだ。
ジョシュはただ、その恩恵にあずかっているだけ。
「白夜の国を大切にしてくれる人を選んでください。僕が求める条件はそれだけです」
ジョシュは困り顔で微笑んで、そう言った。
「ところで、あの……リアはこの先、どうなりますか?」
城に住めるのは国王の家族だけ、というのが仕来たりだ。
これまでのリアは国王の孫という立場だったから城の一室で暮らしていたけれど、ジョシュが国王になって妃を迎えるとなると少し立場が難しくなる。
仕来たり通りなら誰かの元に嫁ぐか、どこかの貴族の屋敷に移り住むことになる。
でも、リアはまだ幼い。
心配で思わず尋ねたのだけど――。
「リアさまが好きな方を見つけてご結婚されるまでは、城の一室で暮らしていただこうと思っています。その方が陛下もご安心でしょうから」
執事から返ってきた言葉にジョシュはほっと息をついた。
あまり表情を変えない執事が口元に微笑みを浮かべた。寂しそうに見えるその微笑みに、ジョシュは困り顔で微笑み返した。
「ありがとうございます。できるだけ早く契約を終わらせるようにします。戻ったら、そのあとの相談を。では、行ってきます」
「わかりました」
「お気をつけて」
執事や大臣、騎士たちが胸に手を当てて一礼するのを見まわして、ジョシュは地下へと続く階段を下り始めた。
一段、二段と石段を下りていくたびに暗く、ジョシュを包む空気はひんやりと冷たくなっていく。
「どなたか思う方がいらっしゃるのなら、言ってください」
一直線に続く石段を下りながらジョシュは老大臣の言葉を繰り返した。
「……リアがいい」
老大臣たちの前では飲み込んだ言葉を呟いてみて、ジョシュは困り顔で微笑んだ。
執事には見透かされていたようだけど、わがままを言うわけにはいかない。
大臣たちにもリアにも迷惑が掛かってしまう。
「お
自分に言い聞かせるように呟いて、ジョシュはゆっくりと石段を下りていった。
どれだけ石段を下りただろう。
ただ四角くくり抜いただけの、装飾も何もない入口をくぐると広い場所に出た。
白い石でできた質素な神殿は、昼と夜を告げる鐘がある教会に似ていた。
ただ、人々が座るためのたくさんの長椅子は置かれていない。
祭壇の前にぽつんと、石でできたイスが一つ置いてあるだけ。
神殿の奥の高い位置にある祭壇にも石でできた長椅子が置かれていた。
祭壇の下に置かれたイスは何の装飾もないけれど、祭壇の上に置かれた長椅子には細かな装飾が彫られている。
大人ひとりがゆったりと横になれる大きさで、毛の長いふかふかの絨毯が敷かれていた。
石段はランプがないと何も見えないほど暗かったけど、神殿の中は明るい。
見上げると、高い天井の中央に白い光が浮かんでいた。
白夜の空に似た、薄明るく白んだ光だ。
懐かしい光に目を細めていたジョシュは、
「話には聞いていたが……本当に、ずいぶんと若いのが来たな」
女性の声にハッと祭壇に顔を向けた。
祭壇に置かれた長椅子に金の髪の美しい女性が横たわっていた。
先程までは誰もいなかった長椅子に、だ。
ジョシュは知らないことだが、死んだばかりの前国王――ジョシュの祖父の顔をのぞきこんでいた女性だ。
女性は猫のような仕草でのびをすると、うつぶせになってほおづえをついた。
「座れ。お前の席はそこだ」
そう言って、女性は唇の片端をあげて艶めいた笑みを浮かべた。
若いとはいえジョシュはすでに国王だ。
国王相手に低い位置にあるイスに座るよう命じるなんて失礼にあたるのだが、責める者は誰もいない。
「お初にお目にかかります。私はジョシュ。祖父……先代の国王に代わり、次の契約に参りました」
「知っている。いいから、さっさと座れ」
ジョシュはうやうやしく一礼すると、女性に言われたとおりに低い位置のイスに座った。
「一応はあいさつをしておこうか。初めまして、次の国王。私が、お前らが言うところの太陽の女神だ」
ジョシュを値踏みするようにじろじろと眺めて、女性――太陽の女神は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「お前の祖父から話は聞いている。息子が死んで、今回は孫が来るとな。外交以外で城を出ることを許されず、城下街の学校にも通わなかったそうだな」
「はい」
「友人はお前の
けらけらと声をあげて笑う太陽の女神を見上げて、ジョシュは目を丸くした。
「祖父はリア――従妹のことも話していたのですか?」
「まさか、あれは余計なことは言わない男だったよ。城の中ならこの神殿からでものぞき見ることができる。のぞくな、などと言うなよ。私はこの神殿から動けん。それくらいしか楽しみがないのだ」
悪びれたようすもなく、すました顔で言う太陽の女神を見上げて、ジョシュはこくりとうなずいた。
ジョシュの素直な反応に太陽の女神は顔をしかめた。
「お前、本気で私と契約する気があるのか?」
「もちろんです。ですから、こうして……」
「私の言うとおりにイスに腰かけ、私のどうでもいい話をのんきに聞いている、と」
太陽の女神は体を起こすと長椅子の端に腰かけた。
子供のように足をぷらぷらと揺らすようすを見上げて、ジョシュは唇を引き結んだ。
お茶会でリアがやっているのを見たらお行儀が悪いと注意するけれど、さすがに神さま相手に注意するわけにはいかない。
リアが街でお行儀が悪いことをしたら、エドが代わりに注意してくれるだろうか。
たぶん、いっしょになってお行儀が悪いことをしているだろうから期待できないだろう。
くすりと笑みをもらすジョシュを見下ろして、太陽の女神はため息をついた。
「歴代の国王たちは皆、この神殿に来るなり私に詰め寄ってきた。街の人たちがどうとか。誰それが今日、結婚するんだとか。誰だかを守りたいからとか。聞きもしないのにぺらぺらとしゃべって、さっさと契約しろと私に詰め寄ってきた」
低い声で言う太陽の女神に、ジョシュはあわてて笑みを引っ込めた。
「さて、問おう。お前は本当に私と契約したいのか。国王になる覚悟あるのか」
自身を値踏みするように見つめる太陽の女神の目がすーっと細くなるのを見て、ジョシュは反射的にうつむいた。
うつむいたあとで唇をかんだ。
下を向いて目をそらすなんて覚悟がないと言っているようなものだ。
「私と契約したら、お前は二度と城から出ることはできない。国王として、太陽の女神の契約者として、不自由も重荷も背負うことになる」
太陽の女神はあくびを噛み殺しながら言って、鼻で笑った。
「ジョシュ、お前にそんな面倒を背負ってまで守りたいものなんてあるのか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます