第五話 リアとエド

 城壁の扉を出たエドとリアは背の高い草を掻き分けて真っ直ぐに歩いた。

 しばらくすると開けた場所に出た。


 ほとんど城から出たことのないリアだけど、馬車で城の正門から出て、城下街を通り抜けたことはある。

 そのとき馬車で通った石畳の道が目の前に広がっていた。


 石畳の道を道なりに歩いていけば城下街にたどり着く。

 前はジョシュとエドと三人で馬車に乗って通った道を、エドに手を引かれるまま。リアはとぼとぼと歩いた。


 と、――。


「おい! いいかげん、顔をあげろよ!」


「ふぎゃ……な、なにするのよ!」


 エドに鼻をつままれて、リアは弾かれたように顔をあげた。

 でも、リアがにらみつけたくらいじゃエドは動じない。


「ジョシュの代わりに〝夜〟の街を見て、ジョシュに話して聞かせてやるんだろ? 大丈夫、任せてって言ったのはどこの子猿だよ! だったらちゃんと顔をあげて、まわりをよく見とけ!」


「むぎゃ……!」


 リアのほほを両手ではさむと、無理矢理に顔を上向かせた。

 エドの方ではなく、さらにその上の空に向かって――。


「よく空に目をこらしてみろ。月以外にも点々と小さく光が見えるだろ。あれが星。……絵本で読んだだろ。〝夜〟の空には月と星が光ってるって」


 星……と、口の中で呟いて、リアは〝夜〟の空に目をこらした。


 白く光る点を一つ見つけた。

 一つ見つかると星は次々に見つかった。

 何十、何百、何千も――。


 ただ暗くて怖いだけだと思っていた〝夜〟の空はよく見ると星がきらきらと光って、にぎやかで。

 リアは空を見上げたまま、ほーっとため息をついた。


「……きれい」


「だろ?」


 エドはにやりと笑うと、リアの手を握ってまた歩き出した。


「少しは元気出たか?」


「うるさいわね。さっきまでだっていつも通り元気だったわよ!」


 リアはつんとそっぽを向いた。

 本当はすごく元気が出たけど、素直にうなずくのはしゃくだった。


「どうだか」


 エドは見透かしたようににやにやと笑ったあと、


「……ところでさ、そのスカート。ちょっと短くないか?」


 リアのスカートを指さして首をかしげた。


「スカートが短いっていうより服が小さいのよ」


 リアはミモザの花のような黄色いスカートのすそをつまんで広げて見せた。

 色もデザインも、やっぱりリアの好みだ。

 だからこそ、スカートの丈の短さが惜しまれる。


「ジョシュが用意しておいてくれたみたいなんだけど……私がいくつのときの採寸で作らせたのかしら」


「二年前のじゃないか? リアの誕生日にドレスをプレゼントしたことがあっただろ。多分、あのときのだよ」


「私だってあのときから成長してるのに。ジョシュにとっては十才の子供のままなのね」


 リアがため息をつくのを見て、エドがにやにやと笑った。


「実際、子供だろ。むしろ赤ちゃん? ばぶばぶぅ……って、イテッ!」


 リアは無言でエドの足を蹴飛ばした。


「エドはジョシュがこの服を作らせてること、知らなかったんだ」


「まあな。〝夜〟については秘密にしておかないといけないことが多いから。俺がいっしょだったら二年前のサイズで作らせたりしないって」


「そうね。腹が立つことにそういうところはエドの方が気がまわるのよね。腹が立つことに」


「腹が立つことにって二回も言いやがったな、この子猿が……って、イテッ!」


「誰が子猿よ!」


 リアは再び、エドの足を蹴飛ばした。

 エドは悲鳴をあげたあと、〝夜〟の空を見上げて苦笑いした。


「まぁ、ジョシュは気が利くようで意外とぼんやりしてるからな。どうせ、スカートが短いのにも気付かないで、かわいいとか似合ってるとか見え透いたうそを言ったんだろ」


「見え透いたうそってなによ。ジョシュがそう言ってくれるときは本当にそう思ってくれてるんだから。たぶん、きっと!」


「へえ、ふーん、そうなんだー」


 エドのにやにや笑いにリアはキッ! と、目をつり上げた。

 でも、すぐに肩を落としてうな垂れた。


「……今日は言ってくれなかったけど」


 エドは目を丸くしたあと、リアの頭をくしゃくしゃとなでまわした。


「ま、今はジョシュも気が動転してるんだよ。帰ったらもう一回、見せてやったらいいよ。スカートが短いことに気が付いてあわてふためくぜ」


「ちょっと! もう……乱暴にしないでよ!」


 せっかくブラシでとかした髪がぐしゃぐしゃだ。

 リアはエドの手を振り払うと、手櫛てぐしで整えながら唇をとがらせた。


「ジョシュもエドも、私がいつまでも子供だと思って……!」


「子供扱いはしてるけど、それはリアが困るだろうって思ってるからだよ」


 ぶつくさ言っているリアを見下ろして、エドはけらけらと笑いながら言った。


「……困る?」


「俺もジョシュもそう。……ほら、街のあかりが見えてきた!」


 首をかしげているリアをよそに、エドが道の先を指さした。


 白っぽい石を積み上げて作った、城下街をぐるりと囲う三メートルほどの壁。

 その壁の一部がアーチ状にくり抜かれていて、そこが街への入口になっている。


 壁の向こうからはオレンジ色のあかりやヴァイオリンの音が漏れていた。

 城で聞く音楽よりもずっと陽気で軽快なリズムに体がうずうずしてくる。なんだか駆け出したい気分だ。


 エドも同じだったらしい。にやりと笑うと、


「行くぞ!」


 リアの手を引っ張って、街へと駆け出したのだった。

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