新世界より

「マルク〜」


母の声で目を覚ます。時計を見れば、約束の時間の10分前であった。


「やっべ!」


急いでベッドから起き上がり、身支度を整える。


「だから、早く寝ろとあれほど言ったろうに」


父がほれ見ろとばかりに指を差す。うっとおしい。


「ほら、ミルクだけでも飲んでいきなさい」


母からコップを受け取って、一息でそれを飲み干した。


「おお、こりゃミルク一気飲みの世界大会に出られるな」


「行ってきます!」


半ばコップを放り投げるように母に手渡して、家を飛び出した。


「それにしても、友人の家でお茶会とはいつの間にか隅に置けない男になりやがって」


「いいじゃないですか。そろそろあの子もそういう歳頃なんですから」


夫婦は顔を見合わせて、笑いあった。





「遅いぞ、マルク」


背の高い青年が家の前で待っていた。


「ジャック!」


「アークたちはもう先に行ってしまったぞ」


「わざわざ俺を待っててくれたのか?」


「当たり前だろ。俺たちは友なのだから」


「相変わらずあらゆる意味で固い男だな、お前は」


「褒め言葉として受け取っておこうか」



会場に着けば、そこは既に賑わっていた。


「お茶会ってこう、もっとお淑やかな感じじゃないのか?」


「俺に聞くなよ」


「あ、お兄ちゃ〜ん!こっちこっち!」


浅葱色の瞳が俺たちを捉える。そして、俺たちの分の皿を持って、こっちへ小走りできた。


「ここのお菓子、すっごく美味しいんだよ!」


「そうか。そりゃ呼んだ甲斐があったもんだよ」


「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」


俺がその頭を撫でると、彼は嬉しそうに目を細めた。


「マスター、お茶をお持ちしました」


恵体のメイドが音もなく、俺の背後を取る。


「だからこえーよ、アネモ。もう少し気配を出してから現れてくれ」


「そうしたら、マスター。私の名前を呼んでくれますか?」


「もう呼んでるだろうが、何を言ってるんだこいつは」


「おっ、誑し野郎2号の登場だな!」


筋肉質の男が菓子を貪りながら、肩を組んできた。


「お、嫉妬か?ガディ」


「おうよ。アークならともかく、てめぇみてぇなスケコマシがどうしてお姫様たちにモテモテなんだか......」


「いいじゃないか。君には俺の妹がいるのだから......」


「ファル君!」


緑園の賢姫が駆け寄ってくる。彼女は

『マルク』を噛んでしまい、『ファル君』と言ったことを皮切りにずっとファル君と呼んでくるのだ。


「シャナ、いい加減ちゃんと呼んでくれないか?その名前、俺の要素が全くないぞ」


「えー?いいじゃないですか。唯一無二ですよ。絶対に譲りません」


「譲る譲らないの問題じゃなくてな......」


「そうだよね〜、マルク。それじゃ何の愛情も感じないよねぇ」


深海の歌姫が腕を抱く。


「そんな回りくどい表現じゃあ、愛も憎も変わらないよぉ」


「貴方みたいに陰気な表現よりもマシだと思いますがね」


「へぇ〜」


バチバチと火花を散らす両者。それに気を取られている内に、純白の聖姫と砂漠の智姫が漁夫の利を得た。


「えへへ、マルクさんの手ってやっぱり温かいですね」


「マルク、先ほど初めて自分で茶を淹れてみたんだが味見してくれないかい?」


智姫の持っているカップから異様な色の湯気が沸いている。


「姫様、なんかヤバい色してないですか?」


「私のことはディナと呼べと言っているだろう?困ったね、一体君は何時になったら覚えるのだろう。今度、実験してみようか。君が何度目で私の名前を呼ぶかというね」


「はいはーい。マルクが困ってるので姫様方はお退きくださーい」


「どけどけ......」


ルーナとナームンが彼女たちを強引に引き剥がした。


「あんまり目の前で女の人とイチャイチャしないでね。私の妬いちゃうから」


ルーナが小声で囁いてきた。


ナームンもまた不服げに俺の腕を抓る。


「まったく、ものすごいモテっぷりだね」


アークが若干引きながら頬を掻く。


「お前に言われなくないがな。お前だって色んな国の姫さんと懇ろなんだろ?」


「じゃあ、お互いってことかな?」


アークがそう言うと、辺りが笑いに包まれた。


「若い。全く若いねぇ。なあ、オルガノ?」


遠くにいる妙齢の女性が腕の中でその光景に微笑む。その腕の主は肯うように首を振った。


「そういえば、そろそろ着く頃じゃないかな?」


そうルーナが言いきらない内に、煌びやかな黒髪が視界の隅で靡く。


「マルク!」


彼女は俺を見つけるやいなや、子犬のように駆け寄った。


「あっ!」


慣れない靴を履いていたのか、彼女はつまづいて転びそうになる。


「エーファ!」


危ない!と言うよりも先に身体が動いていた。


「てへへ、躓いちゃいました」


「てへへじゃないだろ。ただでさえドジなのに、頼むぜまったく」


「でも、貴方は助けてくれるでしょう?」


「ああ」


なんたって


俺たちは


ずっと


ずぅっと


一緒なのだから













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンケルアヴジェの沼 肉巻きありそーす @jtnetrpvmxj

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ