黎明
「これは貴方がやったのですか......?」
なんて都合がいいのだろうか。
やはり、世界もまたその終わりを求めていたのだ。
「どうして......?」
「ゴドーはどうした?」
彼女の親友騎士が見当たらない。あれほどの巨体が近くにいれば目に入るだろうに。
「......死にました」
彼女は唇を噛む。
「私を庇って。私が弱かったばかりに勝てる獣にすら遅れをとって命を落としました」
無情なるかな。あれ程までに主を慕う彼にとっては本望なのだろうが、残された彼女にとっては胸が張り裂けそうなほどに辛い事柄だ。
「そんな折に彼らが助けてくれたのです」
かつての勇者たちの亡骸を一瞥する。
「彼らは私が魔物に襲われた人間であると勘違いしたようです。笑えますよね、魔王の娘が人間だなんて」
「いいや、人間だよ。君は紛れもなく、原理主義的な意味でも人間だ。陽の民と月の民の子。彼らが罪と吐き捨てた生者だ」
「ッ」
「君は知らなかったのか。君の父が、君の母がどんな罪を犯してしまったのか。その所為で、世界が終わりを告げようとしていることすらも」
「だから、殺したんですか?」
「ああ。一度全て祓わなければならないからだ。たとえ、如何なる人間であったとしても生まれたことすら罪だと言うのだから、もう一度生まれ直す必要がある」
「だから、彼らも殺したというんですか....!」
彼女の眉間に皺が寄る。
「無垢なるヒトと成るためには必要なことだからだ」
─パチン
ひ弱な平手打ちが気の抜けるような破裂音を響かせた。
「だから、全部全部消し去ってしまうっていうんですか!罪を犯してしまったからって!それだけで、この世界にあったであろう未来さえをも壊してしまうんですか!」
「それが条理だ」
「死ぬことが条理だなんて思いません!」
「それは君の主観だろう?」
「それでも、生きてることは何物にも代えがたいことのはずです!死んでしまったら、笑うことも泣くことも、こうして話すことすら出来なくなるのですよ!?」
─〜..ーーーーー
「黙れ」
蝸牛のノイズが脳内に障る。
「私は死んで欲しくない。貴方が如何なる大罪を犯していたとしても、ずぅっと一緒に生きたかった」
「黙れ」
悪魔の甘言。決して唆されることなかれ。早くその首を撥ねろ。
「貴方が罪から逃げるのであれば、一緒にその果てまで着いていきたかった」
はやく!
「だから、私も背負います。貴方の罪を」
はやくその首を撥ねろ!!!!
「黙れ。このペテン師が」
自身の首に刃を翳す。
「フリエラ!!!」
やめろおおおお!!!!!!!!
「ごぶっ」
ようやく、だ。
ようやく、俺は俺を
脳内を駆け巡っていた兎は屠殺場へ。
楽園を謳う地獄への道は完成間近で白紙になりましたとさ。
「フリエラ......」
「す゛っ゛と゛わ゛か゛っ゛て゛た゛ん゛た゛」
違うんじゃないかって。
本当はやり直せるんじゃないかって。
でも、怖くて怖くて
仕方なかったんだ
もう
独りでは
止められなかったんだ
「大丈夫」
エーファは優しく頭を抱き込んでくる。
「私はずっと貴方と一緒ですから」
彼女は血と脂まみれの剣を手に取り、躊躇いもなく己の心臓を貫いた。
「貴方だけに、背負わせません」
ありがとう
黒き姫よ
俺のために
俺のためだけに
君は初めて罪を犯すんだね
「いいえ、貴方たちだけではありません。私達もまた貴方たちと共に歩みましょう」
小夜啼鳥の囁き。懐かしき緑奥の薫風。
「君がフェアラを想ってくれたように、フェアラも君を想っている。葉が華を
人魚姫の唄。慈しき深蒼の粼。
「罪が等しく贖われるのであれば、その責もまた等しくあるべきなのだよ。私はその責から逃れるつもりはない。君だけにそれを背負わせたりはしない」
賢者の戒め。慎ましき砂漠の嵐。
「優しさは決して罪ではない。俺はそれを弱さと履き違えたりはしないさ。たとえ、それが不幸を齎したとしても俺は君に感謝しているんだ」
「私もお前からは目を逸らさない。お前の施しは無償の愛。だから、何人たりともお前を罪人と呼ばせやしない」
人狼の温情。穏やかな凍獄の細雪。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。僕は絶対にお兄ちゃんを独りにはしないから!もう絶対独りでは行かないから!だって、お兄ちゃんは僕の事を見捨てたりはしなかったもの!」
少年の決意。眩い集落の木洩れ日。
「あぁ......」
なんという光か.......
これ程までに
輝いて
心地好く
安らかで
満たされるとは
「貴方の行いは確かに誰かを救っていた。だから、貴方が
聖女の告。素朴な教会の朗唱。
「あぁ.......!」
ありがとう
ありがとう
ありがとう
限りなき感謝を
これで
ようやく俺も───
「さようなら」
「えぇ。また、いつか会いましょう」
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