払暁

砂漠の海は決して楽な道のりではなかった。しかし、一度は訪れた場所。記憶の道標は難なく目的地へと誘導した。


「あぁ」


墓に掛けられた眼鏡。そうか、君は既にいったか。この勇者の墓の近くで。


「オルガノ......」


だから、君ももうおゆきなさい。後は俺が済ましておくから。


一際大きな棺に手を添えると、身体の中にいた何かがスっと抜けていった。


─頼んだよ、AN


さようなら、怨嗟に溺れた英霊よ。 次会うときは2人で腕を組んでおいで。


「来たか......」


その声は暗く、死んでいるのかと思った。


「恩人の墓参りか?」



故に、大儀に没した。


彼こそ、生粋の勇者だったのだ。


。それでも、まだ続けるのか?」


「先に質問しているのは俺だろ。


月の民を統べる男。それが、過ちを犯したが故にこの世界は崩れ始めた。


「ヴァレッタが死んだ時点で、貴様らの復讐は終わったはずだ。奴が率先してその糸を繰っていたのだから」


「だから、お前には罪は無いと? 娘たちに生きる苦しみを与え続けていたというのに? 真っ暗な森で独り、薄暗い深海で独り、お前は何も罪の意識も感じてなどいないのだろう?」


「貴様には関係ない」


魔王は背を向けて、座り込んだ。


「終わらせろ」


潔しかな。その点に関しては、あの醜い長耳と比べると幾分かマシだ。


「その前にひとつだけ頼みがある」


魔王は独りごちに呟く。


「エーファだけは殺さないでやってくれ」


今更、死に際で一丁前に親面か。それもまた、秘匿しきれぬ愛だったのかもしれない。


其の一太刀はやけに重かった。ゴトリと音を立てて、茶色の地面を赤黒く染め上げる。


さて、日の民は掲げた。


ならば月の民は埋めよう。



魔王と勇者。


同じ地にて眠らん。


彼らが再び相見えるとき


友人とならんことを祈って。



そして、叡智に殉じた友にも再会の約束を。



─.....



「なんだよ、これ」


帰国の勅令を受けたアークは絶句した。


「どういうことだっ!」


ガディは戦慄した。


「.......」


ナームンは沈黙した。


「嘘......」


ルーナは絶望した。



王国が荒廃していたのだ。


積み上がっている死体の山にはかつてよく慕ってくれていた兵士や見覚えのある国民の姿が見える。


「お゛ぇ゛」


ルーナは耐えきれず嘔吐した。彼女にとって、知人が無惨に殺されたことは初めての経験であった。獣やモンスターの死体は飽きるほど見てきたのだろうが、やはりそれとは全く違う不快感がある。


「おい、あれ......」


死体の山の頂点には王の首を持つ何者かがいた。


「終わりの刻」


ナームンが口を開く。


「イヴァール、やっぱり貴女の言う通りだった」


彼女は杖を逆手に握ると、己の腹を貫いた。


「おい!?なにやってるんだ!?」


「ナームン!?」


アークたちが駆け寄ろうとするが、彼女は彼らを寄せ付けぬように暴風を起こす。


「ごめんなさい......」


誰に対しての謝罪であるのか。


誰に赦しを乞うたのか。


それを知る由はない。


しかし、主は等しく


その傍らに寄り添うでしょう


「あ.......」


貴方は助けを求めていたというのに


私は情けなく見捨てたというのに


それでも


貴方はまた、その温かい手で


「さようなら、慚愧に悶えた戦友よ。いつしか、紫薔薇の庭園で彼女と共に茶を嗜もう。お茶会の席はまだ空いているから」


その首筋に刃を落とすと、彼女は安息の吐息を漏らした。


「な!?」


「はぁ!????」


「え」


三人は驚愕した。竜巻が晴れた先にいたのは仲間の首を抱えた逃亡者元仲間だったのだから。しかし、彼に前のような純朴な面影はない。口は裂け、瞼は無くなっており、瞳孔は常に開きっぱなし。それなのに服は異常に小綺麗で、まるでこれから催しに向かう紳士のようである。


「マ、ルク?」


ルーナが呼びかけても彼は何も答えない。遅すぎたのだ。彼の名を呼ぶには。彼が溺れてしまう前に、彼の手を掴みさえすれば。きっと彼はまだ、あの時のように──


「......お前の父は俺の父を殺した。お前の母は俺の母を殺した。言っている意味がわかるか?」


彼の言っていることが分からない。一体誰が誰を殺したといったのか。彼女は混乱を窮め、呼吸を忘れた。


「責めるつもりはない。ただ、終わらせる前に知って欲しかったんだ」


「うおおおおおおお!!!!!」


ガディは剣を構えて突進する。彼もまた混乱の末にこの行動へと至った。彼の本能が目の前の存在を敵であると認識したのだ。


「ッッっぐあああああっ!!!!」


だが、無惨にもその両手は地面へと転がり落ちた。カランコロンと無情な金属音が響く。


「半端に実力があると手元が狂う。なあ、暴れるなよ。これは既定なんだ。朽ちたレールではもう何も運べない。お前らが好きな運命でさえも」


超爆発ネオエクスプロージョン!」


アークが唱えた魔法が直撃する。その隙に、アークはガディに駆け寄り、回復魔法を施した。


「なんなの、これ。わかんないよ。わたし、頭がおかしくなったの?」


ルーナは膝を着き、頭を抱える。駆け巡るのはかつての青臭い思い出。その中の彼はなんとも純粋で、明るくて、前向きで、太陽のような──


「女神様......」


彼女は祈る。これが夢でありますように、と。魔王が見せた純黒たる悪夢で、目が覚めればまたいつものように楽しい旅の途中であって......


「真実に殉じた希望の死か、嘘に塗れた絶望の生か。お前は何を望むんだ?」


お前は何を祈る?


何に祈る?


なぜ祈る?


「その手は祈るためにあるのか?その足は跪くためにあるのか? その目と口は経典の目録を読むために?」


お前も結局


克服できないのか


「ならば背負おう。お前の罪を贖うために」


剣を振るおうとする直前、彼女はその腕で彼を包み込んだ。


「ごめんなさい。この手は貴方を抱きしめるために、この足は貴方に着いていくために、目は貴方の姿を映すため、口は貴方に愛を伝えるためにあったというのに。わたしはどうして、貴方のことを......」


そうか


なら


「次はきっと忘れないさ」


「ルーナ!」


入刀の儀式は軽やかに。2人での作業はこれが最初で最後だ。


「愛してる」


ありがとう、初恋の人よ


ありがとう、最愛の人よ


ありがとう、俺の太陽よ


この先の楽園でまた出会えるように


その眩い光で世界を照らし続けておくれ


「貴様ぁぁぁぁぁ!!!!!」


激昂する男が視界の隅でチラつく。


この純白な空間に水を差すなッッッッ!!!!!


「ぐぴぃ!!」


その剣を叩き割り、その首を斬り飛ばした。


「ひぃ、ヒィィィィィ!!!!!!」


最後に生き残ったガディは恐怖と絶望に喉を絞めて叫んだ。惨めな涙を上下から垂れ流す。それでもなお、彼は表情を変えない。


「恐れるな。破壊には必ず苦痛を伴う。だが、再生において必要な過程なのだ」


「助けてくれぇ......」


「あぁ、勿論だとも。君は瞬きをするだけでいい。その間に全て終わる」


「ィピッ」


さあ


後は


「フリエラ......?」



君だけだ




























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