5:00
そうした季節が幾度も繰り返されて
君はようやく人となる
....──
焦げ付いた肉の臭い。鳴り響く剣戟と銃声。
馬の上から聖女は救済を叫び、未だ宮殿の中にいる王の醜態を嘲る。
「狂った王は遂に臣民に刃を向けました。憎むべき仮想敵を作り上げながらも、実際に害を為すのは身内である我らであったと。これが女神の仰せつかいであるならば、もはや我々は何を信じるべきなのか!?」
「主よ!」「主よ!」「主よ!」
「さあ、祈りなさい。今こそ、我らがために主は降臨せん」
御旗を掲げて聖者の行進。その顔に死の恐怖は見られない。
滑稽だ。
結局、本質は変わっていないというのに。依存対象が変わっただけで、服用量は前と同じ。いや、むしろ増えたのか?
だが、それでも彼らは信じている。純粋に。不純な願いを純粋な祈りに込めて。
「びゃあっ」
だからこそ、生まれ変わるべきなのだ。穢れた思想は髄液を腐らせた。その肉体は使いものにならない。
「なっ! なんだお前は!」
信者の一人が身構える。どうした?お望み通り、貴様の仲間に対して『救済』を施したというのに、どうしてそんな表情をしている?
「あぁ!貴方は!貴方様こそは!」
馬から降りた聖女が頭を垂れる。
「お待ちしておりました、我が主よ。私が貴方様の洗礼者、タリアでございます」
「満足したか?ありもしない与太話に涎を垂らす純粋な咎人たちを弄ぶのはさぞかし心地が良かっただろうな」
「いいえ。私もまた真実を知る者。しかし、私には為すべき道理がなかった。役割が違ったのです」
「戯言を。その聖女ごっこがお前に与えられた役割とでも?お前はただ己の欲求を満たすがために虐げられた悲劇のヒロインを演じ、その悲哀のままに死に、人々に崇められたかっただけだろうが」
「.......それすらも、もはや何の意味持たないでしょう。この世界は終焉を迎えています。他の誰の手でもなく、貴方自身の手で」
聖女は光無き瞳で空を仰いだ。
「そう貴方こそ、我らの代弁者。そして、救世主でもあるのです!」
周りから拍手が巻き起こる。とんだ茶番だ。
「救いを求めぬ者に救済など施すことができるのでしょうか?。人の苦しみを知らぬ神に人の幸せなど理解できるはずがない!心の底から救いに焦がれた者にこそ、真なる救いを他者に施すことができる。罪から逃れたいと思う罪人こそが、最も罪を犯し、憎み、この世から消し去りたいと思っているのです!」
─うおおおおおおお!
愚者の蝉時雨。
罪を知らずに
悪を背負わずに
感じるままに
ただ吠えるだけ。
「故に、我らが主は新たに創り上げるのです! この狂った道理を、その道理から成った法を、法を定めた国を、国を治める王を、王が仕立て上げた女神を、全て壊して!」
雄弁は銀だ
ならば金は?
「さあ、行きましょう!楽園はもうすぐそこに!」
途端、視点が下がる。
ああ、満ち足りた。
ようやく、始まりの閧が産声を上げるのですね。
「.........」
─きゃああああ!
悲鳴が劈く。それはまさに私の旅立ちを祝う聖歌。さあ、声を上げなさい。その声が天すらも穿つほどに。
「驚いた。首を落としてもまだ生きているのか」
主が屈んで覗き込む。ああ、なんて尊きご尊顔。手を合わせ、祈りを捧げられぬ事が口惜しいだなんて。『救い』の最中になんて邪念を......
「堂々たる演説には恐れ入ったよ。お前の自己顕示欲と承認欲求は偶然にも史実に触れた。しかし、お前の信念は単なる繰り返しを招くことになる。何を以って正しい祈りと言うかを決めつけること自体愚考ではあるが、慾だけは避けなくてはならない。人がそれを魔と結びつけたように、純真たるモノとなるには取り除く必要がある」
「がぱっ」
いいのです。私が理解されぬことなど、大した阻碍にはなり得ません。貴方様の意思は、私の意志。罪を背負う裁定者となった貴方様は、私の罪も等しく背負う。それだけで、私は──
「安心しろ。結末に変わりはないから。一度は消えて、再び生える。枯れてしまった花が種子を落とすようにまったく新しい花が咲くことに違いはない。ただ、俺はそれに手垢を着けたくないだけなんだ」
慈愛。ああ、この微笑みはまさしく私が求めていたもの。チンケな愚者の賞賛など汚泥。ただ、私の為に、私の為だけに祈り、願い、憐れみ、想い、その罪を背負うてくれるのですね。
「ぬ、し、よ」
最期まで祈り続ける聖女。逝く末すらも、荘厳なるステンドグラス。煌々と差す天光が彼女の門出を祝福する。白鳥が鳴いた。
「そう、か」
その安らかなる死を以って、ようやく確信した。君もまた、俺だったのか。いかに救いの権化と崇められようとも、自身もまた救いを求めていたことには違いない。兎とはぐれてしまった君は途方に暮れて、待ちぼうけ。いつか来たる救世主を求めて叫び続けた結果、愚鈍なる鰐に担がれて、それでも君は満たされなかった。
君に無かったのは『道理』ではなく、『勇気』。
なぜなら、君が求めていたのは『救う』ことではなく、『救われる』ことなのだから───
すまない。君を強欲のペテン師だと勘違いしていた。君はただ、誰かに救って欲しかっただけなんだ。君の犯した罪を、背負いきれなくなってしまった大罪を、大いなる存在によって消し去りたかったんだ。
女神がいないと知ったとき、君はどれほど絶望したか
どれほど怒り
憎しみ
怨み
そして
祈ったのか
「光あれ」
また会う時は共にその手を重ねて──
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